22 / 38
第一章
(22)
しおりを挟む
日の光がオレンジ色を帯びてきた頃、髪を振り乱した叔父が休憩室に駆け込んできた。
叔父は息を切らせながら、僕にもう今日は帰っていいと告げると、再びどこかへと消えて行った。時刻は七時を過ぎていたが、JA全体が騒がしく、職員は誰一人帰宅していなかった。お世話になった方々に挨拶をして帰りたかったが、介入できるような空気ではなかったので、申し訳ない気持ちでJAを後にした。
翌日僕は学校へ出向いた。インターンシップが終わった後は、職場の責任者に書いてもらった総評を学校に提出しないといけない決まりになっていたからである。
学校へ着くなり担任の小林先生を訪ねると、先日の井坂の一件は既に明るみになっていた。昨日の騒動で総評を書いてもらえなかった事を話すと、気にするなと言われた。
「それより、昨日のことを説明してくれないか」
小林先生は三十代前半の男性教師で、今年のインターンシップの責任者でもあり、井坂の一件で精神をやられたのか、十歳ほど老けて見えた。僕は自分が知りえる限りの事件の大まかな内容を話したが、それはほとんど小林先生がJAの所長から聞いた情報との答え合わせに近い作業だった。
「しかし、大変なことになったぞ」
小林先生は長いため息を吐くと、声を抑えるようにして語り出した。
あの事件の後、老婆の息子がスーパーに乗り込んできて大騒ぎになったそうだ。
所長や叔父、スーパーでの責任者の片山さんが何度も頭を下げ続け、老婆の息子はようやく落ち着きを取り戻したが、井坂は終始不貞腐れたまま形式的に頭を下げているだけで、全く反省している素振りを見せなかったそうだ。
JAはインターンシップが始まった頃から当校を贔屓にしてくれていたが、今回の一件で来年以降のインターンを見送るどころか、今年度の求人にも影響が及ぶ可能性が浮上してきているらしい。
幸い老婆は大したけがもしておらず、今では普通に歩行できるそうだが、老婆の息子は井坂が反省していないことに憤りを覚え、皆の前で盛大に怒鳴り散らしたのだという。現在井坂は教室で反省文を書かされているそうだ。
「月島のことは、所長さんも褒めていたぞ。真面目で器用に仕事をこなすいい生徒さんだったって。だから、井坂のことは特に目立って素行が悪いように見えたのだろうな。それに、あいつは事件を起こす前から態度が悪かったのだろう?」
僕は曖昧に頷き、業務中は別れて作業をしていたから、あまり彼とは関わらなかったと説明した。それから小林先生と二、三話をして職員室を出た。
空はぐずついていたが、誰かにここぞという時のために焦らされているように雨は降っていなかった。校内はインターンの総評を提出に来た生徒や、部活生などがまばらにいたが割と静かだった。
自販機で飲み物を購入し、売店のベンチに腰掛けた。今日は伊織も朝から学校に来ているそうで、昼過ぎに一緒に帰る約束をしていた。
何かがずっと、頭の中で引っかかっていた。ぐずついた空を見ながら、それが伊織のことであるということに思い至った。
悶々としていると、三十分ほどしてから伊織が現れた。
「お待たせ。何飲んでるの?」
梅昆布茶、と言うと、伊織がマネしないでよ、と言って自分も梅昆布茶を購入し、僕の隣に腰掛けた。
「インターンどうだった?」
「うん、まあ、いろいろとね」
特に興味もなさそうに、ずず、と彼女は梅昆布茶をすすった。僕の梅昆布茶はもうすっかり冷めていた。
教室に荷物を取りに行くと言うので、彼女について行った。スカートの下から伸びる白くて長い足を躍動させながら、彼女は階段を力強く上った。僕はそんな彼女の背中を見ていた。
叔父は息を切らせながら、僕にもう今日は帰っていいと告げると、再びどこかへと消えて行った。時刻は七時を過ぎていたが、JA全体が騒がしく、職員は誰一人帰宅していなかった。お世話になった方々に挨拶をして帰りたかったが、介入できるような空気ではなかったので、申し訳ない気持ちでJAを後にした。
翌日僕は学校へ出向いた。インターンシップが終わった後は、職場の責任者に書いてもらった総評を学校に提出しないといけない決まりになっていたからである。
学校へ着くなり担任の小林先生を訪ねると、先日の井坂の一件は既に明るみになっていた。昨日の騒動で総評を書いてもらえなかった事を話すと、気にするなと言われた。
「それより、昨日のことを説明してくれないか」
小林先生は三十代前半の男性教師で、今年のインターンシップの責任者でもあり、井坂の一件で精神をやられたのか、十歳ほど老けて見えた。僕は自分が知りえる限りの事件の大まかな内容を話したが、それはほとんど小林先生がJAの所長から聞いた情報との答え合わせに近い作業だった。
「しかし、大変なことになったぞ」
小林先生は長いため息を吐くと、声を抑えるようにして語り出した。
あの事件の後、老婆の息子がスーパーに乗り込んできて大騒ぎになったそうだ。
所長や叔父、スーパーでの責任者の片山さんが何度も頭を下げ続け、老婆の息子はようやく落ち着きを取り戻したが、井坂は終始不貞腐れたまま形式的に頭を下げているだけで、全く反省している素振りを見せなかったそうだ。
JAはインターンシップが始まった頃から当校を贔屓にしてくれていたが、今回の一件で来年以降のインターンを見送るどころか、今年度の求人にも影響が及ぶ可能性が浮上してきているらしい。
幸い老婆は大したけがもしておらず、今では普通に歩行できるそうだが、老婆の息子は井坂が反省していないことに憤りを覚え、皆の前で盛大に怒鳴り散らしたのだという。現在井坂は教室で反省文を書かされているそうだ。
「月島のことは、所長さんも褒めていたぞ。真面目で器用に仕事をこなすいい生徒さんだったって。だから、井坂のことは特に目立って素行が悪いように見えたのだろうな。それに、あいつは事件を起こす前から態度が悪かったのだろう?」
僕は曖昧に頷き、業務中は別れて作業をしていたから、あまり彼とは関わらなかったと説明した。それから小林先生と二、三話をして職員室を出た。
空はぐずついていたが、誰かにここぞという時のために焦らされているように雨は降っていなかった。校内はインターンの総評を提出に来た生徒や、部活生などがまばらにいたが割と静かだった。
自販機で飲み物を購入し、売店のベンチに腰掛けた。今日は伊織も朝から学校に来ているそうで、昼過ぎに一緒に帰る約束をしていた。
何かがずっと、頭の中で引っかかっていた。ぐずついた空を見ながら、それが伊織のことであるということに思い至った。
悶々としていると、三十分ほどしてから伊織が現れた。
「お待たせ。何飲んでるの?」
梅昆布茶、と言うと、伊織がマネしないでよ、と言って自分も梅昆布茶を購入し、僕の隣に腰掛けた。
「インターンどうだった?」
「うん、まあ、いろいろとね」
特に興味もなさそうに、ずず、と彼女は梅昆布茶をすすった。僕の梅昆布茶はもうすっかり冷めていた。
教室に荷物を取りに行くと言うので、彼女について行った。スカートの下から伸びる白くて長い足を躍動させながら、彼女は階段を力強く上った。僕はそんな彼女の背中を見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。
真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。
婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる