フェンリルさん頑張る

上佐 響也

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帝都

19話 帝都出発

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魔獣が帝都を襲ってから3日が経った。俺たちの旅立ちの日が来たとも言う。
オッチャンに武器の調整を頼んだので3日も経ってしまった。

「なんでいっ、もう見てやんねいぞ!」
「へぇ、別に構わないけど?」
「やっぱ見させてください!」

こんな会話を繰り広げたが気にしない。
霊帝は死にはしなかったがやはり左腕が無くなっていた。病院で片腕をパーカーの袖に通せないで苦労している幼女は見ていて和んだが本人は大変だろう。やたら目がギラギラした看護婦ににじり寄られて涙目になっていたのも良い思い出だ。

「僕は絶対こんな閉鎖的な環境から抜け出してみせるからな!」

涙目で見舞いに行った俺たちに叫ぶ姿は嗜虐心をそそられた。ちなみに焔も看護婦と似たり寄ったりで危ない感じだった。やけに熱心に見舞いを提案したと思ったらそういうことだったか。

「しかしあの異形の魔獣はなんだったのだろうね。僕の読んだ資料では黒い霧みたいな寄生タイプの魔獣が出てくるって話だったのに実際はキメラのような妙な魔獣が出てきてしまった。それにあの異形たちは臭いも声も僕が認識できない存在だった。一体どんな存在なのか興味は尽きないけど今度こそ殺されるね。僕は自由は欲しいけど死にたくはない。弟を死なせておいて何を今更と思うかもしれないけど、」

長くて五月蝿いのでカットした。
学校には武器の調整が済んだら帝都を出るからと中退することを報告しておいた。その際どうしても先生に会わなければならなかったのだが、

「そうですか、残念ですね。あっ、最後に全角度から写真を撮っても良いですか? 今年の同人誌は題材も設定も凄く良いものになりそうで、」

途中で花子の眠り粉を使って脱出した。これ以上話を聞いたら俺たちの心が折れそうだった。何が悲しくて同人誌の題材にされなければいけないんだ。焔は、

「凍に無理矢理されるような話なら私だけが読むって条件で、」

とか先生に手紙を書こうとしていたのでこちらもチョップで止めた。俺は絶対に嫌なんだよ。雷も花子も、

「創作で結ばれても、ねえ?(どうせならムードのあるところでしたいわ)」
「特に何も面白くありません(実際にできないなら何の意味も無いじゃないですか)」

とのこと。良かった、こいつらは普通、普通? 何か変な副音声がついた気がするが聞かなかったことにした。俺の危機察知能力は日々の経験からかなり鍛えられている。偶に役立たずだが。

「私たちは王都に戻るぞ。父上に報告もあるしな」

王子たちは王都に帰るらしい。当然と言えば当然で、王子とメイド長は王都の新しい世代として帝都に挨拶に来ていただけだ。オッチャンも『技術顧問として両国の発展のために』とか言う建前で技術を盗みに来たようなもんだ。それにしては工房の人間たちとは仲良くなっていたが。魔獣撃退の後のお祭りでは一緒に酔いつぶれてたしな。また一緒に酒を飲もう的なことも言ってたと思う。ジジイ共の意気投合って若者には分からない。俺は人間ですらないわけだが。

「それで、次はどこに行くつもりなんだ?」
「ハワイアン民主国だな。どうせなら世界3大国家を全部回ってみようと思ってる」
「そうか。今のハワイアン民主国は夏だが長袖で丁度良い気候のはずだ。この時期は避暑地として観光スポットにもなる国だからな」
「それはタイミングが良かった」
「そうだな。カジノや遊園地があったはずだ。楽しんでくると良い」

遊園地って、この世界にそんなのあったのか。

「しかし、少し気になっていることがあるのだが……」

ん? ハワイアン民主国に何か問題があるのか?

「いや、あの国は本当にただの観光地だ。夏は避暑地、冬は雪を使ったイベントのみで国が回っていると言っても過言ではない国でな、政治の方も問題は無い。私が気になっているのは、お前たちのことでな」

歯切れ悪すぎだろ。ここまで躊躇う質問って何だ?

