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《番外編 榊家の休日》
榊家の休日 5
しおりを挟む「なんだか、親まで緊張してくるな」
幼稚園のホールの保護者席で、舞台の幕が上がるのを雪野と待つ。
「本当ですね。たくさんの人の前で何かを披露するなんて初めてのことだし。ちゃんとお友だちと一緒にできるのかな」
やはり雪野も心配のようだ。どことなくそわそわとしている。
「まあ、年少児のやることだ。舞台に立っていられればよしとしよう」
「そうね」
この緊張感は何とも言えないものだ。
仕事の大事な局面とも違う、自分のことでもない。
むしろ、だからかもしれない。
何をしでかすかと予想がつかずに、余計に緊張してしまうのかもしれない。
「創介さん、幕が上がりました」
「ああ、そうだな」
なんとなく手を膝の上で握りしめてしまう。
園の先生のアナウンスと挨拶があり、小さな子供たちが二列に並んで舞台に出て来た。
「あれ、真白か?」
「どこ、ですか?」
「前の列の、右から4番目の――」
「そうですね! 真白です。なんだかほっぺが膨らんでませんか?」
「……本当だな。あれは、どういう心境なんだ?」
眉間に皺を寄せて、頬を膨らませて前を見ていた。
あれは――緊張しているのか?
それとも、気合を入れているのか?
「きっと、やる気まんまんの表情ですよ」
雪野がそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
ついつい前のめりになってしまう。
ピアノの伴奏がホールに響き渡り始めた。
そして――子供たちの歌声が聞こえてくる。
真白は、小さな身体で胸を少し反るように立ち、眉間に皺を寄せたままで、大きな口をあけていた。
「おまえの言う通り、やっぱり気合を入れているみたいだな」
ちゃんと並んで、一生懸命に歌をうたっている。迷いなく口を動かしていること。歌詞を覚えたという事実、そんなことに感動している自分がいた。
「すごいな。ちゃんと歌ってるぞ」
「そうですね。歌ってます」
二人揃って、見たままのことをそのまま言い合って頷き合って。
胸が詰まってそれ以上言葉にも出来ず、舞台の上の子どもたちに見入っていた。
生まれたばかりの頃からのことが、何故か思い出されて。
ただでさえ感動しているのに、余計に感傷的になっていくから不思議だ。
ただ泣くばかりだった赤ん坊が、座るようになり、立ち上がるようになり、歩くようになり、言葉を覚え、そして友達と一緒に合わせて歌をうたをうたう――。
子どもの成長のどの場面も目に焼き付いているから、目の前にいる真白の姿に嬉しくなるのだろう。
「――俺は、親になることが怖かった。そんな俺を、親にしてくれてありがとう」
「……え?」
目頭を押さえていた雪野が、俺に顔を向ける。
「こんな感情知り得なかった。おまえがいなければ、きっと知らずにいた」
「私があなたを親にしたんじゃないです。二人で一緒に親になったんです。それに、これからもっともっと親として成長していくんですよ。真白が成長したみたいにね」
目を潤ませた雪野が微笑んだ。
「真白のお歌、本当に素敵だったよ」
雪野が真白の手を握りしめて、満面の笑みを向ける。
「とっても上手だったぞ」
「うん。真白、頑張った」
俺と雪野に挟まれて、真白も満足そうで。
三人で手を繋いで歩く。
「そうか。頑張ったか。頑張ったから、あんなに上手に歌えたんだな。偉いぞ」
「うん!」
少しずつ大きくなって、いつかは俺たちから巣立って行く日が来るのだろう――。
でも、今はまだ、その日のことは考えずにいたい。
可愛いおまえを、傍で見ていたい。
雪野と真白と、今度生まれて来る子に、俺は幸せな未来を与えられるだろうか。
それはかなり責任重大だ。
でも、その責任は、決して辛いものじゃない。
心地よい重みを感じながら、また力を尽そう。
雪野と二人なら、大丈夫だ。
年齢を重ねるとともに美しくなる妻に、目を細めた。
【完】
4
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他の方と同じで 別サイトで読んで お気に入りしてたのですが 読めなくなり 探してここへたどり着きました💦
久しぶりに読みましたが やっぱり 好きな作品です♡
涙 涙の場面が多いですが 後半からクスッと笑う所もあったりで 楽しく読みました·͜· ︎︎ᕷ
見つけられて良かったです(*^^*)
ぱく様
感想を寄せてくださり、ありがとうございます!
かなり前のものにも関わらず、思い出してくださって作者として本当に嬉しいです。
私にとっても思い入れのあるお話なので、心に留めていただけたことが何より幸せなことだなと、しみじみと思いました。
また読んでくださってありがとうございます!
以前、他サイトにてこちらの作品を読ませて頂いた者です🙇♀️
久しぶりに読みたくなり、こちらにたどり着きました。
もう活動はしていらっしゃらないのかと思っていたのですが、こちらのサイトで精力的に活動していらしたようですね。知っていれば他作品にもっと早く出逢えたのに…と自身を恨んでいます🥲🥲
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ただ、現在メインで活動している場所が他サイト(プロフィールに記載しています)になりますので、そちらの方で先に掲載しようと思っています。
お手数をおかけしてしまうのですが、もしよろしければそちらで閲覧いただけますか?
近々公開できたらと考えていますので、チェックしていただけたら幸いです。
現在も、細々とではありますが活動しておりますので、今後ともよろしくお願いいたします(^ ^)
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ストーリーがわかっているはずなのに、序盤から、ようこんだけ泣けるなぁ…と自分でもびっくりするくらい涙涙で、どっぷりハマらせてもらいました。
何回読んでも大好きな作品です。
そして
ページを開くまでどっちやろとドキドキしながら、でもかすみさんなら…と期待しつつめくった先には
『榊 創介』
やったー\(^-^)/
嬉しかったです。
目が治ったら「闇を泳ぐ」も読ませていただきますね
(またすぐ泣きすぎて痛みますね)
作品を公開して頂いてありがとうございますm(__)m
ゆみさん
覚えていてくださって、ありがとうございます‼️
本当に嬉しいです。
そして、コメントまで(涙)
今は、ほそぼそひっそり活動していて、読者の方から反応をいただくことは以前より少なくなってしまったのですが、こうしてコメントをいただくたびに、やっぱり執筆の原動力になります!
ありがとうございます😊
では、またお時間ありましたら、お付き合いくださいm(__)m