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第21話〜
第21話 出て来いや世紀末吸血鬼
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「姐さぁん! 助けてくれぇ!!」
自宅周辺の草毟りに勤しんでいた咲良の元に、突然の来訪者が走って現れた。金髪モヒカンで、左右の耳には複数のシルバーピアス。レザージャケットと薄い青色のジーンズ、茶色いブーツという服装の、青白い肌をした筋肉質な体付きの男だ。
「その世紀末感溢れる姿……ミッケル君?」
「そうっす、ミッケルっす!」
ミッケルは第13地区に住む吸血鬼の青年だ。以前、うっかり肉食の凶暴な蜂の巣を刺激してしまい、怒り狂った大群に追い掛け回されていたところを、通りすがりの咲良に助けられた事がある。
「姐さん頼んます! 匿ってください!」
「え、どうしたの」
「後で説明するんでどうか早く!!」
「う、うんわかった。中入って」
咲良は足がフラフラのミッケルをテーブルまで連れてゆくと、一番手前の椅子に座らせた。
「コーヒーと紅茶とレモンジュース、どれがいい?」
「浴びるように酒が呑みたいっす~」
「一昨日降った雨が家の裏で大きな水溜りになってんだよね」
「レモンジュースお願いしやす!」
ミッケルはコップになみなみと注がれたレモンジュースを一気に飲み干すと、満足そうに空気を吐き出した。
「で、どうしたの」
ミッケルの正面の椅子に腰を下ろすと、咲良は尋ねた。
「実は……追われてるんっす」
「追われてる? 誰に」
「えと、それは──」
玄関ドアが叩かれた。ミッケルはビクリと体を竦ませ、怯えた表情を見せた。
「き、来た!! 隠れさせてくれっっ!!」
「待って、相手は誰なの。何で追われてるの」
答えるよりも先に再びドアが叩かれると、ミッケルは慌てて席を立ち、勝手にトイレの中に逃げ込んだ。
「ちょっ……まったくもう」
咲良はゆっくりドアに近付いた。三回目のノックは今までよりも強めだった。
──天才美少女魔術師の勘が、これはちょっと面倒な事になりそうだって告げてる……。
「あー……どちら様?」
「吸血鬼の男をこちらに引き渡してほしい」低い女の声が答えた。
「コチャラニ・ヒキワタシーノさん? こんにちは!」
「……遊んでいる暇はない」
「わたしも暇ないんですけどー! 草毟りの途中なんですけどー!」
「今すぐ引き渡してくれれば万事解決だ。私は仕事が進められるし、あなたは草毟りを再開出来る」
「それはそうだけど……そもそも何があったの? 何でミッケル君を追って来たの? それくらい教えてよ」
「その男は──」
別の誰かの走る足音が近付いて来た。
「出て来いやぁクソ吸血鬼っ!! 中にいるのはわかってんだぞ!!」
ドアが乱暴に叩かれ、息を切らしながらも怒れる男の声が響き渡った。
「え、何、ヒキワタシーノさんのお仲間?」
「いや……」
「って事は別の面倒ごと?」
「出て来いやぁ!! 穏便に済まそうやぁ!!」
「いや既に穏便じゃなくなーい?」
──これは詳しく話を聞いた方がいいな。
咲良はそっとドアを開けた。
まず最初に視界に入ったのは、奥二重で切れ長の目をした褐色肌の女性だ。長い黒髪を後ろで一つに纏め、カーキ色のタンクトップと焦茶色のショートパンツ、黒色のブーツという服装で、腰のベルトには何やら武器らしき物が入ったホルスターが付いている。
「……ヒキワタシーノさん、冒険家なの?」
「リュールグレース・デスチェイン。追跡者だ」
「へえ、追跡者? のリュールさん。で、その隣が……」
リュールグレースの右隣には、彼女や咲良よりもずっと背は低いが筋肉モリモリで、焦茶色の髪と髭がモジャモジャの男性──恐らくドワーフだろう──が、肩を怒らせ、額に青筋を立てた険しい表情で立っている。サイズが小さいのか、若草色のシャツと黒い半ズボンはピチピチで、茶色いサンダルはボロボロだ。
「ブチギレンコさん?」
「ああ? おれぁ、ギタルデオってもんだが」
「ああ、どうも……」咲良は外に出ると、後ろ手にドアを閉めた。「で、二人共、何があったのか説明してほしいんだけど。まずはリュールさんから」
