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「…そうか…」

昭恵さんの長い説明の後、父が深いため息をついて呟いた。

隣の母は、ハンカチで赤くなった目を押さえている。

村上くんはその事件に直接関わってはいないものの、この事件の詳細を初めて聞いたらしく、自分と仲の良い田中くんたちの行為に、開いた口が塞がらないような表情をしていた。

「田中君たちのしようとしたことは、完全なる犯罪だな。そしてそれを信じなかった先生たちの対応もおかしい。そんな重大な事件を起こしている子供たちを見逃すなんて言語道断だ。それに隼……お前も、なぜそのことを他の大人に言わなかった?お前が告発していれば、昭恵さんが受けた被害ももっと早い段階で明るみになっただろう。隠しておいて味を占めた田中君たちが同じことを繰り返したらどうする?」

「ごめんなさい…」

「隼君は悪くないです。責めないであげて下さい…」

「しかし昭恵さんね、君も被害者なんだから…」

「私は次の被害者が出ないように、女子には事実を話して田中君たちに気をつけるように言っておきました。その根回しのおかげで、今女子の中で田中君たちと親しくしようなんて言う子はいません。」

「というか、田中たち自体がもう学校で浮いてますよ。6年生にもなっていじめをしたり女子にいたずらをしたりだなんて格好悪いし。」


昭恵さんと村上君は、現在の学校の様子を必死に話してくれた。

その二人からは父を安心させようという気遣いと、自分たちの過ちを懺悔するかのような雰囲気が感じ取られた。


「とにかくこの事件についても学校にはけじめをつけてもらわなければならん。」


一通り村上くんたちの言葉を聞いた父が、ゆっくりと頷きながら言った。


「いじめのことに関しては、まだまだ隼や君たちから話を聞く必要がある。解決に向かっているとはいえ、有耶無耶にするべきではないことだからな。…その前に、一旦本来の話題に戻そう。……菜摘さん。君は、本気で隼を大切にしてくれるのだな?」

「はい。もちろんです。いじめだけでなく、隼くんの困難や苦悩を全力で受け止めて支えていきたいと思っています。隼くんのこれからの成長を決して邪魔することもありません。」

「いくら私達が認めたからと言っても…この関係が広まれば広まるほど、君は色々と言われる立場になる。それも覚悟しているのだな?」

「はい。」

話が僕と菜摘さんの交際に戻った。

菜摘さんは、父の問いかけに真剣な眼差しを向けて答えていた。


「そうか。……分かった。とりあえず…お母さんや隼の言う通り様子を見よう。」

小さな溜息と共に父の口から出た言葉に、僕と菜摘さんは思わず目を合わせた。

「え…いいの…!?」

「ああ。」

「ありがとうお父さん!」

「ありがとうございます!」

「しかし、あくまで様子を見ているだけだからな。もし何か問題が生じたりしたら、即座に交際を辞めてもらうつもりでいて欲しい。」


驚きと喜びに弾んだ声で礼を言った僕と菜摘さんに、父は釘を差した。

隣では母が微笑みながら頷いている。

「良かったな隼。」

村上くんが少し哀しい顔を向けてきた。

まるで近くにいる菜摘さんへの想いを隠すかのように、そっと目を伏せて両手を膝の前でギュッと組んだ。

その手の中に握り潰された彼の想いも、僕たちは無駄にしてはいけない。

自分のいじめの過去を打ち明けてまで、菜摘さんが僕の両親に認められるように、彼女が僕を救った事実を伝えてくれた。

僕と菜摘さんの関係や想いは、そんな彼の優しさと悲しみに支えられたということを忘れてはいけないのだ。
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