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5章 脱走兵

第13話 捕縛指令対策会議4

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 都庁内で『カオル・モデル化計画』と銘打たれたプロジェクトは無事に多くの人の目を集め、同時に東京港付近に数十人規模のマスコミや動画配信者を集める事に成功した。

 計画は単純だ。
 都庁の1階に設営された特設ステージでカオルが都庁や神卸市についてのPRを行う。その際にサクラのマスコミが最近の気に成る事や隔離都市に移住が完了していない未帰還者の話題を振って東京港付近に居るかもしれないと匂わせる。

 在日米軍から東京都に文句が入ったが直接話した三咲の上司は平然と『ユキムラの事ではない。前々からある噂でカオル君は隔離都市の発案者としての責任感から真面目に行方不明の未帰還者を探しているだけだ』と言い切った。
 その場に立ち会った三咲は笑いを堪えるのが大変でカオルのステージも含めて連日に渡り楽しい仕事だった。

「最悪だ」

 相対的にカオルの顔が死んでいく。
 生放送インタビューの当日の夜、今日は事前に港の見回りはできないと在日米軍には言ってあったのでカオルは素直に神卸市の自宅に帰りヤ・シェーネに慰められていた。

 ヤ・シェーネもカオルがテレビに出るのは見てみたかったので日中にも起きていたのだが、知り合いの視点で観ると可哀そうでしょうがない。
 思ってもいない人類の発展という言葉を強く印象付け、差別された側にも関わらず人類と未帰還者の共存を謳う。

 そんな馬鹿みたいな事を衆人の前で話すカオルが心配に成って玄関で出迎えれば非常に憔悴しており思わず子供をあやすように抱き締めて頭を撫でてしまった。
 流石にカオルは泣かなかったがヤ・シェーネに強く抱き付き顔を見られないよう俯いている。

「えっと、よく頑張ったね」
「……もう仕事断る」
「うん、そうだね。嫌な仕事は断っていこうね」

 カオルの心の傷は深いらしく今までの諦めた言動からは想像もできない言葉を聞けてヤ・シェーネは満足だ。
 床に落とされた鞄を拾い上げてカオルを抱き締めたまま小さな歩幅でカオルの部屋に向かい鞄を部屋に置く。

 カオルをベッドに押し倒してみたが抵抗する様子も無いので横たわる。
 本当に疲れているのだと分かりスーツの皺も気にせずカオルが落ち着くまで抱き合ったままにする事にした。
 直ぐにカオルから寝息が聞こえ始める。
 今晩は日中にインタビューを見る為に起きていると決めていたので動画配信はしない。

……やっと、嫌な事を嫌って言えるように成るのかな。

 カオルの頭を撫でながらヤ・シェーネも目を閉じて意識を手放した。

▽▽▽

 カオルの傷心は横に置いて三咲とユキムラを中心に捕縛指令撤回の準備は整っていく。
 インタビューを見ていたユキムラは思わずカオルに同情してしまったが三咲は切り捨てた。

 そもそも三咲は差別する側の立場なので自分には同情する権利は無いと思っている。昔馴染みなのでカオルには個人的に思うところも有るが未帰還者全体の話と成れば行政を束ねる職種として感情論を抜きに計算の上で動く。

 先日の通話で三咲のそんな部分を多少なりとも感じ取ったユキムラも三咲の人柄は信頼していないし三咲も信頼は求めていない。むしろ信頼は足枷に成ると切り捨てている節まである。
 そんな2人はカオルのインタビューを見た後で最終確認の連絡を取っていた。

