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第一章 セルメシア編
第17話 勅命任務
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庭に生えている木の枝にとまる二羽の小鳥。
彼らが鳴く声で、今日という一日がまた始まる。
鳴き終えて満足したのか小鳥たちは己が持つ翼を羽ばたかせて、朝方のメランシェルの空へと舞っていった。
地上の人間がその小鳥の姿が見えなくなるまで……
朝起きたロベルトは、いつも通り食堂で朝食を摂っていた。
隣でリナリーと喋りながらご飯を食べて、エミリーはメイドにお茶のお代わりを頼んだり、シリウスは新聞を読んでいたりと。
ロベルトも焼き立てのパンを手に取ってマーガリンを塗り、それを口の中に入れようとした時、隣のリビングからやかましい音が鳴り響く。
「おや? こんな朝から電話かな?」
「私が出てきますね」
食堂にいた一人のメイドがリビングの扉を開けて中に入る。
このやかましい音の正体は電話の呼び鈴であり、メイドが受話器を取ったのか音はピタリと止まる。
その後、一分ほどでメイドが戻ってきた。
「旦那様、ちょっとよろしいですか?」
「どうした?」
「ハイド団長様からお電話が入っていますが……」
どうやら電話をかけてきたのは騎士団団長のハイドのようだが、シリウスを指名してきた。
「わかった。済まないがちょっと失礼するよ」
シリウスは読んでいた新聞紙を畳んで机に置くと、ハイドと電話をするためにそのままリビングへと入っていく。
(……団長から?)
ロベルトはなぜハイドがシリウスに用があるのか気にはしたものの、今は目の前の朝食を摂ることに集中する。
今日も仕事のため、もたもたしていたら遅刻してしまうからだ。
3分ほどで、リビングに入っていたシリウスが食堂に戻ってきた。
「ロベルト、リナリー。済まないがご飯を食べて着替えた後、本部に向かうよ」
「えっ!? 本部!?」
「実はハイド団長から呼び出されてね。お前たちも来るように言われたんだ」
「あの、お父様。私、学校があるのですが……」
「団長が学校に連絡を入れておいてくれるって言ってたよ」
ハイドはロベルトとリナリー、そしてシリウスの3名を騎士団本部に召集をかけたようだ。
一体なぜ彼らが呼ばれることになったのだろうか。
思い当たることと言えば昨日のラマーとの模擬戦くらいだが、あの件はオスカーがけしかけたようなものなので、別段ロベルトが責められることではない。
妙な胸騒ぎに襲われるも団長自ら呼び出しを食らったとなれば、行かないわけにはいかない。
ロベルトは少しペースを速めてご飯を食べ終わり、部屋に戻って制服へと着替える。
男故に髪型なんてあまりいじらないロベルトは、鏡を見ながらぎこちない動きで櫛を使いつつ、昨日のセラのようになんとかハーフアップの髪型へと仕上げ、そこにバレッタをつける。
そしてアイリのイヤリングに椅子に立てかけてある自分のラグナ、白竜を自らの腰にさして、準備完了だ。
玄関へと向かうと、既にシリウスとリナリーは準備完了のようで、ロベルトを待っていた。
「親父、リナリー。待たせたな」
「構わないよ。準備はいいかい?」
「あぁ」
「私も大丈夫です」
本来であれば今日は学校があったリナリーは制服ではなく、私服のドレスへと着替えていた。
だがなぜリナリーまで呼び出されるのだろうか。
気にはなったが、考えるよりも直接ハイドに会えばわかるだろう。
「じゃあエミリー。済まないが出かけてくるから、家を頼むよ」
「わかったわ。もしかしたら買い物で留守にするかもしれないけど、その時はごめんね」
「大丈夫だよ。それじゃ、行ってくる」
シリウスはそう言って愛する妻に背を向けて玄関の扉を開けると、朝の太陽が彼らの顔を眩しく照らす。
空には雲など一つもなく、雨などという言葉なぞ存在しないだろう。
大通りに出ると、朝の仕事に向かう人々が既に右往左往と行き交っていく。
シリウス、ロベルト、リナリーの3人もその人込みの中に紛れながらも、少し離れた騎士団本部へと足を進めていく。
「そういえばお兄様、昨日のパーティーでもつけていた頭のそれって……」
「これか。セラからのプレゼントだ」
「セラさんからですか! お兄様似合いますね!」
リナリーからすれば、大好きな兄が何をつけていても似合うの一言を言ってしまうだろう。
しかも女物のアクセサリーをつけているとすれば猶更だ。
「ますますエミリーに似てきているな」
「親父は気にならないのか? 自分の息子が女みたいに見えるというのは」
「私は別に気にしたりはしないよ。お前が道を踏み外さない限りはとやかく言うつもりはないからね」
父親としては息子がかわいく見えるのは複雑な気持ちになるかもしれないが、シリウスは特になんとも思っていないようだ。
逆に息子のほうが少し複雑な気持ちになってしまうものの、転生した第二の人生でこういうのも悪くはないと、前向きに捉えることにした。
多くの人をよけながら、大通りの先にある騎士団本部へとようやくたどり着いた3人。
彼らを迎えたのは、外観が東京駅そのまんまのアルメスタ王国騎士団本部。
既に制服を着た団員達や関係者が本部を出たり入ったりしており、各々職務をこなしている。
「懐かしいな。たまに来ると昔を思い出すよ」
「昔もこんなんだった?」
「フインキは全く変わっていないね。建物自体は新しくなっているけど」
この二十数年の間に騎士団本部は一度改装工事をしている。
シリウスの言葉通り、昔のフインキはそのままに使われている赤煉瓦が新しいものになっている。
かつて騎士団長を務めていた彼にとっては、久々に見る本部はどこか新鮮味があるのだろう。
「さて、ここで立ち話もなんだ。中に入ろうか」
「お兄様。私、本部の中に入るの初めてです!」
「そうなのか? そういえば俺も初めてだな……」
本部は基本的にロベルトのような末端の団員は別に来る用もないので、一般的な騎士団員は中に入る事すらもほとんどない。
ここに来る者がいるとすれば、ハイドやシャルロットのような上級クラスの団員や本部に配属されている騎士団員。
もしくは今回のような団長に呼びだされた者くらいだ。
本部の中に入ると赤い制服を着た多くの騎士団員が既にあちこちで働いていた。
