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第5話 ウィント王国・トゥルプの街 2
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役場とはいうが、中は暖かな雰囲気で堅苦しさはあまり感じられなかった。せわしなく働く職員たち、のんびりと順番を待つ利用者、観葉植物は手入れが行き届き、清潔感のある空間だ。
全体として地上三階建て地下一階という造りになっていて、咲たちは一階の一番端の窓口に行く必要があった。
目的の窓口に近づくにつれ、人が少なくなっていく。
「こちらはあまり利用者がいないんだ」
「そうなんですね」
「えっと、たしか……ああ、ここだ。おはようございます」
アーキーが声をかけた窓口に職員は少ない。声に反応したのは一人の小柄な青年だった。
「はいはーい」
フワフワとしたタンポポ色の髪に幼い顔立ちの彼は、ぱっと見、学生に勘違いしそうなほどである。胸元に名札がなければ、ここの職員だとは分からなかっただろう。咲は名札をちらっと見る。そこには顔写真とともに彼の名前である『ナロ』という文字が並んでいた。
「アーキーさん、おはようございます」
「元気そうだな」
「まあ、何とかやってます」
ナロとアーキーはどうやら知り合いのようだった。アーキーは咲に視線を向けながら言った。
「昨日連絡したとおり、彼女がサキだ」
「初めまして。私、市民課転移者係のナロといいます」
名刺を差し出しナロは丁寧にあいさつをする。咲は慌てて名刺を受け取るとお辞儀をした。
「神名咲です」
「どうぞ、おかけになってください。アーキーさんも」
「ああ」
ちょっと低めの椅子に腰かける。ナロは自分の机から書類やら何やらを持ってくると、カウンターを挟んで二人と向かい合うようにして座った。
「ウィント王国には定期的に転移者の方がいらしていて、手続は一般の住民の方と似たようなものなんです」
「はあ、そうなんですね」
「まずは住民登録するために、こちらの書類に必要事項のご記入をお願いします」
咲は、差し出されたペンを手に取り書類に向き合う。驚いたのは、勝手に手がこちらの世界の文字を書いたことだ。文字が読めたことにも驚いたが、書くとなるとまた勝手が違う。なんだか、誰かに操られているような気がしてくすぐったい。
名前、生年月日……記入するのは簡単な事項ばかりであった。
「……はい、ありがとうございます」
ナロは書類を受け取り、今度はタブレット端末のようなものを差し出した。しかしそれは石や木材で構成されており、電子機器ではないようだった。
「こちらは鑑定装置になります」
「鑑定装置?」
「たまにいるんです。間違えてこちらの世界に飛ばされてくる方が」
「えっ、間違えて?」
ナロの話によると、正常な転移と誤作動による転移があるらしい。誤作動による転移で来た者は、あまりよろしくない者も多いらしい。転移係には事前に転移者の情報が来るようで、それと照合するための情報を得る鑑定装置なのだそうだ。
「ちなみに、誤作動だった場合はどうなるんですか?」
咲が尋ねると、ナロはあっけらかんと答えたものだ。
「元の世界へ強制送還となります」
「帰れるんですか⁉」
衝撃の事実に咲は驚きの声を上げるが、ナロはそういった反応に慣れているのか、にっこり微笑んだまま頷いた。
「理由があれば、そういった措置をとることになります」
理由、と言われ、咲は試しに聞いてみた。
「帰りたいから、というのは……」
ナロは困ったように、かつ申し訳なさそうに笑って首を横に振った。
「何度か試してみたんですけど、正常に転移された方の場合、帰ることはできません」
「そうですか……」
ダメもとで聞いたことだ。咲はそこまで落胆しなかった。そもそも元の世界に大した未練はない。今はむしろ、こちらの世界でどう生活していくかということに考えは傾き始めていた。
「では、こちらの装置に両方の手のひらを置いてください」
恐る恐る咲は装置に手を置く。
ひんやりとした石の手触りはどこか懐かしい気持ちを思い出させる。装置はじんわりと発光し、木製の額に埋め込まれた透明の石が緑色に変わった。
「大丈夫です。手を放してください」
