フェンリルさん頑張る

上佐 響也

文字の大きさ
上 下
35 / 127
ジャングル

10話 ジャングルが保たん時が来ているのだ!

しおりを挟む
「さて、我はそろそろ人間鍋を見に行くとしよう」
「花子も居ると思いますから話しといてください。かなり悩んでました」
「そうするとしよう」

王様は行ったか。人間の方は逝ったろうけど。

「うみゅ~」

ん? 焔が起きそう?

「こおる~」

膝枕されてる目をシパシパさせた焔が俺に手を伸ばしてきて頭をガッチリホールド、顔を近付けてきて、唇奪いやがった。

「おはよ~」

まだ寝惚けてやがる。遊びみたいな触れるだけのキスだったけど焦ったぞ。冷汗が凄い。

「おはよ。真夜中だけどな」
「ホントだ~」

俺の顔越しの夜空を見てポワポワした雰囲気で笑う。これがナマハゲ扱いされてる炎狼だとは誰も思わないだろうな。
ちなみに焔の声が聞こえた瞬間、偶々近くに居た子供は母親に泣き付いた。ゴメンね、このお姉ちゃん怖くてゴメンね。基本は無害だから勘弁してくれ。

「明日にはジャングル出るんだよね?」
「ああ。予定通り帝都に向かう」
「ジャングルに手を出させないように?」

バレテーラ。
俺が村で暗躍したのに人間が直ぐに武器を補充して攻めてきたのは帝都からの援護があったからだ。100人もの死者を出したのだから次は200、下手をしたら1000まで増える可能性もある。そうなる前に帝都がジャングルに介入するのを止めさせる必要がある。それに直ぐに補給ができたということは準備していたということだ。他の魔獣の住処を攻撃する準備が。

「凍は優しいよね。知り合いにだけ」

放っておいてほしい。俺だって好きでこうしているわけじゃない。ただ、何かできたはずなのに何もしないで後悔するのは嫌なのだ。
単純に、目覚めが悪いという自分勝手な理由で。

「その代わり、知りもしない相手は平気で切り捨てる。分かりやすくて私は好きだよ?」
「何で疑問形なんだよ」
「だって凍の全部が好きだからどこが好きとか優劣つけられないんだもん。だから分かりづらいところも好きだよ?」
「ありがとよ」
「うんっ」

しまった、近くに居た大人たちが『ハイハイ、バカップルバカップル』と呆れている。どうでも良いか。
てか前線に居た大人たちは焔のこと知らないから怯えないんだよな。知ったらどうなるか、くわばらくわばら。

「凍はどこに居たい? 凍が居たい場所があるなら、私は凍に迷惑掛けないように大人しくする、よ?」
「あ、自分が暴走するって自覚はあるんだな」
「船で雷に言われちゃった。『炎狼が船で3日以上の距離を泳げるはずないでしょう』って」
「そりゃ無理だ」
「それに子供たちも私のこと怖がってるしね。流石に凍が一ヶ所に留まらない原因が私だって、気付くよ」

焔さんが成長してるっ!? 俺のことになると暴走確定の焔がっ、無自覚に周りに殺気放ちまくる焔がっ! この娘誰っ!?

「その驚愕の表情は酷いよ。私にとって凍が1番なんだから凍の平穏を崩さないためには私も日々精進してるんだよ?」

ヤンデレってそう言う思考回路なのか? 焔以外にヤンデレを知らないから比べようがないな。

「だから、凍が居たい場所、教えて。凍がそこに居られるように、努力するから、だからっ、一緒に居させて?」
「……お前みたいな危険な奴、近くに置いておく方が良いに決まってる。それに、俺は知り合いには優しいんだろ? お前にも優しくするぜ?」
「……噛み合ってない」
「ああ、言ってから思った」

本当は俺が1言、『俺のモノになれ』って言えば良いんだろうけど……まだ覚悟ができてないから言わない。
焔のことは好きだけど、何か躊躇う。
LikeとLoveの区別がつかない感じ? ヘタレですね、そうですね、スイマセンねっ! 16歳の決断力の無さ舐めんなっ! 転生前は13歳でしたが何か?