書類を持ってどこかに行く女性団員や受付で電話で対応している女性団員。
朝早くから事件が起きたのか、数名の団員を連れていく分団長など、この本部は既に慌ただしく動き始めていた。
「変わっていないな。実に懐かしい。おっ、あの胸像も久しぶりだな!」
シリウスは少し離れたところにある、誰かもわからない冴えないハゲたおっさんの胸像を見て笑っていた。
彼の反応からして、二十数年前からあの胸像はあるようだ。
本部にあんな胸像があるほどなので騎士団に由来する偉い人か、偉業をあげた人なのかもしれない。
「親父、そろそろ」
「ははは、つい懐かしさがこみあげてしまったよ。じゃあ行こうか。団長室は代々受け継がれているから、私の記憶が確かなら最上階にあるはずだ」
そう言ってシリウスは近くにある階段に向かって足を進め、子供二人も彼の後をついていく。
2階、3階へと上へと続く段差を足を上げて昇り、団長室のある最上階へと向かう。
3階までは仕事をする騎士団員が多くみられたが、4階に突入すると一気にフインキが変わる。
「あれ? あまり人がいないな」
「4階から上は分団長クラスより上の人が主に立ち入る場所だからね。あまり人もいないんだよ」
上のフロアは平隊員が来るような場所ではないということだろう。
4階は人気がほとんどいないのか、妙にひんやりした空気が廊下に流れ込んでいた。
5階まで登ったエルヴェシウス一家は通路を左に進み、大きな扉の前までたどり着く。
扉の上にあるプレートには団長室と書かれていた。
「ここだね。俺がノックするよ」
「じゃあ頼むよ」
ロベルトが扉の前に出て、右腕で扉を二回ノックする。
当然、中にいるハイドが返事を返すはず……だったのだが、予想外の反応が返ってきた。
「はーい! いますよー!」
「……は?」
ハイドとは程遠い明らかに若い女性の元気な声が帰ってきた。
しかもこの声、ロベルトにとってはよく知っている声である。
まさかと思いつつ、彼は扉をゆっくりと開けて中に入ると……
「よぅロベルト! おはよーさん!」
「やっほー! 遅かったじゃん!」
「あらリナリーちゃん。シリウスさん。おはようございます」
団長室の中央にある応接ソファーにはお馴染みの顔ぶれ、アイリとアルト、そしてシャルロットの3人が座っており、応接デスクに置かれている茶菓子をつまんで寛いでいた。
「待て待て待て待て待て! 何でお前たちまでいるんだ!?」
呑気に茶菓子を食べているアルトとアイリを見てロベルトは思わず声を荒げる。
まさかエルヴェシウス一家だけじゃなくて、彼らも呼ばれたのは予想外だったのだろう。
「だってあたしもお姉ちゃんも団長に呼びだしくらったからね」
「左に同じく」
どうやら彼らもロベルトと同じようにハイドに呼び出されたようだ。
その呼び出した張本人であるハイドは部屋の奥にあるデスクに座っていた。
机の上にある緑色の湯飲みを手に取り、彼は一口飲む。
中に入っている熱い緑茶が彼の喉に潤いを与える。
「シリウス殿、貴方まで呼び出して済まない」
「構わないよ。それより久しぶりだねハイド団長。元気にしていたかい?」
「はい。最近は忙しいですがなんとかやってます」
「そうかそうか。それにしてもあの頃の少年が今は団長とは……時の流れというのは残酷なものだね」
「……恐縮です」
いつもはぶっきらぼうで不機嫌そうな顔をしているハイドが、シリウスの言葉でほんの少しだけ笑った。
こんな男でも、可愛らしいところはあったりするものだ。
「お父様。ハイド団長様の事、ご存じなんですか?」
「もちろんだよ。私が現役の団長だった頃、当時の彼は未熟な若者でね。ある時任務で一緒の部隊になったとき、彼に色々と指南してあげたものだ」
「……シリウス殿、昔のことはなるべく……」
「ははは、すまないね。君にとっては恥ずかしい過去か」
今ではハイドは団長の座にいるが昔はまだ半人前だったようで、当時の団長であったシリウスがその話を切り出すと、彼は顔を少し赤くして話を止める。
ハイドにとっては過去の話は黒歴史らしい。
「団長。すみませんがなぜ俺たちを呼び出したのですか?」
ロベルトだけではなく、リナリーにシリウス。
さらにはアイリやアルト、シャルロットまで数多くの人がハイドによって呼び出された。
その理由をロベルトはハイドから聞き出そうとしたが、その問いに彼は驚くべき答えを返す。
「正確にいえば私ではなく、陛下が貴様たちを呼び出したのだ」
「陛下が!?」
そう、今回の招集はハイドではなく、オスカーがハイドを通して彼らを呼んだのだ。
だが肝心のオスカーは今、ここにはいない。
「陛下は城で待機しており、貴様たちをお待ちだ。おい、茶菓子を食うのはやめろ。今から城の謁見の間へと向かう。くれぐれも失礼のないようにな」
彼のこの言葉で全員団長室から出ていき、そのまま階段を下りて本部の外へ出ていく。
アルメスタの王城であるエドワード城は本部から近いので、歩いて5分ほどでたどり着ける距離だ。
国王自らの呼び出しに緊張しているのか、王城へ向かうロベルトの心はどこか浮きだつ。
だからと言って陛下の前で失態をさらすわけにもいかないので、彼は覚悟を決める。
ハイドに連れられて一同はアルメスタ王国の王城、エドワード城の門を潜る。
昨日パーティーで来たばかりなのに、やはりこういう場所に来ると緊張してしまうものだ。
そして城の玄関を通って内部に入ると、ロベルトの視界にはまさに豪華絢爛の言葉しか出ない光景が広がっていた。
天井に吊り下がっている豪華で大きなシャンデリアに高級素材が疲れている赤い絨毯。
至るところに置かれている調度品の数々。
「おおーいつ来ても凄いな!」
「相変わらず広いねー!」
場内に入ったときの感想はそれぞれであり、広いし豪華という言葉しか出ないだろう。
ロベルトからしたら前世などでやっていたRPG系のゲームに出てくるよくある城の内装であり、城内に入った瞬間彼の頭の中にはお城の中で流れるパイプオルガンやピアノのBGMが流れる。
周りを見ると専用の制服を着ている王宮士官やメイドたちがそれぞれの仕事をしていた。
「謁見の間は正面の階段を上った大扉の先だ」
ハイドの言う通り、目の前には大きな階段があり、その先には大扉がある。
ロベルトたちは階段を上って大扉の前まで歩く。
これからこの国の王であるオスカーとの謁見に臨む。
