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7章 物理崩壊研究会

第11話 探索準備

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 ジーク、ヒルトは研究班の仕事によって隔離都市内での仕事が増えた。
 事前に防衛班や都市運営のメンバーに根回しできていた事も幸いし、ヒルトが保有するジークフリートの最大稼働域と動作メカニズムを調査する為の組手相手としてジークが自然に選出された。

 本来の目的は2人の防衛班の仕事を減らし茨城県の調査に出動させる可能性を減らす為だ。だが研究班の立場からすればジークフリートの研究は魅力的なのは事実でカオルたちの思惑と研究班の思惑が噛み合った結果だった。

 4月も後半に入り、モンスターだけでなくダンジョン踏破も神卸市では数回経験した。

 そんな頃、狙い通りに茨木県への出動要請が出た。
 地元の子供が遊び場にしている洞窟がダンジョン化しており、確認されて直ぐに自衛隊が派遣され封鎖されている。ただ子供が遊び場にしているだけで細かい地図は無いので誰も知らない入口が有る可能性も有る。
 民間人への被害を考慮し研究員を伴った調査は不要でダンジョン消滅を図る事に成った。
 派遣されるのは待機組のシフトが少し増えていたカオル、ユキムラ、アンソン、レミアの4名だ。

「うっし、今回は侍として頑張りますよ!」
「アンソン君、侍本格的に始めたんだ?」
「まあ物理崩壊前はよく使っててカンストしてますから。期待して貰って良いっすよ」
「アンソン、今日はダンジョンだけじゃないんですから調子に乗らないで下さい」
「レミアちゃん本当に俺にだけ厳しい」
「レミア、今日は大目に見てやってくれ。アンソンは後衛だった経験も有って前衛として筋が良い。戦闘では口だけ野郎に成らない程度に動けるはずだ」
「ユキムラさんっ、ありがとうっ」
「今回は前衛3人後衛1人でバランスが悪いから状況によっては銃使いにして欲しいがな」
「上げて落とすくらいなら上げないでくれないっすかね!」

 防衛班でも主力の4人が集まって都市外に派遣されるシフトは稀だ。ただジークとヒルトのシフトを減らした為に主力メンバーを集める理由ができていた。
 既に現地には三咲、笹貫が待機しており洞窟周辺に別の入口が無いかを確認するという名目で周辺探索が始まっている。三咲からカオルにジンバ・ニーから提供された地点の調査状況も届いている。

 防衛班が到着する前に三咲と笹貫の2人で発見した研究施設の跡地を事前に見ておくつもりらしい。
 流石に生身の人間が2人だけで未帰還者の研究施設に挑めばどんな危険が有るか分からない。上林の予想では自衛隊かSWATのような武装組織が居ないと研究が成立しないらしい。

 カオルは建物には防衛班が到着するまで近付くなと連絡し、三咲からも遠目に見るだけだと連絡が返って来た。

「……三咲さんて、結構勢いで動く人っすかね?」
「まあ、うん」
「パイロット! 急げ!」

 思わずユキムラがパイロットに叫び、速度が上がる。

「さ、笹貫さんて自衛官も一緒なんですよね? 流石に無理はしないんじゃありません?」
「自衛官として冷静さは持ってるだろうけど、三咲と仲良く成れるって、それなりに直感で動くタイプな気がする」
「あ、三咲さんの高校の後輩って事はカオルさんも面識が有るんですか?」
「友達の友達みたいな距離感だったけどね」

 無理をしていない事を祈っている間にヘリコプターは茨木県の山間部に到着した。
 近場にヘリポートは無いので上空から直接降りるしかない。コンクリートのように舗装された場所と違って着地が難しいが未帰還者の高い身体能力が役立つ時だ。
 樹海のダンジョンと同様に自衛隊がマスコミや一般人がダンジョンに近付かないよう囲んでいる。

 4人が降りたのはそんな包囲の中だ。三咲と笹貫が調査しているエリアはそんな包囲の外に有った。
 事前に相談していた通り笹貫と数人の自衛官に情報は共有されている。到着して直ぐにダンジョンに挑む訳ではなく、周辺に想定外の入口が無いかを確認してから突入する手筈に成っている。

「三咲さんたち、大丈夫っすかね?」
「まずは現状を確認だ。こんな山奥では電波が通じない場所も出てくる」
「あ、そうでした!」

 ユキムラの指摘に全員が顔を青くした。
 確かに全員のスマートフォンの電波状況が良くない。三咲と笹貫の位置によっては本当に連絡が通じない事態も有り得る。

 顔を青くしているのはカオルたちだけではない。笹貫と同様に未帰還者に理解が有り今回の件に協力すると決めてくれた自衛官たちもだ。彼らは身内に未帰還者が居たり未帰還者も守るべき国民として考えていたりと様々だ。
 三咲からはカオルに、笹貫からは自衛官に位置情報は共有されている。
 それでもユキムラの指摘通り位置が悪ければ情報の精度は下がる。

 自衛隊の動きについては笹貫の協力者たちに任せカオルたちは2人と合流を急ぐ。包囲の外にはマスコミが居るがレミア以外は体格の誤魔化しが効く。

「ダンジョン内に本当に民間人が居ては危険だ。レミアは体格の誤魔化しが効かないし、バランスを考えても私とレミアがここで備えるのはどうだ?」
「OK。アンソン君、自衛官の服、借りてこようか」
「あ、変装っすね?」
「アンソン、カオルさんの邪魔に成らないで下さいよ」
「こ、今回だけは侍デビューだし大目に見れない?」
「見れません」

 レミアに言い切られてわざとらしく溜息を吐いたアンソンだが、直ぐに自衛官の案内でカオルと共に簡易テントに移動した。
 アンソンのような2メートル近い高身長の隊員は少なく、渡された予備の迷彩服はやはり裾が足りずに不格好だ。

 ちなみにカオルは自衛官やマスコミの覗きを警戒しアイテムストレージから家の模様替えアイテムであるカーテンを取り出し被ってから着替えた。
 同じように覗きを警戒したユキムラとレミアもテント内に居たのでその視線から隠れたい意味も有る。肉体は女でもカオルの意識は男なので流石に恥ずかしい。

「カオルさんの着替えですか。ちょっと見てみたいですね」
「レミアさん、普通にセクハラ」
「あら、すみません」

 同性と思っているからだろうがレミアの発言は過激だ。
 慣れない迷彩服の端を摘まんで具合を確かめ、帽子を目深に被った。

「アンソン、覗いてませんよね?」
「そんな度胸無いっての!」

 同じテント内でも布で空間が仕切られておりアンソンはその仕切りの向こうに居た。
 互いに着替えが終わった事は分かっているのでカオルから仕切りを捲り上げた。

「うっわ、裾が合ってないよアンソン君」
「へへっ、俺脚長いっすからね」
「アバターだろうに」
「半年以上もこの身体なんだからもう俺の身体っすよ。モデル体型万歳!」

 エルフ特有の細く筋肉を感じさせない肉体で力コブを作ってみせるアンソンに3人が笑いを誘われた。
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