「その、な? お前たち、発情期はどうした?」

…………あ。
ああああああああああああああああっ!!
ヤバイ! もうそんな時期だ! 焔の暴走が果てしない時期だ! 焔は12歳の頃から発情期入るようになったけどその時期はひたすら逃げ回ってたんだった! 他のオスも焔を狙ってたけど俺が同族平気で殺すって知ってたし襲われた焔も容赦無くオスを燃やしたしでその間に俺逃げてたけど今年はそれが無理! 多分雷も同じ時期に発情するだろうし花子が唯一の望みだけど最近の花子見てると危険そう……ヤバイ、今年は積んだ?
いや、まだだ! まだ俺は負けてない! 成狼するまでは子供は無しだ! 避妊具とかあったら話は別だがこの世界にそんな便利な物はない! 自力で、俺自身の発情期もどうにか我慢しながらあいつらを躱すしかない……できるか?
弱気になるな俺! 頑張るんだ俺! 自分で決めたルールだろ! それをちょっと逃げ切れる可能性が限りなく0%に近いからって諦めてら駄目だ! ……いや0%なら諦めても良いんじゃないか? いや駄目だって! 何欲望に完全撃破されそうになってんだよ!

『良いじゃねえの。この前焔に触った時だってノリノリだったじゃねえか』

なっ、お前は俺の中の悪魔!

『どうせ向こうもそれを望んでんだぜ? メスの期待に応えられねえオスって、お前どんだけヘタレなんだよ?』

くっ、確かに焔も花子も完全に俺のことロックオンしてるが、

『とぼけんなよ、雷だってお前に体を許してんじゃねえか。1度に3匹相手なんてオスとしては最高だろ?』

いや確かにそうなんだけど、オスとしては最高なんだけど! てか天使は? 俺の中の天使は?

『え、魔獣の倫理に当て嵌めたら発情期なんだから交尾するべきじゃないの?』

天使いいいいいいいいいいいいいいいいい!!
お前そっち派かよ! まさか魔獣の倫理とか言い出すのかよ! しかもその言い方だと義務っぽくね!?

『だって花子はもう成獣だよ? それを2年待ってって言うつもりなの?』

そうなんだけどね? 俺ってまだ16歳じゃん? 子供ができちゃっても養う能力なんて持ってないよ?

『君は元日本人でしょ? コトワザにもあるじゃない』
『案ずるより生むが易い。先人の偉大な言葉だよな』

何で悪魔と天使が一緒に主人を責めてんだよ!

『だって魔獣だよ?』
『本来なら焔とはとっくに子を成してるだろ?』
『それがヘタレのせいで焔ったらあんなに焦らされて』
『いくらなんでも4年の焦らしとか、鬼畜が過ぎるだろ?』

やめてっ! 俺を責めないで! そんな不能を見る目で蔑まないで!

『挙句に花子まで焦らしてたなんて、』
『あっちはもう成獣なんだぜ?』
『それが想いに気付きませんでしたって、』
『言い訳にもなってねえだろ?』

ぐっ、さっきから全部最高のボディブローのように俺に突き刺さるな。

「コ、コオル? どうした? 今にも血を吐きそうな様子だが」
「な、何でもない」

それが精一杯だった。



で、出発。見送りに霊帝と王子、メイド長、オッチャン、先生が来てくれた。先生は来ないで欲しかった。

「異形についてはちょっと調べてみるよ。それから、僕の体を治す方法がないか探してくれると嬉しいな」

はいはい、善処しますよ。

「僕の経験上、善処するというのは1番信用できない言葉だね」

その気が無いからな。

「凍、意地悪しないのっ」
「これだから思春期の反抗期は」
「凍君、少し反省してください?」

え、あ、はい、すいませんでした。

「ふふっ、凍はもう離れられないだろうね。僕も君たちのように自分の行き方を自分で選びたかったけど、この腕じゃね」

……ほう。

「別にいつだって選べるだろ」
「ん?」
「腕が無くたって生きていけるさ。魔獣の中には腕が無いヤツだって居るんだ。腕がないのと、何も選べないのは、関係ないだろ?」
「……下手な慰め方だね」

バレテーラ

「その言葉、いつか証明させてもらうよ」

はいはい。

「じゃあな」
「またねっ」
「バイバイ」
「またお会いしましょう」

さて、今度は何が出てくるかな。
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