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第二部
待ちに待った日【side:創介】 1
しおりを挟むこの日が来るのを、どれだけ待っていただろう――。
朝、目覚めたら、隣に雪野が寝ている。家に帰れば、その顔を見られる。毎日、共に過ごすことができる……。
雪野と出会ってからもう何年も経っているというのにこうも焦がれてしまうのは、二人で過ごした年月の割に自由に会える時間が少なかったからかもしれない。
二人で暮らせるようになったこの日が、どれだけ特別なものか。その事実を噛みしめる。
隣で眠る、瞼を閉じてつつましく寝息を立てている雪野の顔をただじっと見つめる。やはり、その寝顔には色濃く疲れが滲んでいた。結婚式の後、参列者への挨拶を終えて、ここに帰宅した時には深夜0時を回っていた。大勢の人間の前で神経を張り詰め極度の緊張の中にいたであろう雪野が、疲れ切るのも無理はない。
頑張ったな……。
瞼にかかった前髪にそっと触れて、梳く。眠りこけているのを起こしては可哀想だと思いながらも、愛おしさが込みあげて来て触れずにはいられない。だから、その輪郭に、黒い髪に、そっと慎重に触れた。
これからは毎日、こうしてすぐ近くで見ていられる。
二人で寝るには十分広いクイーンサイズのベッド。結局真ん中で寄り添うように寝ているのだから、シングルベッドを買っても一緒だったんじゃないかと思う。
ベッドを買う時にシングルベッドを探していたら、雪野が慌てたように俺を引き留めた。
『創介さん、シングルベッドを買おうって言っていたの、本気だったんですか?』
まさか、そんなはずはないと言わんばかりの目に、俺は真顔で答えた。
『そうだと言っただろ』
そうしたら、雪野が本気で反対して来たのだ。
『ダメです。毎日仕事で疲れて帰ってきても、それじゃあゆっくり眠れません! 睡眠は大事なんですよ?』
『でもだ。嫌でもおまえが俺にくっついて来るという状況は捨てがたい』
『そんなこと言うなら、シングルベッド二つ買いましょう。それならいいですよ』
俺の論点をさらりとずらし、雪野が訴える。
『二つ? 俺の意図が分かってるのか? 別々のベッドで寝るなんて、その意図に反するだろ』
『だったら、大きめのベッドを買いましょう。創介さんは背も高いし、絶対に大きさに余裕があった方がいいです。ダブルとかクイーンサイズとか……』
いや、待て――。
シングル二つというのも実はいい選択かもしれない。二つ買っておいて、寝る時はどちらかで寝てしまえばいい。そうしたら狭いベッドで二人で寝るという目的が達成できる。
『創介さん』
でもだ。もし、喧嘩でもしたらどうなる? ベッドが二つある以上、別々に寝ようということになってしまうかもしれないじゃないか――。
それだったら、最初から一つの方が安心だ。何があってもそのベッドで寝なければならなくなる。
この先のことを考えれば、ベッドは別れていない方がいいか……。
ああ、悩ましいな。仕事ではこんなに決断に時間をかけたことなんてない。
『創介さん! 聞いてますか?』
雪野が俺の腕をゆすり、顔を覗き込んで来た。
『あ、ああ。なんだ?』
『やっぱり、ベッドは一つにして大きめのを買いませんか?』
雪野が俺を見上げて来る。
『どうしてそう思う?』
『……やっぱり広さには余裕があった方がいいのと――』
そこで頬を赤くした。
『私が、二人で一つのベッドに寝たい、から……です』
恥ずかしそうに眼を伏せながら、小さな声で雪野が言う。
そんな顔でそんなことを言いやがって――。
ここにはちょうどいくつもベッドがある。店でなければ、速攻押し倒しているところだ。
『雪野の言う通りにしよう』
俺も単純なもので雪野のその言葉で決めてしまった。
そんなことを思い出して一人笑ってしまう。広いベッドの真ん中で雪野を間近に感じながら横たわっている。それだけで、恐ろしいほどに幸せだ。
こうして二人で暮らせる。そのことが、俺たちが本当に結婚して夫婦になったのだと実感させてくれる。
いつまで見ていても飽きない。雪野の顔は、ずっと見ていられる。なんで、こんなにも愛おしいと思うのか、自分でも分からない。理屈じゃない。身体が勝手にそう思う。そんな感覚だった。
俺だって、さすがに結婚式に披露宴とかなり疲れていた。それなのに、ほとんど寝ることなく隣にあるこの可愛い顔を見続けている。
何年経っても、いや、時間と共に雪野に嵌まっている自信がある。もはや、中毒みたいなものだ。
木製のブラインドの隙間から微かに陽の光を感じた。
もう、朝になったんだな――。
結局夜を明かしてしまったみたいだ。
――カチッ。
ベッドヘッドのところに置いてある目覚まし時計から、微かな音がした。
まさか、この音は――。
目覚まし時計が合わせた時間に鳴る直前にする音だ。確認するために目覚まし時計を手に取ると、六時にアラームがセットされていた。
いつの間に目覚ましをセットしていたんだ?
昨晩は、疲れから、お互いすぐにベッドに入った。次の日も仕事は休みだ。ゆっくり寝ればいいと言ってあったのに、こんなに早く起きようとしていたのだ。その目覚まし時計が鳴る直前にアラームを解除した。
「ゆっくり寝ていろ……」
そう呟いて、熟睡している雪野の頬に触れた。
それから三時間後――。
「――あれ?」
ようやく雪野が目を覚ました。
「あ、あの……」
目を擦るその仕草も、無性に可愛い。
「創介さん、もう目が覚めていたんですか?」
「まあな。雪野はゆっくり寝られたか?」
ゆっくりと身体を起こす雪野を見上げる。化粧をしていない雪野の顔は一気に幼くなる。それがまた俺の邪な心を刺激する。
「はい。ものすごくしっかり寝た気がして……えっ?」
ゆっくりだった雪野の動きが急に機敏になる。
「え、えっ! あれ、私、目覚まし――」
掛布団を跳ね飛ばして目覚まし時計を掴んでいた。
「どうして、こんな時間? ちゃんと目覚まし合わせたはずなのにっ!」
青ざめている雪野の頬にいきなりキスをした。
「おはよう」
「え? あ、はい。おはようございます」
目をぱちくりとさせて俺を見上げている。
「今日くらいゆっくり寝たっていいんだ。俺が目覚まし止めたんだよ」
「創介さんが? 私、朝ご飯作ろうと思って……」
そんなことだろうと思った。
「初日から、こんな――」
思った以上に落ち込み始めた雪野に、今度は俺が焦る。
「そんなに気を落とすな。昨日どれだけ疲れたか分かってる。今日は、疲れを取るための日だ。ゆっくり過ごそう」
雪野の目を見つめてそう言うと、やっと雪野が少し微笑んだ。
「すみません。ありがとうございます……」
雪野の頭を撫で、肩を抱く。
「飯は適当に食べに行こう。この時間なら、朝と昼を一緒にしてもいいな。近くに美味い店がある」
「じゃあ、夜ごはんは頑張ります!」
雪野が目尻を下げて俺を見上げる。はにかんだ笑顔が、たまらない。一体俺をどうするつもりだ。
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