雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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第二部

あなたのために出来ること 8

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「初めまして、榊創介と申します」

会場にいた創介さんのお父様とお母様に合流した。経団連会長の小暮さんという方を紹介され、創介さんが挨拶をしている。私はその隣に立った。

「ああ、君が榊さんのご自慢の息子さんか」

年は創介さんのお父様と同じくらいだろうか。創介さんを見て、豪快に笑った。

「どんなに丸菱の業績が上がっても決してひけらかしたりしない人が、君のことはよく話してくれるよ。期待されているんだから、その期待に応えないとな」
「父が、ですか……?」

驚いたように創介さんがお父様に視線を寄せると、気まずそうにお父様が咳ばらいをした。

「そうだよ。息子だから社長にしたいわけじゃない。一人の社員として相応しいと判断しているってね。まあ、しらふの時ではなく、二人で飲んだ時のことだけどね」
「やはりそうでしたか。父がそんなことを言うはずがない」

創介さんも笑う。でも、おそらく、それがお父様の正直な気持ちなのだろう。

 お父様は、誰に対しても何に対しても厳しく、それは息子であっても変わらない。だからこそ、創介さんの能力を公正に判断している。

「私も、期待しているよ。この先、有能な後継者が控えているのなら、丸菱も安泰だな。ひいては日本の経済も明るいだろう。日本の経済を引っ張っている企業に違いないんだから、その意識を忘れないでいてくれたまえ」
「はい。十分、承知しております」

頭を下げた創介さんにならい、私も一歩後ろで同じようにする。

 本当に、神原さんの言っていた通りだ。創介さんは、本社の役員と同じ立場を有する人。間違いなく、いずれ社長への階段を昇り詰めて行く。

お父様はそれを見越している――。

テレビで見たことのあるその人を前にして否が応でも緊張してしまうけれど、これからこういうことは増えて行く。緊張ばかりしているわけにもいかない。

私は創介さんの妻なのだ――。

私もしっかりしなければと、気を引き締める。

 その時、お父様の後ろに隠れるように立つお母様の姿が、不意に目に留まった。
 お母様とは、二人で話したことはない。いや、直接言葉を交わしたこともほとんどないかもしれない。初めて会った時、挨拶をしても、その声が発せられることはなかった。ただ会釈をされただけ。私とは目を合わそうとしなかった。  
 榊君から聞いた、お母様の創介さんに対する葛藤のことを考えれば、お母様が私に対しても複雑な思いを持つのは仕方がないと思う。会えば挨拶は私の方からしていたけれど、それ以上踏み込むことはしてこなかった。

酷く居心地の悪そうな、疲れたような顔――。

結婚して何年も経っても、こういう場に慣れないのなら、それは辛い毎日だったのかもしれない。

創介さんの妻として、お母様にどう接するのが、正解なのだろうか――。

私と接することで本当に不快な思いをさせてしまうのなら、この距離感がいいのかもしれないけど……。

答えが出ないままでいた。

「――では、これからも頑張りたまえ。私も期待している」
「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、力を尽くします」

創介さんの言葉に続いて、お父様が「では、また、よろしくお願いします」と挨拶をする。

「男が仕事をするのに、どんな時代であろうと、伴侶の支えは大きいものだ。二人で力を合わせなさい」
「はい。少しでも助けになれるよう、努力を続けて行きたいと思います」

創介さんの妻として、私が出来ることを――。

経団連会長を見送ったのち、創介さんがお父様とお母様へと身体を向けた。

「では、ここで。雪野と二人で主要どころに挨拶をすませたら、早々に帰ります」

創介さんがそう告げる。

「世話になっている企業への挨拶は忘れるな」
「分かっています。では、失礼します。雪野行くぞ」

さっさと立ち去ろうとする創介さんは、やはりお母様に気を使っているのか。あまり接しないようにとしているのが分かる。私の腕を引いて歩いて行く創介さんの背中に、声を掛けた。

「創介さん、私……」
「ん? どうした?」

立ち止まり、私へと振り返る。

「お父様に、今日のこと、きちんとお礼を言っておきたいの。だから、少し、待っていて」
「一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。創介さんのお父さんなんだから」
「そうか」

創介さんが何かを考えるような顔をした後、微笑んだ。私は頷き踵を返す。

「あの、お父様っ」

ウエイターから飲み物を受け取っていた、お父様とお母様の背に声を掛けた。

「……どうかしたのか?」

ほんの少しその視線を動かし、私を見据える。隣に立つお母様が、すぐさまお父様の背の後ろに隠れた。

「今日は、ありがとうございました」

勢いよく頭を下げる。

「何か、礼を言われるようなことをしたかな」

ほとんど表情を動かすこともなく淡々とした口調のお父様に、言葉を繋げた。

「はい。皆様の前であんな風に言っていただけたこと、私にとってはとても大きいことで。少なくとも私は、勇気をいただけました。ありがとうございました」

今でも、お父様を前にすると肩が強張るほどに緊張する。でも、正直にこの気持ちを伝えたいと思った。

「それに、皆様をご招待するのに、自宅を提供してくださったことも感謝しています。少しでも、皆様とよい関係を築けるよう精一杯頑張りたいと思います」

真っ直ぐにお父様を見つめる。

「――しっかりやりなさい」

声音も一切変わらない、短い言葉。

「は、はいっ」

それでも、十分嬉しかった。本当に、心から嬉しい。

「お母様。お休みの日に、お騒がせすることになるにも関わらず、ご協力くださいましてありがとうございました」

そして、お父様の後ろにいるお母様にも頭を下げた。この件に関しては、お母様にも少なからず心労をかけることになるだろう。

「本当に、ありがとうございます」

もう一度感謝の気持ちを述べてから、お母様に向き合った。

「……い、え」

視線はそらされ、そして発せられた声は硬い。

いつか――。

いつか、お話できる日が来ることを諦めずにいれば。私が諦めずにいれば、叶うかもしれない。人の気持ちは、その人のものだ。私は、ただその気持ちに寄り添いたい。

「では、また。失礼致します」

二人に向かって、深く頭を下げて、創介さんの元へと戻る。そこには、私を包み込むように見つめる創介さんがいた。



 それから、創介さんの隣でいろんな方たちに挨拶をして。

”妻の雪野です”と紹介れるたびに、気持ちが引き締まった。

自分が、どうあるべきかを考える。そして、私自身がどうしたいか。

誰でもない、自分の人生だから――。
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