時の果ての朝~異説太平記~

マット岸田

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1-7 南部師行

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 戦場の気配に興奮しているのか、暁がいなないた。
 師行はそっと馬上で暁の首を撫でた。
 南部のどの馬よりも大きく、長く早く駆ける。いや、国中を見回してもこれほどの馬はそうそういないはずだ。それだけでなく、賢く、師行の指示も良く聞き分ける馬だった。ただ、気性は荒々しい。もう五歳になる。

「あまり気を張るなよ、暁。大した事も無い相手だ。最初から腰も引けている。拍子抜けで終わるかも知れん」

 いつ頃からか、最も言葉を語る相手は暁になっていた。人の言葉に言葉を返すのが煩わしい、と思ってしまうのだ。弟の政長とすら、一族内の必要最低限の事しか喋らなくなっている。政長はそんな師行の事をとうに諦めている気配があった。
 率いている直属の兵達は、ほとんど言葉を交わさなくてもいつでも自分の手足の様に動く。
 陸奥守は仰ぐ旗としては自分にとっていい主だった。余計な事は言わない。こちらからもあれこれ言わなくても、師行が何が出来るのか分かっている所があり、戦の指示はいつも的確だった。
 一族のためにいい主なのかどうか、と言う事はあまり考えた事が無かった。北条執権に従っていた時よりは、ましだとは思う。
 前方に約一千が固まっている。北条勢だった。

「行くか」

 師行はゆっくりと馬を進めた。師行はいちいち伝令を出さない。師行の指示を聞いて、あるいは動きを見て、幾人かの決められた兵が太鼓を打ち、旗を出し、法螺貝を吹き、それに従い軍が動く。前が動いてそれを追うのではなく、全軍が同時に動く事が出来るように鍛えてあった。
 配下の兵は鍛えに鍛えた精鋭だった。特に旗本の五百騎は、その気になればそれだけで陸奥守直属の三千とも互角以上に戦える、と師行は思っていた。
 その旗本を先頭に立て、全軍が進む。師行がいるのはさらにその先端だった。
 師行自身は、槍を使う。陸奥ではまだ使っている者は少ない武器だった。片手でも使うし、両手で使う時は足だけで暁を御す。暁とはそれぐらいの事が出来るぐらいには通じ合っていた。
 ぱらぱら、と矢が射掛けられてくる。まだ届く距離ではない。敵はこちらとの距離を見誤っている。戦馴れしていないのは、それだけで分かった。
 矢合などせず、師行は一気に暁を駆けさせた。まず旗本の騎馬が、ついで徒が縦列になり付いてくる。敵はその動きに最初から浮き足立っていた。何本か矢が飛んで来るが、当たりそうな物は槍で叩き落とした。
 そしてぶつかる。槍で一度に五人ほどをなぎ倒した。師行がぶつかった所に旗本が横に広がりながら続き、それにさらに後続の兵が広がりながら続く。その攻撃だけで敵の前列は簡単に崩れた。二人、三人と倒しながらそのまま師行は先頭に立って敵陣を駆けた。すでに敵には逃げ出し始めている者がいる。大将。名乗りも何も無く、ただ槍で突き上げる。それで敵は完全に潰走した。
 追撃の命令は出さなかった。こんな程度の敵を討ってどうなる、と言う思いが強かった。
 配下の兵達はすぐに隊列を整え、集まっている。ほとんど犠牲も出ていなかった。

「戻るぞ」

 それだけ口に出し、暁の馬首を返した。兵達は整然と付いてくる。
 いずれ騎馬だけでまとまって動く軍を師行は作りたかった。戦場でだけでなく、本当にどこまでも騎馬だけで独立して動ける軍だ。
 大陸には、そう言った騎馬隊もあるらしい。
 ぱちぱち、と拍手が聞こえた。師行が顔を上げると木の枝に腰掛けている少女がいる。
楓だった。

「いやあ、お見事お見事。いくら相手の方が少ないとは言えほとんど犠牲無しで蹴散らしちゃうなんてね」

「あんな程度の相手に勝って自慢になるか」

「あはは、さすが軍神様は言う事が違う」

 師行は暁を止め、部下達に先に行くように促した。

「何の用だ」

 良く喋る少女だった。相手をしていると苛立ってしまうが、楓の方はそれを気にする様子はまるで無かった。
 見た目によらず、並みの手練れではない事は身のこなしだけで分かっていた。

