その傘をはずして

みたらし

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第一章

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 日の光がオレンジ色を帯びてきた頃、髪を振り乱した叔父が休憩室に駆け込んできた。

 叔父は息を切らせながら、僕にもう今日は帰っていいと告げると、再びどこかへと消えて行った。時刻は七時を過ぎていたが、JA全体が騒がしく、職員は誰一人帰宅していなかった。お世話になった方々に挨拶をして帰りたかったが、介入できるような空気ではなかったので、申し訳ない気持ちでJAを後にした。

 翌日僕は学校へ出向いた。インターンシップが終わった後は、職場の責任者に書いてもらった総評を学校に提出しないといけない決まりになっていたからである。

 学校へ着くなり担任の小林先生を訪ねると、先日の井坂の一件は既に明るみになっていた。昨日の騒動で総評を書いてもらえなかった事を話すと、気にするなと言われた。

「それより、昨日のことを説明してくれないか」

 小林先生は三十代前半の男性教師で、今年のインターンシップの責任者でもあり、井坂の一件で精神をやられたのか、十歳ほど老けて見えた。僕は自分が知りえる限りの事件の大まかな内容を話したが、それはほとんど小林先生がJAの所長から聞いた情報との答え合わせに近い作業だった。

「しかし、大変なことになったぞ」

 小林先生は長いため息を吐くと、声を抑えるようにして語り出した。

 あの事件の後、老婆の息子がスーパーに乗り込んできて大騒ぎになったそうだ。

 所長や叔父、スーパーでの責任者の片山さんが何度も頭を下げ続け、老婆の息子はようやく落ち着きを取り戻したが、井坂は終始不貞腐れたまま形式的に頭を下げているだけで、全く反省している素振りを見せなかったそうだ。

 JAはインターンシップが始まった頃から当校を贔屓にしてくれていたが、今回の一件で来年以降のインターンを見送るどころか、今年度の求人にも影響が及ぶ可能性が浮上してきているらしい。

 幸い老婆は大したけがもしておらず、今では普通に歩行できるそうだが、老婆の息子は井坂が反省していないことに憤りを覚え、皆の前で盛大に怒鳴り散らしたのだという。現在井坂は教室で反省文を書かされているそうだ。

「月島のことは、所長さんも褒めていたぞ。真面目で器用に仕事をこなすいい生徒さんだったって。だから、井坂のことは特に目立って素行が悪いように見えたのだろうな。それに、あいつは事件を起こす前から態度が悪かったのだろう?」

 僕は曖昧に頷き、業務中は別れて作業をしていたから、あまり彼とは関わらなかったと説明した。それから小林先生と二、三話をして職員室を出た。

 空はぐずついていたが、誰かにここぞという時のために焦らされているように雨は降っていなかった。校内はインターンの総評を提出に来た生徒や、部活生などがまばらにいたが割と静かだった。

 自販機で飲み物を購入し、売店のベンチに腰掛けた。今日は伊織も朝から学校に来ているそうで、昼過ぎに一緒に帰る約束をしていた。

 何かがずっと、頭の中で引っかかっていた。ぐずついた空を見ながら、それが伊織のことであるということに思い至った。

 悶々としていると、三十分ほどしてから伊織が現れた。

「お待たせ。何飲んでるの?」

 梅昆布茶、と言うと、伊織がマネしないでよ、と言って自分も梅昆布茶を購入し、僕の隣に腰掛けた。

「インターンどうだった?」

「うん、まあ、いろいろとね」
 
 特に興味もなさそうに、ずず、と彼女は梅昆布茶をすすった。僕の梅昆布茶はもうすっかり冷めていた。

 教室に荷物を取りに行くと言うので、彼女について行った。スカートの下から伸びる白くて長い足を躍動させながら、彼女は階段を力強く上った。僕はそんな彼女の背中を見ていた。
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