上 下
44 / 98
5章 脱走兵

第3話 防衛班の日常

しおりを挟む
 サンフランシスコで軍人の脱走事件が起きたのは年始だが米軍の脱走兵の情報など日本に入る訳もない。
 神卸市の面々は普通に生活しており、意外にも防衛班として真面目に勤めるヒルトはジークと共に戦力として機能していた。ジークが剣闘士として盾でモンスターの攻撃を捌きヒルトが大剣使いとして中衛から鋭い踏み込みで強烈な一撃を叩き込む。

 監督役で同行していたカオルから見れば予備でヒーラーが居れば本来のパーティ人数である4人目が必要無い程だ。
 そんな訳でアンソンが手持無沙汰に銃を指で回転させて遊んでいた。

「何て言うか、俺必要? てかヒーラーが必要なパーティじゃないすか?」
「そう言わないで。ヒルトさんは召還術師でも有るから高レベルのモンスターが出れば切り替えられる。そうなればジークさんディフェンダー、君アタッカー、ヒルトさんヒーラーに成るんだから」
「え、ヒルトさんサブは人形遣いて聞きましたけど召還術師もやってんすか?」
「みたいだよ。ディフェンダー、アタッカー、ヒーラーの全部網羅みたい」
「器用すね」

 アンソンが驚いたのは3つのタイプのジョブを全て使える事もそうだが人形遣い、大剣使い、召還術師は全てクセの強いジョブでもあるという部分だ。人形遣いは育成や運用が他のディフェンダーと根本的に異なり、大剣使いは隙が大きく、召還術師は召喚獣の育成やスキル回しが独特に出来ている。
 ある意味でアタッカーの中でも扱い辛さに定評のある大剣使いが最もクセが無いと思える程だ。

 しかしアンソンの目に映るヒルトは問題無く大剣を扱っている。
 今もドラゴノイドと呼ばれるオオトカゲが人のように二足歩行しているモンスターを相手にジークが盾で爪を防いだ瞬間、横に踏み込み大剣を軽々と振るい首を跳ねた。

 鮮やかな連携にアンソンが感心して短く口笛を吹く。
 接近戦での連携は非常にシビアだ。仮にジークがドラゴノイドの攻撃を受け止めず弾いたり受け流していればヒルトの攻撃はジークに当たっていた可能性が高い。そんなフレンドリーファイアを警戒すれば接近戦での連携は必然的に減りアンソンのような遠距離攻撃アタッカーの方が防衛班としては推奨される。

「俺、本当に必要?」
「2人だけで充分かもね」

 思わずカオルも苦笑してしまう。
 確かに隔離都市周辺に出現するレベル10~30程度のモンスターなら2人だけでいくらでも倒せてしまいそうだ。

「ステータス差も有るんでしょうけど、ジークさん盾上手いっすね」
「それにヒルトさんも目が良い。モンスターとジークさんの初動から先を読んで立ち回ってる」

 山梨県で戦闘した時の事を思い出せばヒルトが目が良いのは分かっていた。彼女は走り回るカオルのフェイントに引っ掛かれる程の観察眼を既に見せている。
 その観察眼が有れば中衛からモンスターとジークの動きを見て適格な斬撃を放てるのだろう。

「ありがとう。次ね」
「ああ、足止めは任せてくれ」

 自然な連携にはヒルトの観察眼だけでは足りない。
 ジークが最小限の動きでモンスターの攻撃を捌きアタッカーの邪魔に成らない位置取りを取る必要が有る。ジークは大剣使いと剣闘士を場面場面で切り替えているので中衛に控える大剣使いの狙いが分かるのだろう。先程から攻撃を流したり弾いたりする事は少なく、受け止めてモンスターの動きを止める事を優先している。

……はぁぁぁぁっ、ジーク、凄いわ! あんなにモンスターが間近でも全然平気なんて、どうして貴方はそんなに揺るがないのかしら!

 少しだけヒルトの気が緩んだように見えた2人だが特に動きが鈍く成ったようには思えない。手を抜いている訳でも無いようだし指摘する程の変化でも無いのでそのまま監督を続けた。
 現代社会で生活していた人間がモンスターの攻撃を前に怯まないのがアンソンには不思議だ。出来るから剣闘士を続けているのだろうし半年で慣れたと言われればそれまでだが不思議な事に変わりは無い。

「何でビビらねえんだ」

 隣で同じように2人を観察していたカオルにも聞き取れない程の呟きだったが、ジークの戦闘スタイルはアンソンには見ていられないものだった。

……本当に得意な侍とか大剣使いとかで戦わない私への当てつけみたいじゃない。

 胸中では本来の性別である女言葉で静かにジークを睨んだ。
 好きで銃使いをしている訳では無い。
 本当ならより装備が整った侍か大剣使いで戦うべきだろう。
 それでも、モンスターへの恐怖がアンソンに前衛での戦闘を躊躇わせる。
 ジークの姿はそんなアンソンのプライドを刺激する。

「どうしたの?」

 ふとアンソンからジークへの視線に気付いたカオルが下から覗き込んだ。
 160センチ程度の彼女もジークと同様にディフェンダーで、しかも単独での活躍も頻繁に耳にする。

「そういや、カオルさんは何で物理崩壊直後から普通にモンスターと戦えたんです?」
「うん? 死にたくなかったから戦うしかなかっただけだよ」
「は? 最初は警察とか自衛隊で避難誘導とかされたでしょ」
「避難先から追い出されたんだよね」
「は?」
「『未帰還者の居る所にモンスターが来るんだ、お前は出て行け』的な事を言われてね。そんな場所に居たくは無かったし、だったら片っ端から戦ってやるって自棄に成ってたんだ」
「そんな根拠の無い事で!?」
「そうだよ。流石人間は汚いなって思ったよ」
「……そんなの酷過ぎる」
「大人だったし人間に汚い面が有るのは分かってたから特に絶望もしなかったよ。ああ、自分が理不尽受けるタイミングだったかぁ、程度の気持ちだったね」

 静かに苦笑するだけのカオルが痛々しくてアンソンは何も言えなくなった。

……前から思ってたけど、カオルさんて自分の事でも他人事みたい。

 聞いただけで嫌な気持ちになる。
 アンソンも程度の差は有るが差別された側だ。
 それでもここまで自暴自棄に成っていないだけ自分はマシだったのかと思いアンソンはジークとヒルトの監督に集中する事にした。
しおりを挟む

処理中です...