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第四章
1 アウローラの最後
ツールスハイト公爵の家は、また騒がしくなった。戦の時に集まる公爵家の騎士団も出され、殿下の騎士団も動かされている。
シェル殿下は、リリアンの家にいた。
未来にリリアンを殺したという自分が恐ろしく、大好きなリリアンを裏切ったことにショックを受けていた。
長老は、シェル殿下に、やり直す機会ができたのですと告げた。
誰にも操られていない今の自分の気持ちを大切にしてくださいと言った。長老は、シェルとリリアン、グラナードにアウローラの呪いを受けないまじないを行った。
それでも、殿下はリリアンを悲しませた自分が許せずに、リリアンに寄り添っている。
「わたくしは怒ってはいないわ。愚かな自分の行いを悔やんだけれど」
「それでもリリアンを愛しているのに、ずっと苦しめた」
リリアンは微笑んで、手に触れている殿下の手を握りしめた。
「それほど想われていながら、わたしは殿下を信じられなかったのでしょう。呪われていたとはいえ、殿下に剣を向けたのは、紛れもなくわたくしなのです」
「リリアンをそれほど追い詰めたのは僕だ。今度は絶対にリリアンを守るよ」
「ありがとうございます」
「あっ」
応接室で話しているとき、殿下が声を上げた。
「どうかなさいましたか?」
リリアンは殿下を見つめる。
「静電気が耳元で起きたような衝撃があった」
「アウローラがしているのだろう」と長老が言った。
「あっ」
「きゃ」
殿下が肩をすくめると、リリアンも耳を押さえて、頭を抱える。
「手当たり次第か?あの子は今、どこにいるのか?」
リリアンの体を殿下は抱きしめる。
「もう平気よ」
長老が「アウローラか?」と声を出した。
「どうかしましたか?」
「魔術をかけてきた。私には効かぬが」
長老は、再び殿下とリリアン、リリアンの兄にまじないを行った。
そっと殿下の胸を押し、リリアンは殿下から離れた。
「お婆さまがいらしてくれて、助かりました」
「孫が仕掛けていることだ。本当に申し訳ない」
「気分転換にお茶でも淹れましょうか?」
リリアンは席を立つと、応接室を出て行った。
屋敷の中にも騎士たちがいる。
美味しい茶葉を取りに自分の部屋に戻ると、モリーとメリーが窓の外を見ていた。
「お嬢様、どのような様子でしょうか?」
「殿下がいらしているので、よけいに騎士団が増えているのよ。お客様をお預かりすることになったので、そのための騎士団よ」
「そうでございますか。戦争でも起きたのかと心配しておりました」
「ある意味、戦争かもしれませんね。魔術を行う少女が、わたくしや殿下に魔術をかけていたのですから」
「まあ。お嬢様はご無事ですか?」
「ええ、いつも様子を伺っているお婆さまが、長老だったのです。魔術を解いていただきました」
「それはよかったですわ」
「まだ、少女は捕まっていないので、窓の近くは危ないかもしれないですよ」
モリーとマリーは急いで窓辺から離れた。
「追われている身なので、誰にでも魔術をかけるかもしれませんから」
「窓辺には寄りません」
「脅かしてしまって、ごめんなさい。でも、少しでも安心したいの。モリーとメリーに何かあったら、わたくしはとても悲しいですから」
「ええ。ご心配をかけないように、部屋の奥におりますね」
「ありがとう」
リリアンは茶棚からお茶道具を出すとトレーに載せる。
「お手伝いをいたしますね」
「お願いします」
綺麗な器を出して、トレーに出していく。
「熱湯を湧かして参りますね」
「メリーありがとう。応接室にお願いします」
メリーは先に部屋を出て行った。
「茶菓子もあった方がいいですね」
「ありましたらお願いします」
新しい茶葉を出して、リリアンはモリーと応接室に戻っていった。
+
夜になって辺りが暗くなった。
「殿下はお泊まりになりますか?」
兄が殿下に聞いた。
「ああ、嫌な予感がしてならないんだ」
「殿下は、もう魔術がかかっていませんよ」
リリアンは殿下を見上げて、笑顔を見せる。
