キャンディは銀の弾丸と飛ぶ

園村マリノ

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第三章 その女、凶暴につき

#35 礼人の思い出〜小学生緑川〜

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 小学五年生の初秋。
 昼休みになり、サッカーをするためクラスメートの男子たち数人と校庭へ向かおうとしていた礼人は、同じくクラスメートの結城美南ゆうきみなみに昇降口付近で呼び止められた。

八神やがみ君、今度の土曜日空いてる?」

「空いてるけど……何?」

 礼人は若干警戒しながら答えた。美南はクラスで、いや学校で最も目立つ女子だ。少女漫画のキャラクターかと突っ込みたくなるような縦ロールの髪に、服装はほぼ毎日高級ブランド品。校則で禁止されているにも関わらず、カラーリップやマニキュアも塗っている。以前は担任が注意していたが、夏休み明けくらいから何も言わなくなった。
 礼人が美南を警戒するのは、見た目の派手さが理由ではない。はっきり言って美南は性格が悪い。自分より下と見なした者への態度や悪口は目に余る。彼女と仲がいい女子たちも、陰では〝敵に回すと怖い〟と恐れている。担任が注意しなくなったのは、彼女が両親に泣き付いて脅させたからだという噂もある。

広正ひろまさ小学校に通ってる友達がいるんだけど、今度の土曜日に、その子の家で遊ぶ事になったの。わたしの友達を何人か連れて来てもいいって言ってたから、一緒に行かない?」

 困った事に、礼人は以前から美南に好意を寄せられていた。人前で堂々とアプローチされる事が何度もあり、うんざりしていた。

「俺はいい」

 礼人には美南の好意に応える気は一切なく、出来れば関わり合いにもなりたくなかった。

「……いい、って事は、特に用事はないけど、わたしと遊ぶのは嫌って事?」

 ──うわあ面倒臭え!

「いや……だってさ、俺は君の友達を全然知らないわけだし。いくら向こうがいいっつったって……」

「大丈夫よ! その子──里沙ちゃんは人見知りしないし、そんなに大人数で行くわけじゃないんだから!」

「おーい八神、どうした?」

 先に校庭へ向かっていた友人の松木勇太まつきゆうたが戻って来た。

「あら松木君、丁度良かった」

「うん?」

「土曜日にね、わたしの友達の家に遊びに行くんだけど、良かったらあなたも行かない? その子は広正小の子で、この学校の子ともっと友達になりたいって言ってたのよ」

「その友達って男子か?」

「ううん、女の子。わたしと同じ習い事してるの。可愛い子よ」

 ──心にもない事言ってんだろ。

 礼人は危うく鼻で笑うところだった。

「はあ……」

 勇太は反応に困っている。

「今ね、八神君も誘ったんだけど、乗り気じゃないみたいで」

「うーん、オレも別に……」

 ──そうだ勇太、興味ないって断れ! そうすりゃ俺も、お前が行かない事を理由に断れる!

「松木君、実はね……」美南は勇太をじっと見据えた。「この間里沙ちゃんに会った時に、遠足の集合写真を見せたの。そしたら里沙ちゃん、松木君が一番イケメンだ、一度会ってみたいって何度も言ったの」

「え、オ、オレ!?」

「そうよ! だから松木君、どうか里沙ちゃんに会ってあげて!」

「え、え、えっと……」

 耳まで真っ赤になった勇太は、助けを求めるように礼人に振り向いた。

 ──おいおいおい、この女!

「里沙ちゃん、八神君の事も気になってたわよ?」

 礼人は無言で美南を睨み付けた。勇太が不細工だ、一目惚れされるわけがないなどとは思っていないが、美南の発言が礼人自分を誘うための嘘だというのは察しが付いた。

「松木君、ね、お願い!」

 美南は勇太に向かって、拝むように両手を合わせた。

 ──絶対嘘だ! だから断れ、勇太!

