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序章:シエラ覚醒編
【第5話】闇夜のケダモノ
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山小屋の中に、夜の帳が降りる前のかすかな夕日がわずかに差し込んだ。
その光に照らされて、獣の影が揺れる。
シエラが息を飲む。闇の中に潜んでいたのは――間違いなく、ギル・ボアーレだった。
だが、そこに立っていた彼の姿は、どこか異様だった。人の形をしているはずなのに、空気がまるで違う。闇の中でうごめく何かが、シエラの本能を警告していた。
「ギル……話があるんだ。お前の中で何が起きてるのか、ちゃんと――」
その言葉を最後まで言う暇もなかった。
突風のような勢いで、ギルがこちらへ一直線に突っ込んできた。
「ぐあっ!」
凄まじい衝撃とともに、シエラの体が小屋の外へと吹き飛ばされる。
転がり落ちる体をどうにか木の幹で止めると、シエラはすぐさま立ち上がった。
「いってぇ、魔力展開間に合わなかった」
痛みをこらえ、ギルの姿を探すシエラ。
「ギルは……逃げた、か」
風が森を撫でる。木々のざわめきの向こうに、ギルの気配はすでにない。
「ちっ……!」
苛立ちを吐き出すように舌打ちし、シエラは走り出す。奴の足跡を追うように、森の奥へ――
しばらくして、ふと目を留めた。
そこに、ひっそりと並んでいた二つの墓標。
(……墓?)
小さな十字の木が刺さり、名前も記されていないようだった。雑草に覆われ、誰かが手入れをしている様子もない。
だが、シエラは長くそこに留まらなかった。墓を横目に見ただけで、再び足を進める。
(今は……追わねぇと)
やがて、森が少し開けた場所に出た。空を見上げると、夜空に月が浮かび始めている。
三日月だった。細く鋭い光が、木々の隙間から地面に切れ込んでいる。
「……静かだな」
その一瞬、空気に違和感が混じった。
背筋に、冷たい針のような感覚。視線が刺さる。
後ろから――
「ギル……?」
シエルが振り返ると、暗い茂みの中、音もなく現れたのは、四足で這うように近づいてくる獣の姿だった。
その眼だけが光っている。明らかに人ではない。
「マジの獣じゃねぇか……」
ギルは吼えた。咆哮が森に響き、鳥たちが一斉に飛び立つ。
そして次の瞬間、地を蹴った。
殺気と殺意が入り混じった突進。シエラは寸前で身を引き、かろうじて避ける。
「ちょ、ちょっと待てって!」
だが、ギルは止まらない。
牙を剥き、唸り声とともに飛びかかる。シエラは転がり、跳ね、拳を最小限に構えて反撃の隙を探った。
「くっ……!」
一瞬の隙を突いて、渾身の一撃を叩き込む。
「――どおりゃあっ!」
ゴッ、と鈍い音が響いた。
だが。
「……硬っ!」
シエラはすぐに手を引っ込め、拳をふーふーと息で冷ます。
「あれで効かねぇのかよ……どうすりゃいいんだ!」
体勢を立て直しながら考えるが、妙案は浮かばない。
(……なら、動き止めるしかねぇ!)
シエラは踏み込んだ。飛びかかってきたギルの身体に食らいつくように抱きつき、羽交締めにする。
「ぐ、うおおおおおお……っ!」
ギルは激しく暴れ、爪がシエラの頬をかすめる。それでも離さず、腕に力を込め続けた。
「……こうなりゃもう、気絶させるしかねぇ!」
バカげた手段だと分かっていたが、他に方法はなかった。
首に腕を回し、思い切り締め上げる。
ギルは呻き、暴れ――そして。
ぴたり、と動きを止めた。
「……マジで効いた……?」
シエラが腕を緩めると、ギルの体がその場に崩れ落ちる。
「ったく……無茶にも程があるわ」
額の汗を拭きながら、その体を見下ろす。
と――
ギルの体から、黒い“何か”が漏れ出すような感覚を覚えた。
煙のような、霧のような、それでいて重く禍々しい気配。
その“何か”は、ふわりと宙を漂い、やがて風に溶けるように消えていった。
(……なんだ、今の)
言い知れぬ不安が胸を刺す。
その刹那。
うわぁぁっ!
