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第5話 Who's he
01 マリアとユリア
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「あたしは仕事をやめるぞ! 理世ォーーーッ!!」
「お、お疲れ様でしたッッ!」
一一月も残り少なくなった、金曜日の夜。
いつもの〈Remy's〉で待ち合わせたモカから、席に着くや否や第一声、堂々たる宣言を受けた理世は思わず敬礼していた。
「やっぱり意地悪なおばさんたちが嫌になった?」
「うん、一番がそれ。二番目が何もしてくれない会社への失望。あたし以外にも四人が一気に辞めるから流石に焦ってたけど、だからってババアたちに厳しい対応してくれるわけでもないし。ほんとクソ」
「今の世の中って昔に比べてパワハラに厳しくなったって言うけど、駄目な所は駄目なんだね」
「フン、口ばっかりで大半がそんな感じでしょ。真面目に生きるの馬鹿らしくなるよ、ほんと」ぶつくさ言いながら、モカはメニューブックを開いた。
「次の仕事はまだ決めてないの?」理世もメニューブックを開く。
「うん。そんなに焦らず探すつもり。ていうかね」
モカはメニューブックから顔を上げ、笑顔を見せた。
「親父がさ、最近順調に快復してるから、来年から少しずつ勤務時間を増やして、いずれは完全に元に戻すって言ってるんだ。そうなったら、あたしは今までみたいに、きっちり週五で働かなくて済むかもしれない」
「そうなんだ!? 良かった……!」
「でも、いずれまた専門に通いたいからお金はちゃんと貯めたいなって。そうなるとやっぱまだきっちり働くべきかなあ……」
──やっぱり偉いなあ、モカは。
「よし決めた。今日はビーフシチュー。理世は?」
「ちょっと待って、まだ……」
「そういえばさ、街コンどうだった」
「えっ……あー、わたしは別に何も」
「そっか。恋多き大学の友達は?」
「新たな修羅場をくぐったみたい」
「何があったのさ……」
「ご注文がお決まりでしたらボタンでお呼びください」
食事を終えた理世とモカが雑談していると、女性客二人が男性店員に案内され、通路を挟んで左隣のボックス席に座った。二〇代前半くらいだろうか。顔立ちがそっくりで、どちらも目元の化粧が濃く、長い黒髪をハーフアップにしているので、余計に見分けがつかない。大きく異なるのが服装で、片方は長袖のハイネックカットソーにキュロットとタイツ、ブーツだが、もう片方はペンギンのゆるキャラが描かれたTシャツにジーンズ、スニーカーだ。
──双子……。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、うん」
モカが去ると、双子が同時に理世の方に振り向いた。無遠慮に見過ぎてしまったかもしれないと思い、そっと視線を逸らす。
「高校生?」Tシャツの方が声を掛けてきた。
「……は、はい?」理世の声は上擦った。
「あなた高校生? それとも大学生かな」
「大学生、です」
「連れの二人も?」
──!
「あー、えーと、はい」
連れは一人しかいないと正直に答えれば、怖い思いをさせてしまうかもしれないと思い、理世は相手に合わせた。
「そうなんだ~」
Tシャツの方はにこやかに言った後、片割れと一瞬目配せした。その僅かな違和感に理世が疑問を抱くよりも先に、今度はハイネックの方が口を開いた。
「いきなり話し掛けちゃってごめんなさいね」
「い、いえ」
「私は三島茉莉亜。こっちは妹の柚莉亜」
「ああ、どうも……」
何故自己紹介までされたのかはわからなかったが、理世は小さく頭を下げた。
「それであなた、一体どれくらい理解しているの?」
「……えっ?」
双子は同じ笑顔で、同じ角度に小首を傾げてみせた。理世には何故かそれが、双子ならではの自然なシンクロではなく、わざとらしいものに思えた。
「お待たせ」モカが戻って来た。「理世もトイレ行っとく?」
「ううん、わたしは平気」
「じゃ、そろそろ出ない? 混んできたしさ」
「そうだね」
理世は双子の方を見やったが、どちらも何事もなかったかのようにメニューブックに目を通しており、その後一度も視線がぶつかる事はなかった。
「ねえ、さっき隣の席の双子に話し掛けられてたみたいだけど、どうしたの」
店を出て、順番待ちの行列を横目に階段を上る途中、モカに尋ねられた。
「ああ、えっとね、わたしの事を知り合いだと勘違いしたみたいで」
「そうだったんだ」
──マリアさんとユリアさん、か……。
〝それであなた、一体どれくらい理解しているの?〟
──……何の事だったんだろう。
