時の果ての朝~異説太平記~

マット岸田

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4-9 斯波家長(2)

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 十一月の末から十二月の頭に掛けて、新田義貞が鎌倉に向けて進軍しながら、足利の軍勢相手に連戦連勝をしていた。
 ただ、前線で指揮を執っているのは直義と高師泰で、尊氏自身は、鎌倉を動いていない。それどころか、出家すると言い出して鎌倉の浄光明寺にこもっているのだと言う。
 鎌倉を北条時行に譲り渡した時のように、直義が敢えて負けている訳でも無さそうだった。名のある武将が何人も討ち死にし、その中には長く直義の下で忍び達をまとめて来た淵辺義博まで入っている。
 家長は淵辺義博のどこか冷めた顔を思い出していた。窮地に陥った直義の身代わりになるように新田勢に突撃しての討ち死にだったのだと言う。
 鎌倉では直義に命じられて大塔宮を斬ったと言う噂や、逆に直義に逆らって大塔宮を密かに逃がした、と言う噂が流れていた。その噂に対しても何も言う事は無く、ただ黙々と直義から命じられた裏の仕事をこなしていた。本当は、それに疲れ切っていたのかもしれない。最後は武士らしく合戦で死ねたのは、せめてもの救いだろう。
 家長は新田義貞の事を甘く見てはいなかった。何しろ鎌倉を落とし、一度は幕府を滅ぼした男なのだ。武士の声望を集めるための心配りや、朝廷内の権力争いには疎くとも、大軍を率いた戦で直義や師泰が正面から戦うには荷が勝ちすぎる相手だろう。
 このまま尊氏が動かなければ、義貞はまた鎌倉を落とす事になる。錦旗を携えた義貞が鎌倉に入って号令を掛ければ、それに靡く武士の数は膨れ上がるだろう。
 そして陸奥では、陸奥守が征西のために兵を募っている。

「尊氏様、動かれませんね」

 家長もまた軍勢を準備している中、白銀は逐次西の情勢を伝えてきている。

「またいつものご病気ですかね、尊氏様は。あるいは、何かのお考えがあるのでしょうか、あれも」

「半々、と言う所だろうな。自分が出て行けばまだ新田義貞に勝てると言うぎりぎりの所を見極めておられるのは確かだ。そのぎりぎりの所で尊氏殿が出て行って勝てば、それだけ鮮やかに尊氏殿の声望は増す。敗北の淵まで錦旗を恐れて出陣しなかったと言う事で、逆賊の汚名も減じられる」

「残りの半分は?」

「そう言った事を計算する一方で、錦旗を相手に戦い、朝敵になる事を本気で恐れられている。同時に、一族郎党や自分に従う武士達を見捨てられぬと言った思いや、天下万民のためであれば違勅も止む無し、と言った思いが、それとせめぎ合っておられる、と思う」

「大丈夫でしょうか。せめぎ合っていると言う事は、主上を恐れる思いの方が勝つ事もあり得るのでは?」

「あり得るだろうな」

「その時は家長様はどうなされます?」

「さて、この地で陸奥守を相手に武士の意地を見せて討ち死にするか、あるいは再起を期して北か南に落ち延びるか」

「どうか落ち延びる方をお選びください。私も出来得る限り手を尽くしますので」

 冗談とも本気ともつかぬ顔で白銀が言う。

「まあ、実際の所はそれほど心配もしていない。尊氏殿は本気で悩んでおられるだろうが、それでも必ず最後は自分に心を寄せる者達のために戦われると思う。大事な決断をする時、あの御方はいつも自分の感情に任せて決められる。しかしそれがいつも、武士の棟梁として正しい決断になる。生まれついての、武士の棟梁なのだろうな。側にいる直義殿や師直殿等は、苦労しているだろうが」

 倒幕以来の親政は、理想ばかりが先走っていたずらに民を苦しめているだけ、としか家長には見えなかった。朝敵になる事がどれほど苦しくても、尊氏はその事実から目を逸らし続けはしないだろう。

「私には理解出来ない御仁ですね」

「私にも、完全には理解出来てはいないと思う。他者に容易く分かるような人間が天下を取れもしない、とも思う」

「家長様もやはり、他者には容易く分からない人間ですか?」

「そうならなくてはならない、とは思っているな。尊氏殿のように誰にも理解仕切れない人間にはなりたくはないが」

 弟である直義や、腹心である師直もやはり本当には尊氏の事を理解し切れてはいないだろう。そう思うと、寂しさと同時にどこかに危うさも感じる。

「少なくとも、白銀ぐらいには最後まで理解していてもらいたいものだ」

「そうですね、私もそうありたいと願っています」

 父、祖父の代からの家臣は多く付けられていた。皆、家長の事を軽んじている訳ではないし、それぞれに能力もあり、頼りにもしていた、だが本当に苦しい時には、どうしても家長は白銀と語りたくなった。
 今もまた、苦しい時だ。