「わ、わかった……」

 礼人の願いは虚しく打ち砕かれた。

「今度の土曜日だよな? い、行くよ……オレで良ければ」

「ありがと~っ! ああ~良かった!!」

「あ、八神も行くよな? 男子がオレ一人だと流石にさ……」

「そうよねえ」美南はまるでチェシャ猫のように笑った。「八神君も来るわよねえ……?」


 土曜日。
 結局断り切れなかった礼人は、美南と勇太の三人で、広正区の里沙の家まで電車で向かった。

 ──憂鬱だ。

 美南のあらゆる自慢話に適当に相槌を打ちながら、礼人はこれから会う事になる里沙という女子についてあれこれ勝手に想像していた。

 ──美南こいつの友達って事は、結構してるんだろうな……。

 大きな緑川邸と広い敷地を目にすると、礼人は改めてそう思った。しかし、その予想はいい意味で裏切られる事となる。

「礼人君に、勇太君ね。今日は来てくれて有難う!」

 緑川里沙の笑顔を一目見た時、礼人は自然とヒマワリの花を連想していた。

 ──……いや、優しいのは最初だけで、そのうち本性を現すに違いない……!

 しばらくの間警戒していた礼人だったが、里沙も彼女の母も、最後まで気さくで嫌味のない人間だった。四人でトランプやボードゲームで遊んだり、里沙の母の手作りクッキーを食べたりなどして、礼人は何だかんだで楽しい時間を過ごせた。

「あー、また八神君の負け!」

「アハハハハッ! 八神よええ~っ!」

「う、うるせえ!」

「じゃ、最後にもう一回だけやろうよ。礼人君、頑張って!」

 笑顔の里沙を見ていると、礼人はむず痒いようなクラクラするような、変な気分になった。そして無意識に目で追っていると気付いた時、礼人は自身の恋心を自覚してしまったのだった。


 夕方。
 帰宅前、勇太はトイレを借りに、美南は里沙の母から料理のレシピを教わるためにキッチンへ向かったため、リビングには間隔を空けて同じソファに座る礼人と里沙が残された。

「あーあっ、楽しい時間ってあっと言う間だよねー!」

 壁掛け時計を見やりながら里沙が言った。礼人も同感だった。来る前までは最悪の一日になるものとばかり思っていたというのに。

「礼人君、七並べは強かったのに、ババ抜きは弱かったね!」

「あ、あれはその……今日は調子が悪かったんだ」

「えー、本当にそうかなあ?」

 里沙がいたずらっぽい笑顔を浮かべて覗き込んでくると、礼人は慌てて顔を背けた。

「礼人君、いつも美南ちゃんや勇太君と遊んでるの?」

「いや、勇太とは遊ぶけど、結城とは……」

「あ、やっぱり。何かそんな感じがしたんだ」

 何気ない口振りだったが、実は里沙自身も美南とはそこまで親しくないのだろうなと礼人は察した。
 会話が途切れてしまったので、今度は礼人から話題を振る事にした。

「緑川さん、家族と仲がいいんだね」

「え? うん、仲良しだよ! あとね、親戚も基本的に皆仲良し。それは結構珍しいって言われるよ。礼人君は?」

「俺の親は、俺が小二の時に離婚した。物心付いた時から険悪だったのは何となく覚えてる」

「そっか……」

 礼人は母に引き取られた。浜波市を出て行った父とは一、二箇月に一度は会っていたが、ここ半年程は向こうの仕事を理由に顔を合わせていない。

「礼人君も日輪ひのわ小なんだよね。て事は中学は日輪中?」

「ああ」

「そっかあ。あたしは広正中。一緒じゃないの残念だなあ。あ、でももしかしたら、高校が一緒になる可能性はあるかも? なんて」

「あるかもしれない」礼人は真剣に答えた。「縁があれば、また会えるかも」

「縁……うん、そうだね!」

 笑顔で頷く里沙を見て、あってほしい、また会いたいと、礼人は強く願った。


「まさか本当におうぎ高で再会出来ると思ってなかったから、クラス名簿見てあんたの名前を見付けた時はマジで驚いた。きっとあんたも同じだろうと思ったんだがな……」

 一通り語り終えると、クリーガーは咎めるように里沙を見やった。

「春の球技大会の時、俺の組とあんたの組とでドッジボールの試合があって、待機中に面と向かって話す機会があったよな。あんたに名前を聞かれた時、俺は結構ショックだったんだぜ。ひょっとしたら、覚えていないフリしてんのかと思ったが──」