「一週間前の事だ。私の依頼人が経営するバーで、あの吸血鬼の男が、他の客と酒の飲み比べ対決をして負けた。酒代は負けた方が全額支払うというルールを設けていたが、どさくさに紛れて支払いをせずに店から逃亡した」
リュールグレースは淡々と説明した。
「それ本当? ミッケル君で間違いないの?」
「間違いないぞ!」ギタルデオが割り込んだ。「間違いなくあの吸血鬼の野郎だ!」
「あー、えーと、ギタおじさんは──」
「何故なら、その勝負で勝ったのはこのおれだからだ!」
「え、マジ?」
「おうよ!」
ギタルデオはドヤ顔で胸を張った。褒めないと怒り出すのではないかという気がしたので、咲良は拍手しておいた。
「じゃあ、ギタおじさんが追って来た理由は、その飲み比べに関係してるの?」
「そうだ、まさしくその飲み比べだ! あの野郎が金を払わず逃げたせいで、残ったおれが二人分全額支払う羽目になったんだ!!」
「あなたが払った?」
これまで表情を変えず黙って聞いていたリュールグレースが、問いを口にした。
「おう、店主には飲み比べの事を説明したんだが、聞き入れちゃくれなくってな。用心棒みてぇな奴らも顔を出してきやがったから、仕方ねえ。しかもどうやらぼったくり店だったみたいでよ、お陰ですっかり金欠だぜ畜生。だからさっさとあの吸血鬼野郎に返済して貰わんとな! 早く出て来いやぁっっ!!」
咲良は、ドアに向かって拳を振り上げたギタルデオをやんわり制した。
「ギタルデオ、あなたは間違いなく支払った?」
「何だい追跡者のねえちゃん、オレを疑うのか?」
「私が依頼人から聞いた話では、勝者側も自分に支払う義務はないと言って帰ってしまったそうだ」
「何だってぇ!? 冗談じゃねえぞ!!」
「ありゃりゃ? この話、何かおかしいぞっ」
玄関ドアが内側から控えめに叩かれた。
「あ、ミッケル君」
「あの、今の話聞いてたんすけど! オレ、無実っすよぉ!!」
咲良たち三人は顔を見合わせた。
「無実たぁどういう事だ? 出て来て説明しな」
「ギタおじさん、手を出さないって先に約束しといて」
「何もしねえからよ!」
ミッケルはそっとドアを開き、恐る恐るといった様子で顔を覗かせた。
「た、確かに飲み勝負はオレの負けでしたよ? けど金はちゃんと払いましたよ、全額! 馬鹿高くて納得いかなかったっすけど、ちょっと抗議しただけでスゲーおっかない顔されて」
「ミッケル君、それ本当?」
「嘘じゃないっすよ! 魔王ルシファーに誓って!」
森の奥から、鳥か獣かわからない生き物の、嘲笑うような鳴き声が響き渡った。
「……おれぁ今からあの店主の所へ行く」
「同じく」
ギタルデオとリュールグレースの声は落ち着いていたが、咲良とミッケルにはそれがかえって恐ろしく感じられた。
「邪魔したな、家主のねえちゃん。それと吸血鬼のにいちゃん、あんたには謝らなきゃならんみたいだな」
「い、いや……気にしないでくれっす」
クールな追跡者と怒れるドワーフが去ると、咲良とミッケルは再びテーブルに着いた。
「はぁ~、危うく犯罪者にされるとこだった! おまけにあのドワーフのオッサン、超怖かったっす!」
ミッケルはテーブルに突っ伏した。
「濡れ衣晴れて良かったね。今後はお店選びは慎重にね」
「っす!」
「何か疲れた。草毟りはちょっと休んでからにしよ。ジュース飲む?」
「お願いしやすっ!」
二人分のジュースを用意しようと咲良が立ち上がった時、玄関ドアが叩かれた。
「あれ、さっきの二人? いや違うか」
「こっ、今度こそ来た……!」
「え?」
咲良は怯えるミッケルを見やった。
「ねえ、ちょっと待って。さっきの二人に追われてたからここまで来たんじゃなかったの?」
「違うっす! あの二人は予想外っした!」
「はあ?」
再びドアが叩かれると、ミッケルはビクリと体を竦ませた。
「えっと……じゃあ君は元々何から逃げてたの?」
「ま、前にちょっとだけ付き合ってた女の子っす。優しくて穏やかな子だと思ってたのに、付き合い始めたら嫉妬深くて束縛激しめで」
咲良の口から変な声が漏れた。
「すぐ別れ話を切り出したんっすけど、絶対嫌だ、別れたくないってゴネられて──」
三回目のノックは、ドアが破壊されるのではないかという程の激しさで、二人は飛び上がりかけた。
「ミッケルゥゥゥ!! 中にいるのはわかってんだからねぇぇぇぇぇっっ!? 出て来いやっっ!!」
ミッケルは悲鳴を上げると再びトイレに逃げ込んだ。
