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第11話〜20話
第17話 レイモンド あるいは(無職がもたらす予期せぬ休日)
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自室で寛いでいるレイモンドのスマホに、咲良から電話が入った。
「サイホユートー! 野球しようぜー!」
「おれサッカー派なんだ。で、どうした」
「仕事昨日までだったんだよね? お疲れ様」
「おう、サンキュ」
レイモンドが働いていた薬屋は、昨日をもって廃業した。店を畳むという話自体は事前に店主から聞いてはいたが、新しい仕事先を見付けられないうちに今日に至ってしまったので、せっかくだからしばらくのんびりする予定でいる。
「バスケットは……お好きですか? わたしのチームと店長の妹のメリロットさんのチームで3on3したいんだけど、メンバーが足りないんだよね」
「最初からそう言えって。バスケか……正直苦手だ」
「えー、だったらわたしが教えてあげるよ! まあまずは髪の毛赤く染めるところから始めようか!」
「天才じゃねえから遠慮しとく。おれよりもティトを誘いな。今日は休みだったはずだ。あいつは上手いぞ」
「あ、そうなんだ。ふーん、いいね……」
──ん……?
「ウィル君とかファヴィー君も上手い?」
「前者はわからん。後者は応援に回ってもらった方がいいだろうな」
「そっか、ありがと。聞いてみるよ。じゃ、またね」
「ああ」
電話を切ると、レイモンドは小首を傾げた。
──ティトと何かあったのか……?
無口な友人とはつい数日前にメッセージでやり取りしたばかりだが、特に変わった様子はなかった。もっとも、何かあったとしても、自分から言い出すような性格でもないのだが。
──まさか喧嘩したとか……じゃないよな?
約一時間後。
思いの外暇だったので、レイモンドは軽い昼食後に自宅を出て繁華街へやって来た。
──たまにはゲーセンでも行くかな。服も見たいし、ミュージックショップでいい新曲でもあれば──……
「あれ~、レイモンドじゃん」
馴染みのある声に呼ばれて振り向くと、紫髪に褐色肌のエルフの女性が、人混みを掻き分けて駆け寄って来た。
「エンマ!」
「久し振り~! 元気してた?」
「ああ。あれ、何で第7地区に? 確か引っ越したんだよな」
「そ。今日はこっちに住んでる中学時代の友達と、ドラゴン肉食べ放題に行くの。駅で待ち合わせしてんだ~」
エンマはレイモンドの高校時代の同級生であり、元恋人だ。三年前にファストフード店で偶然再会し、その後交際を始めたのだが互いに友達感覚が抜け切らなかったため、半年足らずで円満に別れたのだった。
「レイモンドは? 薬屋さんだったよね。今日はお休み?」
「今日無職になったばっかで、家にいても暇だったから出て来た」
「マジ? どうしたの、お店アバドンにでも呑み込まれた?」
「何でそんな斜め上なんだ。咲良じゃあるまいし」
「サクラ?」エンマはニヤリと笑った。「新しい彼女~?」
「あー違う違う。ただの友達だ」
「今はフリーなの?」
「ああ……」ほんの一瞬、レイモンドの脳裏に、ある同性の友人の顔が浮かんだ。「いないよ」
「そっか。良かったら誰か紹介しよっか? 彼氏募集中の友達、何人かいるんだけど」
「本当か? いや待て、早く行かなくていいのか」
「ゲッ、そういえば時間ギリギリだったんだ! ゴメンまたね! 連絡するから~!」
走り去るエンマを見送ると、レイモンドもゆっくり歩き出した。
──何でだ?
エンマとの会話中に、どういうわけか自然と思い浮かべた友人。容姿端麗で小柄、一見すると女性的な彼とは何度も二人だけで出掛けたりしてもいるが、あくまでも友人は友人であり、それ以上でもなければそれ以外でもない。
──なのに、何で……だ?