「さて、西の情勢ばかりに目を向けてもいられないな。どうにかして陸奥守の征西軍を妨げねばならない」

 北の根城に南部師行がいて、南の多賀国府に陸奥守がいる。家長が本拠にした斯波館はちょうどその中間に位置していた。
 尊氏と朝廷の対立が明白になってから、陸奥の武士の勢力はほぼ二分された。陸奥で朝廷側に集まる兵力は、まずは四万と言う所だろう。
 こちらは約三万で、兵力では劣勢だった。ただ、敵の斯波館より北の兵力は、分断されている形になる。こちらが挟撃されている、とも見えるが、陸奥守の第一の目的が征西である以上、多賀国府から主力が北進して斯波館を攻めるような事はしないはずであるし、万が一そうしてくるのならその時点でこちらの目的は果たせたと言える。

「根城の南部師行の動きは?」

「相変わらず、南部家の六千が根城に集まって出陣の構えを見せていますね。他の陸奥北部の武士達はそれぞれの領地に返され、守りに付く様子です」

「南部師行は多賀国府の軍勢が出陣してから追い付くつもりか、それとも先に動くのか」

「南部師行殿の下にも優秀な忍びがいるようで、中々探り切る事が出来ません」

 白銀が少しだけ苛付いたような表情で言う。彼女がこんな顔をするのは珍しかった。
 南部が支配する陸奥糠部はこの国全体を見回しても有数の馬の産地であり、それに支えられた南部騎馬軍団の速さは侮り難い。
 そしてそれ以上に、南部師行と言う存在が家長に与えて来る重圧は大きい。実際にその戦ぶりを見た事は無いが、奥州に入ってからのその戦績を分析すると戦慄すら感じる物があった。今は源平の頃のような一人の猛将で戦局が変わる時代ではないが、それでも南部師行と言う武将にはそんな力があるのではないか、とどうしても思えてしまう。
 荒々しい男で、征西軍の先鋒を巡って伊達行朝と派手な争いを起こした、と言う話も聞こえて来ていた。
 陸奥守とはまた別に、圧倒的な存在感を陸奥の諸将の中で放っているのだ。
 尊氏が新田義貞を破り、そのまま討ち取るかあるいは京を抑えて帝を捕らえれば、もう朝廷も尊氏を征夷大将軍にするしかないはずだ。そうなれば陸奥でもこちらに靡いてくる武士の数は膨大な物になり、趨勢は決する。
 時間はこちらの味方のはずだった。しかし、どう言う呼吸で陸奥守と南部師行が動いてくるのか、読み切れない。
 十一日に尊氏が出陣し、同日に新田義貞と箱根の竹之下で戦い、二日後には大勝して新田勢は総崩れになった、と言う報せが届いて来た。
 戦場に尊氏が出て来ただけで一度新田に付いた武士達が寝返り、ほとんど一方的な戦になったらしい。
 そして尊氏が大軍を率いて京に向けて進軍を始めたと言う続報が届く。
 その報せを受けると同時に家長は兵に出陣を命じた。示し合わせるように、根城の南部師行も、多賀国府の陸奥守も出陣してくる。
 もうこれ以上多賀国府で兵が集まって来るのを待つ情勢ではない、と向こうも判断したようだった。
 道中で集まってくる兵を受け入れながらの進軍になるので、陸奥守の進軍はまだ遅く、対照的に南部師行の進軍は早かった。南部勢は規模が小さく、騎馬の割合も多い。こちらは陸奥守を追いながら、南部師行に追われる形になる。
 家長の行軍も早かった。陸奥守は最後は京まで進まなくてはならないが、こちらは陸奥守に追い付ければそれでいいのだから、兵にも馬にも多少の無理はさせられる。
 大きく構えろ、と進軍しながら何度も家長は自分に言い聞かせた。例え陸奥守と南部師行に挟撃されて大敗したとしても、陸奥守の進軍を遅らせる事さえ出来ればこちらの勝ちなのだ。
 そう自分に言い聞かせなければならないほどに、二人から受ける圧力は大きい。
 南部師行はどこかで家長を追い抜き、陸奥守と合流するつもりなのか。あるいは陸奥守の方が進軍を止め、家長と一戦交えつつ南部師行と合流するのか。
 このままの進軍だと、白河の関の手前で、陸奥守に追い付ける計算だった。白河ではそこに本拠を構える結城宗広がすでに近隣の武士をまとめた遠征軍を準備しているようで、ここを超えさせてしまうと陸奥守の進軍速度は大きく上がる事になるだろう。逆にこちらは白河の関で足止めを受ける事になる。
 前にも後ろにも定期的に物見を出し、彼我の距離を確かめさせた。
 二日で、陸奥守の軍勢が見えた、と言う注進が入った。家長は自ら軍勢の先頭に馬を進めた。数は、やはり三万程か。予想通り白河の関の手前だった。追い付かれる事を予想していたのか、進軍を止め、陣を組んでいる。
 陸奥に入って、初めての合戦になりそうだった。緒戦から何とも厄介な敵に当たる事になった物だ、と家長は苦笑した。
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