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2章 品川私立高校事変

第3話 東京観光

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 都庁からの調査依頼を受けた水曜日から2日が経った金曜日、カオルは昼過ぎに神卸の門で都庁からくる職員を待っていた。
 同行者は特に明記されていなかったので相手が自分を見つけるのだろう。
 約束の13時より5分程早く東京ナンバーの車が神卸の門を潜ってきた。
 運転席にはタクシードライバーのような帽子の男性、後部座席には三咲が座っている。
 カオルの前で停車し後部座席の窓が開く。

「やっほ。乗っちゃって」
「了解」

 促されるままに後部座席、三咲の隣に座りシートベルトを締める。
 見た目は普通の家庭用乗用車なのだがドライバーが良いのか改造してあるのか異常に滑らかで揺れの無い発車だった。門を潜る際の減速も同様でカオルは興味深そうに車内とドライバーを見渡す。

「じゃ、着くまで時間あるし今回の調査依頼の再確認をしようか」
「ああ」
「……」
「え、何?」
「見た目が女なのに仕事中は男っぽい口調でギャップが凄い」
「そりゃ男だし」
「見た目とのギャップで頭がバグるわ」
「慣れてよ。神卸だと人外も多いし」
「いやいや、隔離都市は最早異界よ?」
「それはそう」

 2人でニヤリとした笑みを交わし合い、今度こそ会話を仕事に戻す。

「場所は品川の私立高校よ。2週間前にゴーストモンスターが大量発生した場所の近所」
「そこで幽霊騒動?」
「ええ。1件2件なら思春期の高校生たちの噂話で済んだんだけどね」
「この体育の授業中の目撃情報か」
「校舎と校舎を繋ぐ連絡橋、3階高さしかないこの橋の4階相当の高さを制服姿の人影が歩いていた。それも宙を浮いて」
「映像なら合成、マジックなら透明の足場を想定する所だけど」
「歩いている制服の人影はどこかに隠れる事も無く消失したし、後に確認したけどそんな仕掛けは見つからなかった」

 2人は一端、会話を切って息を吐く。

「普通に幽霊騒動」
「物理崩壊が無ければ幽霊騒動で済んだんだけどね。でも今は違うわ」
「常識なんて簡単に崩れるって実感しているか」
「そうそう。そこに直撃したのがゴーストモンスター大量発生。未確認の個体が討伐を免れた可能性は否定できない」
「ゲームの時に他モンスターに擬態するモンスターも居たし、それが人に擬態しても可笑しくはない、か」

「でも目撃例は少ないしモンスターの目撃報告は誤報も含めて1件も無い。だからモンスターは日中は見えない、又は擬態していると考えられるのよ」
「で、調査が回ってきたと」
「ふふん。東京で未帰還者として活動しても問題無い社会性、未帰還者と一般人の両方からの信頼性、調査結果の信憑性を疑われない知名度。カオルはそれらを全部満たしているのよ」

 ドヤ顔で胸を張る三咲に溜息を吐きカオルは報告書に再度目を通した。

「この目撃した教師や生徒に当時の状況は聞けるの?」
「カオルが直接は無理ね。未帰還者と一般人の交流はどんな影響があるか分からないし、相手がどんな態度を取るか想定できないもの」
「確かに。それで悪意の有るSNS流されても困るか」
「そゆこと」

 軽い調子で言っているが三咲の返しはカオルたち未帰還者に対する差別とも取れる。
 特に過敏なものならヒステリーを起こしているだろう。
 そんな反応が無い事を分かっているから三咲はカオルを指名した。

「そこで怒らないからアンタを指名したのよねぇ」
「これで怒るのは子供くらいだろうに」
「いやいや、プライドが高かったり小心者だったりしたら怒るわよ」
「いい歳してエネルギッシュな方々だ」

 関心ではなく馬鹿にしたように鼻で笑うカオルに同調するように三咲も笑みを浮かべた。
 しかし直ぐに笑みを消し話を戻す。

「日中の学校を封鎖しての調査は行えないわ。それに土日も何だかんだ人が居る。なのでカオルには夜の学校を調査して欲しいの」
「おお、夜の学校。学生時代でも入った事無い」
「文化祭の泊りで準備、なんて漫画の話よね。大学なら私はあったけど」
「高校生が学校に泊まるって部活の合宿くらい?」
「東京の高校に宿泊設備は無いから、都心以外ならって感じじゃない」
「なるほど」
「調査中でも私が同行するわ。モンスターが見つかった場合は私の護衛と討伐に移行する。ま、正直言って邪魔になっちゃうから早々に私から離れて討伐を優先して」
「単体じゃなかったら危ないでしょ。見える範囲はキープするよ」

