上 下
14 / 24
その3 何気ない日常は突然壊れます

しおりを挟む
○○○

 どうしてこんなにもばれないんだろう。
 毎日テレビで私が起こした事件を報道している。写真だって公開されている。なのに声すらかけられない。
 警察の人とすれ違っても挨拶はされても職務質問はされたためしがない。
 やっぱり、あの人はすごいんだな。推理小説書ける人って何かが違うのかも。

 私はスマホであいつにSMSを送り付ける。信じられていようといないと構わない。
 あいつは私を精神的に苦しめてきたんだから。殺す前の下準備はちゃんとしなきゃ。もう助からないってわかったとき、死ぬまでの数十秒は最高に苦しんでもらわなきゃ不公平だよね。

 あの人は、小説を書くときは登場人物のメモを残しているって言ってた。どの人物がどんな情報を知っているのか、どんな道具を持っているのか、どんな感情を抱いているのか細かく書いておくって。
 私も真似してみよう。あいつを殺す前に何をするべきなのか。どんな言葉を送ってあげれば苦しませることができるのか。計画通り進めるために何が必要なのか。
 
 ――――ピロロン♪

 返信が来た。

『誰? いたずらにしてはタチ悪くない?』

 いたずらなんかじゃない。
 でも信じていないなら、それでいい。

『私はお前を許さない。呪ってやる。お前の親しい人全員呪い殺してからお前も殺す』

 迷惑メールに見えるけど、あいつは絶対ブロックしない。
 あいつはオカルトとかの類を面白がるタイプだから。

 ――――ピロロン♪

『ちょww面白すぎwwwwww
 やれるもんならやってみてよwww』

 やってやろうじゃないか。
 せいぜい笑って待ってればいいのよ。
 私はあいつを指定の場所へ呼び出すことにした。










 町はずれの廃ビル。ネットの掲示板では心霊スポットとして有名なところで、曰く『殺された人の魂が集まる場所』らしい。

 ――――ピロロン♪

『来たけど、どこにいるのww?』

『階段を一段飛ばしで登り、階が変わるごとにお辞儀をし、屋上に出るまで目をつぶって登れば私はそこにいる』

 ――――ピロロン♪

『はいはいww 
 そういう設定ね』

 笑っていればいい。できれば楽しんでくれていればいいや。
 そのほうが落差で絶望が大きくなりそうだし。

 しばらく待っていると、あいつが私のいる屋上へやってきた。律儀に目は閉じている。
 足音を立てないように後ろへ回り込んだ。しばらくしてあいつが目を開けたのだろうか、クスッと笑った。そしてスマホを取り出し、何かを打ち込み始めた。

「……ねえ」

 耳元でささやいてあげた。あいつはびっくりしてスマホを落としてしまっていた。

「なっ……なんっ……?」

 かわいそうに。腰が抜けちゃってるよ。
 でもそんなことで手を抜く私じゃない。むしろもっと痛めつけてあげなきゃ。
 私は笑顔で歩み寄った。

「こ、来ないで……っ!」

 あいつは、普段は高圧的で偉そうなくせに、案外こういうシチュエーションが苦手なのだ。オカルトを笑ったりお化け屋敷を馬鹿にするのは、その気持ちの裏返し。実はお化け屋敷であいつがちびっちゃったことを私は知ってる。当然口止めはされてるけど、この際だしネットで拡散してあげようかしら。
 私は笑顔で歩み寄る。不気味さが増すようにメイクも工夫してある。
 苦手な人なら失神するレベルだろう。

「ねぇ……? やっぱり、恨んでるの…………? だからっ!?」

 フェンスまで追い詰められて、あいつは恐怖で顔をゆがめている。
 私はポケットからナイフを取って見せつけた。

「許さない…………」

 あいつのお腹に突き刺した。
 生温かい感触に驚いて、涙が出てきた。
 何で? 
 ……そっか。こいつは私と少しだけ仲良くしてくれたから、かな?
 ま、許しはしないけど。
 さらに深く押したら、転落防止用のフェンスが壊れて、あいつが落ちていった。

「あ……」

 鈍い音がした。死んじゃったかな。
 計画とは違うけど、これで復讐は――――

『――私たち、友達でしょ?』

 終わってない。
 まだ、最後の裏切り者がいる。
 でもあの人に教えてもらったトリックは全部使っちゃったし、どうしようか。
 関係ないか。私だってやればできるもん。
















○○○

 ――――RRRR

 嫌な予感がした。
 小太り刑事が持ってきた事件の解決が報じられていない今、この電話はかなり悪いものである可能性が高い。また、次の事件が起こってしまったというのか……?

「……はい、っこちらあけ」
『Hello! How do you do?』

 誰だこの陽気な外人。
 声に聞き覚えはあるが、別人であると信じたい。

「……日本語で話してくれないかな、父さん?」
『Hun? ……おお、そういやそっちは日本か』
「愛人とヤリ過ぎて頭おかしくなったか? いい加減帰ってきてくれませんかね?」
『ああそのうちな』

 あのクソジジィ……息子が極貧生活してるってのに海外で豪遊かよ。
 たまには仕送りくらいしやがれってんだ。

「で? 何の用だ?」
『お? ……なんだっけな ――Hey Goro! Come on! ――OK! なんかトラブルでも起こってるんじゃないかって読んだんだが、違うか?』

 なんで父さんのコミュ力が遺伝しなかったんだろうか。どこでも友達作れる能力がほしいぜ。

「相変わらずの未来視だな。その通り、面倒な事件に遭遇中ですよ」
『ほーん。がんばれ』
「それだけか」
『うん、あれだ。お前にだって助けてくれる人がいるだろ? ほら、リカお姉ちゃんだっけ?』
「おいおい……大家さんの名前ぐらいしっかり」
『そっちじゃないって。居たろ? 学校から帰ってくるたび嬉しそうに話してたのによぉ。そんなだから友達できねぇんだよ、お前は』

 あ……。
 思い出した。
 中学校まで一緒だった一個上の人だ。珍しく俺にやさしい人だった。好きかどうかって言われれば好きだったかな。
 懐かしいな……一体今は何してるんだろうな…………。

「そういやそんな人もいたな」
『んじゃ、がんばれー』

 切りやがった。くっそ、連絡先ぐらい教えてからにしやがれってんだ。
 にしても、父さんが覚えてるとは思わなかった。この際だし探してみるのもありかもな。
 いや、事件の解決が先か。
 
 とにかく謎が多い。
 なぜ凶器から採取されたDNAが一致しないのか。
 なぜ仲の良い人物を徹底的に殴ったのか?
 そもそも本当に同一人物の犯行か?

  ――――RRRR

 また、電話。
 嫌な予感しかしない。

「はい……こちら明智探偵事務所」
『おお、高校生探偵君。これは少々まずいことになったよ』
しおりを挟む

処理中です...