それだけなのに、ロベルトの心臓は先ほどから心拍数が上がりっぱなしだ。
「ではこれから陛下に会う。シリウス殿は問題はないだろうが……貴様たち、謁見の仕方は覚えているだろうな?」
「もちろんです。私、騎士学校でちゃんと学びました」
「まぁミス・リナリーは問題ないだろう。問題は貴様たちだ」
「大丈夫ですよ! 忘れていませんから!」
軽いノリでそう返すアルトだが、ハイドとしては心配になるものだ。
謁見というのは目上の人に挨拶するという意味だが、王に謁見するというのは一種の儀式みたいなものである。
故に挨拶の仕方に関しても一から十まで徹底的な礼儀が求められるため、王への謁見は騎士学校でもしっかり学ぶ。
だが平隊員は王に謁見する機会というのはまずないし、下手をすれば一生そんな機会はないので学校で学んでいても忘れている者が多いのも事実。
そんなアルトを軽く睨むハイドだが、仕方ないと判断したのか
「……わかった。くれぐれも失礼のないようにな。では行くぞ」
大扉に手を触れて、腕に力を入れて押し込む。
扉はゆっくりと開いては耳障りな開閉音を出す。
そして扉が開いた先にいたのは、玉座に座っているあの人物だ。
ロベルトたちは謁見の間に入り、そのまま絨毯の上を歩いてその人物が座っている玉座の前に行く。
その人物に近づくにつれて心臓の拍動が少しずつ早くなり、額から汗が出てくる。
絨毯の切れ目まで近づくと彼らはその場で止まって片膝をつき、頭を下げながら左腕は左足の膝の上に乗せ、右手を胸に添える。
王が顔を上げろの一言を言うまでは、彼らはそのままの体勢を維持し続けなければならない。
「陛下。ハイド・エストルンド以下数名。陛下の命により参上いたしました」
先頭にいたハイドもロベルトたちと一緒に膝をついて頭を下げながら、目の前の人物にそういった。
小さな段差の上にある豪華な玉座、そこに座っている人物こそが昨日のパーティーでロベルトをラマーを戦わせたこの国の王、オスカー・スタンリー・アルメスタだ。
椅子に座っているだけなのに王としての風格が溢れ、一般人であればその風格に圧倒されてしまうだろう。
「顔を上げろ」
オスカーの口から出た一言。
たった一言だが、その言葉だけでカリスマを感じる。
そしてロベルトたちはオスカーから許しをもらえたので、下げていた頭を上げて彼のほうを向くと……
オスカーは次の瞬間、王としてのベールを一気にはぎ取る。
「さて、挨拶も済んだところで……かたっ苦しいのは無しだ! お前たち! 楽にしていいぞ!」
と、オスカーは羽織っていたマントを脱ぎ、かぶっていた王冠をとっては玉座の横に置かれていた小さな机の上にドカッと無造作に置く。
玉座から立ち上がったオスカーはそのまま段差を降りて、ロベルトたちと同じ位置に立つ。
オスカーから楽にしてよいといわれたのか、ロベルトたちも立ち上がり楽な姿勢になる。
「ハイド、済まなかったな。わざわざ使い走りさせて」
「いえいえ。陛下の命であるならなんでも」
オスカーはハイドの肩をバシバシを叩くが、彼は痛がるそぶりを見せずに冷静に対応をする。
「さてと……ロベルト。昨日の試合、見事だったな! まさかあいつを負かす奴がいたとは……見ていた俺も久々に楽しませてもらったよ」
「あ、ありがとうございます」
「さて、さっそくだが、お前たちを呼んだのは……」
ここでオスカーがなぜロベルトたちを呼び出したのか、話を切り出そうとした時だった。
「アルくーーん!!」
「うげぇ!?」
突如、大扉のほうから女性の元気のよい大声が聞こえ、アルトが嫌そうな反応をする。
壊れかけた人形のように首をぎりぎりと音を鳴らしながら大扉のほうに顔を向けると……
「アル君にダーイブ!!」
「うぎゃあああ!!」
桃色長髪のスーツを着たスレンダーな美女がアルトに向かってタックルし、そのまま彼に抱き着きながらダイブをする。
飛びつかれたアルトは悲鳴を上げて、美女と共に倒れてそのまま二人は床の上に倒れる。
美女はアルトに抱き着いたまま、彼の髪の毛の匂いを嗅いで恍惚の表情を浮かべていた。
「アルくーん……はぁはぁ」
「………………」
傍から見たら、かなり危ない光景である。
女性が嬉しそうにしている中、アルトは白目をむいて気絶していた。
「ナタリー……お前、書類を財務課に届けに行ったんじゃなかったのか?」
「あっ! それはもう届けましたよ! そしたら私の中のアル君レーダーがピンときまして! ピンと!」
オスカーの問いに美女……ナタリーはすぐに直立してそう答える。
「あっ! ロベルト君にアイリちゃん! リナリーちゃんも久しぶり! 元気にしてた!?」
「は、はい……お久しぶりです。ナタリーさん」
アルトに急に抱き着いてきたスーツの女性、ナタリー・ベルネール。
アルトの婚約者であるノエルの姉であり、オスカーの秘書を務めている。
つまり、アルトからしたら彼女は義姉である。
「ちょっと、あんた大丈夫?」
「な、なんとかな……」
すぐに意識を取り戻し、アルトはふらつきながら立ち上がる。
しかしその表情からあまり大丈夫とはいえないようだ。
「もうアル君ったら、来るなら一言くらい連絡ちょうだいよー」
「団長に呼びだされて城に来ることになったんだよ。連絡してる暇なんてなかったんだよ」
「まぁまぁ……それより陛下、話を戻しますがなぜ私たちを呼んだのでしょうか?」
急にナタリーが乱入してきて話がそれてしまったが、シャルロットが本題に戻す。
するとオスカーは顔を引き締めて、ロベルトたちをまっすぐと見据える。
「そうだったな。では……オスカー・スタンリー・アルメスタの名の下に、貴殿らに勅命任務を言い渡す」
「ちょ、勅命任務ですか!?」
勅命任務……国王といった君主による直々の任務だ。
アルメスタ王国において勅命任務を受けられることは非常に名誉なことであり、勅任務をこなすことは国王であるオスカーから期待されているという証にもなる。
何度も勅命任務をこなすことができれば、昇進だって夢ではない。
「そうだ。此度の任務はシャルロット・カタルーシア。アイリ・カタルーシア。アルト・レイフェルス。そしてロベルト・エルヴェシウスの以下4名による任務だ。どうだ?引き受けてくれるか?」
と、オスカーは笑顔でロベルトたちにそういってきた。
悪意の一つも感じられない、期待を込められた笑顔だ。
