その傘をはずして

みたらし

文字の大きさ
20 / 38
第一章

(20)

しおりを挟む
 搬出作業を終えると、次は鶏肉のパックにラベルを貼るという仕事を任された。計量プリンターと呼ばれる秤のようなものにラッピングされた鶏肉のパックを置くと、デジタルの画面に100g辺りの値段が表示され、それがシールになって出てくるといった仕組みだった。

 片山さんと世間話をしながら、僕はもくもくと今日並べる分の肉を軽量し続けた。片山さんはお酒が好きで、その病的なしゃがれ声はきっと酒によるものだと思った。

 片山さんには僕と同じ学校に通う同い年の娘がおり、その子は伊織のクラスに在籍しているらしい。娘も今日デザイン会社にインターンシップに行っているが、ここに来ればいいのにねぇとぼやいていた。

 そうですね、と言ってはみたが、僕が当人の立場になったら親の働いている会社で職場体験をするのはやっぱり嫌だと思った。それから直売所への野菜の品出しや、販売業務などに携わっていると、あっという間に昼になった。

 所長から昼は出張所の休憩室で食べるということを聞かされていた。休憩室は十帖ほどの和室で、漆色のテーブルとテレビがあるだけの殺風景な部屋だった。部屋にはすでに僕以外の社員がいて各々食事を取っていた。井坂は窓側の端っこの席で、昼のバラエティ番組を見ながらパンの袋を開けていた。

「あっちの仕事はどうだ? 結構ハードだっただろう」

「はい。とても」

 弁当を食べながら、今朝からの一連の業務の感想を述べた。所長やその他の社員からもねぎらいの言葉を受けて、その場所での居心地は悪くなかった。

「井坂君はどうだい? 仕事大変だったかい?」

「……いえ、別に」

 井坂は片膝を立ててパンをかじりながら、所長と目を合わせずに答えた。その横着な態度に楽しい雰囲気が一変し、それを機に誰もが喋らなくなってしまった。僕は弁当を早々に平らげ、倉庫のダンボールの片づけが途中だと嘘をついてその場を離れた。

 午後は店内に陳列されている商品の賞味期限を調べる作業を行った。棚の奥にある賞味期限間近の商品を手前に入れ替えるという作業である。店内はそこまで広くはないが、作業には意外と時間がかかり、終えたころ片山さんに休憩をしようと言われた。

「月島君は彼女いるの?」

 片山さんがしゃがれ声で聞いてきた。

「ええ、まあ一応」

 僕と伊織は、雇用主と社員との間で交わされる一種の契約のような関係である。だから本当はいないと答えるべきだが、片山さんには伊織と同じクラスに娘がいるので、本当のことを言うわけにはいかない。

 しかしそのことで急に火が付いたのか、片山さんが彼女の写真を見せてとせがんできた。僕は仕方なく、携帯電話で一枚だけ撮影した写真を見せた。

「うっわ! めちゃくちゃ美人じゃない!」

 片山さんはうわずったしゃがれ声で叫びながら、液晶を食い入るように見ていた。

 それは僕と伊織が、楠木の下で顔を近づけている写真だった。彼女の指示で待ち受け画面にしていたが、極力誰にも見せないようにしている。片山さんは何故か残念そうに携帯を僕に返した。

「もしも彼女がいなかったら、うちの娘を紹介したのに。あの子いつもゲームばかりしているから、恋人でもできたら外に連れ出してくれると思っているんだけど。知ってる? プレーヤーが社長になって、日本全国を電車で回るゲーム」

 僕はあの国民的に有名なゲームの名前を口にした。プレーヤーが順番にサイコロを振り、指定された目的地に最初にたどり着いた人が勝ちというルールで、その目的地に着く間に金額を増やしたり、物件を購入したり、資産を食い尽くすおぞましい貧乏神が付いてきたり、それを相手に擦り付けたりするあの面白いやつである。

「せっかくの夏休みなんだから外で遊ばなきゃ。月島君の彼女は、ゲームとかしないんでしょう?」

「ええ、まあ」

 と言いつつ僕は、あれ? と思った。

 本当に伊織はゲームなどしないのだろうか。よくよく考えてみると、僕は伊織の趣味どころか、好きなテレビ番組や、食の好み、好きな色に至るまで、彼女のことについての知識が乏しいことに気付いた。

 それに何より、今の彼女の状況だ。彼女はいつか、ある事情でおばあちゃんと二人暮らしをしていると話していたが、実際どういった事情があるのだ。今更ながら、彼女の両親はどこにいる。僕は彼女のことを何も知らないじゃないか。

「月島くん、大丈夫?」

 だいぶ思いつめていた顔をしていたのだろう。僕は適当にはぐらかして、残りのアイスを食べ終えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...