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「隼くん、遅かったわね」


菜摘さんはプイッとそっぽを向いたまま、公園のベンチに座って足を組んでいた。

僕はその隣に座って、ただ小さくごめんと謝った。


「どこに行ってたの?」

僕から顔を背けているからか、菜摘さんの声が遠く感じる。

僕はその問いには答えずに、ただただ頻繁に組み替えられる菜摘さんの美しい脚を眺めていた。

「隼くん?」

僕が黙っているからか、菜摘さんはやっと顔をこちらに向けた。

「ねえ隼くん。最近ちょっと様子が変よ?何かあった?」


菜摘さんは僕のいじめについて、度々心配してくれている。

きっと今の心配も、いじめに関することで僕が塞ぎ込んでいるのだと思っているのだろう。

だけど僕のいじめ問題はむしろ快調に向かっていて、学校では村上くんや昭恵さんを始め、話してくれる人が少しずつ増えているのだ…。

こんなことを説明して菜摘さんを安心させてあげたいけれど、それを説明したとて僕の様子は変わらないだろうから、結局菜摘さんを不安がらせることには変わりないのだ。

それならばいじめ云々について説明するのも徒労な気がしてきて、僕は尚更黙ってしまった。


「…隼くん……」

しばらくは黙っていた僕の顔をまじまじと覗き込んでいた菜摘さんだったが、突如声のトーンを落として僕の名前を呼んだ。

「隼くん、さっき、昭恵ちゃんと2人でどこかへ行ってたよね?私、さっきそこで見てたんだから…。」

公園の奥にある池の辺りを指差しながら言う菜摘さんの言葉に、僕はハッとした。

昭恵さんといた所を見られていたということ以上に、それを告げた菜摘さんの声が、いつもは帯びない棘の色を宿していたからである。

「昭恵ちゃんとどこかへ行ったの?それで遅れたんでしょう?」

「……うん…ごめんなさい。」

「…ちゃんと来てくれたからいいわよ。…結局昭恵ちゃんからもチョコ貰ったの?」

「…ううん。貰ってないよ。」

「……嘘ばっかり。昭恵ちゃんはあげたって言ってたわよ?」

「えっ…?」

「バレンタインの日…昭恵ちゃんも本当は隼くんにチョコをあげたって、本人が…」


ああ、と僕は思わず頭を掻きたくなった。

確かに靴棚に入っていたチョコは、昭恵さんも一緒に作ったものだと言っていた。

そして、彼女らはそれを菜摘さんにも言っていたのだ…。


「ねえ隼くん」

再び詰問するような声色で僕の名前を呼ぶ菜摘さん。

僕は菜摘さんに目を合わせて、次の言葉を待ち構えた。
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