上 下
31 / 98
4章 クリスマス脱走事件

第6話 遭遇

しおりを挟む
 山梨県の山間部にヘリコプターが下りられる場所は無い。
 その為、大剣使いのジークが先に降りて周辺の木を薙ぎ払った。
 山の頂上なので木を減らしてもヘリコプターが着陸出来る訳では無いが低空に来れば未帰還者の身体能力なら飛び降りる事が可能だ。
 ガルドが先に飛び降り、カオルが三咲を抱えて飛び降りた。

「流石にお姫様抱っこは恥ずかしわね」
「こっちだって普通はしたくないって」

 見た目は女同士だが生身は男女だ。特に高校時代の同級生という事も有り真面目な状況では有るが流石に気恥ずかしい。
 偶々ジークとガルドが背中を向けてくれて助かったと思いつつカオルは三咲を降ろした。

 時刻は7時50分。
 未帰還者3人は戦闘の意図が無い事を示す為に武装はせずにそれぞれ鎧は纏わず私服姿だ。

「ヒルト君の現在位置は!?」

 ヘリコプターのローター音に対抗する為に大声のガルドの声に合わせて三咲が直ぐに自分のスマートフォンを開けば直線で10キロの距離まで来ている。目視とはいかないが何か目立つ物が有れば視線を誘導する事は出来るだろう。

「ジーク君、【エンチャントソード】で行けそうか?」
「やってみせますよ」

 大剣使いのスキルには中に魔力の刀身を大剣に纏わせリーチを伸ばし威力を増大させる魔法系近接攻撃スキル【エンチャントソード】が有る。物理アタッカーである大剣使いの中でも数少ない魔力系の攻撃スキルだ。
 ゲーム内のシステムにおいて幾つかの魔力系攻撃スキルは属性を指定する事が出来る。その中でもジークが好んだのは黒雷のエフェクトが噴き出す闇属性だ。

 彼がヒルトと2人で高難易度ダンジョンをクリアして入手した闇属性ダメージ増幅アイテムを装備しているので敵に合わせて属性を変更する事も少なく常用している。
 まだ目視できる距離ではないがジークは背負っていたシンプルで柄に青い宝石が嵌め込まれた大剣を両手で掴み、祈る様に刀身に額を当てた。

「8時10分、距離6キロ!」
「始める」

 ヘリコプターは既に上空に移動している。
 それを確認してジークは両手で構えた大剣に意識を集中し【エンチャントソード】を発動した。
 ゲーム内では上段に構えて魔力の刀身を形成し振り下ろすだけだ。

 今回は大剣を頭上に掲げ、刀身を形成する。
 空に向けられた刀身の鍔から黒雷が噴き出し黒く赤い縁取りの魔力の刀身が大剣の刀身を超えて天に向けて伸びる。
 振り下ろされる事なくジークに空へ向けて保持された大剣は鍔から黒雷を吐き出し続け、昼間にも関わらず赤い縁取りの全長6メートルの刀身は目立つ。
 そしてそれはヒルトにとって最も見慣れたエフェクトで、彼女はそれを見逃さない。

「あぁぁぁああぁぁぁああぁっ! ジーク!!」

 今までの長距離移動の速度ではなく、全速力に切り替える。
 6キロの山道にも関わらずヒルトのジークフリートは10分でその距離を踏破する。
 ジークフリートが山肌を登る為に猫背にした背に乗り、木々を薙ぎ払い山肌を削りながら一直線にジークの大剣へ向けって疾走する。

 土煙を伴う疾走は山頂に居たジークたちにも見えた。
 確実に自分に気付いたヒルトはまだ見えないが、それでもジークはヒルトに会えると確信し、やがて魔力剣の維持が出来なく成り刀身が少しずつ小さく成っていく。
 そんなジークの背後でガルドがふと気付き、カオルと三咲に声を掛けた。

「君たちはヒルト君の視界に入らない方が良いかもしれない」
「え? どういう事?」
「何でです?」
「いや、その、何と言うか、女性は怖いというか、保険というか」
「「ん?」」

 意味が分からずに2人が首を傾げガルドが説明に困っている間に砂煙が近付き、まるでカタパルト射出の様に太陽に照らされて黒いドレスの女がジークに飛来する。
 100キロ近い速度で飛来するドレスの女は寸分違わずにジークに向かっており、ジークも大剣を投げ捨てドレスの女を抱き留めた。

 普通なら人間が100キロ近い速度で衝突すれば吹き飛ぶはずだが2人は何も無かったかのように抱き合い、直ぐにヒルトが頭1つ以上も大きいジークを押し倒し唇を奪う。

「あらぁ」

 いきなりのロマンスに三咲がニヤニヤと笑みを浮かべるがジークは慌てている。
 戦闘の意思が無い事を示す為に鎧では無くシャツ姿に成っていた事が災いした。興奮したヒルトはジークのシャツを破りに掛かっており放っておくとジークが裸にされそうだ。