「君、可愛いねぇ~! 今一人ぃ?」
髪を派手に染め、スーツ姿にアクセサリーをあれこれゴチャゴチャと身に着けている三人の男に道を塞がれ、ウィルは内心溜め息を吐いた。
「ぼく男なんで」
「え、ウソ!?」
「マジ!? どう見ても女の子だけど!」
「またまたぁ~! オレたちをテキトーにあしらうための嘘っしょ?」
──ウザい。
「嘘じゃないです」ウィルは普段より数倍声を低くした。「それとぼく、急いでいるんで通してください」
「あ、ゴメンねー……」
真ん中の男が脇に避けると、ウィルは早足でその場を離れた。何やら馬鹿にしたようなニュアンスでヒソヒソ言い合う声が聞こえる。
せっかくの休日に第7地区の繁華街まで遊びに来たというのに、初っ端からちょっぴり出鼻を挫かれた気分だった。女性に勘違いされるのも、そのうえでナンパされるのも慣れっこだが、真実を答えた後の相手の反応次第では、やはり不快になる。
──体を鍛えて筋肉付けたりした方がいいのかな。
ウィルは真面目に考えた──もしも自分が筋骨隆々になったら、想い人はどう思うだろうか。
──引かれてしまうかもしれないな……咲良は喜びそうだけど。
ウィルの目に、ビルの出入口横に設置されたトレーニングジムの看板が目に入った。見上げると、二階の窓際でランニングマシンを使用している男性が複数人いる。
──資料だけでも貰ってくるかな?
ウィルがビルの方へ向かおうとした時だった。
「あれ、ウィルか?」
ハッとして振り向くと、ビルの正面のゲームセンターから出て来たばかりらしい想い人の姿があった。
「レイモンド……!」
「よう、偶然だな。あれ、咲良にバスケ誘われなかったか?」
「来ましたよ、メッセージが。でもその時には既に家を出てましたし、バスケはあまり得意じゃないんで断りました」
「そうか。ところで、そこのビルに用があるのか?」
「えっ! あ、いやその……」
レイモンドはビルを見上げ、
「五階のネイルサロンか?」
「え、ええ……ちょっと気になって。でも今日はいいです」
「え、いいのか? おれが邪魔しちまったんじゃ」
「いえ、全然! あ、あの、それより時間あります? 良かったらこれからお茶でも……」
「そうだな、昼飯は簡単に食べてきたから、何か飲もうかな。何処の店がいいか?」
「そうですね、だったらこの先のカフェでも……」
二人並んで歩きながら、ウィルはレイモンドの横顔を盗み見た。何だか嬉しそうな表情をしているような気がするのは、流石に自分に都合よく考え過ぎだろうか。
レイモンドとウィルがカフェで注文している頃、咲良のチームとメリロットのチームは、公園のコートで白熱した3on3バスケ……ではなく異種格闘技戦をハイテンションに繰り広げており、最終的には通報により駆け付けた管理者に叱られたのであった。
「サイホユートー! 野球しようぜー!」
「おれサッカー派なんだ。で、どうした」
「仕事昨日までだったんだよね? お疲れ様」
「おう、サンキュ」
レイモンドが働いていた薬屋は、昨日をもって廃業した。店を畳むという話自体は事前に店主から聞いてはいたが、新しい仕事先を見付けられないうちに今日に至ってしまったので、せっかくだからしばらくのんびりする予定でいる。
「バスケットは……お好きですか? わたしのチームと店長の妹のメリロットさんのチームで3on3したいんだけど、メンバーが足りないんだよね」
「最初からそう言えって。バスケか……正直苦手だ」
「えー、だったらわたしが教えてあげるよ! まあまずは髪の毛赤く染めるところから始めようか!」
「天才じゃねえから遠慮しとく。おれよりもティトを誘いな。今日は休みだったはずだ。あいつは上手いぞ」
「あ、そうなんだ。ふーん、いいね……」
──ん……?
「ウィル君とかファヴィー君も上手い?」
「前者はわからん。後者は応援に回ってもらった方がいいだろうな」
「そっか、ありがと。聞いてみるよ。じゃ、またね」
「ああ」
電話を切ると、レイモンドは小首を傾げた。
──ティトと何かあったのか……?
無口な友人とはつい数日前にメッセージでやり取りしたばかりだが、特に変わった様子はなかった。もっとも、何かあったとしても、自分から言い出すような性格でもないのだが。
──まさか喧嘩したとか……じゃないよな?
