フェンリルさん頑張る

上佐 響也

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獣人村

6話 いよいよ

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雷の怪我はそんなに深くない。本当なら傷一つ負わないはずだったのだが打ち所が悪くて柔らかいところに当たってしまったらしい。傷は前髪で隠せるから平気だと言う。

「そんなに心配なら早く治るように舐めてくれる?」

無理に決まってる。

「残念だわ。私が怪我したって知った時はあんなに怒ってくれたのに」
「そうだよっ、凍が怒ったの久しぶりに見たよっ」
「これは雷の抜け駆け? でも事故みたいなものだし……どうしましょうっ?」

何言ってんだ焔に花子は。

「ふふっ、オスが本気で怒ってくれるって、ちょっと良いわね」

「凍っ、私ちょっと包丁使うけどもし指切っちゃったらよろしくねっ!」
「凍君、スープが熱すぎたみたいで舌を火傷したかもしれません。見てもらえませんか?」

露骨すぎるだろうが! 雷も挑発するようなこと言うなっ!

「いつも焔と花子ばかり凍と遊んでるんだから今日くらい良いでしょう?」

お前は普段俺で遊んでるだろうがっ!

「凍がまた雷とイチャついてる!!」
「凍君っ、贔屓はいけないと思います!!」

どう見たらイチャついて見えんだよ!!

「もう、凍ったらそんなに私にばかり構ってたら駄目よ?」

「凍うううううううううっ!!!!」
「酷いですううううううううううっ!!!!」

雷っ、焔と花子を煽るなっ!! 血涙流し始めただろうが!!

「少し、やり過ぎたと反省しているわ」

なら2匹を止めてくれ。

「それはあなたの役目よ。焔、花子、凍が寝室で大事な話があるそうよ」

「凍っ、早く行くよっ!」
「凍君っ、遅いですよっ!」

「雷ああああああああっ!!」

こいつ何てことしやがるっ!
お前ら離せっ! 服が伸びるっ! ズルズル引き摺るなっ!!

「1匹のオスとして、少しは甲斐性を見せてきなさい」

それ、死刑宣告だろうがっ!! 少しは落ち着いてた発情期が思いっきりぶり返してるじゃねえか!!



寝室では、焔と花子による狩りが行われた、わけではない。

「全く、雷も照れ隠しが下手だよねっ」
「本当です。凍君が本気で怒ってくれて嬉しかったんでしょうけど、ちょっと露骨でしたね」

……え?

「あ、凍は分かってないみたいだね」
「凍君、本当に鈍いんですね」

え? 何? 何の話!?

「ちょっと、雷の様子を覗いてみましょうか」
「このままじゃ雷も可哀そうだしねっ」

何の話だか全然分からんが、俺が雷に酷いことをしているらしい。
寝室のドアからリビングの雷を覗いてみる。
4人用の机から動かないで、凄く恥ずかしそうに顔を両手で覆っている。
……何これ?

「凍の顔見てるのだが恥ずかしかったんだろうねっ」
「雷はああ見えて乙女ですからね、凍君が本気で怒ってくれて嬉しいけど、それを素直に言うのは自分のキャラ的に難しい。でもお礼は言いたい。でも恥ずかしくて言えない。そんな風に悩んでるんだと思います」

お前ら本人みたいに言うんだな。

「えへへ、実は帝都で雷の本心聞いちゃったんだよねっ」
「あの時の雷は可愛かったです」

雷の本心、ね。それより、雷ってどちらかと言えば格好良いタイプじゃね?

「凍、今すぐ雷に土下座してきて」
「最悪です。メスの敵ですね」

本気で蔑まれてる!?

「雷だって私と同じ年のメスなんだよ? ちょっと大人っぽくても根っ子は変わらないよ」
「そもそも凍君は乙女心に疎すぎます。これでは鈍感と言われても仕方ないと思いますよ」

お、俺が鈍感? 俺があんなイラつく主人公たちと同じ? 本気でヘコム……

「今の雷に声掛けるのは逆効果だから駄目だけどねっ」
「後でちゃんとフォローしないと駄目ですよ?」

どうしろってんだよ。
でもまあ、普段負担掛けてる分何かしてやらないとな。でもこいつらにも何かしないと騒ぐんだろうな……よしっ、決めたっ。ハワイアン民主国に着いたらちょっと単独行動取ろう。

「あなたたち、何をしているのかしら?」

……ドアに背を向けて話していた俺たちに、背後から話しかけることができるのは1匹だけだ。

「いったい、何を、していたのかしら?」

一言一言切って話す姿は迫力満点だ。
体中に纏った電気が幻想的で綺麗な絵画みたいですねっ。

「そう、最近使ってなかったから電の使い方を復習しようと思うのよ。皆、付き合ってくれわよね?」

雷が怖いです。斧槍がまるで死神の鎌のようだ。

「雷っ、覗いてたのは凍だけだよっ!」

焔さんっ!?

「私たちは止めたんですよっ! でも凍君が聞いてくれなくてっ!」

花子もかよっ!!

「大丈夫よ、焔に花子」

何て慈愛に溢れた笑みだろう。雷って聖母みたいな顔もできたんだな。

「力づくでも止めなかったあなたたちだって同罪なんだから」

……顔は聖母でも中身は般若だったか。わりと本気で怒っているらしい。

「そうねえ、まず凍には私の足を舐めてもらいましょうか。焔と花子にはその様を鑑賞してもらうわ」

「無理いいいいいいいいいいいい!!」
「耐えられませええええええええええん!!」

俺だって嫌だああああああああああああっ!!

「私だけ弱味を見せるなんて、納得いかないんだから当然でしょう?」

良い笑顔だ。
やっぱ雷は女王様だった……



どうにか雷の制裁を躱した翌日、やっとハワイアン民主国に出発できる。猫娘の話だと半日くらいで着くらしい。
でも発情期が終わってない。焔も雷も花子もまだ体が疼くらしい。俺だってそうだよ。
しかし王子の話だと遊園地とかあるらしいから遊んでいれば少しは誤魔化せるはずだ、と思いたい。純粋に遊園地が楽しみだとは思ってるけど。

「皆さん、行っちゃうんですね」
「ゴメンね、ユーちゃん」
「いえ、やっぱり幻狼様は自由な方が良いと思います。近くに来ることがあったら、また遊んでくれますか?」
「もちろんよ」
「また来ますねっ」

後ろで男たちが怯えてるぞ。女たちは嬉しそうだが。

「でも凍に近付かないでね」
「面白いことにしてあげるわ」
「楽しみですね」

あ、女たちも怯えだした。長老なんて顔が真っ青通り越して土っぽい色になってる。哀れな。

「大丈夫ですよっ、幻狼様のお相手に手を出すような暴挙、誰もしませんって」

いや、村中の獣人が顔逸らしてるぞ。お前のお兄ちゃんなんて雷(の胸)に釘付けだぞ。目に光るものあるし。
何か、これ以上3匹が見られてるの不愉快だしさっさと行こう。

「じゃ、服ありがとな」
「またねっ、ユーちゃん!」
「またお話しましょう」
「絶対、また来ますね」

「はいっ、またお会いしましょうっ!」

男たちの目がなくなったら急に心が落ち着いてきたな。何だこれ?
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