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6章 ダンジョン

第5話 救出依頼

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 富士の樹海のダンジョンにガルドたちが挑んで数日、防衛班でも指折りのメンバーが4人も出払っている事でカオルとレミアはまとめ役として多忙な日々を過ごしていた。
 分かり辛いがアンソンは20歳前後のメンバーの中心的人物で不在に成って初めてアンソンが様々な気遣いをして防衛班の潤滑油に成っていた事を実感した者も少なくない。

 実はガルド、カオル、アンソン、レミアは月に数度しかシフトが被らない。ガルドとレミアの提案でアンソンのリーダーシップを開花させる為に教育の一環でそんなシフトに成っている。

「全く、これならダンジョンに行った方が楽だったかな」
「またまたご冗談を」
「まあそうだよね」

 そんな訳でカオルとレミアはまとめ役2人の代役として様々な未帰還者たちの相談を受けていた。
 訓練場の使い方のトラブル、シフト変更の要望、ジョブ変更の相談など様々だが専門の窓口が有る訳でもない。
 可能な限り防衛班詰所内で周囲に気を配っていれば問題はそこら中で起きる。その度に自分か手近に居て事情に詳しい者と相談して対処するのだ。

……未帰還者でも人間社会なのは同じだよな。

 そんな事を考えながら昼休憩で学園の自席に戻りスミレと並んで昼食を口にする。

「お疲れの様ですね」
「はは、流石に主要メンバーが抜けましたからね」
「隔離都市の痛い所ですよね。どうしても人材の層が薄い」
「日本企業みたいですよね」
「流動性の無い1つの組織で突発的な事件が起きれば、こう成りますよね」

 2人で溜息を吐くが他の職員も似たような感想らしく各々が頷いたり2人に吊られて溜息を吐いている。全員、会社勤めかフリーランスかの違いは有るが社会人経験が有るので今の話は多かれ少なかれ経験が有る。大半が去年の自分を思い出しているのだ。

「攻略組の方たちは順調でしょうか?」
「流石に知らされてないですよ。まあ周辺住民の不安も有るから研究の為に攻略を引き延ばしても1週間程度らしいです」
「皆さん、大丈夫なんでしょうか?」
「レベル100だし、装備も強いから大丈夫だとは思いたいですね。ゲーム内で有ったレベル調整もイタリアのダンジョンでは確認されませんでしたから、富士の樹海も同じであって欲しいですが」
「そうですね。不思議とモンスターのレベルって50以上の事、ほぼ無いですよね」
「それ不思議ですよね。場所によって地域に合わせたモンスターの出現分布も確認されてるし」
「雪山なら雪男、海岸沿いなら魚人でしたっけ」
「そうです。山間部だと植物系モンスターが多いですね」
「う~ん。ダンジョンが現実に出現しましたし、その内、高レベルのモンスターも出てくるようになったり?」
「ゾッとしないですね。未帰還者でも低レベルの人も居るし、普通に出現する数だけじゃレベリングも上手くできないですからね」
「装備だって作るのは簡単じゃありませんし、私にも声が掛かるかもしれませんね」
「ヒーラーは需要が高いですからね」
「今はディフェンダーの方が重要なんじゃありません?」

 痛い所を突かれてカオルは視線を泳がせた。
 物理崩壊後にジョブ変更で人口が減ったのは間違い無くディフェンダーだ。
 モンスターの攻撃を間近で受け止めるなど正気ではない。

 昼休憩も終わりスミレと軽く挨拶を交わして席を立つ。
 今日は防衛班詰所での訓練で直帰なので学園には戻らない。ロッカーで荷物を回収して学園を出ればスミレと会うのは明日だ。
 そんな訳で詰所に行けば直ぐに三咲に呼び出された。
 完全に緊急事態だと察して会議室に向かえば途中でレミアも合流した。

「これ、ガルドさんたちですかね?」
「そうだろうね。このタイミングでダンジョン絡みじゃ無い方が不思議だし」
「そうですよねぇ」

 2人で溜息を吐きながら会議室に入ればユキムラが既に席に着いていた。

「来たか。三咲も直ぐに来るそうだ」

 ユキムラに促されて席に座ると同時くらいに三咲もカオルたちとは別の扉から入室した。
 走って来たらしく息は切れており短い挨拶で直ぐにノートパソコンをプロジェクターに繋ぐ。

「緊急事態です。本日、11時頃にガルドさんたちダンジョン攻略組がSOS信号を出して消息を絶ちました」

 端的に告げられた現状に3人は目を見開き、静かに息を吐いて身体から力を抜いた。

「救助の依頼って事で良いのかな?」
「そうなるわ」
「私はレベルが70にも満たないが、それでも呼ばれたのには理由が有りそうだな」
「ダンジョンのレベルは40相当、ゲーム時代のレベル調整も有りませんでした。20以上高いユキムラさんならステータス的に問題は無く、むしろ経歴から通常の防衛班隊員よりも適任と判断しました」
「3人なのは、被害を拡大させない為に最小限のメンバーという事でしょうか?」
「そうなります。また、防衛班の人員をこれ以上は減らせないという側面も有ります」

 カオル、ユキムラ、レミアの質問に三咲は考える素振りも無く答えていく。事前にかなり考えて来なければユキムラの質問に即答は難しい。
 どれだけ三咲が未帰還者向けの仕事の中心に成っていても決定権は無い。
 それでも即答できるという事は上司や現場と細かい相談が有ったのだろう。

……流石に未帰還者の、それも顔見知りの救助なら断りたくないな。

 1度は断ったダンジョン攻略だが、救助任務なら話は別だ。
 しかも4人とも普段から仲良くしている相手、カオルとしても危険を承知で助けに行きたい思いは有る。

「詳細、聞ける?」
「ええ。まず、今回のジャングルは出入りが自由だったわ。それに空が開いているお陰でダンジョンに入ってから空に向けて照明弾を射出するとダンジョン外から見えるの。SOS信号はその照明弾でガルドさんが持っていた物よ」
「ガルドがSOSを出す程か」
「ダンジョンから脱出した自衛官と研究員の話と映像では、ダンジョン内は上に向けて坂道が有るみたい。その坂道で鳥類モンスターに強襲されて人間を逃がす為に4人が奮闘、モンスターは撃退したけど足場が崩れて4人と分離されたそうよ。4人は出入り口への迂回路を探す為に先に進んだけど通信機の類は通じなくてね、自衛官と研究員はその地点までのモンスターを殲滅していたお陰で無事に戻れたみたい」

 三咲の説明で3人が少し考える姿勢を取った。カオルは右手を口に当て、ユキムラは腕を組んで天井を仰ぎ、レミアは両手の指を組んで俯く。

「改めて、救助任務の依頼よ。富士樹海に現れたダンジョンに入りガルド、アンソン、ジーク、ヒルトを救助して」

 全員が静かに頷いた。
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