「はい」
「確認しますね」
ナロは手際よく装置を操り、書類と見比べる。正常かそうでないか咲がそわそわする前に、ナロは言った。
「異常なしですね」
装置を再びカウンターに置き、ナロはその上に小さな長方形のカードを置いた。カードには何も記入されていない。
「では、こちらの緑色に光っている石に、人差し指を置いてください」
言われるがまま、咲は石に人差し指を置く。すると、再び装置が発光し、石から緑色の光が消えていくにつれて、カードに文字が浮かび上がってきた。いや、浮かび上がるというより、見えないペンで文字が書かれているようだ、といったほうが正しいだろう。
緑色の光と盤面の光が落ち着いたら、指を離すようナロが言ったので咲はその通りにする。ナロはカードを手に取り、不備がないことを確認したら咲に差し出す。
「ようこそ、ウィント王国へ。こちらがあなたの身分証です」
咲はそのカードを受け取り、まじまじと眺める。自分の名前、生年月日、その他もろもろ神名咲という人間を証明するには十分な情報が載っている。顔写真は事前に転移係に送られてきていたものなのだそうだ。
加えて、転移者はいくらか資金をもらえるのだという。転移者は無一文でこちらの世界に来るので、生活基盤を作るためなのだそうだ。咲も十分な金額をもらった。
ナロは、咲の情報をしっかり保存してから装置を片付けた。
「今はフルン・ダークに居候という形だそうですが……これから先の生活のあてはありますか?」
そう尋ねられ、咲は言葉に詰まる。
それなりに長いこと料理人として働いてきたので、探せば仕事はあるだろう。問題は住む場所である。いつまでもレストランの世話になるわけにはいかないことは、咲も分かっていた。
しかしそんな咲の心配とは裏腹に、アーキーが何でもないように言った。
「これから一緒に考える。俺の住んでいるマンションにも空きがないか聞いてみよう」
それを聞いてナロは安心したように頷いた。
「そうしてもらえると助かります」
そして再び咲に視線を向けると、ナロはにっこりと笑った。
「困ったら遠慮なく来てくださいね」
「はい、ありがとうございます」
咲は身分証と名刺を握りしめ、アーキーと連れ立って役場を後にした。
春の木漏れ日に似た光は、これから始まる咲の日々を明るく照らしているように思えた。
全体として地上三階建て地下一階という造りになっていて、咲たちは一階の一番端の窓口に行く必要があった。
目的の窓口に近づくにつれ、人が少なくなっていく。
「こちらはあまり利用者がいないんだ」
「そうなんですね」
「えっと、たしか……ああ、ここだ。おはようございます」
アーキーが声をかけた窓口に職員は少ない。声に反応したのは一人の小柄な青年だった。
「はいはーい」
フワフワとしたタンポポ色の髪に幼い顔立ちの彼は、ぱっと見、学生に勘違いしそうなほどである。胸元に名札がなければ、ここの職員だとは分からなかっただろう。咲は名札をちらっと見る。そこには顔写真とともに彼の名前である『ナロ』という文字が並んでいた。
「アーキーさん、おはようございます」
「元気そうだな」
「まあ、何とかやってます」
ナロとアーキーはどうやら知り合いのようだった。アーキーは咲に視線を向けながら言った。
「昨日連絡したとおり、彼女がサキだ」
「初めまして。私、市民課転移者係のナロといいます」
名刺を差し出しナロは丁寧にあいさつをする。咲は慌てて名刺を受け取るとお辞儀をした。
「神名咲です」
「どうぞ、おかけになってください。アーキーさんも」
「ああ」
ちょっと低めの椅子に腰かける。ナロは自分の机から書類やら何やらを持ってくると、カウンターを挟んで二人と向かい合うようにして座った。
「ウィント王国には定期的に転移者の方がいらしていて、手続は一般の住民の方と似たようなものなんです」
「はあ、そうなんですね」
「まずは住民登録するために、こちらの書類に必要事項のご記入をお願いします」
咲は、差し出されたペンを手に取り書類に向き合う。驚いたのは、勝手に手がこちらの世界の文字を書いたことだ。文字が読めたことにも驚いたが、書くとなるとまた勝手が違う。なんだか、誰かに操られているような気がしてくすぐったい。
名前、生年月日……記入するのは簡単な事項ばかりであった。