約一時間後。
思いの外暇だったので、レイモンドは軽い昼食後に自宅を出て繁華街へやって来た。
──たまにはゲーセンでも行くかな。服も見たいし、ミュージックショップでいい新曲でもあれば──……
「あれ~、レイモンドじゃん」
馴染みのある声に呼ばれて振り向くと、紫髪に褐色肌のエルフの女性が、人混みを掻き分けて駆け寄って来た。
「エンマ!」
「久し振り~! 元気してた?」
「ああ。あれ、何で第7地区に? 確か引っ越したんだよな」
「そ。今日はこっちに住んでる中学時代の友達と、ドラゴン肉食べ放題に行くの。駅で待ち合わせしてんだ~」
エンマはレイモンドの高校時代の同級生であり、元恋人だ。三年前にファストフード店で偶然再会し、その後交際を始めたのだが互いに友達感覚が抜け切らなかったため、半年足らずで円満に別れたのだった。
「レイモンドは? 薬屋さんだったよね。今日はお休み?」
「今日無職になったばっかで、家にいても暇だったから出て来た」
「マジ? どうしたの、お店アバドンにでも呑み込まれた?」
「何でそんな斜め上なんだ。咲良じゃあるまいし」
「サクラ?」エンマはニヤリと笑った。「新しい彼女~?」
「あー違う違う。ただの友達だ」
「今はフリーなの?」
「ああ……」ほんの一瞬、レイモンドの脳裏に、ある同性の友人の顔が浮かんだ。「いないよ」
「そっか。良かったら誰か紹介しよっか? 彼氏募集中の友達、何人かいるんだけど」
「本当か? いや待て、早く行かなくていいのか」
「ゲッ、そういえば時間ギリギリだったんだ! ゴメンまたね! 連絡するから~!」
走り去るエンマを見送ると、レイモンドもゆっくり歩き出した。
──何でだ?
エンマとの会話中に、どういうわけか自然と思い浮かべた友人。容姿端麗で小柄、一見すると女性的な彼とは何度も二人だけで出掛けたりしてもいるが、あくまでも友人は友人であり、それ以上でもなければそれ以外でもない。
──なのに、何で……だ?
「君、可愛いねぇ~! 今一人ぃ?」
髪を派手に染め、スーツ姿にアクセサリーをあれこれゴチャゴチャと身に着けている三人の男に道を塞がれ、ウィルは内心溜め息を吐いた。
「ぼく男なんで」
「え、ウソ!?」
「マジ!? どう見ても女の子だけど!」
「またまたぁ~! オレたちをテキトーにあしらうための嘘っしょ?」
──ウザい。
「嘘じゃないです」ウィルは普段より数倍声を低くした。「それとぼく、急いでいるんで通してください」
「あ、ゴメンねー……」
真ん中の男が脇に避けると、ウィルは早足でその場を離れた。何やら馬鹿にしたようなニュアンスでヒソヒソ言い合う声が聞こえる。
せっかくの休日に第7地区の繁華街まで遊びに来たというのに、初っ端からちょっぴり出鼻を挫かれた気分だった。女性に勘違いされるのも、そのうえでナンパされるのも慣れっこだが、真実を答えた後の相手の反応次第では、やはり不快になる。
──体を鍛えて筋肉付けたりした方がいいのかな。
ウィルは真面目に考えた──もしも自分が筋骨隆々になったら、想い人はどう思うだろうか。
──引かれてしまうかもしれないな……咲良は喜びそうだけど。
ウィルの目に、ビルの出入口横に設置されたトレーニングジムの看板が目に入った。見上げると、二階の窓際でランニングマシンを使用している男性が複数人いる。
──資料だけでも貰ってくるかな?
ウィルがビルの方へ向かおうとした時だった。
「あれ、ウィルか?」
ハッとして振り向くと、ビルの正面のゲームセンターから出て来たばかりらしい想い人の姿があった。
「レイモンド……!」
「よう、偶然だな。あれ、咲良にバスケ誘われなかったか?」
「来ましたよ、メッセージが。でもその時には既に家を出てましたし、バスケはあまり得意じゃないんで断りました」
「そうか。ところで、そこのビルに用があるのか?」
「えっ! あ、いやその……」
レイモンドはビルを見上げ、
「五階のネイルサロンか?」
「え、ええ……ちょっと気になって。でも今日はいいです」
「え、いいのか? おれが邪魔しちまったんじゃ」
「いえ、全然! あ、あの、それより時間あります? 良かったらこれからお茶でも……」
「そうだな、昼飯は簡単に食べてきたから、何か飲もうかな。何処の店がいいか?」
「そうですね、だったらこの先のカフェでも……」
二人並んで歩きながら、ウィルはレイモンドの横顔を盗み見た。何だか嬉しそうな表情をしているような気がするのは、流石に自分に都合よく考え過ぎだろうか。
レイモンドとウィルがカフェで注文している頃、咲良のチームとメリロットのチームは、公園のコートで白熱した3on3バスケ……ではなく異種格闘技戦をハイテンションに繰り広げており、最終的には通報により駆け付けた管理者に叱られたのであった。
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