森の奥、あの墓を見かけた辺りから、異様な叫び声が響いた。
「……っ、はぁ!? 次から次に何なんだよ、マジで!」
シエラは地面にギルを横たえ、その場を飛び出した。
叫び声の方へ向かって走る。
空には星が出始め、三日月がひときわ明るく輝いていた。
木々の隙間を縫い、ようやくその場所に辿り着く。
――そこで見たのは、思わず息を飲む光景だった。
先ほどの墓のそば。そこに、ラキエがいた。
彼の身体は禍々しい黒い霧に包まれ、苦悶の声をあげていた。
「ぐ……ぐぅああああああっ……!」
体を掻きむしり、のたうち回る。顔は苦しみに歪み、瞳はどこか狂気に染まりかけている。
「おい……ラキエ……!?」
何かが起きている。
――とてつもなく“悪いこと”が。
そんなことを嘲笑うかのように月が、ギラギラと笑っていた。
その光に照らされて、獣の影が揺れる。
シエラが息を飲む。闇の中に潜んでいたのは――間違いなく、ギル・ボアーレだった。
だが、そこに立っていた彼の姿は、どこか異様だった。人の形をしているはずなのに、空気がまるで違う。闇の中でうごめく何かが、シエラの本能を警告していた。
「ギル……話があるんだ。お前の中で何が起きてるのか、ちゃんと――」
その言葉を最後まで言う暇もなかった。
突風のような勢いで、ギルがこちらへ一直線に突っ込んできた。
「ぐあっ!」
凄まじい衝撃とともに、シエラの体が小屋の外へと吹き飛ばされる。
転がり落ちる体をどうにか木の幹で止めると、シエラはすぐさま立ち上がった。
「いってぇ、魔力展開間に合わなかった」
痛みをこらえ、ギルの姿を探すシエラ。
「ギルは……逃げた、か」
風が森を撫でる。木々のざわめきの向こうに、ギルの気配はすでにない。
「ちっ……!」
苛立ちを吐き出すように舌打ちし、シエラは走り出す。奴の足跡を追うように、森の奥へ――
しばらくして、ふと目を留めた。
そこに、ひっそりと並んでいた二つの墓標。
(……墓?)
小さな十字の木が刺さり、名前も記されていないようだった。雑草に覆われ、誰かが手入れをしている様子もない。
だが、シエラは長くそこに留まらなかった。墓を横目に見ただけで、再び足を進める。
(今は……追わねぇと)
やがて、森が少し開けた場所に出た。空を見上げると、夜空に月が浮かび始めている。
三日月だった。細く鋭い光が、木々の隙間から地面に切れ込んでいる。
「……静かだな」
その一瞬、空気に違和感が混じった。
背筋に、冷たい針のような感覚。視線が刺さる。
後ろから――
「ギル……?」
シエルが振り返ると、暗い茂みの中、音もなく現れたのは、四足で這うように近づいてくる獣の姿だった。
その眼だけが光っている。明らかに人ではない。
「マジの獣じゃねぇか……」
ギルは吼えた。咆哮が森に響き、鳥たちが一斉に飛び立つ。
そして次の瞬間、地を蹴った。
殺気と殺意が入り混じった突進。シエラは寸前で身を引き、かろうじて避ける。
「ちょ、ちょっと待てって!」
だが、ギルは止まらない。
牙を剥き、唸り声とともに飛びかかる。シエラは転がり、跳ね、拳を最小限に構えて反撃の隙を探った。
「くっ……!」
一瞬の隙を突いて、渾身の一撃を叩き込む。
「――どおりゃあっ!」
ゴッ、と鈍い音が響いた。
だが。
「……硬っ!」
シエラはすぐに手を引っ込め、拳をふーふーと息で冷ます。
「あれで効かねぇのかよ……どうすりゃいいんだ!」
体勢を立て直しながら考えるが、妙案は浮かばない。
(……なら、動き止めるしかねぇ!)
シエラは踏み込んだ。飛びかかってきたギルの身体に食らいつくように抱きつき、羽交締めにする。
「ぐ、うおおおおおお……っ!」
ギルは激しく暴れ、爪がシエラの頬をかすめる。それでも離さず、腕に力を込め続けた。
「……こうなりゃもう、気絶させるしかねぇ!」
バカげた手段だと分かっていたが、他に方法はなかった。
首に腕を回し、思い切り締め上げる。
ギルは呻き、暴れ――そして。
ぴたり、と動きを止めた。
「……マジで効いた……?」
シエラが腕を緩めると、ギルの体がその場に崩れ落ちる。
「ったく……無茶にも程があるわ」
額の汗を拭きながら、その体を見下ろす。
と――
ギルの体から、黒い“何か”が漏れ出すような感覚を覚えた。
煙のような、霧のような、それでいて重く禍々しい気配。
その“何か”は、ふわりと宙を漂い、やがて風に溶けるように消えていった。
(……なんだ、今の)
言い知れぬ不安が胸を刺す。
その刹那。
うわぁぁっ!
森の奥、あの墓を見かけた辺りから、異様な叫び声が響いた。
「……っ、はぁ!? 次から次に何なんだよ、マジで!」
シエラは地面にギルを横たえ、その場を飛び出した。
叫び声の方へ向かって走る。
空には星が出始め、三日月がひときわ明るく輝いていた。
木々の隙間を縫い、ようやくその場所に辿り着く。
――そこで見たのは、思わず息を飲む光景だった。
先ほどの墓のそば。そこに、ラキエがいた。
彼の身体は禍々しい黒い霧に包まれ、苦悶の声をあげていた。
「ぐ……ぐぅああああああっ……!」
体を掻きむしり、のたうち回る。顔は苦しみに歪み、瞳はどこか狂気に染まりかけている。
「おい……ラキエ……!?」
何かが起きている。
――とてつもなく“悪いこと”が。
そんなことを嘲笑うかのように月が、ギラギラと笑っていた。
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