 ガルドはカオルと三咲を手で制して離れている様に指示しジークとヒルトに近寄った。
 頭上から聞こえる足音に反応してジークが何とかヒルトを押し退けて足音の主を見上げた。
 ヒルトは自分とジークの時間を邪魔する相手に苛立ちを感じた様だがジークに胸元に抱き抱えられた事で頬を赤くして胸板に舌を這わせ始める。

「あ~、その、少し話をさせて貰っても構わないか?」
「ガルド、ああ、すまない」
「……誰」
「神卸市の防衛班、ガルドだ」
「そう」
「君が神卸市に移住を望むなら受け入れる準備が有る」
「……へぇ」

 ジークとの時間を邪魔された事は腹立たしいが話の内容は興味深いらしい。
 唇をジークから離してガルドの方へ顔を上げ、やっとジーク以外の人物たちを視界に入れる。その視線は最初はガルドに向けられていたが、その背後で距離を取っていたカオルと三咲に少しずつ焦点が合っていく。

「そう、そうなの」

 2人の姿を認めると身体を左右に揺らしながら立ち上がる。
 何かを確信したその様子にカオルはガルドの忠告を思い出し、ガルドの意図も察しが付いた。
 戦闘力の無い三咲を庇う為に2歩前に出てアタッシュケースを開けてガンナックルを左手に握り込む。更に右手でハードカバーブックを開いてショートカットから銃剣使いの装備を呼び出す。
 カオルを包む様に光の円柱が現れ、円柱の消滅に合わせてカオルが軽鎧に分厚いコートを羽織り、背中に銃剣のホルスターを背負った銃剣使いの装備で姿を現した。

「ジークは貴女にしか興味が無い。出来れば穏便に済ませたいんだけど?」
「ふふふふふ、ジークの近くに別の女。そうなのね、だから私があんな街に押し込められたのね」
「悪いけど、男なんだ」
「うふふふふ、殺す、殺すわ。ジークの周りの女は、私とジークの邪魔をする女は、皆」

 不思議な事にジークを跨いで立つヒルトの背後でジークフリートが魔法陣に吸い込まれて退去するとヒルトの背中に黒雷が走りジークフリートの大剣と同型の歪な茨の塊の様な大剣がマウントされた。
 カオルや他の未帰還者の様にメニューアイテムからショートカットを呼び寄せたのではない。仮にショートカットで装備を呼び出せばヒルトをカオルの様に光の円柱が包むはずだ。

 何か種が有るのだろうが、カオルは意図的にその異常な変化に目を瞑って銃剣を抜いた。銃剣とガンナックルの二刀流でカオルも使いこなせる自信は無い。
 事前情報によればヒルトは人形遣いも大剣使いもレベル100。
 カオルはレベル70なのでステータス差は圧倒的で正攻法では勝ち目がない。

……唯一の救いは、ここが現実って事か。

 ゲーム内のPVPならRPGなのでスキルの回転率や定石の知識が勝敗の決め手に成るが、流石にレベル30は覆せない。
 しかし、現実ならRPGではなくアクションゲームの領域だ。ヒルトの攻撃を回避、受け流しといった選択肢が生まれてくる。

 ガルドはこれ以上ヒルトを刺激しない様に2人から距離を取っており、三咲は既にヒルトの意識から外れている。
 ジークだけがヒルトを止めようと倒れたまま彼女の脚に手を伸ばし、彼女が纏う黒雷に弾かれた。

……何が何だか分からないけど、今はヒルトの無力化が最優先だ。

 ステータスで圧倒出来るモンスターを相手にするのとは違う。
 物理崩壊後、初めての実戦だ。
 カオルは大きく息を吐いて銃剣を正面に構えた。

 ヒルトもカオルの動きに関係無く背中の大剣を引き抜き、重さを扱い切れていないのか地面に切っ先を落とし両手で引き摺ってカオルに向かう。
 本来なら有り得ない。アバターは職業に合わせ体格に見合わないステータスを発揮し例え体長1メートルの小人でも刀身2メートルの大剣を自由に振るう事が出来る。

 ここに来て混乱する様な情報を増やされてもカオルは意識的に思考を抑え込む為に息を吐いて呼吸を止めた。数秒で酸素不足によって脳が思考する余裕を失い、大きく息を吸って正常な思考を取り戻す。

……さて、平和的な解決なんて、もう不可能か。

 思考を戦闘に切り替えカオルはヒルトの初撃をどう躱すかに集中する。
しおりを挟む

処理中です...