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第1話〜10話

第4話 ライド・ザ・タイガー

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 誰にだって、唐突に何かをやりたくなる事があるのではないだろうか。テレビゲーム、スポーツ、断捨離、旅行、悪戯イタズラ、などなど。

「虎に乗りたい!」

 自宅で昼食── 呪殺鳥のサンドイッチ、お喋りそうとリンゴのサラダ、ハーブティー──を取っていた咲良は、突然そんな衝動に駆られた。

「馬とか熊とか巨大ロボじゃ駄目。虎よ、トラ、トラ、トラ!」

 何故虎なのか、何故馬や熊や巨大ロボットじゃ駄目なのかは、咲良自身にも全然わからなかった。元々特別好きというわけではないし、何だったらグリーンイグアナやフトアゴヒゲトカゲなどの爬虫類の方が好きだ。

「虎って魔界にいるのかな……?」

 魔界の事なら魔界人に聞くのが一番だ。しかし、魔界の一般常識を知らな過ぎて不審に思われても面倒だ。咲良が人間であるという事実は、初めて出逢ったレイモンドにしか話していない。

「そうだ、レモン君だよ。彼に聞けばいいんだ!」

 咲良は食事を終えると、テーブルの隅に置いてあるスマホを手に取った。人間界で使用していたものとよく似た形状で、使い方もほぼ同じだ。背面には頭の一部が欠けた骸骨のマークがプリントされている。

 ──電話じゃなくて、メッセージでいいよね。

 バイトの採用が決まった直後、通信機器の類を所持していないとセルミアに話すと、翌日にバイト代を前貸ししてくれたので新規契約が出来た。
 ちなみに身分証は魔術を用いて偽造した。もしもバレたらどったんばったん大騒ぎして、その場にいる全員を黙らせるつもりでいたが、幸いにもその必要はなかった。

 ──店長てばマジいい精霊! 

 魔界に来てから早くも二〇日が経過した。まだまだ知らない事や慣れない事は多いが、咲良は今のところ、親切な魔界人たちに恵まれている。

 ──引っ越して来て大正解だったよ、ほんとに。

 レイモンドへのメッセージを入力していると、足音が近付いて来て、ドアが叩かれた。

「はーい。どちらさま?」

「こんにちは。ボクだよ」

 咲良がドアを開けると、後ろで手を組んだ銀髪に青いメッシュの青年が立っていた。

「ファヴィー君!」

「やあ」ファヴニルは、はにかんだ笑みを見せた。

「どうしたの?」

「その……ちょっと森の近くを通ったから来てみたんだ。ほら、咲良ちゃん一人暮らしでしょ? 何か困ってたりしてないかなって、気になって」

「え、心配してわざわざ来てくれたの? 優しい~!」

「い、いやあ……」ファヴニルはほんのり赤く頬を染め、身じろぎした。「いきなりだから、逆に迷惑になっちゃったかも」

「そんな事ないよ! 良かったら上がって。あ、テーブル片付けちゃうからちょっと待ってて」

「ああ~、残念だけど、ボク今日これから友達と会うんだ」

「あ、そうだったの? じゃあ何かお土産を──待って、一つ聞きたい事があるの」

「え?」

 ──ああでも、どうやって聞こう? 虎の存在自体を知らなかったら? まあ、まさかわたしが人間界から来たって事はバレないだろうけど。

「聞きたい事って?」

「あ、えーと……」

 ──……そうだ!

「はい! 突然ですがクイズです!」

「クイズ? よし頑張る!」

「そうこなくっちゃ!」咲良はパシッと手を打った。「毛色は赤褐色とかオレンジっぽくて、黒いシマシマも入っている動物といえば?」

「なぁんだ、それなら簡単だよ!」

 咲良は確信した。少なくとも、魔界人は虎を知っている。

「答えは、ドゥンでしょ?」

「……どぅん?」聞き慣れない単語に、咲良は目をパチクリさせた。

「え、違うの?」ファヴニルも目をパチクリさせた。

「どぅん……え、ドゥン……?」

「うん。ドゥンしか思い付かないんだけど……」

 咲良はよろめき、ドアに背をぶつけた。

 ──いや何それ? 効果音?

「あれ、違った?」

「……正解。大正解!」

「本当に!? 何か今初めて聞いたって反応っぽかっ──」
 
「そっ、そげんこつなかばい! そうそう、ドゥンだよドゥン! ドゥンドゥンドゥ~ン! ヲホホホホ!!」

〈歌魔女の森〉に高笑いが響き渡った。

 ──咲良ちゃんの高笑い……何て気高いんだろう!

 ファヴニルは惚れ直した。



「……て事があったんだ~」

 友人と久し振りに再会したファヴニルは、つい数十分前に起こった出来事を、歩きながら話して聞かせた。

「多分だけど、咲良ちゃんはドゥンを知らないんだろうなって」

「いや待て、それよりもおれが驚いたのは、咲良にバイト先を紹介したのがお前だったって事だ」

「ボクもだよ。咲良ちゃんに家を貸したのがキミだったなんてね!」

 ファヴニルと友人──レイモンドは顔を見合わせ、笑みを零した。

「いくら全員同じ地区に住んでいるとはいえ、こんな偶然ってあるんだな」

「ほんとだね! 今度は三人で遊びに行こうよ」

「ティトも誘うか。あいつは〈シルフィーネ〉で顔を合わせている」

「わあ、そうと決まれば早速計画を立てないと! そうだ、せっかくだから、咲良ちゃんにドゥンを見せてあげたいな」
 
「見せるったって、そう簡単にはな。少なくともこの地区にはいないだろ。てかさ」

 横断歩道まで来ると、二人は歩みを止めた。

「何で咲良はそんなクイズなんて出したんだ?」

「……何でだろ?」

 さっぱり見当が付かず、二人はただ首を傾げるだけだった。
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