生臭さに酔う

とと

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旧友を見下す-1-

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東京に出てきて10年が経った。
結婚して4年、子こそ無いがそこそこ大人のような気になった頃。
時折連絡する程度に付き合いのある学生時代の友人から旅行の誘いがあった。
私の母校は、偏差値が低く、学費の安さだけが取り柄のような専門学校であり、その生徒の多くがおよそまっとうな青春を謳歌しているとは言えない所謂いわゆる「オタク」達の集まる学校だった。

その中でも彼、仮に一宮と呼ぶが、彼はユーモアに富み交友関係が広く、私たちの中でリーダーのような存在であった。
早々に結婚して一児の父となっている真人間でもある。
そんな彼が、私のような「この学校の中では、まだマシな方」と周囲を見下して自分を維持しているような性格破綻者と未だ交友が続いているのだから、世の中分からないものである。

どうやら兼ねてより検討していた地元旅行を行いたいとの事。
奥底に面倒だという気持ちも燻っていたが、なんとなく友人は大切にした方が良いのでは?という漠然とした恐怖と友人と旅行の予定がある自分も悪く無いという気持ちもあり、意欲的に見えるように努めて承諾した。

旅行は3人で行うとのこと。
つまり私と一宮、もう1人という事だが、そのもう1人は新田という男で ー もちろん仮称だが ー 幾度も転職を経験し、現在個人事業主として教育関連の事業を営んでいる苦労人である。
元々彼とは、疎遠になっていた。
というのも彼が過去に劣悪な職場環境に身を置いていた際、SNSで身が裂けそうなほどの思いを綴っている事を知り、私は「怖くて近づきたくない」と心無い本音を漏らした事がある。
それが友人経由で新田に伝わり、私は彼との関係は終わってしまったと思っていたためである。
以来新田とは交流がなかったのだが、一宮経由で夕食を共にする機会があり、今回の旅行の企画を皮切りに少しばかり連絡を取り合うような仲になっていた。

連絡を取り始めてからも、彼は私の暴言を受けた事をおくびにも見せることがなかった。
気を遣ってくれているのか、気にしていないのか、忘れているのかは分からないが、当時の彼の気持ちを思えば謝罪するべきであることは、子供でもわかることである。
しかし私は、彼から恨み言が返ってくるのではないか、傷ついてしまうのではないかと我が身可愛さに逃げ、あまつさえ「彼に当時の事を思い出させるべきではなく、謝って気持ちを清算したいのはただの自己満足ではないか」ともっともらしい理由を付けて触れることはなかった。

2泊3日の準備の大半は一宮が行い、旅行中の車さえ出してくれると言う。
地元で就職した彼には、それが可能であった。
彼が数百万円のローンを組んで新車を買ったという話を聞いた時は、車に疎い私にとって信じ難いような行動に思えた記憶がある。
私は少しの意見と申し訳程度に1日目の宿を予約した程度で、その他大して旅程に関与することもなかった。
前日の準備では、生涯一度も読んだことのない村上春樹の小説を妻から借り、知恵者振れる事を期待し眠りについたのである。
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