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「ほら隼くん、ついたよ!」

菜摘さんが車を停めて、少しウトウトしかけていた僕に声をかけた。

窓の外を見ると、そこには視界一面に広がる、色とりどりの秋桜があった。

「うわあ……綺麗……!」

「すごく綺麗でしょ?私、毎年秋になるとここの秋桜を見に来てたのよ。だから隼くんにも見てほしくて。」

「こんなに素敵な場所、初めて知りました!」

「少し車から降りてみよっか。」

「はいっ!」

秋桜畑から少し離れているここから見ると、緑とピンク、赤、そして空の青がカラフルに交わっている。

遠くに見える富士山が山頂の涼やかな藍色と対象的に裾野をピンクに染めている姿は、まるで友禅を華やかに着こなした早乙女が、初々しく袖口を舞っているよう。

透き通った空に流れる淡い雲は、多色に交わる秋桜の純恋な佇まいを静かに見守っている。


どこに目線を移しても隙間なく広がる薄紅は、僕の心を表しているように密度の濃いものだった。

隣に立つ菜摘さんと、美しい景色を見ることができている……。

その紛れもない事実に、僕はこの秋桜に負けないくらいの柔らかな恋の色を胸に感じている。


「隼くん……写真撮ろうよ。」

菜摘さんがカメラを持って僕に言う。

そのカメラは、菜摘さんの父親が生前愛用していたものらしい。

少し年季の入ったレトロなデザインの形見は、菜摘さんの靭やかな手の中に優しく収まっている。

「すみません、写真撮って頂けますか?」

菜摘さんは僕達のすぐ後ろにいた老夫婦に、カメラを手渡した。
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