【改稿版】骨の十字架

園村マリノ

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第四章

#4-4 懐かしき我らが母校

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 六堂町の南西隣に位置する、高台の小さな町・楼風台ろうふうだい
 閑静な住宅街の中に、かつては中学校が存在していたが、五年前に他校と合併し消滅。校舎は二年前に全て取り壊され、跡地が残るのみとなっていたはずだった。
 しかし今その跡地に、そして野村と山井の目の前に建つのは、紛れもなくかつて自分たちが通っていた中学校の校舎だった。

「おお懐かしき我らが母校、ってか!」

 ピエロは憎々しげにそう言い鼻で笑うと、南側の昇降口から校舎に入った。野村と山井も、髭を生やした大柄な女と、ピエロの面の男三人に四方を囲まれた状態で続く。

「さて、仲良しこよしの三年三組へ向かおうじゃないか!」

 階段を三階まで上り、三年七組から六組、五組、と通過してゆく。

「一時期、五組の中で盗難が相次いだんだよね。最初はシャーペンとか下敷きとかで、そのうちエスカレートして、しまいにはお金まで。他のクラスは何ともなかったから、犯人は同じ五組内にいるんじゃないかと言われていたけど、結局犯人はわからないまま、いつの間にか落ち着いた……覚えているかい」

 ピエロはチラリと振り向き、野村と山井の反応を窺ったが、二人が無言のままだったので再び前を向いた。

「ボクは知ってるよ。あれって六組だったほし君と、野村君の仕業だったんだよね」

 山井が隣を歩く野村を見やる。野村は足元に視線を落とし、肯定も否定もしなかった。

「最初に始めたのは星君だ。自分のクラスでやるとリスクが高いから、お隣のクラスに人気ひとけがないタイミングを狙って、適当に目に付いた物を盗っていた。ある日の放課後、偶然その現場を目撃したキミは、もっと大きな物を盗むべきだと星君を唆し、自分も一緒になって数回楽しんだ。違うかい」

 四組を通過し、三組の教室前方のドアの前まで到着した。

「ねえ野村君、さっきから聞いてる?」ピエロは不気味な笑顔と低い声で尋ねた。「違うの? 違くないの?」

「違くない」野村は小さな声で答えた。

 教室内には、黒板の前に教卓と、中心に二人分の机と椅子が横並びに置かれているだけで、その他は何もなかった。窓は黒いカーテンで閉ざされている。

「はい、それじゃあ着席。左右どちらでも構わないよ。ほら早く」

 野村と山井が腰を下ろすと、ピエロの仲間たちはその後方に並んだ。ピエロは教卓に両手を突き、何十人もの生徒を相手にするかのようにゆっくり教室内を見回すと、ニイッと笑った。

「さて、全員揃ったところで授業を始めよう! 残念ながら中先生は簡単にくたばりやがり、今頃地獄へ向かっている途中だろうから、代わりにボクがキミたちを指導してあげちゃうよ! はい拍手!」

 ピエロの仲間たちが割れんばかりの拍手をし、野村と山井は、自分たちも同じようにするべきなのか、恐る恐る様子を窺っていた。

「はい、有難う。一部無愛想な生徒もいるようだけど……」

 ピエロがぎらついた赤い目をスッと細めると、野村と山井は体をビクつかせた。

「まあ、いいだろう。いやそれにしても、さっきからずっとビビってるよねキミたち。ウケる。ケケケッ」

 ──ふざけやがって。

 一連の理不尽で残酷な出来事に怯えながらも、野村はピエロに対する怒りを失ってはいなかった。中学時代にで勝手に自殺しやがった奴が偉そうに。

 ──テメーだって昔はオレと目が合うだけでビビってたじゃねーか……!

 内心毒突いてはいたものの、それを口に出せる勇気は今の野村にはなかった。

「ビビリまくる姿見てたらさ、何だか可哀想になってきたから……チャンスをあげようと思う」

 野村は怪訝な顔をし、俯きがちだった山井は引っ張られたように顔を上げた。

「心優しいボクは、罰を与えるのをやめ、もうここで解放してあげようと思う!」

 ピエロが両手を大きく広げて宣言すると、ピエロの仲間たちは再び一斉に拍手した。野村と山井は顔を見合わせたが、どちらにも安堵の表情は浮かばなかった──そんなウマい話はないに決まっているからだ。
 そして案の定、ピエロは続く言葉で二人をどん底に──これで何度目かわからない──突き落とした。

「ただし、どちらか一人だけ! もう一人には、それはもう苦痛で苦痛で堪らない、生まれてきた事を後悔したくなるようなスペシャルな罰を与えてブチ殺してあげちゃうからね! ウケケケケケッ!」


「アンタら、ちょっと待ちな!」

「ナユ坊!」

「ナユタにいちゃん!」

 ピエロの気配を追い、人混みを掻き分けて進む茶織たちの前に、突如として三人の男女が現れた。パーマ頭で、ガリガリに痩せた六〇代くらいの女性に、腰が曲がった禿頭の老人、タンクトップと半ズボン姿で坊主頭の一〇歳前後くらいの少年だ。全員に共通しているのは、顔色に血の気が全くなく、体の大部分が透けているという点だ。

「何あんたら」

 茶織の言葉に、周囲の通行人が何人か振り向いた。

「大丈夫、俺の友達だから」

 那由多がそう言うと、一同はなるべく人目に付かないよう端へ移動した。近くに女性が二人いるが、お喋りに夢中でこちらを気にしている様子はない。

「ナユ坊、何処に行ってたんだ。随分と探したんだぞ」

 老人が少々怒ったように言うと、女性と少年もうんうんと頷いた。

「ごめんよ。ピエロを追い掛けてたら、色々と大変な目に遭って、結局取り逃しちゃったんだ」

「ピエロと仲間たちなら、オイラたち見たよ! あっちへ行った」少年は茶織たちが進もうとしていた方向を指差した。「生きた人間も二人連れてた! その人間ごと姿を消して歩いてたんだ。他の幽霊たちが止めようとしたんだけど、皆敵わなくて……」

