君の瞳

かほ

文字の大きさ
1 / 4

記憶の中の少年

しおりを挟む
 人気のない路地裏の、じめじめとした空気と耳につく鈍い殴打の音と。一人の身なりの良い少年を、複数のガタイのいい少年らが囲んで執拗に暴行を加えている。目的は金。それ以上でもそれ以下でもない。感情など絡まなくても、人は金のためならどこまでも非情になれた。

 それは何も特別ではない、幼い日のヴィオラが幾度となく目にしてきた過去の情景だ。にも関わらず、繰り返し思い出すのはそこに出てくる人物が特別印象深かったからだろうか。


 ヴィオラは少年の、生理的な涙で潤んだ深い藍色の瞳を思い出す。透明な少年の眼差しには、暴力に対する苦痛もそれに誘った者たちへの恨みも込められてはいなかった。ただそこに横たわって、少年を見下ろすヴィオラへと投げ出された無防備な視線は、害意がないからこそ、強く印象に残った。

 それでも、当時のヴィオラは思いもしなかっただろう。そんな一人の少年の眼差しに、今になってこれほどまでに思い悩ませられることになろうとは。
 少年はあのとき、何を想っていたのだろう。金品を目当てに騙され、痛めつけられてなお、憎しみを抱かずにおれたのは彼の精神が高潔であったからか。


 生きるためには仕方がない。持たざるものが持てるものから奪って何が悪い。
 それが今までヴィオラが信じてきた信条で、すべてを正当化する魔法のコトバだった。

 だからヴィオラは今までに傷付けてきた多くの人々について、さしたる関心ももったことがなかった。しかし今になって、あの少年のことだけが頭から離れない。
 その理由について、ヴィオラは考えないようにしていた。なぜならいくら考えたところで、知るすべなどないと思っていたからだ。少年があのとき何を考えてヴィオラを見つめていたのかなんて。
 それ故に今、ヴィオラは戸惑っていた。与えられるはずのない答えをもつ存在が不意に眼の前に現れたのだ。今更、とも思うし、第一なんと説明すればいいのだろうとも思う。
 しかし、すでに思考をせき止めていた堤は決壊した。それだけにヴィオラの懊悩は深かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

王太子は妃に二度逃げられる

たまこ
恋愛
 デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。 初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。 恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。 ※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

ニュクスの眠りに野花を添えて

獅子座文庫
恋愛
過去のトラウマで人前で声が出せなくなった伯爵令嬢ラニエラ・アンシルヴィアは辺境の男爵、オルテガ・ルファンフォーレとの政略結婚が決まってしまった。 「ーーあなたの幸せが此処にない事を、俺は知っています」 初めて会った美しい教会で、自身の為に一番美しく着飾った妻になる女の、真っ白なヴェールを捲る男は言う。 「それでもあなたには此処にいてもらうしかない」 誓いの口づけを拒んだその口で、そんな残酷なことを囁くオルテガ。 そしてラニエラの憂鬱な結婚生活が始まったーーーー。

【完結】大好きなあなたのために…?

月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。 2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。 『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに… いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

least common multiple

優未
恋愛
高校卒業から10年を記念した同窓会に参加した詩織。一緒に参加予定だった友人の欠席により1人で過ごしていると、高校時代の人気者である久田に声をかけられて―――。マイペースな頑固者と本命には及び腰の人気者のお話。

離した手の温もり

橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。

処理中です...