フルン・ダークの料理人

藤里 侑

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第7話 はじまり

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 帰りの道中、雑踏の中に一風変わった服装をした人を見つけ、咲はそちらに視線をやる。
 深緑色の、少し丈の長い詰襟の上着にそろいの色のスラックス。ところどころ金色や橙色の色で装飾が施されていてきれいだ。
 その男はプラチナブロンドの髪を風になびかせ、冬の空気のように鋭い瞳をたたえている。腰には刀を佩き、拳銃らしきものも見える。こちらの世界の、警察のような人だろうか、と咲が思うのもつかの間、彼はこちらを向いた。
 そしてあろうことか、迷いなく向かってきたのだ。
「アーキーさん、こんにちは」
 しかし彼はにこやかに、アーキーに言った。アーキーも慣れた様子で「ああ」と笑う。一人ついていけない咲が二人を交互に見ていると、アーキーが彼を紹介した。
「彼はギル。騎士団に所属しているんだ」
「はじめまして。ギルと申します」
 ギルは右手を左胸に当て、会釈をした。アーキーは咲のこともギルに説明する。ギルは驚いた様子もなく、「そうでしたか」と頷いた。
「何かお困りのことがあったら、お声がけください」
「はい。ありがとうございます」
 ギルはまだ仕事があるようで、挨拶を済ませると行ってしまった。
 店に戻り、咲は一息つく。
「今日は疲れただろう?」
 客席でぼんやりとしていた咲の目の前に、緩やかに湯気が立ち上るカップが置かれる。向かいに座ったアーキーの手には、マグカップが握られていた。
「あ、ありがとうございます」
「少し休んでから、住む場所のことは考えようか」
 緑茶に似た味わいの温かいお茶をすすっていた咲は、その言葉を聞いて、もしや気を使って帰らせてくれたのだろうか、と思った。
「色々と気遣っていただいて、ありがとうございます」
 咲が言うと、アーキーは優しく微笑んで頷いた。
 店の中にいると、外の喧騒がぼんやりと聞こえてくる。人の足音、笑い声、音楽。聞きなれた音の中に、馬の蹄が地を蹴る音と振動が混じる。白いレースのカーテン越しに外を眺め、咲は、この景色に慣れる日が来るのだろうか、と思い、来るのだろうな、とも思った。
 お茶を一杯飲みほしたところで、アーキーが話を始めた。
「住む場所については皆にも聞いて、空いている部屋があるアパートなり、マンションなりになると思うが……それでいいか?」
「あ、はい。助かります」
「部屋が決まるまではあの部屋を使ってもらって構わない。だが、早いとこ決めないと、不便だろう?」
 アーキーはそう言うが、咲は首を横に振った。
「そんなことないです。十分な部屋ですよ」
「そうか?」
「でも、いつまでもお世話になるわけにはいきませんから」
 仕事も見つけないと……と咲が小さく付け加えると、アーキーは「そのことなんだが」と言って、少し間を置いた。
 馬車が道を通り過ぎる音が響き、やがて、店に静寂が戻るとアーキーは言った。
「よかったらうちの店で働かないか?」
「えっ?」
 思っても見ない申し出に、咲は思わず聞き返す。アーキーは腕を組み、背もたれに身を預けながら話を続けた。
「朝からランチタイムまでの時間帯が忙しくてな、人手が……というか、料理人が欲しいんだ。ディナーの部もまあ、あれなんだが……とにかく、作り手が足りないんだ」
「料理をするのは、アーキーさんとソアさんだけですか?」
「ああ。だから、料理が追い付かなくてな」
 なるほど、と咲は頷いた。職を探している料理人の自分と、料理人不足のレストラン。お互いにとって、渡りに船ということか。
「分かりました。ぜひ、よろしくお願いします」
 咲の返事を聞き、アーキーは笑った。
「こちらこそ、よろしく頼む」
 さっそく明日からの勤務ということで、咲はアーキーに、店のことについていろいろと教えてもらうことになった。
 従業員用の動線、作法、掃除の仕方に魔法が動力源となっている様々なものの使い方、仕入れ。
「ちなみに仕入れたものは、ギルが運んできてくれる」
「えっ、騎士団って、そういう仕事もしているんですか?」
 てっきり、警察などの役割を担っているものだと思い込んでいた咲がそう聞くと、アーキーは気長に教えてくれた。
「ああ。街や国の安全を守るのが第一だが、その一環としてな。ほら、荷物の運搬って、いろいろな場所に行くだろう? それってつまり、騎士団が不定期に見回りをしているようなものだからね」
「なるほど、それは確かに納得です」
「それじゃあ、次は厨房に行こうか」
 その言葉に咲は心が浮き立った。ここの厨房ではないにしても、今まで毎日のように出入りしていた場所である。
 従業員用の廊下を行き、厨房の出入り口に差し掛かる。垣間見える調理器具に、咲はワクワクとした気持ちと同時に、なぜか懐かしさのようなものを感じた。それに咲は首をかしげる。確かに数時間ぶりに厨房という空間に入るのだが、懐かしい、と思うのはなんだか違う気がした。
 既視感。
 その言葉が思いついた時、アーキーが言った。
「さあ、中へ」
 促されるまま、咲は厨房に入る。
「あ……」
 厨房を見た途端に、咲の頭の中でいくつもの情報がつながり始める。手入れが行き届いた設備、きらきらした調理器具、年季の入った道具もある。
 そして、隅に置かれた丸い木製の椅子。
「どうした、サキ」
 沈黙し表情がかたまった咲に、アーキーが心配そうに声をかける。
 咲は妙な胸の高鳴りを飲み込んで、言った。
「私、夢でこの場所を見ました」
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