「でもこのままだとハーレムだよね? 雷だって凍のこと気に入ってるし、花子は普通に好きっぽいし」
「雷はともかく花子はそうだろうな。お前ほどじゃないが、分かり易い」
「雷みたいな娘が笑顔で話すんだよ? 絶対好かれてるよ~」
「あの手のタイプの常識など知らん」

確かに雷は俺たち以外には無表情が多い。でも絡まれる方の精神的負担は馬鹿にならないんですっ!

「花子、どうするのかな?」
「明日になれば嫌でも分かる。だから、今日はもう寝ろ」
「うん。お休み」
「お休み」




翌朝、ジャングルの出口で蝶族に見送られた。他の魔獣たちはそれぞれのテリトリーで活動再開。昨日のように他種族が一同に集まる方が異例なのだ。また殺伐とした生きるための化かし合いが再開されているのだろう。
で、花子だが、

「凍君、娘を頼んだぞ。花子、もう、帰ってくるんじゃないぞ」
「はい。行ってきます」

旅をすることにしたらしい。死体から刀を拝借して腰に吊るしてる。
つまり花子は、ジャングルの敵になった。
魔獣が自分の領分(この場合は群でも良い)を抜けるということは、そう言うことだ。
俺がジャングルに入っても問題なかったのは緊急事態だったから。本来ならば、俺は余所者としてジャングルの新たな勢力になり炎猿や狼と戦っていたはずなのだ。
人間がジャングル全体の敵だったからこそ、俺は特例で助っ人として一時的に自由に動けたのだ。それも蝶族の庇護の下で。
だから今の俺はジャングルには留まれない。留まるには、戦って、他の種族を殺して、自分の領域を奪うしかない。
次に花子がこの地に踏み入る時は、略奪者としてだ。

「もう、親子には戻れないけど、元気でね」
「お母様も、お元気で」

王妃が生んだ卵は100。その内このジャングルに来れたのは2匹、次男と花子だけ。それが蝶族の現実。他は死んだと思っていい。偶々ここにたどり着いた奴を誕生日順に並べたのが、王族兄妹だ。
長男家族も、次男も挨拶を終え、本当に別れの時間が来た。

「凍君、君には感謝している。しかし、次に会うときは、敵だ」
「言われるまでもありません」
「それからな、」

ん? 最後の何かヒソヒソ話?

「来としても焔君だけは勘弁してくれ。トラウマになった子供が多過ぎる。彼女さえ居ないならば君がいくら出入りしようとも我慢すると言われたくらいだ」

……最後の最後で嫌な情報聞いたぜ。

「凍っ、行こっ。目指せリストカット帝国の帝都!」
「速く出発するわよ。それとも美人奥様の寝取りでも試したいの?」
「誰がするかっ! 焔は先に行き過ぎだっ」
「凍君、お兄様の家族に手を出したら私でも怒りますよ?」
「しないっての!」

雷は質の悪い冗談止めてくれ。花子が本気で怒るから。涙目でお説教されると本当に悪いことした気分になって心が痛いんだよ!

「そういうのは、私がお相手、しますから。ね?」

『ね?』じゃない。やらないっての。

「花子は大胆ね。その積極性の欠片でも凍に分けて欲しいわ」

俺はお前らに淑やかさを持って欲しい。

「凍、誰とするのも凍の自由だけど、最初が私じゃなかったら、壊すから」

最後だけ目からハイライトが消えただとっ! とうとうコントロールできるようになったか。恐ろしいな。しかし何を壊す気だ? ナニを見て言っている?

「馬鹿言ってないで、さっさと行くぞ」
「反応が薄いー」
「つまらないわね」
「私……頑張りますっ」

本当に、速く行こう。
しおりを挟む

処理中です...