上 下
27 / 32
第21話〜

第21話 出て来いや世紀末吸血鬼

しおりを挟む
あねさぁん! 助けてくれぇ!!」

 自宅周辺の草毟りに勤しんでいた咲良の元に、突然の来訪者が走って現れた。金髪モヒカンで、左右の耳には複数のシルバーピアス。レザージャケットと薄い青色のジーンズ、茶色いブーツという服装の、青白い肌をした筋肉質な体付きの男だ。

「その世紀末感溢れる姿……ミッケル君?」

「そうっす、ミッケルっす!」

 ミッケルは第13地区に住む吸血鬼の青年だ。以前、うっかり肉食の凶暴な蜂の巣を刺激してしまい、怒り狂った大群に追い掛け回されていたところを、通りすがりの咲良に助けられた事がある。

「姐さん頼んます! 匿ってください!」

「え、どうしたの」

「後で説明するんでどうか早く!!」

「う、うんわかった。中入って」

 咲良は足がフラフラのミッケルをテーブルまで連れてゆくと、一番手前の椅子に座らせた。

「コーヒーと紅茶とレモンジュース、どれがいい?」

「浴びるように酒が呑みたいっす~」

「一昨日降った雨が家の裏で大きな水溜りになってんだよね」

「レモンジュースお願いしやす!」

 ミッケルはコップになみなみと注がれたレモンジュースを一気に飲み干すと、満足そうに空気を吐き出した。

「で、どうしたの」

 ミッケルの正面の椅子に腰を下ろすと、咲良は尋ねた。

「実は……追われてるんっす」

「追われてる? 誰に」

「えと、それは──」

 玄関ドアが叩かれた。ミッケルはビクリと体を竦ませ、怯えた表情を見せた。

「き、来た!! 隠れさせてくれっっ!!」

「待って、相手は誰なの。何で追われてるの」

 答えるよりも先に再びドアが叩かれると、ミッケルは慌てて席を立ち、勝手にトイレの中に逃げ込んだ。

「ちょっ……まったくもう」

 咲良はゆっくりドアに近付いた。三回目のノックは今までよりも強めだった。

 ──天才美少女魔術師の勘が、これはちょっと面倒な事になりそうだって告げてる……。

「あー……どちら様?」

「吸血鬼の男をこちらに引き渡してほしい」低い女の声が答えた。

「コチャラニ・ヒキワタシーノさん? こんにちは!」

「……遊んでいる暇はない」

「わたしも暇ないんですけどー! 草毟りの途中なんですけどー!」

「今すぐ引き渡してくれれば万事解決だ。私は仕事が進められるし、あなたは草毟りを再開出来る」

「それはそうだけど……そもそも何があったの? 何でミッケル君を追って来たの? それくらい教えてよ」

「その男は──」

 別の誰かの走る足音が近付いて来た。

「出て来いやぁクソ吸血鬼っ!! 中にいるのはわかってんだぞ!!」

 ドアが乱暴に叩かれ、息を切らしながらも怒れる男の声が響き渡った。

「え、何、ヒキワタシーノさんのお仲間?」

「いや……」

「って事は別の面倒ごと?」 

「出て来いやぁ!! 穏便に済まそうやぁ!!」

「いや既に穏便じゃなくなーい?」

 ──これは詳しく話を聞いた方がいいな。

 咲良はそっとドアを開けた。
 まず最初に視界に入ったのは、奥二重で切れ長の目をした褐色肌の女性だ。長い黒髪を後ろで一つに纏め、カーキ色のタンクトップと焦茶色のショートパンツ、黒色のブーツという服装で、腰のベルトには何やら武器らしき物が入ったホルスターが付いている。

「……ヒキワタシーノさん、冒険家なの?」

「リュールグレース・デスチェイン。追跡者だ」

「へえ、追跡者? のリュールさん。で、その隣が……」

 リュールグレースの右隣には、彼女や咲良よりもずっと背は低いが筋肉モリモリで、焦茶色の髪と髭がモジャモジャの男性──恐らくドワーフだろう──が、肩を怒らせ、額に青筋を立てた険しい表情で立っている。サイズが小さいのか、若草色のシャツと黒い半ズボンはピチピチで、茶色いサンダルはボロボロだ。

「ブチギレンコさん?」

「ああ? おれぁ、ギタルデオってもんだが」

「ああ、どうも……」咲良は外に出ると、後ろ手にドアを閉めた。「で、二人共、何があったのか説明してほしいんだけど。まずはリュールさんから」

「一週間前の事だ。私の依頼人が経営するバーで、あの吸血鬼の男が、他の客と酒の飲み比べ対決をして負けた。酒代は負けた方が全額支払うというルールを設けていたが、どさくさに紛れて支払いをせずに店から逃亡した」

