フェンリルさん頑張る

上佐 響也

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王都

7話 昇格は始まりに

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ギルドに登録してから2日、俺と焔は雑用のような仕事をこなしてCランクになった。本当に雑用だったのは最早笑った。
雨漏りの修理に消えた鞄の捜索、悪ガキグループの抗争仲裁まで手広くやった。

「ギルドって、大変だね」
「魔獣と戦う方が楽ってのも変な話だな」

本音である。仲裁は本当に面倒だった。最終的に両方に拳骨落として正座させて2時間説教してしまった。
周りに被害を出しておいて『部外者は口を挟むな!』とは良い度胸だと思う。
焔が『凍、カッコイイ』とかキラキラした目で言ってたのは見間違いだと思うことにした。

「今日は採取とかの依頼にしとこう」
「そうだね」

あのマゼンタな建物に向かう。行きたくないが行かねば仕事が無い。人間は何で貨幣なんて面倒な社会システムを作ったんだ?
王子が前に言っていた寝床だが、王都の外れにある空家を提供してもらうことになった。書類の関係上まだ無理らしいが明後日には移れることが決まった。
宿のオバチャンが凄く残念そうな顔をしていた。焔は男やオスは駄目だが女やメスには好かれるのだ。

ギルドに到着。何か張り詰めた空気だな。

依頼の貼ってあるボードを見る。この前行った森の更に奥にある薬草がほしいとの依頼があった。これなら適正ランクだし受けても構わないだろう。

「リーガル、この依頼受けれるか?」
「大丈夫だ、問題無い」

口調が違うっ!? 誰だこの渋いダンディーなオジサマは! オネエなリーガルはどこ行ったっ? そしてそのネタはこの世界のものじゃないぞ!
あ、今更だがギルドのカウンターに居たオネエはリーガルという名前だった。あれでギルド長なのだから恐ろしい。
しかし今日のリーガルはおかしい。表情も心なしかキリッとしている。バーなら女性客で満席になりそうな程に渋くてカッコイイ雰囲気だ。

「こ、凍、この人誰?」
「俺が聞きたいくらいだ」

あまりの事態に喉がカラカラになる。
ギルド全体に漂っていた緊張感はこれか。皆リーガルの変貌に戸惑っているのだ。何がリーガルをここまで変えてしまったのだろうか……

「パパー!」

ん? 可愛らしい女の子が嬉しそうにリーガルに走り寄っていく。

「どうしたんだ?」
「ママが今日の晩ご飯何が良い?って!」
「はははっ、ママの作る物は何でも美味しいから悩んでしまうな」

ちょっ、おまっ、その幼女お前の娘かよっ!! そして普段とのギャップが激しすぎてそろそろ限界だ!!

「焔、森に行くぞ。これ以上ここに居るのは危険だ!」
「うんっ、早急にここを出よっ!」

俺たちは自分の心を守るためにギルドを後にした。脱出直前、適正な依頼を受けられずにギルドに残っていた冒険者が泣きそうだったのが印象的だった。
しかし危なかった。下位とはいえ竜種と戦ったときよりもここまでの危機感は感じなかったぞ。流石、元Sランクは伊達じゃないということか。幻狼種2頭を同時にここまで追い詰めるなんて人間の歴史上初なんじゃないか?



調整が終わったという武器を受け取ってから件の森に到着。やはり森は良い、リリンが生み出した文化の極みだ。文化じゃねえよ!
またしても1人ノリツッコミしてしまった。口に出してないからセーフだろう。
さて、今日は武器を試してみるか。狼は食事以外で無駄な殺しはしない。しかし向こうから向かってくる奴だけは相手をする。そのスタンスさえ守っていれば良いだろう。
焔と頷きあって森の中を進んでいく。

「……凍、森の動物たちが変だよ」

焔の言う通り、猿種も昆虫も何かに怯えたように大人しい。森の浅い場所ならまだしも中腹まで踏み込んだら普通睨むくらいはしてくる。
昔村の近くにワイバーンが来たときと同じだ。つまりこの辺にヤバイのが居るってことか?

「もしかしたらヤバイのが居るのかもな。警戒しろ」
「うん!」

「クルルルルルルルルルルルッ!」

「「っ!」」

遠くから聞こえた異質な叫びに2人してビクッとしてしまった。
聞いたことのない叫び方だ。初見の魔獣か?
声のした方に注意しながら進む。遠目だが宙に浮いた黒い何かが見える。
アレが声の主だろうか? 何かと戦っているみたいだ。そして俺たちと同じように遠くから観察して近付いていっている人間が居る。

「凍、戦ってるの、雷狼族だよ」

マジかよ、ここで幻狼に遭遇とか運が良いんだか悪いんだか微妙なとこだろ。でも焔の血の気の失せた顔を見る限り冗談って訳じゃなさそうだ。
戦ってる4つ足の奴をよく見る。黄色くてツンツンした毛並みで俺の狼形態より少しだけ大きい。美少女とみた!
電気を纏わせた太い前足で黒い水の塊みたいなのを殴り飛ばした。殴られた方は帯電しているのか断続的にバチバチいっている。

「しつこいのよっ!!」

それでもダメージが通っているようには見えない。本当に水を殴っているんじゃないかと思えてきた。よし、黒スライムと呼ぼう。
それにしても、もしかして耐久力の高いスライムか何かか? いやいや! あいつらって浮くのか?
そんな風に考え込んで出ていかなかったのが不味かったのか、雷狼が黒スライムに飲み込まれた。
雷狼は苦しそうに藻掻くがどう見ても無意味だった。苦し紛れに電気を全身に纏ったが黒スライムは無反応だった。
苦しそうに気泡を吐き出し、とうとう雷狼は動かなくなってしまった。そして黒スライムがどんどん小さくなっていく。
もしかして、

「雷狼の中に入っているのか?」
「え?」

思わず呟いていたらしい。焔に俺の仮説を聞かれたみたいだ。だがそれが直ぐに当たりだと分かる。
黒スライムが雷狼を覆いきれなくなり、最後には雷狼の口の中に消えていったからだ。
グッタリと地面に倒れた雷狼だったが、少ししたら起き上がった。

目が合う。

それはもうバッチリと目が合った。しかも雷狼の目は赤く発光している。
よく輝くような目とか言うがマジで光ってる目なんてこの前のカマキリ以外で初めて見たな、なんて場違いなこと考えて現実逃避していたが中断させられた。

「コソコソ隠れてないで出てきたらどうだ? 目が合ったのに知らぬ存ぜぬはないだろう」

声はそのままだった。
観念して対峙する。本当は狼形態になりたかったが人間が隠れている前で戻るなんて自殺行為だ。
そして焔まで出てきてしまった。雷狼の様子を見ると気付いてたみたいだし仕方ないか。

「あと1つは、人間か。言葉が通じないとは不便だな。では、お前たちの後に食うとしよう」

本当に、お約束すぎるだろ。
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