「陛下直々の任務です。断る理由がありません」
シャルロットはオスカーの問いにそう答えた。
「あっ、俺も引き受けます!」
「あたしも当然引き受けます!」
シャルロットに続いてアルト、アイリも元気よく答える。
「そうかそうか。で? ロベルト、お前はどうだ?」
最後にオスカーはロベルトに質問をする。
無論、彼の中で答えは既に決まっていた。
「もちろんです。この任務、こなしてみせます」
ロベルトは己の青い瞳をオスカーに向けて自信満々にそう答えた。
「ははは! じゃあ決まりだな!」
「あの、陛下。その肝心の任務の内容なんですが……」
「ん?あぁそういえばそうだったな! 今回の任務だが……いわゆる積荷の輸送・護衛任務だ」
「積荷?」
「お前たちの家にもあれがあるだろ? 蓄音機。あれをメランシェルの工場で400個生産をした。それを隣国であるナギ国に200個、そしてヤクモ国に200個ずつ送り届けてほしい」
オスカーから言い渡された任務の内容は蓄音機の輸送任務。
400個のうち200個をナギ国、残りの200個をヤクモ国へと送り届ける任務だ。
「それともう一つ。実はとある試作品を作ってな。それをナギ国へと送り届けてほしい」
「試作品ですか?」
「済まないが詳しいことは言えない。まぁデカい木箱に入っているからわかるとは思うがな」
どうやらもう一つの積荷があるようだが、オスカーはその積荷に関しては口を閉ざす。
「最近はアムレアン盗賊団の襲撃も多いから、お前たちには列車に乗って積荷を守ってもらいたい。一応予定としては明日から4日間程度を予定している。明日の9時にはメランシェルの駅前に集合だ。質問はあるか?」
「はい!」
「おう、ロベルトどうした?」
ここでロベルトが手を上げて質問をする。
彼には一つ、聞きたいことがあったからだ。
「なぜ私たちを指名したんですか?こういう任務ならゼロ部隊にでも頼めばいいと思うのですが」
ロベルトが気になったこと、それはなぜこの任務に自分たちを指名したのか。
彼の言う通り、ゼロ部隊だけじゃなくて他にもいくらかいるだろう。
「理由は二つある。一つはゼロ部隊は今別の件で手が離せなくてな。あいつらに頼もうにも騎士庁の連中が煩くてな」
実はゼロ部隊の直轄は騎士庁にあるため、国王であるオスカーでも自由にゼロ部隊を動かすことはできない。
あまり彼らをこき使うと、騎士庁の官僚たちからも睨まれるからである。
「二つ目は昨日のラマーとの戦いをバンに電話で話したら、あいつがお前に会いたがっていたんだよ。この機会だからぜひあいつに会ってくれ」
「陛下……まさかバンというのは……」
「バン・ハオラン。隣国ナギ国の大王にしてオスカー陛下とは子供の頃からの知己……友人ですね。今でもたまにお忍びでこちらに来ては飲みに来てるのだとか」
昨夜オスカーが電話で会話していた相手、それはナギ国の王であるバン・ハオランの事だったのだ。
ロベルトも隣国の王であるバンの事は騎士学校時代に勉強しており、名前だけは知っていた。
「まぁそう言うことだ。質問がないならそろそろこの辺で切り上げるが?」
「陛下」
と、ここでシリウスが手を上げる。
「ロベルトたちが呼ばれたのは勅令任務であることは分かりました。ですが私とリナリーがなぜ呼ばれたのか分かりません」
「それに関しては今からお前に話したいことがある。悪いがシリウスとミス・リナリーは残ってくれ。あとはもう帰ってくれても構わん」
とのことだったので、シリウスとリナリーは謁見の間に残り、ロベルトたちは出ていくことになった。
謁見の間を出た後、彼らは城のエントランスにまで戻ってきた。
明日から4日間、ロベルトたちは隣国であるナギ国、ヤクモ国へと足を運ぶことになり、積荷である蓄音機を運ぶこと。
道中アムレアン盗賊団の襲撃も予想されるため、万が一襲撃してくるのであればそれを撃退すること。
国王直々の勅命を引き受けたロベルトは一層、気持ちが引き締まる。
「そういうわけだ。明日から4日間ナギ国とヤクモ国へと行ってもらう。明日の準備も必要だろうから今日は貴様たちに休みを与える。部署のほうにも報告しておこう」
「マジっすか!? よっしゃ!」
いきなり休みをもらえたアルトが喜ぶ。
だが危険な任務に赴くことになるのでもしかしたら今日が人生最期の休みになるのかもしれない。
「では私は仕事が残っているのでこれで失礼する」
そう言ってハイドはロベルトたちに背を向けて、コートをなびかせながら城を後にした。
「それじゃ、俺も準備とかあるから先に帰ってるわ。また明日な!」
アルトもそう言って城を出ていき、この場に残ったのはロベルトとアイリ、シャルロットの3名だけとなった。
「そうだ翼君。せっかくお休みをもらったわけだし、近くのカフェで話さない?」
「いいですよ。俺も少しお話したいことがあるので」
シャルロットの提案で、彼らは大通りに面してあるカフェテラスへと向かうことになった。
ロベルトがシャルロットに話したいこと……それはシリウスから聞いた六千年前にルナティールを襲った大厄災の事だ。
彼らが鳴く声で、今日という一日がまた始まる。
鳴き終えて満足したのか小鳥たちは己が持つ翼を羽ばたかせて、朝方のメランシェルの空へと舞っていった。
地上の人間がその小鳥の姿が見えなくなるまで……
朝起きたロベルトは、いつも通り食堂で朝食を摂っていた。
隣でリナリーと喋りながらご飯を食べて、エミリーはメイドにお茶のお代わりを頼んだり、シリウスは新聞を読んでいたりと。
ロベルトも焼き立てのパンを手に取ってマーガリンを塗り、それを口の中に入れようとした時、隣のリビングからやかましい音が鳴り響く。
「おや? こんな朝から電話かな?」
「私が出てきますね」
食堂にいた一人のメイドがリビングの扉を開けて中に入る。
このやかましい音の正体は電話の呼び鈴であり、メイドが受話器を取ったのか音はピタリと止まる。
その後、一分ほどでメイドが戻ってきた。
「旦那様、ちょっとよろしいですか?」
「どうした?」
「ハイド団長様からお電話が入っていますが……」
どうやら電話をかけてきたのは騎士団団長のハイドのようだが、シリウスを指名してきた。
「わかった。済まないがちょっと失礼するよ」
シリウスは読んでいた新聞紙を畳んで机に置くと、ハイドと電話をするためにそのままリビングへと入っていく。
(……団長から?)