 リュールグレースは淡々と説明した。

「それ本当? ミッケル君で間違いないの?」

「間違いないぞ!」ギタルデオが割り込んだ。「間違いなくあの吸血鬼の野郎だ!」

「あー、えーと、ギタおじさんは──」

「何故なら、その勝負で勝ったのはこのおれだからだ!」

「え、マジ?」
 
「おうよ!」

 ギタルデオはドヤ顔で胸を張った。褒めないと怒り出すのではないかという気がしたので、咲良は拍手しておいた。

「じゃあ、ギタおじさんが追って来た理由は、その飲み比べに関係してるの?」

「そうだ、まさしくその飲み比べだ! あの野郎が金を払わず逃げたせいで、残ったおれが二人分全額支払う羽目になったんだ!!」

「あなたが払った?」

 これまで表情を変えず黙って聞いていたリュールグレースが、問いを口にした。

「おう、店主には飲み比べの事を説明したんだが、聞き入れちゃくれなくってな。用心棒みてぇな奴らも顔を出してきやがったから、仕方ねえ。しかもどうやらぼったくり店だったみたいでよ、お陰ですっかり金欠だぜ畜生。だからさっさとあの吸血鬼野郎に返済して貰わんとな! 早く出て来いやぁっっ!!」

 咲良は、ドアに向かって拳を振り上げたギタルデオをやんわり制した。

「ギタルデオ、あなたは間違いなく支払った?」

「何だい追跡者のねえちゃん、オレを疑うのか?」

「私が依頼人から聞いた話では、勝者側も自分に支払う義務はないと言って帰ってしまったそうだ」

「何だってぇ!? 冗談じゃねえぞ!!」

「ありゃりゃ? この話、何かおかしいぞっ」

 玄関ドアが内側から控えめに叩かれた。

「あ、ミッケル君」

「あの、今の話聞いてたんすけど! オレ、無実っすよぉ!!」

 咲良たち三人は顔を見合わせた。

「無実たぁどういう事だ? 出て来て説明しな」

「ギタおじさん、手を出さないって先に約束しといて」

「何もしねえからよ!」

 ミッケルはそっとドアを開き、恐る恐るといった様子で顔を覗かせた。

「た、確かに飲み勝負はオレの負けでしたよ? けど金はちゃんと払いましたよ、全額! 馬鹿高くて納得いかなかったっすけど、ちょっと抗議しただけでスゲーおっかない顔されて」

「ミッケル君、それ本当?」

「嘘じゃないっすよ! 魔王ルシファーに誓って!」

 森の奥から、鳥か獣かわからない生き物の、嘲笑うような鳴き声が響き渡った。

「……おれぁ今からあの店主の所へ行く」

「同じく」

 ギタルデオとリュールグレースの声は落ち着いていたが、咲良とミッケルにはそれがかえって恐ろしく感じられた。

「邪魔したな、家主のねえちゃん。それと吸血鬼のにいちゃん、あんたには謝らなきゃならんみたいだな」

「い、いや……気にしないでくれっす」



 クールな追跡者と怒れるドワーフが去ると、咲良とミッケルは再びテーブルに着いた。

「はぁ~、危うく犯罪者にされるとこだった! おまけにあのドワーフのオッサン、超怖かったっす!」

 ミッケルはテーブルに突っ伏した。

「濡れ衣晴れて良かったね。今後はお店選びは慎重にね」

「っす!」

「何か疲れた。草毟りはちょっと休んでからにしよ。ジュース飲む?」

「お願いしやすっ!」

 二人分のジュースを用意しようと咲良が立ち上がった時、玄関ドアが叩かれた。

「あれ、さっきの二人? いや違うか」

「こっ、今度こそ来た……!」

「え?」

 咲良は怯えるミッケルを見やった。

「ねえ、ちょっと待って。さっきの二人に追われてたからここまで来たんじゃなかったの?」

「違うっす! あの二人は予想外っした!」

「はあ?」

 再びドアが叩かれると、ミッケルはビクリと体を竦ませた。

「えっと……じゃあ君は元々何から逃げてたの?」

「ま、前にちょっとだけ付き合ってた女の子っす。優しくて穏やかな子だと思ってたのに、付き合い始めたら嫉妬深くて束縛激しめで」

 咲良の口から変な声が漏れた。

「すぐ別れ話を切り出したんっすけど、絶対嫌だ、別れたくないってゴネられて──」

 三回目のノックは、ドアが破壊されるのではないかという程の激しさで、二人は飛び上がりかけた。

「ミッケルゥゥゥ!! 中にいるのはわかってんだからねぇぇぇぇぇっっ!? 出て来いやっっ!!」

 ミッケルは悲鳴を上げると再びトイレに逃げ込んだ。

「……草毟りの続き、手伝って貰うからね」

 咲良は溜め息を吐くと、玄関へと向かっていった。
しおりを挟む

処理中です...