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第二部
繋がっていく絆【side:創介】 12
そして、日付が変わった頃――。
「元気な、女の子の赤ちゃんですよ」
産まれた瞬間の雪野の目には、涙が浮かんで。今の今まで苦しんでいたはずなのに、そんなことまるでなかったかのように、溢れんばかりの笑みを浮かべていた。
「――かわいい」
横たわる雪野の隣に移されたその赤ん坊の、おそろしく小さな指に触れる雪野の仕草に、何とも言えない感情が込み上げる。
「雪野、よく頑張ったな」
汗ばんだ雪野の前髪をかき上げ、上気させた頬に触れた。何度、瞬きしても、目の前の雪野の顔が滲んで見えて。でも、そんなことどうでもいいくらいに、胸が一杯になった。
「――創介さん、泣いてる、の?」
泣いてる――?
雪野の言われて、目を擦る。
「あ、ああ、本当だ」
「ふふ。嬉しくて、パパが泣いてますよ」
可愛らしい鳴き声を上げる赤ん坊に、雪野が語りかける。
「パパ――」
「パパ、ですよ?」
その響きが、じわじわと俺に実感させる。
「創介さんの娘だもの」
「鼻筋なんて、創介さんそっくりじゃない?」
駆け付けてくれていた雪野の母親がにっこりと笑う。
「そう、ですか?」
「確かに。お義兄さんに似てるな。でも、目元は姉ちゃんに似てるかも……」
優太君も、もともと人懐こい顔をくしゃくしゃにして微笑んでいる。
不思議なもので、”似ている”と言われると、くすぐったいような嬉しいような気持ちになるもので。目の前の赤ん坊を見ていたら、どうしても顔が緩んでしまう。
「――パパさんも、抱かれてはいかがですか?」
「え……っ。いいんですか?」
助産師の言葉に、一瞬にして緊張する。
「創介さんも、抱いてあげて」
雪野がそう言うと、皆が一斉に俺を見た。
「じゃ、じゃあ……」
タオルに包まれた赤ん坊を、おそるおそる受け取る。
「小さくて、柔らかくて、壊してしまいそうだ……」
肩が上がり、身体は硬くなり、びくびくとこの腕に抱く。小さな身体で一生懸命に呼吸をして、声をあげる。その姿を見ていると、何をしても守りたいと、強い気持ちが湧き上り、そして、たまらないほどの愛おしさが生まれた。
雪野と俺の子どもだ――。
それから連絡すると、すぐに、俺の父親が病院へと駆け付けて来た。
まだ日も登らない早朝だというのに、向こうから廊下を走って来る父を見て、思わず吹き出してしまいそうになった。
そう言えば、物心ついたときから、父親が必死に走る姿なんて見たことはなかったのではないか――。
そんなことに気付く。
「廊下は走らないでください」
「す、すみませんっ」
あの父が。あの威圧感と冷たさの塊の父親が、慌てふためき怒られている。
そして――。その後ろから必死で父の後を追う継母の姿も見えた。
二人して、雪降る暗い空の中、こうして駆け付けてきたのかと思うと、その感慨深さに胸が熱くなった。
「お父さん、そんなに慌てなくても大丈夫ですから」
つい数時間前の自分を棚に上げ、いつもとまるで違う父に苦笑する。
「ああ、創介。雪野さんは、大丈夫か?」
俺の姿を捕らえた父が、結局また駆け寄って来る。
「今、病室で身体を休めてるよ。無事に出産した」
「そうか……。それは良かった。でも、出産したばかりなら、あまり気を使わせても悪い。会わずに帰った方がいいだろうか」
そんなことを言う父に、また驚かされる。
でも確かに、雪野と結婚して約ニ年、少しずつだけれど、父の見せる表情は変わって来ている。特に、雪野に対してだが。
「いや。雪野のお母さんも今来ていて、みんな病室にいるから会って行ってくれ。その方が雪野も喜ぶ」
あの父が、一目散に走って来たと知ったら、雪野だって嬉しいはずだ。
それに、父の後ろにいる継母も――。
「お父さんだって、生まれた子に会いたいだろう?」