 2人とも最善を模索しているように聞こえるが発言は思い付きでしかない。三咲は効率的に仕事を完了させたく、カオルは人死にを見たくない。
 その線引きを確認しているが現場に入ったらどうなるかは分からない。

 夜まで時間がある。三咲は特に予定は無いのでカオルに希望が無ければ都庁で時間を潰し9時くらいに件の学校に侵入する予定だ。
 三咲にとっては意外だがカオルから希望が挙がった。

「同居人に土産が買いたいんだけど土産物屋に寄れる?」
「あ~、髪が目立つわね。帽子で隠しましょうか」
「OK。でも女物のスーツに合う帽子って限られてない?」
「そうなのよね。戦闘服はロングコートだっけ。流石に街中のデザインじゃないわね」

 タブレットでカオルの写真情報を確認しつつ三咲はスーツに合う帽子を適当に探す。
 目を細めてスクロールしている間にそれらしいのを見つけたのか指で画面を止めた。

「こんなのどう? ジャケットはこれに代えて、これに帽子なら合うでしょ」
「ああ、なるほど」

 都庁から程近いアパレルショップで揃う物なので三咲が買い、社内でカオルが着替え外出の準備が整った。
 カオルは白に桃色のメッシュと明るい毛色をしているが渋谷に近いエリアならより派手な髪色を見る事もある。
 更に黒目の帽子で隠すのでシックなファッションを好む女性に見えるだろう。
 一般人の三咲が同行する事で余計に未帰還者とは思われない風体になった。

「さって、何が喜ばれるのかな」
「ノープランなの?」
「好きな物とか話した事無いんだ」
「え~」
「年頃の娘さんの好みなんて聞けないって」
「はぁ? 一緒に住んでるんでしょ」
「良いでしょ別に。それに変に絡む気も無いんだ」

「んん?」
「自分で生きていく方法は持ってるし、何も言わないなら観察期間が終わったらお別れだよ」
「なんて無責任な」
「誰かの人生に責任なんて負えないよ。自分の人生すら満足に選べてないんだから」
「……そうね」

 未帰還者は隔離され自分の生き方すら選べない。それを強いている側の三咲にカオルの責任を問う事はできない。
 仮に責任を追及してもカオルは表面上は謝り、その後は三咲に本心を見せなくなるだろう。
 それが分かっているから三咲もカオルの無責任とも言える言動を責める事は出来ない。

「悔しそうな顔させて悪いね。保護者としての責任は全うするからさ、土産のアドバイスをお願い」
「はいはい。高校生くらいだっけ。流石に現役の流行りは分からないわね。まあ無難に可愛いお菓子にしましょう。コンビニとかで売ってない普通の土産物なら外れないでしょ」
「おお~、流石」
「茶化さない。デパ地下なら選び放題だし行きましょ」

 三咲の案内で30分ほどデパ地下を巡り今晩のオカズにも丁度良い土産、同僚向けのお菓子の詰め合わせは買えた。
 満足そうなカオルを連れて都庁に戻った三咲は特に仕事も無いので人気の無い休憩室に向かう。

「買ったわねぇ」
「未帰還者は少ない人数で寄り合うから。田舎で近所付き合いが密接、みたいなものだよ」
「ああ、分かり易いわね」

 ご満悦なカオルはゲームのアバターだけあって人外の美貌を振り撒いている。帽子で多少は隠れているが顔を完全に隠せるわけでもない。
 何より問題なのはカオルが自分を目立たなくする術を知らない事だ。
 先日まで一般人だったカオルには自分が注目されたち、視線から逃れるような知見が無い。

 その為、帽子を被っていてもただただ目立つスーツ姿の女性として街を歩いていた。
 三咲が早々に周囲の反応を察してカオルを車に押し込めなければ未帰還者が東京のど真ん中に居るという非常事態にパニックが起きていたかもしれない。

「相変わらずだねぇ、皆して差別が大好きだ」
「好きでしてる訳じゃ……したいヤツも居るわね」
「金になるからってヤツも居れば、感情論でってヤツも居るだろうね」

 アイコンタクトの後、2人で鼻を鳴らして笑って不愉快な会話を打ち切った。
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