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2-8 北畠小夜(2)
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雪が、ちらつく。
幼い頃から、小夜は雪の美しさが好きだった。奥州に赴任する事になった時、個人的に一番嬉しかったのは、京よりも奥州はずっと雪が多く降る、と言う事だった。
だがそんな雪も、それを凌ぐ物が無い人間にとっては、厄介な苦しみを生む物でしかない。自分が降りしきる雪に心を躍らせている日には、どこかで寒さで苦しんでいる人間がいる。それも、奥州に来て初めて実感として知った事だった。
「顕家様、傘を」
横に控える和政が傘を出そうとした。
「まだ良いよ。少し、雪を眺めていたいし」
僅かな供回りを連れての、領内の散策だった。和政の他には、男装した朱雀と、同じく男装した二人の侍女がいる、
どれだけ陸奥や天下の情勢が緊迫しようとも、自分の目で領内を見て回る事だけは、決して欠かす事はしないと小夜は決めていた。自らの目で領民の生活を見る事を忘れ、頭で考えた事だけで善政を敷こうとすれば、どこかで政は歪む。
領内もすっかり冬で雪に閉ざされ、昼間とは言え外で作業をしている人間は少ない。それでも雪の積もった地面を見て見れば、人が往来している痕跡が残っていた。
今年は、どうにか陸奥の民達にこれ以上の大きな負担を強いる事無く越せそうだった。だが、恐らく年が明ければ西上の軍を出さなくてはならない。その時には冬を越せない農民がどれほど出るのか、と考えると、暗い気分になった。
どうあっても民を飢えさせる戦が起きるのであれば、後はその結果を少しでも民のために活かせるようにするしかない。小夜はそう自分に言い聞かせているが、それでも民を飢えさせる事に馴れたくはなかった。
不意に、ぞっとするような感覚が背中をつたった。
小夜が振り向いたのと、和政が剣を抜き、小夜に向けて飛んで来た短い矢を叩き落としたのとは同時だった。
「顕家様、林の方にお駆け下さい」
和政はそう言いながら剣を収め、右手を素早く振るった。木の陰に隠れて短弓を構えていた男がうめき声をあげ、額を抑えて倒れた。
襲撃。五人や十人が相手なら和政がいればどうにかなるだろう。だが、周囲の木の陰からこちらを差してくる気配は、そんな数ではなかった。そして、囲まれていて、それから放たれてくる殺気は全て小夜一人に集まってくる。
小夜は言われた通り、林を目指して駆け始めた。そちらにも敵はいるが、これ以上矢で狙われないようにするにはまずは林を駆け抜けるしかない。
そして追ってくる敵達に前後から囲まれないようにするには、走り続けるしかなかった。
攻撃が始まった。
短い剣を持ち、地を這うようにして、あるいは跳躍しながら、数人の影が切りかかってくる。服装は様々だった。陸奥の各地に散りながら、それがこの瞬間一斉に自分の元に集まった。それを見て咄嗟に小夜はそう思った。
和政の右手が再び動く。その度に襲ってくる男達は一人ずつ倒れていく。飛礫と言う、普通の武士であれば卑しき技、と見るような技を和政は身に付けていた。剣を佩く事を許されない場所でも、小夜を守るためだ。
しかし、敵の数は多い。
横合いから、別の闘争の気配が漂ってきた。小夜の配下の忍び達。林を抜けた外で、ちあめが跳躍しながら、こちらに向かって来る相手をやはり短い剣で一人、二人と突き倒しているのが見える。しかし、他の忍び達は相手の数に押されていた。
小夜は足を止める事無く剣を抜いた。侍女達も剣を抜く。
和政の頭上を飛び越えるように跳躍し、三人の忍びが襲ってくる。和政が一人を飛礫で打ち、続けざまに再び剣を抜いてもう一人を突き落す。残った一人と、朱雀が斬り結ぶ。小夜は気合いを上げると、その一人に横から斬り付けた。斬り倒す。その時には、和政はすでに別の敵と斬り合っている。飛礫が尽きたのか、あるいはもう飛礫では防ぎきれないと思ったのか、渾身の気合いと共に和政は剣を振るっている。
