キャンディは銀の弾丸と飛ぶ

園村マリノ

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第二章 ライバルと放火魔と

#25 放火魔の独白

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 生徒たちが俺を馬鹿にする。
 俺よりも三〇は下の、ろくに世間を知らない粋がったガキ共が。
 授業中は喋くってばかり。注意しても静かになるのは一分足らず。最近じゃすっかり舐められ、こっちを見ながら笑うだけで応じない奴らも少なくはない。寝ている奴らは別にいいんだ、うるさくはねえから。
 死んだ親父とお袋の期待に応えて教師になったが、やっぱり間違いだった。いい大学出たんだし、俺自身が有能な人間なんだから、働き口なんて腐る程あっただろう。まあ、今更後悔したって遅いが。
 元妻あいつが出て行ってから──本人は否定していたが、男がいたに違いない。絶対そうだ──もう七年。ようやく立ち直り、二年程前から中年向けの婚活パーティーに参加しているが、金に目の眩んだ行き遅れ女たちは俺なんざお呼びじゃないそうだ。
 クソみたいな生活。クソみたいな世の中。クソみたいな人生。
 いっそ終わらせちまおうか。一度そんな考えがよぎった途端に頭から離れなくなり、日に日に大きく膨らむようになっていった。
 電車に飛び込むかな。大学受験の時期に合わせるのがいいかもしれない。多くのガキ共を困らせてやりたい。いや、学校内がいいかな。俺が教えている扇高校のクソガキ共に、一生もののトラウマを植え付けさせてやるんだ。そうだ、それがいい。
 

 晩夏のある日、転機が訪れた。 
 夏川区にある両親の墓参りの帰り道、バイクを停めた駅前の駐輪場まで戻る前に、工業地帯へ行ってみた。親父より前に死んだ伯父が、生前働いていた工場をまた見てみたくなったからだ。伯父にはよく可愛がって貰っていて、学校帰りに何度か遊びに行ったりしたんだ。
 工場は既に使われていなかった。会社が潰れたのか、移転しただけなのかはわからない。せっかく汗だくになってまで来たのに。そして何だろう、この虚しさは。
 しばらくの間外から眺めた後、いつまでもこうしちゃいられないと踵を返した時だった。

「ぼくに何か用?」

 後ろから声を掛けられた。驚いて振り返ると、金網の向こうに男が立っていた。パッと見、二〇代半ばくらいのようだ。アジア人ではないような気がするが、じゃあ何の人種かと問われても判断が付かない。こんなに暑いのに涼しげなのも……いやそんな事よりも、さっきまで誰もいなかったはずなのに何故? 
 困惑し何も言えずにいる俺にはお構いなしに、男はこんな事を言い出した。

「何もかもにうんざりだって顔してるね。死にたいとも思ってるでしょ」

 何なんだこいつは。いきなり現れたかと思いきや……いや、的外れではないが……。

「死ななくったって生まれ変わる事は出来るじゃない。まあ、そのためにはまず、執着を捨てる事だね。あるんじゃない? 捨てたくても捨てられない物の一つや二つ」

 俺の頭に浮かんだのは、あいつとの思い出の品。夫婦茶碗ならぬマグカップ、誕生日に貰ったコートや靴、そして押し入れの奥底に眠っているアルバム……。

「どう? 当たってた?」

「……あんた一体何者なんだ」俺はそう問うのがやっとだった。

「シャドウウォーカーって呼ばれてる。本名は秘密」

 そう言って微笑む男の顔は、幼くも、老成されているようにも見えた。
 そして俺は、そんな彼に惹きつけられ、悩みや境遇を包み隠さず打ち明けていた。シャドウウォーカーは決して俺を否定せず、味方になってくれた。
 帰宅後、俺はあいつとの思い出の品を全部処分する事に決め、まずはアルバムを引っ張り出した。
 主に結婚前にあいつと行った先々で撮った写真を一枚一枚見ているうちに、懐かしさがこみ上げてきたが、心を鬼にした。まずはあいつが一人だけで映っている写真を取り出し、ビリビリに破いた。それから他の写真も一枚ずつ同じようにしていったが、指先が疲れてきたし、どうせなら影も形もなくなった方がいいと思い、途中からライターを使用した。
 これが存外に楽しかった。何十枚も燃やしても足りねえと思う程に。最初からこうしていりゃあ良かったんだ。


 後日、再び廃工場に行ってみると、シャドウウォーカーが金網の外側にいたので、この件を話してみた──楽しかった、燃やし足りなかったという思いも、素直に全部。

「もっとやりなよ。色々燃やすんだ。君の持ち物じゃなくたっていいじゃない」

 困惑する俺に、シャドウウォーカーは優しい声色で、

「君が新たに生まれ変わるための重要な儀式じゃないか。神聖な、炎の儀式」

 ああ、確かにそうだ。とても重要な儀式。遠慮するこたあないじゃないか。そんな簡単な事に、何で今まで気付かなかった?