『港周辺は計画通りマスコミや野次馬が来ている。流石に今は多過ぎるが元々が噂だ、話を聞く限り明日には4割近くは減るだろう』
「そう。なら計画通りで行きましょう」
『それは良いが、カオルは大丈夫なのか? あまり気持ちの良い仕事では無かったようだが』
「そうね。ここまですれば次はもう断ってくるでしょう」
『次は断らせる為にこんな馬鹿な方法を取ったのか?』
「悪いかしら?」
『荒療治にも程が有る。未帰還者から人類へ歩み寄るような台詞を吐かせるなど』
「貴女が日本に来なければ選ばなかった手段よ」
『……酷い女だな』
「手段を選べる余裕は無いのよ」

 言い切った三咲にはそれ以上の言葉は無駄だと判断してユキムラもこの話題は打ち切った。
 確かにユキムラが日本に来なければカオルも三咲もこんな事態に陥っていないだろうし原因を作った自分に三咲を糾弾する権利は無い。

 それでも未帰還者として納得のいかない部分は有り小さく舌打ちが漏れる。

 三咲もその程度の悪態は覚悟の上だ。
 既に在日米軍が都内で銃を乱射してしまっている。カオルやユキムラの負担には目を瞑ってでも状況を早期に終わらせなければ成らない。

……ヤ・シェーネちゃんとはもう会わない方が良いかもしれないわね。

 三咲から見てもヤ・シェーネはカオルに依存しているし、カオルもヤ・シェーネを救いに感じている節が有る。
 そんな2人の間で面倒な事に巻き込まれる趣味は無いし、カオルの地雷のようなメンタルを前に綱渡りをしているのだ。これ以上の面倒は三咲も抱えきれない。

「東京港は元々業務の邪魔に成るから特例を除いて関係者以外立入禁止に成っているわ。野次馬たちも入れる場所は限られる。それなりの位置で決行しましょう」
『良いだろう。何か合図は有るか?』
「私たちは基本的に港の入口周辺に居るから連絡を頂戴。スマホを見るとマスコミに怪しまれるし、そうね、着信を確認したら私が後頭部で手を組むわ」
『そしたら私は適当な音を立ててカオルに向けて突撃しマスコミに影を撮らせる。未帰還者だと分かるように一部スキルを使いつつ軽く交戦し、カオルの説得に応じて神卸市に保護される、か』
「ええ。途中で在日米軍が出張って来ないようにマスコミの前でね」
『……それでも強行される可能性は無いか?』
「その場合はマスコミたちの群れに逃げ込んで。在日米軍も一般人であるマスコミや動画配信者の中に入って無茶はできないし、仮に強行すれば世界中から厳しい監視を向けられる。他国の一般人まで巻き込んで強行するのかと世界中から追及されるし、釈明しても世界的な信用の失墜は免れないわ」
『そしてカオルや君が私や一般人を守れば在日米軍に強く言い返せる、か?』
「そう」
『……性格が悪いな』
「この程度、可愛いものでしょ。じゃ、明日の夜、よろしくね」
『ああ。また明日』

 通話を切ったスマートフォンを見て三咲は小さく溜息を吐く。
 都庁の会議室で椅子に背を預け天井を見上げ右手で目を塞ぐ。

……これじゃ悪役よね。

 物理崩壊から隔離都市の運営が軌道に乗るまでは多忙だったがまだ人の役に立つ仕事ばかりで良かった。

 だが今回は違う。
 ユキムラを見捨てて在日米軍に引き渡す事は彼女の性格からして無理だ。その場合は在日米軍とユキムラの戦闘で周囲に被害が出る。
 ユキムラを国外逃亡させようにも受け入れ先にどんな無理難題を持ち掛けられるか分かったものではない。

 ただただ損得勘定によって最も被害が少なそうなのが、ユキムラを日本の隔離都市に移住しなかった未帰還者として説得する、という嘘を作る事だ。
 その為にカオル個人の社会的立場やストレスは二の次にしている。
 マスコミを集めたり会見を開くには数日の下準備が必要になるのでカオルのモデル活動が決まる前から既に準備はしていたのだ。

 いつかカオルかヤ・シェーネに刺されるかもしれないと思いながら三咲は会議室を退出した。
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