しかし、敵の攻撃に間隙が無くなっていた。敵も木々を縫うようにして移動しながら囲みを整え直している。和政を抜けて来る敵がさらに一人。それはすぐに二人、そして三人になるだろう。小夜と朱雀では、短い時で倒すのは難しい相手だった。他の二人の侍女では、一人で一人を引き受けるのも難しい。
抜けて来た男と、朱雀が再び斬り結ぶ。その間に、和政は三人を斬り倒している。しかし同時に、その和政をかわして小夜に別の男が斬りかかってくる。それを、どうにか剣で受けた。腕が痺れる。
次の斬撃を受け止める、あるいはかわして逆に斬り付けられるか。小夜がそう思った時、視界の端に黒く小さな塊が飛び込んでくる。
ちあめが、まるで人間離れした動きをしながら、小夜に斬りかかろうとしていた男を背後から短刀で貫き通していた。そして何も言わず、元いた方向に飛び跳ねるように戻る。途中で小夜に向かおうとしていた一人をすれ違いざまに斬ると、そのまま鎖鎌を構える別の忍びと互いを守るように背中合わせになる。左近。いつのまにか来ていた。しかしこちらの忍びも、もう何人も倒されている。
攻撃が続く。和政は一人で向かって来る敵の半分は引き受けている。ちあめは乱戦と言ってもいい中、二つの集団を行き来して、小夜を救い、左近を守り、敵を倒して行っている。それでも、防ぎ切れない。もう駆けるだけの余裕もなくなっていた。
さらに斬り結ぶ。横から別の剣が突き出される。転がる事で、どうにかかわした。続け様の斬撃。朱雀も他の侍女も、それぞれが別の相手と戦っている。和政は、手練れとぶつかっているようだった。ちあめも、遠い。
別の人影が、小夜に覆いかぶさるようにその斬撃を受けようとした。勇人。何故ここに、と思う前に、小夜は転がった姿勢のまま咄嗟に全身のばねを使ってその勇人を突き飛ばそうとした。何でだよ、と言う呟きが聞こえる。
うめき声。勇人の動きに一瞬だけ戸惑い、しかし斬撃を繰り出そうとしていた男がぴたりと止まり、倒れる。額に、手裏剣が刺さっていた。あはぁっ、と言う、この闘争の場にそぐわない呑気な笑い声。そして次に小夜の耳に聞こえて来たのは、馬蹄の響きだった。
「南部師行、見参」
凄まじい衝撃が、敵の中に走った。人。馬。槍。いや、雷鳴。闘争の場をそれが駆け抜け、真っ二つに割る。
馬上から師行が槍で小夜の周りにいる敵を突き上げ、宙を舞わせて行く。さらに五人、十人。人ではない、近付けば命を落とす別の何かだとしか思えなかった。
そこから先は、一方的な戦いになった。ほとんど師行一人に押しまくられ、敵は十人ほどの数になって逃げ始めた。和政と切り結んでいた男も、倒されていた。
「お疲れ。怪我は?」
いつのまにか、小夜の横に楓が来ていた。勇人も荒い息をしながら、小夜の横で呆然と師行の戦いぶりを見ている。
「あ、うん。私は大丈夫。他の皆は、どうかな」
和政も朱雀達も、それぞれ浅手を追っていた。左近も手負ったようだ。ちあめは無傷のようだが、全身が返り血で真っ赤に染まり、肩を大きく上下させて荒い息をしている。
「配下が四人、死にました」
左近が呼吸を整えながら報告してくる。
「そう、か。私の軽率さで、済まない事をしたな」
師行がいる事に思い当り、小夜は男言葉に変えた。倒れている敵は、五十は残っている。自分を守るために死んだ人間の事は、ひとまずそれ以上考えない事にした。戦をしていく以上、どうしたって避けられない事だ。
「息がある人達、どうしよ?」
「捕える必要もない。止めを差してやれ」
感情を追い出し、小夜は短く命じた。楓が頷く。
「しかし、何故師行がここに?」
小夜は馬から降りた師行を見やった。この男はかすり傷一つ負っていないようだ。
「楓に、呼ばれましたので」
師行が短く答えた。
「国府の近くで騎馬隊の調練してたからね。強いし速いし援軍には一番いいかな、って」
楓がにこにこ笑いながら言う。
「そうか。では、勇人は?」