 その日以降、頭の中で女性の声がするようになった。俺にはすぐわかった、この女性は炎の女神であると。女神の声は、火を放つのに適切な場所と日時を教えてくれた。それで言われた通りにしたら、そりゃあもう天にも上る心地がした。
 正直に言えば、しばらくの間はバレる事を恐れてビクビクしていたが、美しく神聖な炎の誘惑には抗えなかった。四回目くらいで慣れが生じ、燃やす物の量やサイズも少しずつ大きくなっていった。
 仕事の方は相変わらずだった。炎の儀式があるとはいえ、なかなかストレスは軽減されなかった。クソガキ共を焼き殺してやりたいくらいだったが、そういうわけにもいかず、学校ではこっそりと手元にある紙類をライターで燃やした。
 ある日の授業中、あまりにもうるさい奴らに堪えかね、二〇年以上の教師生活で初めて怒鳴り散らしたところ、教室内の空気が変わり、ガキ共全員、一言二言のやり取りすらしなくなった。
 それ以来、うるさい奴がいればとにかく怒鳴りまくった。受け持っているクラスのガキ共はすっかり大人しくなった。ウザいだの、頭がおかしくなっただの何だのと陰で言われ始めたが、大して気にならなかった。
 もう誰にも俺を馬鹿にはさせねえ! 俺は生まれ変わりつつあるんだ! シャドウウォーカーの言葉と女神の声、そして神聖な儀式のお陰だ! 頭の中で女神に礼を言うと、学校でも儀式をするといいとアドバイスされたので、夜中に校庭でゴミを燃やした。


 しかしその次の日から、どういうわけか女神の声はピタリと止んでしまった。毎日聞こえていたというのに何故だ?
 もう一度シャドウウォーカーに会えばまた聞こえるようになるかもしれないと思い、あの廃工場に行った。外にはいなかったから、金網の穴から敷地内に足を踏み入れ、何故か鍵の掛かっていない勝手口から工場内に入っても見付からなかった。
 仕方がないので、女神に頼らずとも、自分一人で炎の儀式を続ける事にした。ところがあるゴミ捨て場で火を点けようとした時、運悪く二人組が通り掛かったため未遂に終わってしまった。
 やっぱり俺一人じゃ駄目だ。それに最近、また少しずつガキ共がいう事を聞かなくなってきた。せっかく新しい俺に生まれ変わりつつあったというのに!
 そしてついに……やっちまった。一年のガキを殴っちまった。だって俺を馬鹿にして笑っていたんだぞ!? 否定し続けた挙句逆ギレしやがって、我慢出来なかったんだ!
 おかげで、まずは謹慎処分が下った。その後の処分は決まり次第連絡すると。ふざけんな! 俺は被害者だぞ? 
 怒りが収まらず、以前から目を付けていた廃墟に火を放った。簡単によく燃えたし、次の日のニュースで全焼したと知った時はいい気分だったが、それでも俺の心は完全に満たされはしなかった。
 やっぱり、シャドウウォーカーに会わなくては。あの人の言葉を聴かなくては。あの人の言葉は、不思議と俺を勇気付け、気付けなかった事にも気付かせてくれる。そうすりゃきっと、また女神の声も聞こえるようになるはずだ。


 で、俺はまた廃工場ここにやって来た。どうせあの人はいないだろうと思ってはいたが、本当にいないとわかるとイライラしてきた。
 謹慎期間中に探すか? しかし何の当てもない。最悪、警察がもう俺に目星を付けている可能性もあるから下手にあちこち動けない。中沢区の公園の遊具を燃やしたから、警察の捜査範囲も広がっているだろうしな。
 どうすりゃいい、どうすりゃいいんだ俺は。

「俺は何も悪くないんだよ」

 そう、俺は悪くない。

「全部この社会のせいだからな!」

 ガキ共云々以前に、そもそも社会がクソなんだ。だから俺のような人間は報われない。

「あの人だって言っていたもんな」

 そこら辺、シャドウウォーカーもよくわかってくれていた。まだ若いだろうに……流石に高校生ガキではなさそうだが。

「そりゃそうだ! 俺は優秀な人間だ! そこらの底辺や能無しとは違う! 舐めるんじゃねえぞ!」

 しかしよお……本当にあの人は……!

「あああああ~クソッ! 何処に行ったんだよおおおお!!」

 怒りに任せて叫んだからって、あの人がひょっこり現れるわけじゃねえってのはわかってる。わかってるけどよお……!

「何処にいるんだよおおお、シャドウウォーカー! あんたの声を聞かなきゃ、神聖な炎の儀式が続けられないんだよおおお!」

 俺はマジで困ってるんだ!

「物足りないんだ、ゴミを燃やすだけじゃ! 空き家もやってみたがちっとも満たされねえ! 犬猫がいいのか? いや人間か!?」

 頼むよ、出て来てくれよ!!
 ……待て、今、声が聞こえたな。
 シャドウウォーカーか? いや違うな。

「誰だよ、おい」

 返事はない。カンテラの明かりで姿を探すが見当たらない。

「誰だって聞いてるんだ! 答えろ!」

 やはり返事はない。だが、さっきのは空耳なんかじゃなかった。炎の女神の声と同じように確実に聞こえた! きっと隠れているんだ。積み上がってるドラム缶の陰か?

「出て来い! で、出て来ないならっ……俺から行くぞ!」

 俺が一歩踏み出した次の瞬間、大きな黒い影が静かに姿を現した。
 
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