「……草毟りの続き、手伝って貰うからね」
咲良は溜め息を吐くと、玄関へと向かっていった。
自宅周辺の草毟りに勤しんでいた咲良の元に、突然の来訪者が走って現れた。金髪モヒカンで、左右の耳には複数のシルバーピアス。レザージャケットと薄い青色のジーンズ、茶色いブーツという服装の、青白い肌をした筋肉質な体付きの男だ。
「その世紀末感溢れる姿……ミッケル君?」
「そうっす、ミッケルっす!」
ミッケルは第13地区に住む吸血鬼の青年だ。以前、うっかり肉食の凶暴な蜂の巣を刺激してしまい、怒り狂った大群に追い掛け回されていたところを、通りすがりの咲良に助けられた事がある。
「姐さん頼んます! 匿ってください!」
「え、どうしたの」
「後で説明するんでどうか早く!!」
「う、うんわかった。中入って」
咲良は足がフラフラのミッケルをテーブルまで連れてゆくと、一番手前の椅子に座らせた。
「コーヒーと紅茶とレモンジュース、どれがいい?」
「浴びるように酒が呑みたいっす~」
「一昨日降った雨が家の裏で大きな水溜りになってんだよね」
「レモンジュースお願いしやす!」
ミッケルはコップになみなみと注がれたレモンジュースを一気に飲み干すと、満足そうに空気を吐き出した。
「で、どうしたの」
ミッケルの正面の椅子に腰を下ろすと、咲良は尋ねた。
「実は……追われてるんっす」
「追われてる? 誰に」
「えと、それは──」
玄関ドアが叩かれた。ミッケルはビクリと体を竦ませ、怯えた表情を見せた。
「き、来た!! 隠れさせてくれっっ!!」
「待って、相手は誰なの。何で追われてるの」
答えるよりも先に再びドアが叩かれると、ミッケルは慌てて席を立ち、勝手にトイレの中に逃げ込んだ。
「ちょっ……まったくもう」
咲良はゆっくりドアに近付いた。三回目のノックは今までよりも強めだった。
──天才美少女魔術師の勘が、これはちょっと面倒な事になりそうだって告げてる……。
「あー……どちら様?」
「吸血鬼の男をこちらに引き渡してほしい」低い女の声が答えた。
「コチャラニ・ヒキワタシーノさん? こんにちは!」
「……遊んでいる暇はない」
「わたしも暇ないんですけどー! 草毟りの途中なんですけどー!」
「今すぐ引き渡してくれれば万事解決だ。私は仕事が進められるし、あなたは草毟りを再開出来る」
「それはそうだけど……そもそも何があったの? 何でミッケル君を追って来たの? それくらい教えてよ」
「その男は──」
別の誰かの走る足音が近付いて来た。
「出て来いやぁクソ吸血鬼っ!! 中にいるのはわかってんだぞ!!」
ドアが乱暴に叩かれ、息を切らしながらも怒れる男の声が響き渡った。
「え、何、ヒキワタシーノさんのお仲間?」
「いや……」
「って事は別の面倒ごと?」
「出て来いやぁ!! 穏便に済まそうやぁ!!」
「いや既に穏便じゃなくなーい?」
──これは詳しく話を聞いた方がいいな。
咲良はそっとドアを開けた。
まず最初に視界に入ったのは、奥二重で切れ長の目をした褐色肌の女性だ。長い黒髪を後ろで一つに纏め、カーキ色のタンクトップと焦茶色のショートパンツ、黒色のブーツという服装で、腰のベルトには何やら武器らしき物が入ったホルスターが付いている。
「……ヒキワタシーノさん、冒険家なの?」
「リュールグレース・デスチェイン。追跡者だ」
「へえ、追跡者? のリュールさん。で、その隣が……」
リュールグレースの右隣には、彼女や咲良よりもずっと背は低いが筋肉モリモリで、焦茶色の髪と髭がモジャモジャの男性──恐らくドワーフだろう──が、肩を怒らせ、額に青筋を立てた険しい表情で立っている。サイズが小さいのか、若草色のシャツと黒い半ズボンはピチピチで、茶色いサンダルはボロボロだ。
「ブチギレンコさん?」
「ああ? おれぁ、ギタルデオってもんだが」
「ああ、どうも……」咲良は外に出ると、後ろ手にドアを閉めた。「で、二人共、何があったのか説明してほしいんだけど。まずはリュールさんから」
「一週間前の事だ。私の依頼人が経営するバーで、あの吸血鬼の男が、他の客と酒の飲み比べ対決をして負けた。酒代は負けた方が全額支払うというルールを設けていたが、どさくさに紛れて支払いをせずに店から逃亡した」
リュールグレースは淡々と説明した。
「それ本当? ミッケル君で間違いないの?」
