放っておけない 〜とあるお人好しの恐怖体験〜

園村マリノ

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第5話 Who's he

06 喰えたモンじゃねえ

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「ブッ、ブス共ですってぇええええ!?」

 双子の余裕たっぷりの笑顔は、一瞬で怒りに歪んだ形相へと変化した。

 ──うん、まあ確かにブスだわ。

 口元の緩みを誤魔化しつつ、モカは声色以外にもどこか様子のおかしい親友を見やった。中学時代からの五年以上の付き合いの中で、乱暴な言葉遣いや、こんなにも冷たい目を他者に向けた事があっただろうか。

「理世? どうしちゃったの」

「いいから前向け」

「というかあんた──」

 生温い突風が吹き付け、続くモカの言葉を遮った。
 
 ──!?

 モカは我が目を疑った。妙な紫がかった半透明のもやが双子を包んでいるが、それ自体は大した問題ではない──片手を取り合った双子の体が不自然に歪んだかと思えば、グチュグチュと音を立てて融合し始めた事に比べれば。

「うえっ……何なのあれ!?」

 縋るように理世の腕を掴み、その感触に違和感を覚えたモカは再び我が目を疑った。親友は柔らかそうな茶色いコートを着ていたはずだが、今自分が指を食い込ませているのは黒色のジャンパーだ。

「離れろ」

 親友はいつの間にか姿を消していた。目の前にいるのは、人相が悪く、短い黒髪をパンクロッカーのように逆立てている、見知らぬ若い男だ。

「え……あんた──」

「邪魔だ」

「──誰?」

 もやが濃くなり、双子の姿を完全に覆い隠したかと思うと、風に飛ばされたように一瞬で霧消した。そうして姿を現したのは、燻んだ赤・緑・紫・黒のグラデーションが悪目立ちする蝶の羽と、血走った目玉が付いた巨大な人間の頭蓋骨を持つ、全長二メートル以上はある化け物だった。

「どっ、どういう原理なのさ……」

 モカは、もういちいち自分の目を疑うのをやめた。

「バリバリ貪り食ってやる……頭のてっぺんからつま先まで!」双子のものと同じようでいて異なる声色で、化け物が喚いた。「あんたたち三人、全員分の魂をね!!」

「ちょっ、あたしも!?」

 見知らぬ男は鼻で笑った。

「いや笑い事じゃないからね!?」

「標本でも作るか」

「何言ってんの!? ていうか、あんた誰なのかって──」

 化け物は大きく羽ばたくと、突風に煽られて後ずさりするモカには構わず、男目掛けて突進した。ぱっかりと開いた口の奥から、青紫色の異様に長く細い舌を伸ばして首に絡み付こうとする。
 男は身軽な動作で躱すと、踏み込んで化け物の顎に拳を喰らわせた。歯が数歩折れる音と、くぐもった悲鳴が上がる。直後、蝶の羽が男を叩き付け、モカの後方まで吹っ飛ばした。

「理世!!」モカは自然と親友の名前を叫んでいた。
 
 化け物はモカの横を通り過ぎ、倒れた男の方へと舞うように進んでゆく。

「ちょっと! ねえやめてよ!」

「あんたは最後にしてあげるから、そこで大人しく待ってなさいな」

「魂食べるって、用は人殺しでしょ!? そんな事──」

「うるっさいわね~」化け物は振り向かず、面倒臭そうに答えた。「そんなに虐められたいわけ?」

 頭にカッと血が上る感覚。癇癪玉を爆発寸前で何とか押さえ込むと、モカは化け物と男のいる方向とは反対に走り出した。

「だから逃げようったって無理だっての」

 化け物はやはり少しも振り返らず、冷めた声で吐き捨てた。遠ざかる足音をぼんやり耳にしながら、素早く舌を伸ばし、起き上がろうとしていた男の左脚に巻き付けて引っ張る。

「……っっ!」

 男は抵抗しているが、ズルズルと引き摺られ、徐々に化け物との距離が縮まってゆく。

「……言っとくが、俺はまだしもこのグズ女は喰えたモンじゃねえぞ」

 それが何だと言わんばかりに、化け物は小さく一度羽ばたいた。更に力を込め、一気に男を引っ張り寄せる。

「それと恐らくあのコーヒー豆女もな」

 遠ざかっていったはずの足音が近付いて来ている事に気付き、化け物ははっと振り向いた。脅威はすぐ目の前まで迫っていたが、反応するだけの余裕はなかった。

「──……っらああっっ!!」

 モカの飛び蹴りが骸骨の口元にめり込んだ。化け物は仰け反り、短い悲鳴と共に、男の脚に絡み付けていた長い舌を離した。

「いっったたた……!」

 着地に失敗して打ち付けた尻をさすりながら起き上がったモカの目の前で、男が化け物の片羽を両手で掴んだ。これから何をされるのか察した化け物は、慌てて身を捩って逃げ出そうとした。

「バタバタと邪魔臭ぇんだよ」

 言うや否や、男は化け物の片羽を力任せに引き千切った。耳をつん裂く悲鳴が響き渡ると、モカは反射的に両耳に指を突っ込んだ。

「おい、お前もやってみるか」

 男はどこか子供っぽい笑顔──それでも人相は悪いが──を向けてきた。少しの間の後、モカは無言でかぶりを振った。
 男はそれ以上は何も言わず、恐怖と苦しみでのたうち回る化け物の、残っているもう片羽も引き千切った。そしてその欠片を、何のためらいもなく口に含んで数回の咀嚼後、ぷっと吐き出した。

「喰えたモンじゃねえや」

 モカが顔をしかめて目を逸らすと、地面に転がる骸骨のギョロ目とかち合った。恐怖や嫌悪の感情を抱くよりも先に、男が骸骨を踏み潰した。
 モカは力なくその場に蹲り、ぎゅっと目を閉じた。貧血を起こしたのは数年振りだった。

















 
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