自分の名前を呼ばれ、勇人は我に返ったような顔になり、師行から視線を動かした。無理もない、と小夜は思った。自分ですら、師行の槍はほとんど信じられないような物を見る気分だったのだ。強い事は知っていたし、戦場でその動きを見た事もあるが、あれだけの数を相手に戦う様を間近で見たのは初めてだった。
こちらを見ても、勇人はすぐには言葉を発しなかった。ただ、小夜をじっと見て来る。依然と少し目が変わっている、と小夜は思った。
「陸奥守様の、お力になりたく」
慎重に言葉を選ぶように、勇人は言った。
「そうか」
自分が自然と微笑んでいる事に小夜は気付いた。
「先ほど、私への斬撃を身を挺して一瞬止めてくれた。あの一瞬で私の命は救われたと思う。まずはその事への礼を言っておこう」
勇人はその言葉にうつむき、泣き始めた。朱雀や和政はそのやり取りに戸惑ったような顔をしている。楓は笑っていた。小夜には、勇人が何故泣いているのか分かる気がした。自分の元から離れている間に、勇人の心の中で何があったのかは分からない。ただ、勇人は、死んでいたのが生き返ったのだろう。放っておけない、このままでは行けない、と思っていた自分の想いがどこかで通じた気がした。
「臣従を、お許し下さいますか」
勇人が俯いたまま呟くように言った。許す、と小夜は答える。実際には、心の中でもっと別の言葉を交わしていた気がした。
「ようやく、って感じだねえ」
楓が口を挟んでくる。
「面倒を掛けたな、楓。私の心も慮って動いてくれたのだろう」
「あたしゃ大した事は何もしてないよ」
楓が笑って答える。ぞんざいな口の聞き方に和政は目を剥いているが、気にする様子は無いようだった。
「それより、せっかくちょっとは生き直す気になったんだから、たやすく死なないように気を使った方がいいよ」
楓は小夜に近付き、小声でそう言って来た。
「多分、今は小夜のためになるんならいつ死んだっていいと思ってる。このまま放っておくと、本当に簡単に死んじゃう。自分一人で満足しきってね」
そう言われ、小夜は狼狽えた。
「どうしよう」
「虎穴にでも放り込むしかないんじゃない」
楓は笑ってそう言うと、師行の方を見た。
勇人は不思議そうに、自分と楓のやり取りを、見ている。
幼い頃から、小夜は雪の美しさが好きだった。奥州に赴任する事になった時、個人的に一番嬉しかったのは、京よりも奥州はずっと雪が多く降る、と言う事だった。
だがそんな雪も、それを凌ぐ物が無い人間にとっては、厄介な苦しみを生む物でしかない。自分が降りしきる雪に心を躍らせている日には、どこかで寒さで苦しんでいる人間がいる。それも、奥州に来て初めて実感として知った事だった。
「顕家様、傘を」
横に控える和政が傘を出そうとした。
「まだ良いよ。少し、雪を眺めていたいし」
僅かな供回りを連れての、領内の散策だった。和政の他には、男装した朱雀と、同じく男装した二人の侍女がいる、
どれだけ陸奥や天下の情勢が緊迫しようとも、自分の目で領内を見て回る事だけは、決して欠かす事はしないと小夜は決めていた。自らの目で領民の生活を見る事を忘れ、頭で考えた事だけで善政を敷こうとすれば、どこかで政は歪む。
領内もすっかり冬で雪に閉ざされ、昼間とは言え外で作業をしている人間は少ない。それでも雪の積もった地面を見て見れば、人が往来している痕跡が残っていた。
今年は、どうにか陸奥の民達にこれ以上の大きな負担を強いる事無く越せそうだった。だが、恐らく年が明ければ西上の軍を出さなくてはならない。その時には冬を越せない農民がどれほど出るのか、と考えると、暗い気分になった。
どうあっても民を飢えさせる戦が起きるのであれば、後はその結果を少しでも民のために活かせるようにするしかない。小夜はそう自分に言い聞かせているが、それでも民を飢えさせる事に馴れたくはなかった。
不意に、ぞっとするような感覚が背中をつたった。
小夜が振り向いたのと、和政が剣を抜き、小夜に向けて飛んで来た短い矢を叩き落としたのとは同時だった。
「顕家様、林の方にお駆け下さい」