「そういえば、駅前の店でお土産買って帰りたいんだ。弟が甘いもの食べたがっててさ。付き合ってくれる?」
「うん、いいよ~」
全然スッキリしないまま、理世は親友の隣を並んで日張駅へと向かった。
「お、お疲れ様でしたッッ!」
一一月も残り少なくなった、金曜日の夜。
いつもの〈Remy's〉で待ち合わせたモカから、席に着くや否や第一声、堂々たる宣言を受けた理世は思わず敬礼していた。
「やっぱり意地悪なおばさんたちが嫌になった?」
「うん、一番がそれ。二番目が何もしてくれない会社への失望。あたし以外にも四人が一気に辞めるから流石に焦ってたけど、だからってババアたちに厳しい対応してくれるわけでもないし。ほんとクソ」
「今の世の中って昔に比べてパワハラに厳しくなったって言うけど、駄目な所は駄目なんだね」
「フン、口ばっかりで大半がそんな感じでしょ。真面目に生きるの馬鹿らしくなるよ、ほんと」ぶつくさ言いながら、モカはメニューブックを開いた。
「次の仕事はまだ決めてないの?」理世もメニューブックを開く。
「うん。そんなに焦らず探すつもり。ていうかね」
モカはメニューブックから顔を上げ、笑顔を見せた。
「親父がさ、最近順調に快復してるから、来年から少しずつ勤務時間を増やして、いずれは完全に元に戻すって言ってるんだ。そうなったら、あたしは今までみたいに、きっちり週五で働かなくて済むかもしれない」
「そうなんだ!? 良かった……!」
「でも、いずれまた専門に通いたいからお金はちゃんと貯めたいなって。そうなるとやっぱまだきっちり働くべきかなあ……」
──やっぱり偉いなあ、モカは。
「よし決めた。今日はビーフシチュー。理世は?」
「ちょっと待って、まだ……」
「そういえばさ、街コンどうだった」
「えっ……あー、わたしは別に何も」
「そっか。恋多き大学の友達は?」
「新たな修羅場をくぐったみたい」
「何があったのさ……」
「ご注文がお決まりでしたらボタンでお呼びください」
食事を終えた理世とモカが雑談していると、女性客二人が男性店員に案内され、通路を挟んで左隣のボックス席に座った。二〇代前半くらいだろうか。顔立ちがそっくりで、どちらも目元の化粧が濃く、長い黒髪をハーフアップにしているので、余計に見分けがつかない。大きく異なるのが服装で、片方は長袖のハイネックカットソーにキュロットとタイツ、ブーツだが、もう片方はペンギンのゆるキャラが描かれたTシャツにジーンズ、スニーカーだ。
──双子……。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、うん」
モカが去ると、双子が同時に理世の方に振り向いた。無遠慮に見過ぎてしまったかもしれないと思い、そっと視線を逸らす。
「高校生?」Tシャツの方が声を掛けてきた。
「……は、はい?」理世の声は上擦った。
「あなた高校生? それとも大学生かな」
「大学生、です」
「連れの二人も?」
──!
「あー、えーと、はい」
連れは一人しかいないと正直に答えれば、怖い思いをさせてしまうかもしれないと思い、理世は相手に合わせた。
「そうなんだ~」
Tシャツの方はにこやかに言った後、片割れと一瞬目配せした。その僅かな違和感に理世が疑問を抱くよりも先に、今度はハイネックの方が口を開いた。
「いきなり話し掛けちゃってごめんなさいね」
「い、いえ」
「私は三島茉莉亜。こっちは妹の柚莉亜」
「ああ、どうも……」
何故自己紹介までされたのかはわからなかったが、理世は小さく頭を下げた。
「それであなた、一体どれくらい理解しているの?」
「……えっ?」
双子は同じ笑顔で、同じ角度に小首を傾げてみせた。理世には何故かそれが、双子ならではの自然なシンクロではなく、わざとらしいものに思えた。
「お待たせ」モカが戻って来た。「理世もトイレ行っとく?」
「ううん、わたしは平気」
「じゃ、そろそろ出ない? 混んできたしさ」
「そうだね」
理世は双子の方を見やったが、どちらも何事もなかったかのようにメニューブックに目を通しており、その後一度も視線がぶつかる事はなかった。
「ねえ、さっき隣の席の双子に話し掛けられてたみたいだけど、どうしたの」
店を出て、順番待ちの行列を横目に階段を上る途中、モカに尋ねられた。
「ああ、えっとね、わたしの事を知り合いだと勘違いしたみたいで」
「そうだったんだ」
──マリアさんとユリアさん、か……。
〝それであなた、一体どれくらい理解しているの?〟
──……何の事だったんだろう。
「そういえば、駅前の店でお土産買って帰りたいんだ。弟が甘いもの食べたがっててさ。付き合ってくれる?」
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