ロベルトはなぜハイドがシリウスに用があるのか気にはしたものの、今は目の前の朝食を摂ることに集中する。
今日も仕事のため、もたもたしていたら遅刻してしまうからだ。
3分ほどで、リビングに入っていたシリウスが食堂に戻ってきた。
「ロベルト、リナリー。済まないがご飯を食べて着替えた後、本部に向かうよ」
「えっ!? 本部!?」
「実はハイド団長から呼び出されてね。お前たちも来るように言われたんだ」
「あの、お父様。私、学校があるのですが……」
「団長が学校に連絡を入れておいてくれるって言ってたよ」
ハイドはロベルトとリナリー、そしてシリウスの3名を騎士団本部に召集をかけたようだ。
一体なぜ彼らが呼ばれることになったのだろうか。
思い当たることと言えば昨日のラマーとの模擬戦くらいだが、あの件はオスカーがけしかけたようなものなので、別段ロベルトが責められることではない。
妙な胸騒ぎに襲われるも団長自ら呼び出しを食らったとなれば、行かないわけにはいかない。
ロベルトは少しペースを速めてご飯を食べ終わり、部屋に戻って制服へと着替える。
男故に髪型なんてあまりいじらないロベルトは、鏡を見ながらぎこちない動きで櫛を使いつつ、昨日のセラのようになんとかハーフアップの髪型へと仕上げ、そこにバレッタをつける。
そしてアイリのイヤリングに椅子に立てかけてある自分のラグナ、白竜を自らの腰にさして、準備完了だ。
玄関へと向かうと、既にシリウスとリナリーは準備完了のようで、ロベルトを待っていた。
「親父、リナリー。待たせたな」
「構わないよ。準備はいいかい?」
「あぁ」
「私も大丈夫です」
本来であれば今日は学校があったリナリーは制服ではなく、私服のドレスへと着替えていた。
だがなぜリナリーまで呼び出されるのだろうか。
気にはなったが、考えるよりも直接ハイドに会えばわかるだろう。
「じゃあエミリー。済まないが出かけてくるから、家を頼むよ」
「わかったわ。もしかしたら買い物で留守にするかもしれないけど、その時はごめんね」
「大丈夫だよ。それじゃ、行ってくる」
シリウスはそう言って愛する妻に背を向けて玄関の扉を開けると、朝の太陽が彼らの顔を眩しく照らす。
空には雲など一つもなく、雨などという言葉なぞ存在しないだろう。
大通りに出ると、朝の仕事に向かう人々が既に右往左往と行き交っていく。
シリウス、ロベルト、リナリーの3人もその人込みの中に紛れながらも、少し離れた騎士団本部へと足を進めていく。
「そういえばお兄様、昨日のパーティーでもつけていた頭のそれって……」
「これか。セラからのプレゼントだ」
「セラさんからですか! お兄様似合いますね!」
リナリーからすれば、大好きな兄が何をつけていても似合うの一言を言ってしまうだろう。
しかも女物のアクセサリーをつけているとすれば猶更だ。
「ますますエミリーに似てきているな」
「親父は気にならないのか? 自分の息子が女みたいに見えるというのは」
「私は別に気にしたりはしないよ。お前が道を踏み外さない限りはとやかく言うつもりはないからね」
父親としては息子がかわいく見えるのは複雑な気持ちになるかもしれないが、シリウスは特になんとも思っていないようだ。
逆に息子のほうが少し複雑な気持ちになってしまうものの、転生した第二の人生でこういうのも悪くはないと、前向きに捉えることにした。
多くの人をよけながら、大通りの先にある騎士団本部へとようやくたどり着いた3人。
彼らを迎えたのは、外観が東京駅そのまんまのアルメスタ王国騎士団本部。
既に制服を着た団員達や関係者が本部を出たり入ったりしており、各々職務をこなしている。
「懐かしいな。たまに来ると昔を思い出すよ」
「昔もこんなんだった?」
「フインキは全く変わっていないね。建物自体は新しくなっているけど」
この二十数年の間に騎士団本部は一度改装工事をしている。
シリウスの言葉通り、昔のフインキはそのままに使われている赤煉瓦が新しいものになっている。
かつて騎士団長を務めていた彼にとっては、久々に見る本部はどこか新鮮味があるのだろう。
「さて、ここで立ち話もなんだ。中に入ろうか」
「お兄様。私、本部の中に入るの初めてです!」
「そうなのか? そういえば俺も初めてだな……」
本部は基本的にロベルトのような末端の団員は別に来る用もないので、一般的な騎士団員は中に入る事すらもほとんどない。
ここに来る者がいるとすれば、ハイドやシャルロットのような上級クラスの団員や本部に配属されている騎士団員。
もしくは今回のような団長に呼びだされた者くらいだ。
本部の中に入ると赤い制服を着た多くの騎士団員が既にあちこちで働いていた。
書類を持ってどこかに行く女性団員や受付で電話で対応している女性団員。
朝早くから事件が起きたのか、数名の団員を連れていく分団長など、この本部は既に慌ただしく動き始めていた。
「変わっていないな。実に懐かしい。おっ、あの胸像も久しぶりだな!」
シリウスは少し離れたところにある、誰かもわからない冴えないハゲたおっさんの胸像を見て笑っていた。
彼の反応からして、二十数年前からあの胸像はあるようだ。
本部にあんな胸像があるほどなので騎士団に由来する偉い人か、偉業をあげた人なのかもしれない。
「親父、そろそろ」
「ははは、つい懐かしさがこみあげてしまったよ。じゃあ行こうか。団長室は代々受け継がれているから、私の記憶が確かなら最上階にあるはずだ」
そう言ってシリウスは近くにある階段に向かって足を進め、子供二人も彼の後をついていく。
2階、3階へと上へと続く段差を足を上げて昇り、団長室のある最上階へと向かう。
