上 下
50 / 98
5章 脱走兵

第9話 VSユキムラ

しおりを挟む
 ユキムラの初撃は上段構えからの縦切りだ。
 ゲーム時代にはアタッカーらしく上段構えから複数の攻撃スキルの選択肢が有ったのだろう。
 ただユキムラがスキルを使用するなら鎌居達と同様に消滅しなかった物理法則を無視した効果を持つ物になるはずだ。その場合は刀や未帰還者に目視できる変化があるはずだが特に刀がオーラを帯びる等の変化は無い。

 カオルは素直に刀の軌道に銃剣を割り込ませて横向きに向けて受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。両手持ちのアタッカーと片手持ちディフェンダーではレベル差が少ないとステータス差で押し込まれる。左手で銃剣の背を押してユキムラと拮抗する。

「ちっ、レベルで負けてるか」
「せめてここから離れませんか? 増援が来たら面倒だ」
「私が貴様を信用すると思うのか」
「まあ、無理ですよね」

 鍔迫り合いでは埒が明かないと判断したユキムラは後退し下段構えに切り替え再びカオルに迫る。
 下段構えの特徴である連続攻撃も物理法則に沿ったスキルは消滅しているが、逆に物理法則を超えた連撃は生きている。踏み込むユキムラの手首から刀までが青白い光を纏いカオルに右下段から左への切り上げの斬撃が放たれた。

 カオルは身体を右に倒して斬撃を躱しつつ、銃剣のトリガーを引いて銃剣を身体の前で盾として構え、ほぼ初撃が終わった瞬間に放たれた下段からの追撃を斥力場で迎え撃つ。
 スキルによって既に動き始めたユキムラは物理法則を超えた速度で刀を左下段に構え右上に向けて斬撃を放ち、刀を斥力場に阻まれた。

 斥力場による強引な慣性によって刀ごと吹き飛ばされたユキムラは草履でコンクリートの上を短く滑り着地する。軍人としての訓練の賜物で目も閉じず、視線もカオルから外さずに静かに構え直す。

 正面の銃剣使いは右手の銃剣は一般的な装備だが左手に見た事も無いリボルバーのシリンダーを持ったナックルダスターを持っている。ゲーム内では見た事も聞いた事も無い装備なので物理崩壊後に作られた未確認の装備だろうと想定して、気にし過ぎないように疑問は思考の外に置く。

……下段構えスキルの連撃はほぼ下段からの攻撃と想定されているか。

 明らかにカオルは予め追撃を想定して防御を発動していた。
 本来なら4連撃の斬撃だったのだが2撃目で斥力場によってアクションを中断されたのだ。構えを用いたスキルは出初めに潰すという基本は抑えているとユキムラは判断した。

「なあ、本当に戦う気は無いんですよ」

 そう言ってカオルは銃剣を構えるでもなく自然体で刀身は地面に向いている。攻撃されたら防御する為に持っているのだと示しているつもりなのだろう。
 舐められたものだとユキムラは考えたが、カオルからしたら意味が違う。
 単純に人殺しをする度胸は無いし、軍人相手に剣戟を挑んでも捌かれて隙が出来るだけだと考え防御に徹するつもりだ。
 ヒルトと違いユキムラはカオルよりも低レベルでアタッカーなのでHPも低い。下手に互いにクリーンヒットが出ればどうなるか分からない。

……ヒルトさんも実は人形遣いで本人は超低HPだったけど。

 小さく息を吐いてカオルは両手を軽く広げてユキムラに向けて歩み寄る。
 無防備なカオルの接近に苛立ったユキムラは中段構えから刀を振り上げカオルに踏み込み斬撃を放つ。

 怒りは有っても戦闘において冷静さは欠いていない。
 銃剣で斬撃を阻まれた瞬間に刀を左に流して即座に右へ薙ぎ払う。
 カオルは反応すら出来ずに右脇腹に刀を受け反射的に後退するがユキムラは踏み込みカオルの足を踏み付け後退を妨害する。
 意図せずに後退できず思考が追い付かないカオルをユキムラは一方的に攻撃できる。

