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5章 脱走兵

第16話 追跡者迎撃2

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 低空をヘリコプターが移動していれば騒音は社内にも届く。
 驚きながら多くのトラックや乗用車の中から人々が空を見上げ、街灯の反射でヘリコプターの影しか見えない事に不満を漏らす。しかし軍用兵器の知識が有る人々は高速道路の上空に現れたヘリコプターが通常の物ではなく銃口を備えた軍用の戦闘ヘリだと察した。

 一部の運転手は脇見運転に成る事も思い至らず、助手席に人が同席者が居る者は頼んでスマートフォンを空に向ける。夜間で街灯の逆光にも関わらず写真を撮ってSNSに上げる者が続出した。

 直前まで短時間だが銃撃戦が行われていたのだ、周囲はカオルたちのバンから距離を取っているが後続から速度を上げて来た者たちはそれも分からない。途中に事故車らしき車も有り前方でも妙に足の遅い車が多く不思議に思いつつも苛立ちを募らせている。

 そんな運転手たちもバンの上に未帰還者のスキルと思われる半透明な六角形の壁が浮かび上がり事態を察した。
 同時に、低空を飛ぶ戦闘ヘリから奇妙に孤立し壁を展開するバンに向けて銃撃が始まった。
 連続する轟音に鼓膜を痛めながら多くの後続車が焦って急ブレーキ踏んで玉突き事故が発生する。

「速度を落として前方集団に追い付かないようにして!」
「了解!」

 銃撃に負けないように声を張った三咲に負けじと自衛隊から派遣された運転手が応えながらアクセルペダルを緩める。事前の指示通りハンドは切らずに道路に合わせて直進させる。
 連射される弾丸は全てジークの壁が防いでいるが同時にカオルも反撃できない。それに街灯が逆光に成って戦闘ヘリを補足する事も不可能だ。

「くっ、見えない!」
「スマホのライトじゃ意味無いわね」
「撮影だけは回しておいてくれ」
「はいはい~」
「カオルさん、盾を切るタイミングは任せるからな」
「OK。ただ攻撃の隙間が分からないな」
「それに今、撃墜したら市街地に落ちるわ」
「くそ、山間部や田園部は1時間近く先だぞ」
「悠長だな」
「人命優先だ。それは未帰還者の立場を守る為でもある」
「……成程」

 ジークの言葉に納得を示しユキムラはスマートフォンを操作し始めた。
 調べるのは在日米軍が保有する戦闘ヘリの情報だ。機密情報も有るので全てが開示されているとは思っていないが想定できないかと忙しなく操作する。

「ちっ、そもそもどの基地から飛んで来たか分からないか」
「それより地理を見てくれ! トンネルや住宅街を調べないと」
「関越道を北上中でここは所沢周辺です! 三芳を過ぎた後に短いですが住宅街の無いエリアが有りますが、その後は川越に入ります!」

 運転手の声で地理を思い出したカオルだが戦闘ヘリを落としても住民に被害の無さそうなエリアは非常に短い。しかもその後は川越、鶴ヶ島と住宅街が続きジークの防御が有っても跳弾の被害が計り知れない。
 前方集団に追い付かない為にも現在は速度を落としており法定速度を無視してでも速攻で抜けてしまう事も不可能だ。
 全員で悩んでいるとジークが思い付いた。

「カオルさん、短時間なら防御を張れるか?」
「出来るけど、どうするつもり?」
「【リフレクションウォール】を張る。切り替えの時間を作ってくれれば銃弾を戦闘ヘリに弾き返せるはずだ」

 剣闘士の防御スキル【リフレクションウォール】は名前の通り特定の攻撃を弾き返す障壁を張る固有スキルだ。格闘攻撃に対しては防御するだけだが射撃攻撃なら角度を調整して反射できる。
 ただしフィールドの展開位置を目視する必要が有るので窓の真下まで移動する事に成る。

「OK。運転手さん、住宅街を抜けるまでどの程度?」
「この速度ならあと数分です」
「ユキムラさん、スマホで現在地を常に航空写真で確認してタイミングを教えて」
「了解だ」

 作戦は決まったがカオルの張れる斥力場はバンを覆うのが限界だし銃剣を起点に前方に膜を張る形に成る。その為、弾丸は周囲に散らばるので周囲に被害を与えたくない場合は銃剣使いでなく弾丸を受け止められる剣闘士の方が適している。

 周囲から車が離れた事で銃剣使いでも被害が少ない事に安堵しつつ、カオルはダーツを仕舞い銃剣を抜く。
 ジークも【リフレクションウォール】を発動する為に壁を張ったまま後部座席から前に居るカオルの真下に移動し戦闘ヘリを視界に納めた。

「三芳を通過しました!」

 運転手の言葉に全員が緊張に身体を固くするが、ユキムラはそうでも無いらしい。

「速度を落とせ。相対速度を合わされているからヘリが地面を転がる速度を緩められる」
「分かりました!」

 落ち着いたユキムラの声に運転手が従い、その声でカオルとジークは息を吐いて緊張に固まった身体から力を抜いた。
 ユキムラの言葉通りバンの速度に合わせて戦闘ヘリも速度を緩めるのがカオルとジークにも目視できた。

「始めろ!」

 地図を見るユキムラの指示に従い即座にカオルが銃剣を起点に防御膜を張るスキルを展開しジークも壁を解除した。
 即座に弾丸の雨が防御膜に殺到するが膜に接触した瞬間に傘に当たる雨粒のように軌道を逸らされ道路に着弾していく。

「スキルの展開時間超過だと思っているはず。今の内だ!」

 ユキムラの指摘に納得を覚えながらジークは盾を天井に構え戦闘ヘリを目視に入れ、カオルの防御膜の少し外に【リフレクションウォール】を展開する。
 先程までの六角形の壁と違い赤く発光する大量の三角形が集合した障壁だ。

 銃弾が赤い障壁に着弾すると同時に弾丸が弾かれ空に向けて反射されていく。空に向けて連続して飛んでいく弾丸の軌跡は目視可能で戦闘ヘリの背後を通過しているのが見えた。

 即座にジークは戦闘ヘリに向けて反射角を変更しテイルローターに反射した弾丸を着弾させる。
 黒煙を上げてコントロールを失った戦闘ヘリが空で回転して地面に落ちていく。

「何か、こっちに来てないか?」
「来てるね」
「俺たちを潰すつもりか?」
「死なば諸共かな」
「何で呑気なのよ!」

 三咲が吠えた瞬間にカオルもジークも防御スキルを解除しカオルが【サンダーショット】を放つ。空中で回転しながら落下する戦闘ヘリの横っ腹に着弾して大きく軌道を逸らし高速道路への落下を防ぐ。
 黒煙を上げながら高速道路脇の田畑に落下していった戦闘ヘリは爆音を響かせた。

「……キタねえ花火だぜ」
「言いたい気持ちは分かるけど田畑に実害受けた人も居るから不謹慎な事を言うんじゃないわよ」
「はい」

 流石に言うか悩んだカオルがお約束は守っておくかと思ったが三咲には怒られてしまった。
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