「……はい、ありがとうございます」
ナロは書類を受け取り、今度はタブレット端末のようなものを差し出した。しかしそれは石や木材で構成されており、電子機器ではないようだった。
「こちらは鑑定装置になります」
「鑑定装置?」
「たまにいるんです。間違えてこちらの世界に飛ばされてくる方が」
「えっ、間違えて?」
ナロの話によると、正常な転移と誤作動による転移があるらしい。誤作動による転移で来た者は、あまりよろしくない者も多いらしい。転移係には事前に転移者の情報が来るようで、それと照合するための情報を得る鑑定装置なのだそうだ。
「ちなみに、誤作動だった場合はどうなるんですか?」
咲が尋ねると、ナロはあっけらかんと答えたものだ。
「元の世界へ強制送還となります」
「帰れるんですか⁉」
衝撃の事実に咲は驚きの声を上げるが、ナロはそういった反応に慣れているのか、にっこり微笑んだまま頷いた。
「理由があれば、そういった措置をとることになります」
理由、と言われ、咲は試しに聞いてみた。
「帰りたいから、というのは……」
ナロは困ったように、かつ申し訳なさそうに笑って首を横に振った。
「何度か試してみたんですけど、正常に転移された方の場合、帰ることはできません」
「そうですか……」
ダメもとで聞いたことだ。咲はそこまで落胆しなかった。そもそも元の世界に大した未練はない。今はむしろ、こちらの世界でどう生活していくかということに考えは傾き始めていた。
「では、こちらの装置に両方の手のひらを置いてください」
恐る恐る咲は装置に手を置く。
ひんやりとした石の手触りはどこか懐かしい気持ちを思い出させる。装置はじんわりと発光し、木製の額に埋め込まれた透明の石が緑色に変わった。
「大丈夫です。手を放してください」
「はい」
「確認しますね」
ナロは手際よく装置を操り、書類と見比べる。正常かそうでないか咲がそわそわする前に、ナロは言った。
「異常なしですね」
装置を再びカウンターに置き、ナロはその上に小さな長方形のカードを置いた。カードには何も記入されていない。
「では、こちらの緑色に光っている石に、人差し指を置いてください」
言われるがまま、咲は石に人差し指を置く。すると、再び装置が発光し、石から緑色の光が消えていくにつれて、カードに文字が浮かび上がってきた。いや、浮かび上がるというより、見えないペンで文字が書かれているようだ、といったほうが正しいだろう。
緑色の光と盤面の光が落ち着いたら、指を離すようナロが言ったので咲はその通りにする。ナロはカードを手に取り、不備がないことを確認したら咲に差し出す。
「ようこそ、ウィント王国へ。こちらがあなたの身分証です」
咲はそのカードを受け取り、まじまじと眺める。自分の名前、生年月日、その他もろもろ神名咲という人間を証明するには十分な情報が載っている。顔写真は事前に転移係に送られてきていたものなのだそうだ。
加えて、転移者はいくらか資金をもらえるのだという。転移者は無一文でこちらの世界に来るので、生活基盤を作るためなのだそうだ。咲も十分な金額をもらった。
ナロは、咲の情報をしっかり保存してから装置を片付けた。
「今はフルン・ダークに居候という形だそうですが……これから先の生活のあてはありますか?」
そう尋ねられ、咲は言葉に詰まる。
それなりに長いこと料理人として働いてきたので、探せば仕事はあるだろう。問題は住む場所である。いつまでもレストランの世話になるわけにはいかないことは、咲も分かっていた。
しかしそんな咲の心配とは裏腹に、アーキーが何でもないように言った。
「これから一緒に考える。俺の住んでいるマンションにも空きがないか聞いてみよう」
それを聞いてナロは安心したように頷いた。
「そうしてもらえると助かります」
そして再び咲に視線を向けると、ナロはにっこりと笑った。
「困ったら遠慮なく来てくださいね」
「はい、ありがとうございます」
咲は身分証と名刺を握りしめ、アーキーと連れ立って役場を後にした。
春の木漏れ日に似た光は、これから始まる咲の日々を明るく照らしているように思えた。
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