3階までは仕事をする騎士団員が多くみられたが、4階に突入すると一気にフインキが変わる。
「あれ? あまり人がいないな」
「4階から上は分団長クラスより上の人が主に立ち入る場所だからね。あまり人もいないんだよ」
上のフロアは平隊員が来るような場所ではないということだろう。
4階は人気がほとんどいないのか、妙にひんやりした空気が廊下に流れ込んでいた。
5階まで登ったエルヴェシウス一家は通路を左に進み、大きな扉の前までたどり着く。
扉の上にあるプレートには団長室と書かれていた。
「ここだね。俺がノックするよ」
「じゃあ頼むよ」
ロベルトが扉の前に出て、右腕で扉を二回ノックする。
当然、中にいるハイドが返事を返すはず……だったのだが、予想外の反応が返ってきた。
「はーい! いますよー!」
「……は?」
ハイドとは程遠い明らかに若い女性の元気な声が帰ってきた。
しかもこの声、ロベルトにとってはよく知っている声である。
まさかと思いつつ、彼は扉をゆっくりと開けて中に入ると……
「よぅロベルト! おはよーさん!」
「やっほー! 遅かったじゃん!」
「あらリナリーちゃん。シリウスさん。おはようございます」
団長室の中央にある応接ソファーにはお馴染みの顔ぶれ、アイリとアルト、そしてシャルロットの3人が座っており、応接デスクに置かれている茶菓子をつまんで寛いでいた。
「待て待て待て待て待て! 何でお前たちまでいるんだ!?」
呑気に茶菓子を食べているアルトとアイリを見てロベルトは思わず声を荒げる。
まさかエルヴェシウス一家だけじゃなくて、彼らも呼ばれたのは予想外だったのだろう。
「だってあたしもお姉ちゃんも団長に呼びだしくらったからね」
「左に同じく」
どうやら彼らもロベルトと同じようにハイドに呼び出されたようだ。
その呼び出した張本人であるハイドは部屋の奥にあるデスクに座っていた。
机の上にある緑色の湯飲みを手に取り、彼は一口飲む。
中に入っている熱い緑茶が彼の喉に潤いを与える。
「シリウス殿、貴方まで呼び出して済まない」
「構わないよ。それより久しぶりだねハイド団長。元気にしていたかい?」
「はい。最近は忙しいですがなんとかやってます」
「そうかそうか。それにしてもあの頃の少年が今は団長とは……時の流れというのは残酷なものだね」
「……恐縮です」
いつもはぶっきらぼうで不機嫌そうな顔をしているハイドが、シリウスの言葉でほんの少しだけ笑った。
こんな男でも、可愛らしいところはあったりするものだ。
「お父様。ハイド団長様の事、ご存じなんですか?」
「もちろんだよ。私が現役の団長だった頃、当時の彼は未熟な若者でね。ある時任務で一緒の部隊になったとき、彼に色々と指南してあげたものだ」
「……シリウス殿、昔のことはなるべく……」
「ははは、すまないね。君にとっては恥ずかしい過去か」
今ではハイドは団長の座にいるが昔はまだ半人前だったようで、当時の団長であったシリウスがその話を切り出すと、彼は顔を少し赤くして話を止める。
ハイドにとっては過去の話は黒歴史らしい。
「団長。すみませんがなぜ俺たちを呼び出したのですか?」
ロベルトだけではなく、リナリーにシリウス。
さらにはアイリやアルト、シャルロットまで数多くの人がハイドによって呼び出された。
その理由をロベルトはハイドから聞き出そうとしたが、その問いに彼は驚くべき答えを返す。
「正確にいえば私ではなく、陛下が貴様たちを呼び出したのだ」
「陛下が!?」
そう、今回の招集はハイドではなく、オスカーがハイドを通して彼らを呼んだのだ。
だが肝心のオスカーは今、ここにはいない。
「陛下は城で待機しており、貴様たちをお待ちだ。おい、茶菓子を食うのはやめろ。今から城の謁見の間へと向かう。くれぐれも失礼のないようにな」
彼のこの言葉で全員団長室から出ていき、そのまま階段を下りて本部の外へ出ていく。
アルメスタの王城であるエドワード城は本部から近いので、歩いて5分ほどでたどり着ける距離だ。
国王自らの呼び出しに緊張しているのか、王城へ向かうロベルトの心はどこか浮きだつ。
だからと言って陛下の前で失態をさらすわけにもいかないので、彼は覚悟を決める。
ハイドに連れられて一同はアルメスタ王国の王城、エドワード城の門を潜る。
昨日パーティーで来たばかりなのに、やはりこういう場所に来ると緊張してしまうものだ。
そして城の玄関を通って内部に入ると、ロベルトの視界にはまさに豪華絢爛の言葉しか出ない光景が広がっていた。
天井に吊り下がっている豪華で大きなシャンデリアに高級素材が疲れている赤い絨毯。
至るところに置かれている調度品の数々。
「おおーいつ来ても凄いな!」
「相変わらず広いねー!」
場内に入ったときの感想はそれぞれであり、広いし豪華という言葉しか出ないだろう。
ロベルトからしたら前世などでやっていたRPG系のゲームに出てくるよくある城の内装であり、城内に入った瞬間彼の頭の中にはお城の中で流れるパイプオルガンやピアノのBGMが流れる。
周りを見ると専用の制服を着ている王宮士官やメイドたちがそれぞれの仕事をしていた。
「謁見の間は正面の階段を上った大扉の先だ」
ハイドの言う通り、目の前には大きな階段があり、その先には大扉がある。
ロベルトたちは階段を上って大扉の前まで歩く。
これからこの国の王であるオスカーとの謁見に臨む。
それだけなのに、ロベルトの心臓は先ほどから心拍数が上がりっぱなしだ。
「ではこれから陛下に会う。シリウス殿は問題はないだろうが……貴様たち、謁見の仕方は覚えているだろうな?」
「もちろんです。私、騎士学校でちゃんと学びました」
