【改稿版】骨の十字架

園村マリノ

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第四章

#4-3-4 追跡④

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 一同は霊安室に入りドアの鍵を閉めると、室内の真ん中に固まり、背中合わせに身構えた。

「さて……次は何が起こる?」

 緋雨の問いに答えるかのように、祭壇の前の空間にもやのようなものが発生すると、不鮮明ながらも徐々に映像が浮かび上がってきた。
 学生服を着た少年が、学校内の廊下らしき場所を一人で歩いている。周囲には他にも数人の生徒たちがいて喋っているが、音声は聞こえない。

「この子、皆と合流する前に映像で観た……」那由多は同意を求めるように緋雨を見やった。

「そうだな」緋雨は映像から目を離さなかった。

「映像ならアタシも観たよ」茶織が少年を指差す。「コイツかどうかわかんないけど、アタシより年下っぽいヤツの背中が映ってた」

「茶織さんも?」

「映像というより動くイラストなら、俺とアルバも観させられました。男の子がいじめに遭っている様子の」

「全員何かしら観ているんだね」

 少年はトイレの手洗い場まで来ると、右側奥の男子トイレのドアの向こうに姿を消した。

「これが何だっていうのさ」

 茶織が呟くと、ややあってから六人の男子生徒が姿を現した。全員こちらに背を向けた状態で写し出されていたが、一番前に立つあまり背の高くない生徒が振り向くと、後ろの五人に話し掛け、何やら企むようにニヤリと笑った。

「あ、この子も前に映ってたよ。緋雨がTAROだって言ってたけど……」

「はっきり見えるわけじゃないけれど、確かに似ているわね」アルバが頷いた。

「この子も後ろの子たちも、先に入った男の子に嫌がらせしてたんだ。観ていて気分悪かったよ」

「何か嫌な予感がしますね……場所が場所ですし」

 六人の生徒たちは、手前側の女子トイレのドアの前で一旦立ち止まると、一人が掃除用具入れからモップとバケツを取り出し、別の生徒がバケツを受け取ると手洗い場で水を入れ始めた。TAROと思わしき生徒たち残り四人は、奥の男子トイレのドアを開けて中に入ってゆく。
 やがてバケツいっぱいに水が入り、残る二人もニヤニヤ笑いながらドアの向こうに消えると、直後に映像が男子トイレ内に切り替わった。

「待って、ここから先は観たくない。何が起こるのかわかっちゃったよ」那由多は沈んだ声で言った。

「俺も同じです。でもきっと、最後まで観なきゃ消えないでしょう」龍の声もまた、那由多と同じくらい沈んでいた。

 最初の少年が背の高い二人の生徒に両腕をガッチリ掴まれ、必死に抵抗していた。TAROと思わしき生徒は腕を組んで立ち、その隣にいる、この中では一番小柄な生徒は少年に向かって何か言うと、直後に左頬を殴った。

「あ、このチビもサーカステントにいたじゃん。猿っぽいヤツ」

「そういえばそうだな」

 TAROと思わしき生徒が最奥の個室に目配せすると、少年はそちらへ無理矢理引き摺られて行った。
 そこからの動きは早かった。背の高い二人が少年を個室内へ突き飛ばし、後方にいたバケツを持った生徒が駆け寄って中の水を少年へぶちまけると、六人は大笑いした。次にモップを持った生徒が、洋式便器の隣に倒れているびしょ濡れの少年へ近付くと、一番小柄な生徒がモップを取り上げ、房糸部分で少年を何度も小突いた。また笑いが起こり、特にTAROと思わしき生徒は一番愉快そうにしていた。
 六人は少年が出て来られないように個室のドアの前を塞いだ。TAROと思わしき生徒が仲間たちに何か言うと、背の高い生徒の一人が男子トイレのドアまで戻っていった。