「間違いないぞ!」ギタルデオが割り込んだ。「間違いなくあの吸血鬼の野郎だ!」
「あー、えーと、ギタおじさんは──」
「何故なら、その勝負で勝ったのはこのおれだからだ!」
「え、マジ?」
「おうよ!」
ギタルデオはドヤ顔で胸を張った。褒めないと怒り出すのではないかという気がしたので、咲良は拍手しておいた。
「じゃあ、ギタおじさんが追って来た理由は、その飲み比べに関係してるの?」
「そうだ、まさしくその飲み比べだ! あの野郎が金を払わず逃げたせいで、残ったおれが二人分全額支払う羽目になったんだ!!」
「あなたが払った?」
これまで表情を変えず黙って聞いていたリュールグレースが、問いを口にした。
「おう、店主には飲み比べの事を説明したんだが、聞き入れちゃくれなくってな。用心棒みてぇな奴らも顔を出してきやがったから、仕方ねえ。しかもどうやらぼったくり店だったみたいでよ、お陰ですっかり金欠だぜ畜生。だからさっさとあの吸血鬼野郎に返済して貰わんとな! 早く出て来いやぁっっ!!」
咲良は、ドアに向かって拳を振り上げたギタルデオをやんわり制した。
「ギタルデオ、あなたは間違いなく支払った?」
「何だい追跡者のねえちゃん、オレを疑うのか?」
「私が依頼人から聞いた話では、勝者側も自分に支払う義務はないと言って帰ってしまったそうだ」
「何だってぇ!? 冗談じゃねえぞ!!」
「ありゃりゃ? この話、何かおかしいぞっ」
玄関ドアが内側から控えめに叩かれた。
「あ、ミッケル君」
「あの、今の話聞いてたんすけど! オレ、無実っすよぉ!!」
咲良たち三人は顔を見合わせた。
「無実たぁどういう事だ? 出て来て説明しな」
「ギタおじさん、手を出さないって先に約束しといて」
「何もしねえからよ!」
ミッケルはそっとドアを開き、恐る恐るといった様子で顔を覗かせた。
「た、確かに飲み勝負はオレの負けでしたよ? けど金はちゃんと払いましたよ、全額! 馬鹿高くて納得いかなかったっすけど、ちょっと抗議しただけでスゲーおっかない顔されて」
「ミッケル君、それ本当?」
「嘘じゃないっすよ! 魔王ルシファーに誓って!」
森の奥から、鳥か獣かわからない生き物の、嘲笑うような鳴き声が響き渡った。
「……おれぁ今からあの店主の所へ行く」
「同じく」
ギタルデオとリュールグレースの声は落ち着いていたが、咲良とミッケルにはそれがかえって恐ろしく感じられた。
「邪魔したな、家主のねえちゃん。それと吸血鬼のにいちゃん、あんたには謝らなきゃならんみたいだな」
「い、いや……気にしないでくれっす」
クールな追跡者と怒れるドワーフが去ると、咲良とミッケルは再びテーブルに着いた。
「はぁ~、危うく犯罪者にされるとこだった! おまけにあのドワーフのオッサン、超怖かったっす!」
ミッケルはテーブルに突っ伏した。
「濡れ衣晴れて良かったね。今後はお店選びは慎重にね」
「っす!」
「何か疲れた。草毟りはちょっと休んでからにしよ。ジュース飲む?」
「お願いしやすっ!」
二人分のジュースを用意しようと咲良が立ち上がった時、玄関ドアが叩かれた。
「あれ、さっきの二人? いや違うか」
「こっ、今度こそ来た……!」
「え?」
咲良は怯えるミッケルを見やった。
「ねえ、ちょっと待って。さっきの二人に追われてたからここまで来たんじゃなかったの?」
「違うっす! あの二人は予想外っした!」
「はあ?」
再びドアが叩かれると、ミッケルはビクリと体を竦ませた。
「えっと……じゃあ君は元々何から逃げてたの?」
「ま、前にちょっとだけ付き合ってた女の子っす。優しくて穏やかな子だと思ってたのに、付き合い始めたら嫉妬深くて束縛激しめで」
咲良の口から変な声が漏れた。
「すぐ別れ話を切り出したんっすけど、絶対嫌だ、別れたくないってゴネられて──」
三回目のノックは、ドアが破壊されるのではないかという程の激しさで、二人は飛び上がりかけた。
「ミッケルゥゥゥ!! 中にいるのはわかってんだからねぇぇぇぇぇっっ!? 出て来いやっっ!!」
ミッケルは悲鳴を上げると再びトイレに逃げ込んだ。
「……草毟りの続き、手伝って貰うからね」
咲良は溜め息を吐くと、玄関へと向かっていった。
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