上 下
62 / 98
インターミッション

防衛班の訓練

しおりを挟む
 2月も後半に成りユキムラは神卸市の防衛班に入った。
 防衛班に所属していても学生と同様に現実での戦闘経験が無い者が殆どだ。
 むしろ感情的に成って殴り合いに発展しないだけ子供よりも実戦に慣れていないかもしれない。

 そんな訳で防衛班の未帰還者は週に数回、防衛班詰所の地下に設営された体育館で訓練を積む。
 今日はガルド、アンソン、そして初めて防衛班としてユキムラが訓練に参加する日だ。

 斧闘士として肉体を盾にするガルドにユキムラが下段構えからスキルと通常攻撃を交えた連撃を浴びる。スキルの発光で視界を遮った隙に上段構えに切り替え【炎光斬】を放ち衝撃で後退させた。

「これだけ攻撃してダメージが無いのも自信を無くすな」
「まともな防御姿勢も取らせて貰えないのだ。俺の方が自信を無くす」
「素人が1年以下の戦闘経験で目を閉じなくなったんだ。充分に誇って良い」

 ガルドはユキムラの攻撃に対して全く反応できていない。連撃は全てユキムラの狙い通りに正中線や姿勢を崩すように関節に直撃した。
 その度にガルドの身体が小さく回復エフェクトで発光しユキムラの攻撃ダメージ以上の回復量でHPを全回復させる。斧闘士が自身に掛ける回復スキルで攻撃を受けるとHPの1割を固定回復する【ダメージヒーリング】だ。

 つまりユキムラの1回の攻撃では例えダメージ量の高い上段構えでもガルドのHPを1割も削れない事に成る。アタッカーからすれば攻撃力不足を突き付けられているので自信を無くすのも無理は無い。
 その後もユキムラが意図的に作った攻撃の隙にガルドが斧による攻撃を仕掛けるが中段構えからカウンターを打ち込まれてしまう。

 やはりダメージ量は【ダメージヒーリング】で全回復できてしまうのだが、ステータス差が戦闘力の差で無いと証明されるようでガルドも悔し気に顔を歪める。
 両手斧をユキムラの頭上から振り下ろすが中段構えから刀身で攻撃を滑らされて無防備な胴体を横に切り裂かれる。そのまま背後で軽い足音の後に背中に3回の攻撃を受けた。
 斧を右手1本で後方に向けて大きく振り回すが寝かした刀に上方へ逸らされ再度、腹を裂かれた。

 そんな事を数分続けていると【ダメージヒーリング】の効果が切れ休憩時間と成った。
 体育館の端の長いベンチに並んで腰かけ汗を拭って水を飲む。

「しかし、凄いな。ここまで攻撃の組立てが上手い未帰還者とは会った事が無い」
「そうなのか? 元々格闘技を習っていたから、役に立てたなら良かった」
「ああ、頼もしい。これだけ動けるなら前衛アタッカーとしてディフェンダーの防御からタイムラグ無しで攻撃できるだろう」
「そうだな。ディフェンダーが少しでもモンスターの攻撃を止めてくれれば即座に仕留められるはずだ。」
「明日は俺の班だったな。頼りにしている」
「ああ。任せてくれ」

 そんな話をしながらユキムラは少し気に成る事が有りガルドに聞いてみる事にした。

「前衛アタッカーやディフェンダーは少ないのか?」
「ん? ああ、物理崩壊前からディフェンダーはサブというプレイヤーは多かったが、物理崩壊後にアタッカーやヒーラーに転職した者も多い。前衛アタッカーも連携やモンスターを間近で見る辛さから後衛アタッカーに転職した者も居るよ」
「そうか。私は侍しか使った事が無かったが、やはり前衛は辛いか」
「ゲームで見ていた時も不気味なモンスターはそれなりに居たが、やはり現実で見るとグロテスクな相手は多いからな。それに人型モンスターとの格闘戦は精神的に辛いものがある」
「そう考えるとガルドやカオルやジークは凄いな」
「ん?」

