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僕は闇雲にただ走った。

頭にまとわりつく色んな感情を振りほどくように、不思議な現実を追い越して納得の行く現実へと逃げ込むように、ただただ宛もなく走っていた。

彼女たちは追いかけては来なかった。

渡り廊下を抜ける時、つんと冬の風の香りが鼻を通った。

澄んだ空気に晒されたアスファルトの匂いは、僕の沸騰しそうな頭を冷やしてはくれなかった。

教室を飛び出してから渡り廊下を経て、僕は何故か昇降口の前で止まった。


「……隼?なにやってんの?」


そこでは、村上くんが僕の爆走を不思議そうに見ていたからである。


「……村上くん……僕は…一体どうしたらいいんだろう…」


急に立ち止まるとさっきまでは感じなかった疲労がどっと押し寄せてくる。

僕は息も絶え絶えに、村上くんに今起こったことを相談した。




「なるほどな……まあ一つ言えることは…お前モテすぎ!ふさけんなよ!って話だ。」

「ええ……」

村上くんと出会ったとき、ちょうど中休みのチャイムが鳴ったので、2人は人気のない理科棟の階段に座って話していた。

理科棟特有の薄暗さとカビのような匂いが、油断すれば響いてしまう声を潜めながら話すのにとても適している気がした。


「なんなんお前まじで。菜摘さんを手に入れるわクラスの女子三人から告られるわ…羨ましいわ。」

「そんなこと…僕は困惑してるんだよ…」

「んなことは分かってるよっ。だからこそ敢えて必要以上に羨ましがってやってるんじゃねーか。」

「ええ…」

「どうするも何も、お前ほんとはわかってんだろ?菜摘さんがいる限りは他の女に言い寄られても応える気は無いって。」

「そりゃあそうだけど……その、言いにくいんだけどさ…そもそもの話、あの三人が本当に僕に気持ちがあるのかなっていうか…すごく嫌なことを言うようだけど、ほら…僕への嫌がらせの一つとして、誰かが計画でもしてるんじゃないかなって思ったりもしてて…」

「あ~…田中たちか?確かにあいつらならやりそうだな。けど俺はそんな話は知らねーなぁ。」

「…そりゃ…村上くんは田中くんたちと仲がいいからそう言うだろうけど…」

「お前俺を疑ってんのか?」

「……ごめんっ…」

「…まあそれもそーかぁ。別に信じなくてもいいけど、俺は心ン中じゃあ田中たちよりもお前の方を尊敬してるんだぜ?」

「え?尊敬…?」

「うん。だってあの菜摘さんに認められたってことじゃん。俺らのうち誰もが出来なかったことをお前がしてのけたんだから。嫌でも認めざるを得ないっしょ。」

「それは…嬉しいよ。ありがとう…」

「もしかしたらさ、他の奴らにも菜摘さんとの関係…言っちゃったほうが俺みたいにお前を見直すかもしれないよ?そしたら昭恵たちみたいに他の女に言い寄られる可能性も低くなるし。」

「それは!いくら何でもできる訳ないよ。僕がどうというより、菜摘さんの立場的にできるわけがない。」

「じゃあどうするんだよ?これから先もいじめられっぱなしでいいのか?無駄に女に言い寄られてもいいのかよ?」

「…僕が菜摘さんへ一方的に片想いをしてるっていうことにするよ…。」

「そしたら女子たちはともかく、田中たちはネタにして余計にお前をいじるかもしれないぜ?」

「ネタにされたって…菜摘さんは僕のことを分かってくれるはずだよ。仮に田中くんたちが菜摘さんに何か言ったところで、菜摘さんは僕を信じてくれるはずだよ。」

「へーへーそりゃー良いことで。」


僕は、菜摘さんに対して絶大な信頼を寄せている。

それは、僕らが恋仲でなかった時からだ。

彼女が僕を簡単に裏切ったり疑ったりすることは無い…

何より菜摘さんは僕たちの倍以上生きている。
それにとても賢くて人の気持ちに敏感な人だ。

だからきっと、僕らのような子供の言うことも、流されずにきちんと真実を見抜いてくれるだろう…

菜摘さんへの信頼は、僕との関係如何ではなく、そういった彼女自身の見識に対するものだ。

だから僕は、クラスメイトや他の誰かが僕たちの邪魔をしようとしても、僕自身が揺らがなければ、決して二人の関係性が変化することなどないと思っていたのである。
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