 足を踏み付けにしたまま下段から胴体を切り上げ、銃剣も上に弾く。
 上体が大きく仰け反ったカオルの頭部に向けて刀を振り下ろす。
 顔面に向けて放たれる斬撃に対してカオルも反射的に左手のガンナックルを突き出して防御し刀と衝突した衝撃でトリガーを引く。
 発生した斥力場によって大きく刀を弾かれたユキムラは弾く力に逆らわずにバク転の要領でサマーソルトキックをカオルに放ち距離を取る。

……レベル差も有ってダメージ量はそこまで多くないか。

 カオルの視界の端に表示される自分のHPは2回の斬撃で1割も削れてはいない。しかし、この調子で10回20回と攻撃を受ければ死んでしまう。
 かなり強引な手段を使ってでも攻撃を抑え込む必要が有る。接近戦での斬り合いなど勝ち目が無い。

 そう判断してカオルは腰を落とし銃剣でもガンナックルでも地面を攻撃できる高さを取った。
 足場が無ければ近接戦闘での連撃は不可能だ。
 ユキムラの接近に合わせて足場を粉砕し連撃を妨害し単発の攻撃を捌く。
 元々対人戦の経験が無いカオルにはそれ以上の戦術を組み立てられない。

 カオルがユキムラより勝っているのはレベルと恐らく弁論のみ。その為、戦闘はあくまで時間稼ぎと割り切って口を開いた。

「なあ、もう貴女が軍人たちを倒して数分経ったよな? そろそろ逃げないと大変なんじゃないですか? それとも、アメリカ軍ってのはそんなに対応が遅いんですか?」
「……」
「リヴァイアサンの事を忘れて海上に戦闘ヘリを飛ばすような組織だし、世界一の軍隊なんて言う程でも無いんですかね?」

 カオルが米軍を馬鹿にするような質問を投げかける度にユキムラの表情が複雑に歪む。
 プライドを逆撫でされたような怒りと、しかし納得するような悲しさが同居している。

「そう言えば未帰還者の貴女を捕縛するのに普通の軍人を投入してますね。アメリカ軍っていうのは未帰還者を銃で制圧するように訓練しているんですか?」

 とうとうユキムラはカオルから顔を逸らし、大きく舌打ちまで鳴らす。
 その隙にカオルは銃剣のトリガーを引いて地面を抉るようにユキムラに向けて斬撃を放ち、同時にガンナックルのトリガーを3回引く。斥力場の槍を左拳に生み出し左に逃げたユキムラに向けて放つ。

「逃げたのに気にし過ぎでしょ」

 飛来するコンクリート片を回避する為に横に跳んだユキムラの腹に斥力場の槍が刺さる。
 ダメージ量はHPを1割削る程度だが宙で受けた為に踏ん張れない。斥力によって倉庫の壁に向けて吹き飛ばされ背中を強打してしまう。
 衝撃で肺から空気を吐き出してしまい、動きが鈍ったところにカオルの左前腕が首を壁に押し付けてくる。腹には銃剣の刀身が当てられトリガーに指が掛かりいつでも斥力場を撃ち出す準備が出来ていた。

「卑怯者!」
「素人相手に大人気無い奴が言う事か」

 いつの間にかカオルは敬語や話し合いの姿勢を投げ捨てユキムラの捕縛の為に手段を選ばなかったらしい。
 まさか日本に居ながら日本の施設を明確に破壊してくるとはユキムラは考えていなかった。

「軍人が近付いて来る様子も無い。今の内に話し合いをしようじゃないか」

 そう言ってカオルはユキムラの腹に銃剣を強く押し付ける。
 聞こえるように舌打ちしつつ、流石に未帰還者は顔が綺麗だなとユキムラは場違いな事を考えていた。
しおりを挟む

処理中です...