「うわあああああ! 思い出したああああ!」里沙は両手で頭を抱えた。「思い出したっ! 話聞いてるうちに思い出してきたっ! そうだよ、レイトン君ババ抜き超弱かったけど、七並べは狡賢いやり方で一人勝ちしてたよねっ!」

「人聞きの悪い言い方するな」

「ボードゲームでは子沢山だったね!」

「緑川は借金抱えて返済出来ないままゴールして、開拓者になっていたな」

 里沙は頭を抱えたまま、悲鳴に近い甲高い声を上げながらしゃがみ込んだ。

「ごめん……今の今まで完全に忘れてた……何でだろ……」

「何でだろうな」

「そっか……それでレイトン君は冷たかったのね……大人げなく」

「はあ!?」

「だってそうでしょ」

 里沙はゆっくり立ち上がると、腰に手を当てクリーガーを睨み付けた。

「あたしが忘れてんなら、早い段階ではっきり教えてくれれば良かったんじゃない。それをさ、黙ったまま小さな子供みたいに拗ねて、八つ当たりしてたってわけでしょ」

「……なっ……」

「違う?」

「……大昔の事でもないのに忘れていたそっちが悪い」

「もう、わかったって。本当にごめん」

 里沙はクリーガーのすぐ目の前まで来ると、両手で彼の頬を挟み込むように押さえ、むぎゅむぎゅといじった。

「やめろおい」

「正体がわかってるって事、チホミンには後であたしから連絡しておくから」

「……おう」クリーガーは小さく頷いた。

「あとシルバーブレットにも」

「シルバーブレットは普段何処にいるんだ?」

「実はあたしも詳しくは知らないの」里沙は咄嗟に嘘を吐いた。「あ、連絡先も勝手に教えられないからね」

「ふーん……」

 ──うう、完全には信じてないっぽいなあ……。

「レイトン君、その衣装は自前なの?」里沙はさり気なく話を逸らした。

「ああ。もっとも、間に合わせだけどな。自分で作れるなら作りたいが、耐久性とか色々考えると難しい。キャンディスターのあれはどうなんだ」

「えーと……ごめん、勝手にペラペラと喋るわけにはいかないんだよね……あははっ。あ、棒術は誰かに習ったの?」

「俺もペラペラと喋るわけにはいかないんだが」

「ぐぬっ!」

 ──こ、こんにゃろ……!

「じゃ、そろそろ行くわ。あんたも早く帰んなよ」

 クリーガーはそう言うと、背を向け立ち去ろうとした。

「ねえ待って。そういえば、どうやってあちこち移動してるの? いくら夜でも、そんな武器持ってたら目立つよね」

「それもさっきと同じ回答になるな」

「ひょっとして、協力者に車か何かで──」

「じゃあな」

「あ、図星だな!」

「緑川」

「う、うん?」

「また明日な」クリーガーは背を向けたまま言った。

「……うん、また明日」

 クリーガーの姿が見えなくなると、里沙も踵を返した。

 ──あ、あれもあたしへの当て付けだったのか。

 夏休み前、礼人は男子たちとの会話の中で、実家の財力を理由に里沙を好みのタイプに挙げていた。ひょっとすると、聞き耳を立てている事に気付いていたのかもしれない。

 ──呆れちゃう。ほんっとにガキっぽいんだから!

 それでも不思議と、あまり悪い気はしなかっ
た。

 ──まあ、ちょっと可愛いかも?

 里沙の口元は自然と緩んだ。親友には、キャンディスターの正体がバレているという事実だけ話しておく事にした。

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