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6章 ダンジョン

第10話 遭難

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 地上に向けて飛び出していくカオルに上を指示されたユキムラは小さく溜息を吐いていた。

「蔦の謎は有るが、まあ、ガルドたちも似たような状況だったんだろうな」
「……そうですね。まさか倒したモンスターが最後の抵抗をするだなんて」
「生き物らしい最後の足掻きだろう。まあ、モンスターが生き物らしい足掻きをするとは思っていなかったがな」
「カオルさんならヤ・シェーネちゃんも含めて何とかするはずです。私たちは先を急ぎましょう」
「……意外だな。レミアはもう少しカオルの事で混乱すると思っていた」
「ふふん。カオルさんの事は信じていますから」
「カオルは、人からの信頼を喜ぶのだろうか?」
「喜ばないでしょうね」
「……それでも信じているのか」
「信じる事は私の自由。嫌う事はカオルさんの自由ですから」

 明るく言い切ったレミアの言葉に納得しつつユキムラはレミアの後を追って上を目指す事にした。

▽▽▽

 螺旋木の森は霧も掛かっていないのに霧の中に居るように視界が悪い。螺旋木は特別に密集していないので空は普通に見えるが何故か地上では影が強く木々の先が見通せない。
 背凭れ代わりにしている螺旋木に腰を下ろしたまま周囲を見渡すカオルがダンジョンの通路に居た時と同じだと再確認して溜息を吐いた。

……木の隙間から巨木が見えないし方角は分からない。サバイバルの知識なんて無いし、本格的に遭難したか。

 本で読んだ知識を思い出しても『森で遭難したら音や足元の湿り気から川を探す』程度の物しか無い。こんな異常な森で役立つかは不明だが何も無いよりマシだと判断して自分の記憶に集中する。
 腕の中のヤ・シェーネはまだ意識を取り戻していないが呼吸は安定している。既に継続回復スキルは掛けた後なのでHPはもう全回復しているだろう。
 モンスターの気配は無い。
 仮に出現してもレベル40程度ならヤ・シェーネを守るのも容易だ。
 スマートウォッチで時刻を確認してみれば17時を過ぎていた。2月、3月の17時ともなれば日は傾き夕刻や夜と言っていい。空は茜色と夜空でグラデーションができており、日の向きが現実と同じなら方角はそれで判断できる。
 念の為、螺旋木に銃剣で傷を付けて後で日の向きから東と想定される方向が分かるようにした。巨木の方角は自分が吹き飛んで来た方向なので分かり易い。
 身体を捻った動作でヤ・シェーネは意識を取り戻したようで腕の中で動くのが分かった。

「あ、起きた?」

 声を掛けるとヤ・シェーネは薄っすら目を開きカオルの顔を見上げて寝惚けた様子だ。安心感が有るのか力の抜けていた腕が動きカオルを抱き締め顔をカオルの胸元に埋めてくる。
 数秒して完全に意識が覚醒したのか飛び起きた。
 螺旋木に視力を妨害されない距離が分からないのでカオルは少し強引にヤ・シェーネを抱き留め続ける。

「な、何で!?」
「いや、落ち着いて。場所は分かる?」
「……あ」
「思い出したね」
「ゴメン、油断した」
「仕方ない。それも含めて同行を許したんだ」
「……ゴメン」
「はい、許しました」

 軽い調子のカオルにヤ・シェーネが困惑するがカオルが顎で周囲を示してみせるので見渡してみた。

「何、これ、全然見えない」
「螺旋木に視界を阻まれるのは分かってたけど、森の中だとこうなるんだね」
「私、どれくらい寝てた?」
「30分くらいかな。状況を知りたかったから無理に起こさなかったし」
「……ありがと」
「良いよ。それより、視界がどれくらいで妨害されるのか分からないから離れないでね。移動する時は手を繋いでいたいくらいだ」
「用心深いね。あ、だから離さないの?」
「正解。1歩でも離れて見えなくなったら最悪だし」

 カオルがわざわざ動き辛い姿勢を続けている疑問が解けたヤ・シェーネだが、思考はそこで止まった。想定していない状況に追い込まれて思考する事ができなく成ってしまっている。
 あやすように背中を軽く叩かれて身を任せていると段々と思考力が戻って来た。

「皆と離れちゃった。どうするの?」
「どうにか森から通路に出るよ。空、夕日みたいでしょ?」
「うん。夜、あったんだね」
「だから木に傷を付けて目印にしてみた」
「あ、ホントだ」
「もう夜だし下手に動くのは危険だ。何が最善かも分からないけど、今日はここに泊まろう」
「……テントとか有るの?」
「無いよ。野宿」
「……マジ?」
「マジ。大丈夫、モンスターに襲われても未帰還者の肉体なら平気平気」
「何でそんな呑気なのよ」

 普段のカオルの言い様とも異なる必要以上に軽口を叩く言動にヤ・シェーネは困惑するばかりだがカオルは小さく微笑み続けた。

「いやぁ、遭難とか災害時にパニックを起こさない精神状態の保ち方に軽口を言ったり何も分からない状態を避けて確実な情報を集めるってのが有ったなぁって」
「そ、そうなの?」
「正直、うろ覚えだから間違った部分も多いと思うよ」
「でも落ち着いて見えるよ」
「ちょっと無理してま~す」
「もうっ」

 口では怒ってみたヤ・シェーネだが本心では怒っていない事は顔を見れば分かる。不安は無いらしく呼吸も乱れていない。

「ま、軽く明日の相談したら今日はもうご飯食べて寝ちゃおう」
「抱き合ったままで? 雪山の遭難みたい」
「実は裸で抱き合うのって意味無いって聞いた事あるけど、どっちが正しいんだろ?」
「流石に嫌だからね?」
「モンスターが来るかもしれないし裸は無いよね」
「……いや、そこじゃないでしょ」

 どこか噛み合わない事を言うカオルに呆れつつヤ・シェーネは指示通り、生き残る為に最善を尽くす事にした。
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