 ユキムラの言葉の意味が分からずにガルドが視線で疑問を投げかけるとユキムラの方が不思議そうな顔をする。

「モンスターの攻撃を近距離で防ぐんだ、普通なら身体が竦んで動けなくなるだろう。それに耐えているんだから凄いと思ったんだが、違ったか?」
「ああ、そういう事か。俺がディフェンダーを続けているのはこれしか出来ないのと、俺が年長者だから逃げたくないというプライドからだよ」
「おいっ、自分を下にするような事は言うな」

 ユキムラは静かに言ったつもりだったが思ったよりも言葉に力が籠っていたらしい。
 ガルドも含めてユキムラの声が聞こえた未帰還者たちから注目を集めたが彼女は気にもせずに言葉を続けた。

「たったそれだけの理由でディフェンダーを続けられるだけでも才能だ。さっきも言ったが殴り合いも慣れていないのに半年程度の訓練で攻撃を受けても目を瞑らないのは凄い事だぞ。軍隊の格闘訓練でも最後まで攻撃されると思うと目を瞑る奴が居るくらいなんだ、それをモンスター相手に戦えるお前は凄い奴だ」
「お、おお」
「それにディフェンダーが不在のパーティでモンスターの群れに遭遇してみろ、ヒーラーや後衛アタッカーのHPではレベルによっては押し切られる。それを全て肉体的にも精神的にも守るお前は認められるべきだ。私だって今日の訓練で分かったが、明日はお前がディフェンダーなら信じて戦える。そんな凄い奴から自分を下にするような言葉、聞きたくない」
「す、すまない」
「謝るな。誇れ」
「お、おお。分かった」

 ユキムラの言葉は相手も自分も肯定する物で差別される事に慣れてしまったガルドや神卸市の未帰還者には眩しい。
 言葉にも視線にも力の籠ったユキムラの言動からガルドは逃げられないと悟り、そこまで言われた以上は明日の防衛では力が抜けないと苦笑した。

「ユキムラ君は手厳しいな」
「む? そうだったか?」
「ああ。そう言えばカオル君と戦闘に成ったと聞いたが、どうだったんだ?」

 会話の変更に面食らったユキムラだが共通の知人の話題はそんなに変でも無いだろうとカオルとの戦闘を思い出した。

「戦闘経験という意味では格闘技経験者の私の方に分が有ったな。連続攻撃はそれなりに防御を擦り抜けて当てる事が出来た。だが負けたよ。言葉で動揺させられて、初見の動きに翻弄されて、あっという間に引っ繰り返された。レベル差が有っても格闘技術の勝負では勝てないと判断したんだろうな」
「ああ、カオル君は少々手段を選ばないところが有るからな」
「普段からそうなのか。まあ、政治家も企業も巻き込んで隔離都市なんて物を全国に作るくらいだし、それが彼女の強味なんだろうな」
「レベルが低いからこそ出来る事は見極める。そんな事を前に言っていたな」
「良い判断力だな」

 負けた事を思い出して思わず苦笑しユキムラは他の未帰還者たちを見た。
 誰も彼も自信が無いようだが戦闘経験半年足らずとは思えない程に動けている。

 何よりもユキムラが驚いたのは銃や弓といった技術で当てるジョブだ。
 たかが半年で素人が動く相手に当てるまでに習熟している。
 才能が有ったとしても異常だが、それも含めて未帰還者の肉体スペックの賜物なのだろう。
 だがそれも真面目に訓練した彼らの意思有っての事だ。

「防衛班は皆、戦闘経験は無いと聞いていたが中々どうして全員、良い動きをする」

 挑戦的な笑みを浮かべてユキムラが立ち上がり、他の未帰還者を値踏みするように見渡すと全員が視線を逸らした。
 その仕草につい苛立ち、逃げる相手を追い掛けたい欲求が彼女の中で膨れ上がる。

「さて、今日はとことん色々なジョブの相手と戦ってみようか」

 思わず噴き出したガルド以外の全員が顔を青くして溜息を吐いた。
しおりを挟む

処理中です...