和政はそう言いながら剣を収め、右手を素早く振るった。木の陰に隠れて短弓を構えていた男がうめき声をあげ、額を抑えて倒れた。
襲撃。五人や十人が相手なら和政がいればどうにかなるだろう。だが、周囲の木の陰からこちらを差してくる気配は、そんな数ではなかった。そして、囲まれていて、それから放たれてくる殺気は全て小夜一人に集まってくる。
小夜は言われた通り、林を目指して駆け始めた。そちらにも敵はいるが、これ以上矢で狙われないようにするにはまずは林を駆け抜けるしかない。
そして追ってくる敵達に前後から囲まれないようにするには、走り続けるしかなかった。
攻撃が始まった。
短い剣を持ち、地を這うようにして、あるいは跳躍しながら、数人の影が切りかかってくる。服装は様々だった。陸奥の各地に散りながら、それがこの瞬間一斉に自分の元に集まった。それを見て咄嗟に小夜はそう思った。
和政の右手が再び動く。その度に襲ってくる男達は一人ずつ倒れていく。飛礫と言う、普通の武士であれば卑しき技、と見るような技を和政は身に付けていた。剣を佩く事を許されない場所でも、小夜を守るためだ。
しかし、敵の数は多い。
横合いから、別の闘争の気配が漂ってきた。小夜の配下の忍び達。林を抜けた外で、ちあめが跳躍しながら、こちらに向かって来る相手をやはり短い剣で一人、二人と突き倒しているのが見える。しかし、他の忍び達は相手の数に押されていた。
小夜は足を止める事無く剣を抜いた。侍女達も剣を抜く。
和政の頭上を飛び越えるように跳躍し、三人の忍びが襲ってくる。和政が一人を飛礫で打ち、続けざまに再び剣を抜いてもう一人を突き落す。残った一人と、朱雀が斬り結ぶ。小夜は気合いを上げると、その一人に横から斬り付けた。斬り倒す。その時には、和政はすでに別の敵と斬り合っている。飛礫が尽きたのか、あるいはもう飛礫では防ぎきれないと思ったのか、渾身の気合いと共に和政は剣を振るっている。
しかし、敵の攻撃に間隙が無くなっていた。敵も木々を縫うようにして移動しながら囲みを整え直している。和政を抜けて来る敵がさらに一人。それはすぐに二人、そして三人になるだろう。小夜と朱雀では、短い時で倒すのは難しい相手だった。他の二人の侍女では、一人で一人を引き受けるのも難しい。
抜けて来た男と、朱雀が再び斬り結ぶ。その間に、和政は三人を斬り倒している。しかし同時に、その和政をかわして小夜に別の男が斬りかかってくる。それを、どうにか剣で受けた。腕が痺れる。
次の斬撃を受け止める、あるいはかわして逆に斬り付けられるか。小夜がそう思った時、視界の端に黒く小さな塊が飛び込んでくる。
ちあめが、まるで人間離れした動きをしながら、小夜に斬りかかろうとしていた男を背後から短刀で貫き通していた。そして何も言わず、元いた方向に飛び跳ねるように戻る。途中で小夜に向かおうとしていた一人をすれ違いざまに斬ると、そのまま鎖鎌を構える別の忍びと互いを守るように背中合わせになる。左近。いつのまにか来ていた。しかしこちらの忍びも、もう何人も倒されている。
攻撃が続く。和政は一人で向かって来る敵の半分は引き受けている。ちあめは乱戦と言ってもいい中、二つの集団を行き来して、小夜を救い、左近を守り、敵を倒して行っている。それでも、防ぎ切れない。もう駆けるだけの余裕もなくなっていた。
さらに斬り結ぶ。横から別の剣が突き出される。転がる事で、どうにかかわした。続け様の斬撃。朱雀も他の侍女も、それぞれが別の相手と戦っている。和政は、手練れとぶつかっているようだった。ちあめも、遠い。
別の人影が、小夜に覆いかぶさるようにその斬撃を受けようとした。勇人。何故ここに、と思う前に、小夜は転がった姿勢のまま咄嗟に全身のばねを使ってその勇人を突き飛ばそうとした。何でだよ、と言う呟きが聞こえる。
うめき声。勇人の動きに一瞬だけ戸惑い、しかし斬撃を繰り出そうとしていた男がぴたりと止まり、倒れる。額に、手裏剣が刺さっていた。あはぁっ、と言う、この闘争の場にそぐわない呑気な笑い声。そして次に小夜の耳に聞こえて来たのは、馬蹄の響きだった。