「陸奥守様から伝言。多賀城で評定を開くから出向け、だって」

「分かった」

「何か不服そうだね、師行さん」

「何故いつも陸奥守は貴様を使者に立てられるのだ。正規の使者を立てれば良かろうに」

「私以外の人間だとちゃんと話が通じるか不安なんじゃない?師行さん相手じゃ皆萎縮しちゃって言うべき事も言えなくなっちゃいそうじゃん」

「貴様は余計な口を利き過ぎだがな」

「あ、怒った?」

「いや。ただ苛立っているだけだ」

 あっはっは、と楓はまた楽しそうに笑った。
 師行には忍びと言う存在の事は良く分からなかったし、興味も無かった。戦場では忍びの情報より物見の働きの方が重要だし、それ以外の所で情報を集めるなどと言うのは自分の性には合わなかった。
 なので楓も津軽で働いている間、いちいち自分に伺いを立てたり、細かい事を報告してきたりはしない。ただたまに楓が本当に重要だと思った事だけを伝えて来る事があり、そしてそれが師行に取って不要な情報だった事は無かった。
 恐らく忍びとしては腕のいい忍びなのだろう。しかし陸奥守がわざわざ彼女を自分に付けて来ている、と思うとどうにも忌々しいような気分になる事もあった。手間の掛かる男だ、と言われているような気がするのかも知れない。
 恐らく自分が偏屈なだけなのだろう。
 もう三十五になっていた。子どもの頃から荒々しい性格だと言われ、一族の中では武士としては期待されていた反面、厄介者扱いされていた所もあった。一族の中で庶流であった長継の養子になり、波木井南部の当主になったのも、単純にその方が面倒が少ないように思えたからだった。
 実の兄である時長にも、どこかで怖れられ、疎まれていた気がする。
 倒幕の戦の折に朝廷の側に付き、今こうして陸奥守に従って奥州にいるのも、ただ成り行きでそうなっただけだった。
師行は、自分の思うような戦が出来ればそれで良かった。ただ、戦は民に迷惑を掛ける物で、やるからには戦をした後の民の事を考えない訳には行かなかった。
陸奥守と言う主を選んだ事で、その分の言い訳は出来ている、と師行は割り切っている。

「よっと」

楓が木を飛び下り、暁の横に立った。無造作に手を出し、暁を撫でている。下手な触り方をすると暁が怒るぞ、と言おうとしたが、楓は馬の扱いも心得ているのか、暁は心地よさそうに撫でられていた。

「何の評定で呼び出されるかとか、全体の情勢がどう動いているかとか、全然気にしないんだね、師行さんは」

「俺が気にする事でもあるまい」

 関東のどこかで誰かが軍を上げたとか、京での政治闘争の結果がどう動いたとか、そんな情報が自分に必要な物だとは師行は思っていなかった。
 何か大きな動きがあってそれが戦につながるとしても、実際に戦場で戦うまでにはまた時が経ち、状況が変化している。その間隙を埋めるのは想像力しか無く、上の者と下の者がそれぞれ別の事を想像して戦うと言うのは無意味どころか危険な事だ。
今の自分は陸奥守の配下の武将であり、陸奥守が考え、想像した結論に従って戦をすればいい。

「何をどうすればそこまですっぱり割り切れるのかねえ」

「ただの性分だ」

 自分が変わった考え方をしている、とは師行は思っていなかった。

「一つ聞いていい?」

「何だ?」

「あなたは何を目指して戦ってるの?」

「言葉にして他人に通じる物ではないな、それは。ここで何か答えた所で、俺自身それが本当に正しい事なのかどうか分からん」

「言葉は無意味、か。漢だねえ」

「陸奥守を裏切りはせん、俺は。本当に大切なのはそれだけではないのか。そしてそれこそ、言葉にしようが誓紙にしようが無意味だろうよ」

 楓は虚を突かれたような顔を一瞬した後、また笑い出した。喋るのと同じぐらい良く笑う娘だ。

「ほんとかざりっけの無い人だね、師行さんは」

 ひとしきり笑い終えた後、楓は急に真面目な顔を作った。

「これは私の勝手な想像だけどね、陸奥守様が私を師行さんの下に回すのは、多分いずれ私と師行さんが組む事を見越しているからだと思う」

「俺とお前が?」

「一介の忍びが何言ってるんだと思われるかも知れないけど、役割としては多分そう言う事になると思うよ。だから私も、身分を弁えずに言わせてもらうけど、私の事を信用して欲しいな、師行さんには。私も、師行さんの事は信じるから」

「お前の事は役に立つ忍びだとは思っている。裏切る事が無い人間だと思ってやってもいい。そんな気はしているな」

「ありがとう」

 また相貌を崩し、楓はいつも通りの軽薄に見える笑いを作った。師行はそれ以上彼女に関心を向ける事はせず、前を向くと暁を進めた。師行が顔をそむけると同時に、楓の気配は消えていた。
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