遠き星、遠き過去

園村マリノ

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 わたしから聞かずとも、ミランダ川中の方から熱く語ってくれた内容はこうだ。
 わたしの今世に最も影響している過去世は、今世より五、六回くらい前。この地球とは異なるけれど環境は割とよく似た星の住人で、地球でいうところの人間にあたる種族の女性──つまりは異星人。空路の設計や整備を主な仕事にしている。空飛ぶ車(四角い大きな箱のようなものらしい)に乗って走り回ったり、創造を形にする事が好き。

「私、長い間この仕事をやっていますし、仕事にする前から友人・知人を視ていましたけど、異星人だったって方にお会いするのは本当に今日が初めてですよ!」ミランダ川中は、視て貰ったわたしよりも興奮し、感動していた。「空や高い所が好きだったりします?」

 わたしは首を傾げた。特にそんな事はない。

「設計とか整備のお仕事をされていたり、仕事じゃなくても興味があったりとか」

 わたしは今度ははっきりとかぶりを振った。

「それじゃあ、自分で創造したものを形にする事がお好きとか」

 それなら一応は当て嵌まる。学生時代はよく、好きな版権キャラクターやオリジナルキャラクターのイラストを描いていたから。

 その事を話すと、ミランダ川中は「じゃあ、影響しているのはそれね!」と満足げだった。

 そういえば、当時は本気でイラストレーターを目指していたんだっけ……。
 桜花と真央には最後まで黙っていたけれど、この話には続きが二つある。
 過去世を視て貰った後の余った時間は、霊感タロット占いで、恋愛運(「近いうちにいい出会いがありますでしょうか?」)と仕事運(というよりも職場での人間関係)を占って貰った。一つ前の過去世を視て貰う事も出来たけれど、異星人のインパクトが大き過ぎたせいか、こちらは気にならなくなっていた。
 驚くべき事に、半年以内に運命的な出会いまたは再会があり、更には意地悪なお局が会社を去るという結果が出た。
 そしてわたしはこの日以降、過去世の異星人になっている夢を、時々見るようになってしまったのだ。
 当初わたしは、どちらの話もするつもりでいた。けれども先程の二人の反応からして、やめておいた方が賢明そうだった。

 

 家に着いたのは一八時過ぎだった。玄関ドアを開けた途端、生ぬるい空気がわたしを出迎えた。外の方が涼しいくらいだ。
 夕食の支度をしている最中、実家の母親からメールが届いた。ご近所さんから野菜を大量に貰ったから今度送るとの事だった。
 一人の食事は嫌いじゃないけれど、静か過ぎるのもつまらないので、いつものようにテレビを点けると、アニメが放送されていた。
 荒廃した土地で、赤い髪をツンツンに逆立てた少年と、茶髪をおさげにした少女が、何やら深刻そうに話し合っている。その途中、〝前世の記憶〟という単語が出て来たので、わたしはつい最後までそのアニメを観てしまった。
 タイトルは『遠き星、遠き過去』。主人公の少年は、前世で悪人相手に共に戦った仲間たちを探して旅をしている。ようやく仲間の最後の一人である少女と再会出来たのに、肝心の少女はいつまで経っても前世の記憶を思い出せずにいた。その間にも、前世でも因縁の敵だった悪人たちによって、世界中が恐怖と混乱に陥っており、主人公や仲間たちはかなり焦っていた。
 主人公と少女が互いの辛い過去を打ち明け、少し距離が縮まったかというところで敵の襲撃、続きは次週に持ち越しとなった。
 忘れなかったら次も観よう。アニメはここ数年、全然チェックしていなかったけれど、久し振りに再熱するかもしれない。その前にネットでキャラクター設定や過去話を調べておこうかな。
 桜花や真央と好きなキャラクターの話で盛り上がった高校時代を思い出し、わたしは急に懐かしくなった。二人には今日会ってきたばかりだというのに。
 
 

 この日の夜──正確には翌日の一時を廻っていたけれど──わたしは久し振りに過去世の夢を見た。
 青く澄み渡る大空に、わたしは空飛ぶ車を悠々と走らせていた。そよ風がとても心地よい。眼下では、色とりどりの花がちらほら咲いている大草原と小川がずっと遠くまで続いていて、あまりの美しさに運転を忘れて見入ってしまいそうだった。
 しばらく車を走らせていると、大草原の端の方に駐車スペースがあったので、わたしはゆっくり着陸させて車を降りた。

「ピミカ」

 過去世での名前で呼ばれたわたしが振り向くと、数メートル離れた場所に立つ声の主が目に入った。
 白藍色を更に薄くしたような肌に杏色の短髪、奥二重で切れ長な金色の目をした背の高い男性。夢に出て来たのは今回が初めてだったけれど、ピミカわたしは彼の事をよく知っていた。

「リリニ」

 彼──リリニは白い歯を見せニカッと笑うと、こちらにやって来た。

「珍しいわね、貴方がこっちの方に来るなんて。どうしたの?」

「いや別に、これといった理由はない。ただ何となくブラブラしてたら、あんたを見掛けたからさ」

 リリニはそう答えたけれど、わたしは気付いている。彼はわたしに少なからずとも好意を抱いている。そして実はわたし自身も、満更ではなかった。

「仕事はどうだ。例の上司は相変わらずか」

「ええ。一回グーで殴ってスッキリしたいわ」

「頭にチョップくらいにしておけよ?」リリニは苦笑した。「なあ、いっそ独立したらどうだ。あんたにはそれだけの力量があるだろう」

「現実はそんなに甘くないわ。それ以上に、今のわたしにそんな勇気はない」 

「そうか……」リリニは少しの間考え込むように黙っていたけれど、そのうちパッと顔を上げた。「何か飲みに行こうぜ。奢る」

「本当? じゃあたまには度数の高いものでもいこうかな」

「昼間から酒かよ!」

 互いに笑い、並んで歩き出し──そこで目が覚めた。
 今まで見た過去世の夢の中でも、今回の内容が一番はっきりしていた。今世と同じく会社の人間関係に悩みがあるのは残念だけれど、なかなか素敵な男性が身近にいたとは。
 もっとも、今まで見てきた過去世の夢は本物なのか、それとも単にミランダ川中の話の印象が強過ぎて、変に影響を受け続けてしまっているだけなのかは、わたしにはわからなかった。
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