「まぁミス・リナリーは問題ないだろう。問題は貴様たちだ」
「大丈夫ですよ! 忘れていませんから!」
軽いノリでそう返すアルトだが、ハイドとしては心配になるものだ。
謁見というのは目上の人に挨拶するという意味だが、王に謁見するというのは一種の儀式みたいなものである。
故に挨拶の仕方に関しても一から十まで徹底的な礼儀が求められるため、王への謁見は騎士学校でもしっかり学ぶ。
だが平隊員は王に謁見する機会というのはまずないし、下手をすれば一生そんな機会はないので学校で学んでいても忘れている者が多いのも事実。
そんなアルトを軽く睨むハイドだが、仕方ないと判断したのか
「……わかった。くれぐれも失礼のないようにな。では行くぞ」
大扉に手を触れて、腕に力を入れて押し込む。
扉はゆっくりと開いては耳障りな開閉音を出す。
そして扉が開いた先にいたのは、玉座に座っているあの人物だ。
ロベルトたちは謁見の間に入り、そのまま絨毯の上を歩いてその人物が座っている玉座の前に行く。
その人物に近づくにつれて心臓の拍動が少しずつ早くなり、額から汗が出てくる。
絨毯の切れ目まで近づくと彼らはその場で止まって片膝をつき、頭を下げながら左腕は左足の膝の上に乗せ、右手を胸に添える。
王が顔を上げろの一言を言うまでは、彼らはそのままの体勢を維持し続けなければならない。
「陛下。ハイド・エストルンド以下数名。陛下の命により参上いたしました」
先頭にいたハイドもロベルトたちと一緒に膝をついて頭を下げながら、目の前の人物にそういった。
小さな段差の上にある豪華な玉座、そこに座っている人物こそが昨日のパーティーでロベルトをラマーを戦わせたこの国の王、オスカー・スタンリー・アルメスタだ。
椅子に座っているだけなのに王としての風格が溢れ、一般人であればその風格に圧倒されてしまうだろう。
「顔を上げろ」
オスカーの口から出た一言。
たった一言だが、その言葉だけでカリスマを感じる。
そしてロベルトたちはオスカーから許しをもらえたので、下げていた頭を上げて彼のほうを向くと……
オスカーは次の瞬間、王としてのベールを一気にはぎ取る。
「さて、挨拶も済んだところで……かたっ苦しいのは無しだ! お前たち! 楽にしていいぞ!」
と、オスカーは羽織っていたマントを脱ぎ、かぶっていた王冠をとっては玉座の横に置かれていた小さな机の上にドカッと無造作に置く。
玉座から立ち上がったオスカーはそのまま段差を降りて、ロベルトたちと同じ位置に立つ。
オスカーから楽にしてよいといわれたのか、ロベルトたちも立ち上がり楽な姿勢になる。
「ハイド、済まなかったな。わざわざ使い走りさせて」
「いえいえ。陛下の命であるならなんでも」
オスカーはハイドの肩をバシバシを叩くが、彼は痛がるそぶりを見せずに冷静に対応をする。
「さてと……ロベルト。昨日の試合、見事だったな! まさかあいつを負かす奴がいたとは……見ていた俺も久々に楽しませてもらったよ」
「あ、ありがとうございます」
「さて、さっそくだが、お前たちを呼んだのは……」
ここでオスカーがなぜロベルトたちを呼び出したのか、話を切り出そうとした時だった。
「アルくーーん!!」
「うげぇ!?」
突如、大扉のほうから女性の元気のよい大声が聞こえ、アルトが嫌そうな反応をする。
壊れかけた人形のように首をぎりぎりと音を鳴らしながら大扉のほうに顔を向けると……
「アル君にダーイブ!!」
「うぎゃあああ!!」
桃色長髪のスーツを着たスレンダーな美女がアルトに向かってタックルし、そのまま彼に抱き着きながらダイブをする。
飛びつかれたアルトは悲鳴を上げて、美女と共に倒れてそのまま二人は床の上に倒れる。
美女はアルトに抱き着いたまま、彼の髪の毛の匂いを嗅いで恍惚の表情を浮かべていた。
「アルくーん……はぁはぁ」
「………………」
傍から見たら、かなり危ない光景である。
女性が嬉しそうにしている中、アルトは白目をむいて気絶していた。
「ナタリー……お前、書類を財務課に届けに行ったんじゃなかったのか?」
「あっ! それはもう届けましたよ! そしたら私の中のアル君レーダーがピンときまして! ピンと!」
オスカーの問いに美女……ナタリーはすぐに直立してそう答える。
「あっ! ロベルト君にアイリちゃん! リナリーちゃんも久しぶり! 元気にしてた!?」
「は、はい……お久しぶりです。ナタリーさん」
アルトに急に抱き着いてきたスーツの女性、ナタリー・ベルネール。
アルトの婚約者であるノエルの姉であり、オスカーの秘書を務めている。
つまり、アルトからしたら彼女は義姉である。
「ちょっと、あんた大丈夫?」
「な、なんとかな……」
すぐに意識を取り戻し、アルトはふらつきながら立ち上がる。
しかしその表情からあまり大丈夫とはいえないようだ。
「もうアル君ったら、来るなら一言くらい連絡ちょうだいよー」
「団長に呼びだされて城に来ることになったんだよ。連絡してる暇なんてなかったんだよ」
「まぁまぁ……それより陛下、話を戻しますがなぜ私たちを呼んだのでしょうか?」
急にナタリーが乱入してきて話がそれてしまったが、シャルロットが本題に戻す。
するとオスカーは顔を引き締めて、ロベルトたちをまっすぐと見据える。
「そうだったな。では……オスカー・スタンリー・アルメスタの名の下に、貴殿らに勅命任務を言い渡す」
「ちょ、勅命任務ですか!?」
勅命任務……国王といった君主による直々の任務だ。
アルメスタ王国において勅命任務を受けられることは非常に名誉なことであり、勅任務をこなすことは国王であるオスカーから期待されているという証にもなる。