「見張り役ね」

 アルバが静かに言うと、緋雨は小さく唸った。
 TAROと思わしき生徒が少年の髪を引っ掴んだ。他の生徒も腕を掴んで無理矢理起こす。

「駄目だ……やめろ……」

「落ち付け」

 今にも映像に飛び掛かりそうな那由多の肩を、緋雨が掴んだ。
 少年は泣き叫びながら抵抗したが、TAROは容赦なく少年の頭を洋式便器の中に突っ込ませると目配せし、一番小柄な生徒がタンクのレバーを捻った。これ以上面白い事はないと言わんばかりに馬鹿笑いする生徒たち。

「やめろ!」

「やめろってば!」

 龍と那由多が耐え切れずに叫ぶのと同時に、映像のど真ん中に茶織の釘バットが打ち込まれた。映像は再びもやになると飛び散るように消え去った。

「……今のは……あの少年は……」祭壇の方をぼんやり見やりながら、那由多が呟いた。

「ピエロだ。生前の」龍は茶織の方を向いた。「前に言ってたよな、ピエロは自殺者の霊だって」

「うん。良香りょうかっていう着物の幽霊から聞いた」

「いじめの主犯格はTARO。そしてピエロの一連の中高生殺人は、自分を自殺まで追い詰めたTAROや、他のいじめ加害者たちに復讐する力を付けるため。
 中高生ばかりを狙った理由は、自分が丁度その頃にいじめで苦しみ、最終的には命を落としたから、楽しそうに学生生活を送る子たちが羨ましくて憎かった……ってところじゃないか」

「そうかもしれない」那由多は元気なく頷いた。「サーカステントで殺されていた男性や連れ去られた女性も、あのトイレでのいじめには加わってなくても、日頃から何らかの形で加担していたんだよ」

「トイレにいた他の生徒たち、サオリが猿っぽいって言っていた彼以外の姿は今のところ見ていないけれど……もしかしたらもうとっくに報復された後かもしれないわね」

「ふん、理由が理由とはいえ、関係ない者の命を軽々と奪うような奴には全く同情出来んな」

 緋雨が吐き捨てるように言うと、その隣で龍は複雑そうな表情を浮かべた。

「アタシだって同情はしない」茶織はコキコキと首を鳴らした。「アイツはアタシの綾兄を侮辱した……シベリア送りじゃ済まないレベルの重罪なんだよ!」

 ドスンッ。

 突如、ドアに鈍い衝撃が響いた。

 ドンッ。ドスンッ。

「あいつらが叩いてるんだ……いやむしろ体当たりかましてる?」

 ドア付近に立つ龍と那由多は、祭壇の方へと後ずさりした。

「そういやアルバ、さっきあのドアをどうやって開けたんだ」

「どうやったと思う?」

「……魔法か?」

「最初から開いていたのよ」

 ドンッ。ドンッ。ドスンッ。

 ドンドンドンドン。ドンドンドンドン。

 衝撃が大きくなり、その間隔も短くなる。

「まさか簡単に破られはしないよね……頑丈そうなドアだし──」

 那由多を嘲笑うかのようにドアの真ん中がへこんだ。

「嘘でしょ!」

「早く他の出口を探すぞ!」

「いかにも怪しいのがあるじゃん」茶織は釘バットで、祭壇前に置かれた縦長の白い大きな箱を指した。

「いや、それって棺だよね? 普通はご遺体が入って……」

 ドンドンドンドンドンドンドンドンッッ!

 ドスンッ! ドスンッ! ドスンッ!

 龍とアルバがドアに向かって武器を構える。

「お、簡単に開きそう」

 茶織は棺の蓋に手を掛けると、ゆっくり持ち上げた。

「わっ!」

 棺の中から強烈な光が溢れ出し、茶織と那由多、緋雨は思わず目を閉じ顔を逸らした。

「どうし──うわっ」

 振り向いた龍とアルバも同じ反応をせざるを得なかった。

「ねえ……何か目眩しない? 強い光のせい?」

「するわね」

「この感じ……まさか」

「どうやら戻れるようだな、現実世界に」

「ご遺体入ってなくて良かったじゃん、ナユタリウス!」

 光は全てを包み込むかのように部屋中に広がると、一際強く輝き──茶織たち五人の姿は、まるで最初からその場にいなかったかのように消えていた。
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