「それは、もちろんそうだが――」
「二人とも、雪野と子供に会って行ってやってください」
そう俺が告げると、父と継母が顔を見合わせ、表情が緩ませた。
「――来てくださって、ありがとうございます!」
雪野の病室へと二人を連れて行くと、真っ先に雪野が俺たちに気付いた。
「どうも、ご無沙汰しております」
「こちらこそ、ご無沙汰してしまって」
そして雪野の母親が立ち上がり、両家の親たちが挨拶を交わす。
「このたびは、おめでとうございます。創介さんによく似た、可愛らしい女の子の赤ちゃんですよ」
雪野の母が満面の笑みを、やって来た二人にに向ける。
「雪野さん、よく頑張ったな」
おずおずと雪野のベッドに近付き、ぎこちなく父親が声を掛けた。
「ありがとうございます。ぜひ、抱いてあげてください」
「いや、それは。落としたりしても大変だ」
途端に父親が慌てる。
仕事ではどんな局面でも顔色一つ変えない人が――。
「そうですよ。せっかく来たんだから」
「孫ですよ。抱いてください」
皆からせっつかれて、おそるおそる雪野の隣の小さなベッドに眠る赤ん坊を抱き上げた。
「小さいな。生まれたばかりの子どもは、こんなに小さかったか――、おお、よしよし」
それまで静かにしていた赤ん坊が、父に抱かれた瞬間に泣き声を上げた。それにまたも慌てふためく父の姿が、可笑しくてたまらない。
「……可愛いな。創介にも似ているが、雪野さんにも似ているだろ。なあ」
「そうですね」
父の隣にそっと立つ継母が、柔らかく微笑んだ。
そんな表情を出来るようになったのは、紛れもなく――。
「――雪野さん。本当に良かった。よく頑張ったわね」
おろおろと、それでいて見たこともないような緩みまくった表情をしている父を横に、継母が雪野に語り掛けた。
「ありがとうございます。この日まで、お義母様にも助けていただいたから。とても、心強かったです」
「ううん。私たちに、こんな幸せを運んでくれて、本当に感謝してる」
それは、子どもが生まれたからだけではない。雪野が継母の心に寄り添い、少しずつ関係を築いていったのだ。
雪野がいて。雪野の家族がいて、俺の家族がいる。同じ空間で、皆が笑い合う。そんな日が来るなんて、思いもしなかった。
「女の子だし、お義兄さん、絶対溺愛しそうですよね」
「え?」
優太君が意地悪く笑って、俺を見る。
「『嫁には行かせない!』なんて言って、娘を困らせる父親にだけはならないでくださいよ?」
人懐こい優太君が俺をからかった。
でも――。
ふと考え込む。この瞬間までは、ただ無事に生まれて来てくれと、そのことしか考えていなかった。
でも、この子が大きくなって年頃になって、変な男を連れて来たりしたら――。
そんなことが急に想像として膨らみ出して、落ち着かない気分になって来る。
「創介さん? 何を黙ってるの? そこは否定してください」
「これは、先が思いやられるな」
雪野の言葉に、父までもが笑う。
「いや、それにしても可愛いな。自分の子に女の子はいなかったから、余計にそう思うのか。確かに、創介が心配になるのも少しは理解できるな」
あなた、キャラクターが変わり過ぎですよーー。
なんだ、そのデレデレとした顔は。そんな父に、継母も苦笑して言った。
「この子も大変ですね。父親と祖父からあれやこれやと言われたら」
「本当です。創介さん、この子を困らせないでくださいね」
雪野が心底不安そうに俺を見上げる。
「困らせたりするか。父親として、ちゃんと見守るさ」
「本当にそうできますか?」
皆で笑う。
こうやって、家族になって。雪野とこの子の笑顔を守るために、強くありたい。
幾度となく季節を超えて、二人で時間を積み上げながら、夫婦になって行こうーー。
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