「南部師行、見参」
凄まじい衝撃が、敵の中に走った。人。馬。槍。いや、雷鳴。闘争の場をそれが駆け抜け、真っ二つに割る。
馬上から師行が槍で小夜の周りにいる敵を突き上げ、宙を舞わせて行く。さらに五人、十人。人ではない、近付けば命を落とす別の何かだとしか思えなかった。
そこから先は、一方的な戦いになった。ほとんど師行一人に押しまくられ、敵は十人ほどの数になって逃げ始めた。和政と切り結んでいた男も、倒されていた。
「お疲れ。怪我は?」
いつのまにか、小夜の横に楓が来ていた。勇人も荒い息をしながら、小夜の横で呆然と師行の戦いぶりを見ている。
「あ、うん。私は大丈夫。他の皆は、どうかな」
和政も朱雀達も、それぞれ浅手を追っていた。左近も手負ったようだ。ちあめは無傷のようだが、全身が返り血で真っ赤に染まり、肩を大きく上下させて荒い息をしている。
「配下が四人、死にました」
左近が呼吸を整えながら報告してくる。
「そう、か。私の軽率さで、済まない事をしたな」
師行がいる事に思い当り、小夜は男言葉に変えた。倒れている敵は、五十は残っている。自分を守るために死んだ人間の事は、ひとまずそれ以上考えない事にした。戦をしていく以上、どうしたって避けられない事だ。
「息がある人達、どうしよ?」
「捕える必要もない。止めを差してやれ」
感情を追い出し、小夜は短く命じた。楓が頷く。
「しかし、何故師行がここに?」
小夜は馬から降りた師行を見やった。この男はかすり傷一つ負っていないようだ。
「楓に、呼ばれましたので」
師行が短く答えた。
「国府の近くで騎馬隊の調練してたからね。強いし速いし援軍には一番いいかな、って」
楓がにこにこ笑いながら言う。
「そうか。では、勇人は?」
自分の名前を呼ばれ、勇人は我に返ったような顔になり、師行から視線を動かした。無理もない、と小夜は思った。自分ですら、師行の槍はほとんど信じられないような物を見る気分だったのだ。強い事は知っていたし、戦場でその動きを見た事もあるが、あれだけの数を相手に戦う様を間近で見たのは初めてだった。
こちらを見ても、勇人はすぐには言葉を発しなかった。ただ、小夜をじっと見て来る。依然と少し目が変わっている、と小夜は思った。
「陸奥守様の、お力になりたく」
慎重に言葉を選ぶように、勇人は言った。
「そうか」
自分が自然と微笑んでいる事に小夜は気付いた。
「先ほど、私への斬撃を身を挺して一瞬止めてくれた。あの一瞬で私の命は救われたと思う。まずはその事への礼を言っておこう」
勇人はその言葉にうつむき、泣き始めた。朱雀や和政はそのやり取りに戸惑ったような顔をしている。楓は笑っていた。小夜には、勇人が何故泣いているのか分かる気がした。自分の元から離れている間に、勇人の心の中で何があったのかは分からない。ただ、勇人は、死んでいたのが生き返ったのだろう。放っておけない、このままでは行けない、と思っていた自分の想いがどこかで通じた気がした。
「臣従を、お許し下さいますか」
勇人が俯いたまま呟くように言った。許す、と小夜は答える。実際には、心の中でもっと別の言葉を交わしていた気がした。
「ようやく、って感じだねえ」
楓が口を挟んでくる。
「面倒を掛けたな、楓。私の心も慮って動いてくれたのだろう」
「あたしゃ大した事は何もしてないよ」
楓が笑って答える。ぞんざいな口の聞き方に和政は目を剥いているが、気にする様子は無いようだった。
「それより、せっかくちょっとは生き直す気になったんだから、たやすく死なないように気を使った方がいいよ」
楓は小夜に近付き、小声でそう言って来た。
「多分、今は小夜のためになるんならいつ死んだっていいと思ってる。このまま放っておくと、本当に簡単に死んじゃう。自分一人で満足しきってね」
そう言われ、小夜は狼狽えた。
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