「今夜は泊めてもらいたい」
「我が家はいつでも殿下をお迎えできるように準備はしています」
「グラナード、いつもすまない」
「気持ちが落ち着く、お茶を淹れましょう」
老婆は食事の後、部屋に戻り眠った。
「お花を摘んできます」
殿下とグラナードに告げて、部屋を出て行った。
マリアンヌ先生が株分けしてくれたカモミールの花を摘みに庭に出た。
「リリアンお嬢様、外は危険ですよ」
騎士の一人が声をかけてきた。
「お花を摘んだら、すぐに戻りますね」
愛らしい笑顔を見た騎士は、頬を染めて「早めにお戻りください」と告げた。
ガラスのポットに花を摘んで入れていく。
「これくらいかな?」
そのとき、背後から何かで打たれて、ポットを落とし、リリアンは倒れた。
リリアンと話をしていた騎士が、すぐに気づき、笛を吹く。
「お嬢様」
華奢な体を抱き上げ、屋敷の方へと走り出そうとしたとき、兄と殿下が出てきた。
「何事だ」
「グラナード様、お嬢様をお願いします」
グラナードは騎士からリリアンを預かり、殿下と共に家に戻る。
騎士が剣を抜き、走って行く。
+
アウローラは、頭を抱えていた。
上手くいったかと思ったが、シェルの剣を見たら鞘から剣が抜かれていない。
「シェル、剣は鞘から抜いて使うのよ」
「知らなかった」
先に教えておくべき事だった。この子はまだ幼児と歳は変わらない。
知らなくて当然だった。
「私が悪かったわ。最初に教えておかなかった私が悪いのよ」
素早く身を隠したアウローラとシェルは、騎士の間を歩いて屋敷の中に足を踏み入れた。
その瞬間、体が跳ね返り屋敷の外に弾き飛ばされた。
姿を消していた魔術は消え、二人で地面に尻餅をついていた。
「捕らえよ」
「その二人を捕らえよ」
アウローラは、縄で体中を巻かれ、シェルも同じように縄で縛られた。
家の中から長老が出てきた。
「愚かな孫よ。罪を償いなさい。ザクリナーニネ子爵の名は返上した。ただのアウローラに戻った。その身は悪事を働いた罪人だ」
「このくそばばあ」
「我が一族の恥だ。情けない」
長老はシェルの額に指で触れた。するとシェル殿下と同じ姿だった子は、二歳半の子の姿に戻り、ロープは緩み、小さな体に剣が握られていた。
「戻せ。この姿は僕ではない。僕はシェル殿下だ」
小さなシェルは、今度は鞘を抜き、剣を振り回す。その剣がアウローラの胸に刺さったが、それに気付かず、剣を抜き、騎士に飛びかかっていく。
「シェル」
アウローラは、幼い我が子の勇士を見て、微笑んだ。
「なんて凜々しいのでしょう」
長老が魔術で、幼子の動きを閉じ込めた。
グラナードに抱き上げられたリリアンは意識を取り戻した。外で起きている騒ぎに、目を見開いた。シェル殿下は、目を覚ましたリリアンの手を握り、その様子を見ていた。
「この子は魔術を使う。手加減せずに手も目も口も塞ぎ拘束してください」
長老は騎士に指示を出した。
+
王宮に送還されたアウローラとアウローラの子は、厳重な牢にそれぞれ入れられた。
「アウローラ、アウローラ、アウローラ……」
幼子は母の名を呼び続けている
声は出ないはずなのに、頭の中にその音が響く。
アウローラは、目を閉じて眠っている。足は腐り、腐臭がする。
背中を剣で突かれたリリアンは、痛みを我慢しながら、兄とシェル殿下と牢の様子を見ていた。
「アウローラの足は、腐っていますね。治療をしなくは死んでしまいます」
目と口と手と体を塞がれた二人は、声は出せない。
芋虫のように、牢屋に転がっている。
+
国王はこの二人に斬首刑を命じた。
芋虫のように拘束されたまま、首を落とされた。
拘束された村人も同罪とされた。
たくさんの首が落とされて、長老も「どうぞ殺してください」と申し出たが、転生を恐れた国王は長老を家に戻した。
たくさんの屍は村に連れて行かれ、焼かれた。
アウローラとその子は、普通の火では燃えずに残った。それを見た長老は魔術を使い、灰も残さずに燃やした。
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