何度も勅命任務をこなすことができれば、昇進だって夢ではない。
「そうだ。此度の任務はシャルロット・カタルーシア。アイリ・カタルーシア。アルト・レイフェルス。そしてロベルト・エルヴェシウスの以下4名による任務だ。どうだ?引き受けてくれるか?」
と、オスカーは笑顔でロベルトたちにそういってきた。
悪意の一つも感じられない、期待を込められた笑顔だ。
「陛下直々の任務です。断る理由がありません」
シャルロットはオスカーの問いにそう答えた。
「あっ、俺も引き受けます!」
「あたしも当然引き受けます!」
シャルロットに続いてアルト、アイリも元気よく答える。
「そうかそうか。で? ロベルト、お前はどうだ?」
最後にオスカーはロベルトに質問をする。
無論、彼の中で答えは既に決まっていた。
「もちろんです。この任務、こなしてみせます」
ロベルトは己の青い瞳をオスカーに向けて自信満々にそう答えた。
「ははは! じゃあ決まりだな!」
「あの、陛下。その肝心の任務の内容なんですが……」
「ん?あぁそういえばそうだったな! 今回の任務だが……いわゆる積荷の輸送・護衛任務だ」
「積荷?」
「お前たちの家にもあれがあるだろ? 蓄音機。あれをメランシェルの工場で400個生産をした。それを隣国であるナギ国に200個、そしてヤクモ国に200個ずつ送り届けてほしい」
オスカーから言い渡された任務の内容は蓄音機の輸送任務。
400個のうち200個をナギ国、残りの200個をヤクモ国へと送り届ける任務だ。
「それともう一つ。実はとある試作品を作ってな。それをナギ国へと送り届けてほしい」
「試作品ですか?」
「済まないが詳しいことは言えない。まぁデカい木箱に入っているからわかるとは思うがな」
どうやらもう一つの積荷があるようだが、オスカーはその積荷に関しては口を閉ざす。
「最近はアムレアン盗賊団の襲撃も多いから、お前たちには列車に乗って積荷を守ってもらいたい。一応予定としては明日から4日間程度を予定している。明日の9時にはメランシェルの駅前に集合だ。質問はあるか?」
「はい!」
「おう、ロベルトどうした?」
ここでロベルトが手を上げて質問をする。
彼には一つ、聞きたいことがあったからだ。
「なぜ私たちを指名したんですか?こういう任務ならゼロ部隊にでも頼めばいいと思うのですが」
ロベルトが気になったこと、それはなぜこの任務に自分たちを指名したのか。
彼の言う通り、ゼロ部隊だけじゃなくて他にもいくらかいるだろう。
「理由は二つある。一つはゼロ部隊は今別の件で手が離せなくてな。あいつらに頼もうにも騎士庁の連中が煩くてな」
実はゼロ部隊の直轄は騎士庁にあるため、国王であるオスカーでも自由にゼロ部隊を動かすことはできない。
あまり彼らをこき使うと、騎士庁の官僚たちからも睨まれるからである。
「二つ目は昨日のラマーとの戦いをバンに電話で話したら、あいつがお前に会いたがっていたんだよ。この機会だからぜひあいつに会ってくれ」
「陛下……まさかバンというのは……」
「バン・ハオラン。隣国ナギ国の大王にしてオスカー陛下とは子供の頃からの知己……友人ですね。今でもたまにお忍びでこちらに来ては飲みに来てるのだとか」
昨夜オスカーが電話で会話していた相手、それはナギ国の王であるバン・ハオランの事だったのだ。
ロベルトも隣国の王であるバンの事は騎士学校時代に勉強しており、名前だけは知っていた。
「まぁそう言うことだ。質問がないならそろそろこの辺で切り上げるが?」
「陛下」
と、ここでシリウスが手を上げる。
「ロベルトたちが呼ばれたのは勅令任務であることは分かりました。ですが私とリナリーがなぜ呼ばれたのか分かりません」
「それに関しては今からお前に話したいことがある。悪いがシリウスとミス・リナリーは残ってくれ。あとはもう帰ってくれても構わん」
とのことだったので、シリウスとリナリーは謁見の間に残り、ロベルトたちは出ていくことになった。
謁見の間を出た後、彼らは城のエントランスにまで戻ってきた。
明日から4日間、ロベルトたちは隣国であるナギ国、ヤクモ国へと足を運ぶことになり、積荷である蓄音機を運ぶこと。
道中アムレアン盗賊団の襲撃も予想されるため、万が一襲撃してくるのであればそれを撃退すること。
国王直々の勅命を引き受けたロベルトは一層、気持ちが引き締まる。
「そういうわけだ。明日から4日間ナギ国とヤクモ国へと行ってもらう。明日の準備も必要だろうから今日は貴様たちに休みを与える。部署のほうにも報告しておこう」
「マジっすか!? よっしゃ!」
いきなり休みをもらえたアルトが喜ぶ。
だが危険な任務に赴くことになるのでもしかしたら今日が人生最期の休みになるのかもしれない。
「では私は仕事が残っているのでこれで失礼する」
そう言ってハイドはロベルトたちに背を向けて、コートをなびかせながら城を後にした。
「それじゃ、俺も準備とかあるから先に帰ってるわ。また明日な!」
アルトもそう言って城を出ていき、この場に残ったのはロベルトとアイリ、シャルロットの3名だけとなった。
「そうだ翼君。せっかくお休みをもらったわけだし、近くのカフェで話さない?」
「いいですよ。俺も少しお話したいことがあるので」
シャルロットの提案で、彼らは大通りに面してあるカフェテラスへと向かうことになった。
ロベルトがシャルロットに話したいこと……それはシリウスから聞いた六千年前にルナティールを襲った大厄災の事だ。
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