「二人という事は、また一人間に合わなかったみたいね」

 アルバが静かに言うと、龍と那由多は目を伏せ、緋雨は舌打ちした。

「そうそう、それでね!」女性が勢い良く一歩前に出た。「そのピエロの仲間の困った奴らが悪さして回ってるから、六堂町内のあちこちで色んな騒ぎになっちゃってんのよ!」

「そうなんだ、怪我人も何人か出ている」

「オイラたちだけじゃ手が足りないよ! ナユタにいちゃん、手伝って!」

 幽霊三人の言葉を裏付けるかのように、歩く人々が道の端へ逸れたかと思うと、茶織たちが来た方向から担架を担いだ救急隊員たちが姿を現し、走り去って行った。

「どうしようか」那由多は仲間たちを見やって言った。

「アタシは道化師クラウンを追う。もう決定事項だから」茶織はきっぱり言い切った。

「すみません、俺もそうさせてください。理人りひとの仇ですから」龍もそう言うと、小さく頭を下げた。

「うん、二人はきっとそう言うと思った」那由多は微笑んで頷いた。「ピエロは二人に任せるよ。アルバ、二人が無茶し過ぎないようにサポートしてあげて」

「ウフフ、任せて」

「いいよね緋雨」

「ああ」

「そうと決まればグズグズしちゃいられない。早く行くよ」茶織は龍の服の袖を強く引っ張った。

「わかってる」龍は茶織の手に軽く触れた。

 那由多が小さく手を挙げる。「三人共、気を付けてね」

「そっちもね」

「那由多さんと緋雨も」

「任せておけ」

「あなたたちも」龍は霊の三人組に小さく頭を下げた。

「おう、ありがとな金髪にいちゃん」

「アンタたちも気を付けるのよ!」

「にいちゃんねえちゃんたちも頑張って!」

 それぞれが声を掛け合うのを見やりながら、茶織はボソリと、

「死亡フラグっぽくね?」

 龍は袖を掴み続けている茶織の手を軽くつねった。
 

「野村、お前が死ねよ」山井は前を向いたまま、抑揚のない声で言った。

「……ああ?」

「オメーが死ねっつったんだよ、人を自殺させて平然としてやがるサイコパス野郎!」

 山井は野村に向き直ると、睨み付けた。

「……ハッ、馬鹿じゃねーの」野村は踏ん反り返った。「オメーもオレに負けず劣らず、一緒になって色々してたよな? 何、オレだけに責任擦り付けてんだよ、この前科者が!」

「んだコラァ!」

 山井が掴み掛からんばかりに勢い良く立ち上がると、野村は目を見開き体をビクつかせ、椅子から転がり落ちるのを防ぐように机の端を掴んだ。

「山井君、着席」

 ピエロが静かに言うと、山井は素直に従った。

「……何だよ、オメーが前科者ってのは事実なんだろ。事実を言って何が悪い。ええ?」

 山井は自分の膝の辺りに視線を落としたまま答えなかった。勢い付いた野村の声のトーンが上がる。

「このオレは! [RED-DEAD]のTARO様だぞ! 日本が誇る国宝級のイケメンボーカリストと、なんの能もない前科者のお前、どっちの命が大事だと思うんだ。あ?」

 野村は勝ち誇ったような笑みを見せたが、顔を上げた山井は、くつくつと笑い出した。

「……な、何がおかしいんだコラ!」

「日本が誇る? 国宝級? イケメン……?」山井は哀れむような目で野村を見やった。「オメー、自分が世間で主に何て言われてんのか知らねーのかよ? ガチのファンなんて少数派だしよ、顔も歌唱力もボロクソ言われてんだぞ?」

「……っ、それは! オレの成功を妬んだカス共の──」

「そのツラでイケメンかよ! クッッソウケるなオイ! 爬虫類と宇宙人グレイを混ぜたよーなヒデー面でよ!」

「テ、テメ……見た目も中身も猿みてーなテメーに言われたかねーよ!」

「それにオメー、ネットに書かれてんのはそれだけじゃねーぞ。アイツを自殺させた事を誰かが暴露したんだぞ?」

 野村は口をあんぐり開けて固まった。

「結構前からだぞ。え、マジで知らなかったのかよ!」

 山井はギャハハハハと下品に笑い出し、野村は信じられないと言わんばかりに口をパクパクさせ、体全体をわなわなと震えさせた。

「はい、相談タイムはそこまでだ」

 ピエロの声に、山井の笑い声がピタリと止み、教室内には再び静けさが戻った。

「さて、もう決めてくれないかな。どちらを助け、どちらを殺──」

「コイツを殺せ!」

「オメーが死ね!」

 野村と山井は同時に叫ぶように言い、互いを指差した。

「ケケッ! とっても滑稽でとっっても哀れだよ、キミたち不細工コンビは!」

 ピエロは心底愉快そうに言い放ったが、その直後、何かに気付いたようにハッとし、ドアの方に振り向いて身構えた。野村と山井の後ろの四人も、そわそわしている。

「……何だよ?」

 野村が小さな声で疑問を口にすると、ピエロの顔に苛立ちが現れた。

「あ、い、いやその──」

「アイツらが来たようだ……しつこいね」

「アイツら……?」

 程なくして、こちらに駆け寄る数人分の足音が、教室内の全員の耳に届いた。
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