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第一章
10 まさかの魔術?(1)
しおりを挟むリリアンは生徒会室に近づくのを止めた。
これでお茶もお菓子も、美味しい物は何も出てこなくなる。
兄には「もう生徒会室に参りません」と告げた。
兄はゲンナリした顔をしたが、リリアンの噂を聞いているので了解してくれた。
茶葉は同じだけど、リリアンはお茶のプロだ。高校生などしなくても、もう働ける資格を持っているので、高校を辞めてしまうのも手だと思っている。
ただ、両親が高校くらいは出ておきなさいと言うので、高校に通っているだけだ。
授業のギリギリに登校して、すぐに帰宅をする。放課の時間は教室から出て、アウローラと会わない場所に移動する。
ここ数日は穏やかに暮らしている。
家に植えられたハーブの世話をして、美味しいお茶を作るために配合を考える。
自宅用の常備薬が切れていたので、解熱用のお茶や腹痛のお茶、痛み止めのお茶、下痢止めのお茶を作っているうちに、心臓の薬、腎臓の薬……様々な薬ができた。薬局ができそうなほど、いろんな薬を作ってみる。
せっかく身につけた技術だから、忘れないように練習するのも大切だ。
時間ができたので、調合室にこもって薬を作っていく。
「リリアン」
「お兄様、お帰りなさい」
「そんなに薬を作ってどうするつもりだ?」
「病院に寄付でもしましょうか?」
「学校を辞めるつもりなのか?」
「辞めてもいいわ。毎日、アウローラの嫌がらせと変な噂の中で過ごすくらいなら、自宅でお店を始めてもいいし、師匠のところで働かせてもらってもいいと思うの。せっかく医療茶葉認定医の資格を持っているもの」
ワンピースに白衣を羽織って、リリアンは薬を袋に入れる。
「殿下が寂しがっていたよ」
「アウローラはいたでしょう」
「ああ、鬱陶しいほど殿下にべったりだ」
「殿下は嫌がっていないのでしょう?」
「ああ、確かに嫌がってはいないな」
「婚約解消されてもいいのよ。わたくしは資格を持っているし、自立できるわ。瞳の色や髪の色で結婚相手を決めるなんて時代錯誤よ。好きな人と一緒になる方が幸せだと思うのよ」
「リリアンは殿下の事を好きではないのか?」
「お慕いしておりましたけど、今の殿下に魅力は感じません。婚約者の前でアウローラにへばりつかれている殿下は、紳士的ではありません」
リリアンは兄に、自分の気持ちをはっきり伝えた。
兄は、困った顔をする。
困った顔をされても、リリアンはもう斬首刑など嫌なのだ。
屋敷の呼び鈴が鳴り、使用人が表に出て行く。
ガヤガヤと外がやかましい。
使用人が駆け込んでくる。
「殿下がおいでになりました。リリアンお嬢様にお会いになりたいと」
「わたくしは眠ったとおっしゃって」
「リリアン、会って来なさい。なにか急用かもしれないだろう」
「お兄様もいらっしゃいますか?」
「僕は行かなくてもいいだろう。リリアンと殿下は婚約をしているのだから」
「では、わたくしは寝たとおっしゃって」
リリアンは、殿下に会うつもりはなかった。
大好きだった殿下だが、不実な殿下は好きになれない。
感情を悪戯に振り回されるのは、もう嫌なのだ。
リリアンは頑なに、断った。
「リリアン、こっちに来なさい」
「嫌です」
兄が手を掴んで、階段を降りていく。
「お兄様、嫌です」
「いいから、こちらに来なさい」
応接室をノックして、兄が扉を開けた。そのまま部屋の中に押し込まれる。兄は扉を閉めて出て行った。
リリアンはため息を付き、扉の前に立っていた。
「この頃は顔が見られなくて、寂しかったんだ」
「殿下の隣にはアウローラがいたのではありませんか?」
「ああ、いたが。リリアンのお茶が飲めなくて」
「お茶でしたら、今淹れて参ります」
リリアンはソファーに座る前に、部屋から出て行こうとすると、慌てた殿下が突然立ち上がり、リリアンの手を握った。
「どうか、少し一緒にいてくれないか?」
手を引かれて、ソファーに座る。
「薬を作っていたのか?」
殿下は白衣姿のリリアンを見て、声をかけた。
「はい。わたくしは医療茶葉認定医ですので、薬を作れます。定期的に練習をしなければ忘れてしまうと大変ですので」
「高校を辞めてしまうのか?」
「殿下はどうして欲しいですか?」
「一緒に高校生活を送って欲しい」
「アウローラがいるのに?殿下は欲張りですね。わたくしはハーレムには入りませんので」
リリアンははっきり言葉にする。
子爵令嬢の下になるのは、屈辱的だ。
死刑にも値する。
幼い頃から、婚約者と言われ続けていたリリアンは、不実な殿下の行いを見て、前世のように心を乱されないように、気をつけている。
婚約破棄されても、文句は言わないつもりだ。
「リリアンが好きなんだ」
「それなのに、アウローラと過ごしていらっしゃるのですか?」
「僕にもわからないんだ。とても不安で」
「不安なのですか?」
いつもと様子の違った殿下を見たら、リリアンの怒りは静まり、医師として殿下を観察する。
「あの子が側に来ると頭がぼんやりしてしまう」
「お兄様!」
扉が開いて兄が入ってきた。
「アウローラの家庭調査はしてありますか?」
「いや、していない」
「王立図書室の文献では漆黒の髪と瞳は魔女だと書かれています。魔術などかけられてはいませんか?魔方陣とかありませんか?」
「描くならどこに描くだろう」
「生徒会室ですね。絨毯の下とか?」
「明日の朝、確認しよう」
二人は相談して、殿下の顔をよく見ると、目の下に隈が3匹ほど居座っていた。
「お兄様、少しお相手をお願いします。お茶を淹れて参ります」
「ああ、頼むよ」
はて、これは黒魔術でも行われているのかしら?
殿下は目の下に隈を3匹ほど飼っていらっしゃったということは、眠れていないと思われる。ベースはカモミールに少しだけ眠くなる茶葉を加えて、精神安定の茶葉も投入……。
「殿下、今夜は我が家に泊まっていかれますか?」
「この頃ずっと、眠れなくてね」
「眠るまで、お話をしていましょう」
殿下にだけお茶を淹れて、その間に、使用人にベッドの用意をしてもらう。
「美味しいお茶だ」
「ゆっくりお飲みください」
殿下はカップを口に運ぶと、ゆったりと飲む。
「おかわりももらえるか?」
「ええ、どうぞ」
ポットの中のお茶をすべてカップに注ぎ込むと、殿下は美味しそうに飲み干した。
「お部屋に参りましょうか」
左右に分かれて、殿下の手を取り、部屋まで送ると、兄が着替えを手伝いベッドに横にさせる。
着替える最中は、リリアンは部屋の外で待つ。
「リリアン」
「はい」
扉を開けて、ベッドの横に椅子を置いて手を握る。
「いつから不安だったのですか?」
リリアンは優しく殿下に声をかけた。
「彼女が来てからだ」
「気付かなくて申し訳ございません」
「いや、グラナードは悪くはない。いつも世話になっている。親友なのに……」
殿下は目を閉じて眠った。
手を離して、掛け布団を掛ける。
静かに部屋の外に出る。
「お兄様、馬車を帰してください。あと数日お預かりすることは可能でしょうか?」
「今から王宮に出向いてくる。国王様に殿下の状態を説明してくる」
「お願いします。かけられた魔術から遠ざけてみましょう」
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