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7-7 南部師行(2)

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 数日後、多賀国府に結城宗広と伊達行朝が戻って来ると、陸奥守は主だった者達を集めた。
 主だった者と言っても、評定衆などが全員集められた訳では無く、揃ったのは師行、宗広、行朝だけである。

「さすがの宗広と行朝だ。ほんの短い時で、所領をまとめ直したな」

「元々、一族の中で不満を漏らしていた者共がそれがしのおらぬ内に暴れていただけでございます。身内の不始末でございますよ」

「我が所領でも、同じような物でございましたな。斯波家長も、積極的に煽動や支援をした様子はありませなんだ」

 陸奥守のねぎらいの言葉に、宗広と行朝はそれぞれ答えた。

「そうか。やはり斯波家長の動きは無かったか」

「どこも自然に叛乱が起こっている。そう考えるとそれはそれで頭の痛い問題ではございますが」

 宗広が若干目を細めながら呟く。
 この二人は陸奥守に従う武士達の中では頭一つ分以上抜けている所があった。戦のやり方はどちらも手堅さと果敢さが絶妙に入り混じっているし、師行が苦手としている内政面での手腕も確かな物があるのだろう、と言うのは伝わってくる。
 その二人の所領でも自然に叛乱が起こっているのであれば、最早一つ一つの武家の力ではどうしようもないほどの歪みが陸奥でも生まれている、と言う事だった。

「南部の所領の様子はどうだ?師行」

「政長が抑えております。問題が起きたとは聞いておりませんな」

 実際に叛乱を起こした者は有無を言わさず斬り、それ以外の事は政長に任せる、と言うやり方だけで今の所南部の所領は静かに治まっていた。いずれはそれでも抑え切れなくなる事があるのかもしれないが、その時はその時だった。
 政長も決しておかしな内政はしていないのだ。

「南部の所領の方は、相変わらず政長に任せ切りか。猪武者の兄を持つと、弟は苦労するな」

「貴様が軟弱だから当主がいないと所領がまとめ切れんだけだろう、行朝」

「お主ら顕家様の御前で相変わらず何をしとるか」

 いつも通り突っ掛かって来た行朝を相手に悪態を付き返し、そのまま罵り合いに入ろうとした所、やはりいつもの様に宗広が止めに入った。
 行朝はそれ以上やり合う気は無いのかにやりと笑って口を閉じる。
 顔を合わせれば行朝と罵り合うのは最早感情の問題と言うよりも癖のような物になっていた。それは行朝の方も同じだろう。
 気に食わない男だ、と言うのはずっと変わっていない。

「罵り合うのは後にせよ。集まってもらった本題に入りたい」

 苦笑を収め、顕家が切り出した。

「先の上洛の折、私は父上と共に主上の元に招かれ、主上が思い描かれるこの国のあるべき姿を聞いた」

 それから顕家は、その主上の考え、と言うのをゆっくりと語り始めた。敢えて感情を込めず、自分の考えが声の色に現れないように慎重に語っている、と言うのは師行にも分かった。
 行朝は途中から表情をわずかに引き攣らせ、それからは苦虫を噛み潰したような顔になった。宗広はまるで話の内容が半ば予測の範疇であったかのように、終始重い表情を作り静かに話を聞いている。

「この主上の考えが正しいかどうかは、敢えて論じたくはない。人によって答えの違う事であろうからな。ただこの先、戦の目的が表に見えている物だけでは無くなる。まずそれを三人には分かって欲しかった」

 師行にとっては、主上の考える国の在り様、などと言うのはひとまずどうでもいい話ではあった。ただ、戦の目的が違えば戦のやり方も変わる。そこは重要だ。

「陸奥守様ご自身はどうお考えなのですか?」

 陸奥守の意図を察したのか、すぐに表面上は冷静さを取り戻し行朝が尋ねた。

「未だに迷い、悩んでいる。上洛し、ただ足利尊氏を討つ事だけを目指すか、畏れながら主上に御退位頂き、六の宮に新たな帝になって頂く事を目指すか、あるいはそもそも上洛せぬか」

「それでは、下の者達が困りますぞ。場合によっては我らが帝に弓引く事すらあり得ると言うのに」

「分かっている。しかし容易く決められる事では無いのだ。我ながら不甲斐ない、とは思うが」

「いつかは陸奥守は決められる。それでいいだろう、行朝」

 さらに言い募ろうとした行朝に、師行は言った。

「しかしだな」

「我らがすべきは、それぞれの想定に備えて今為せる事を為す事だけだ。後は陸奥守が決められた時、考えればいい」

 師行の言葉に行朝はしばらく考え込んだ様子を見せた後、頷いた。

「助かる。師行、行朝」

「それで」

 今まで口を噤んでいた宗広が言葉を発した。

「今の話、他に知っている者は?」

「今の所は父上以外には和政と勇人、後は忍びの中で主だった者達だけだ。楠木正家もあるいは知っているかもしれぬが、確かめてはいない。折を見て時家にも伝えようとは思っている」

「では我らは今は何を為せば良いのでしょうか?」

「まずどの道を選んでも動く事が出来るように、国府をいずれここから霊山に移そうと思っている。行朝にはその新国府の普請の指揮を頼みたい」

「霊山に、ですか?城を築かれるのであれば確かにそれがしが適役でしょうが」

 霊山は伊達の領内にある天然の要害だった。同時に結城の所領とも連絡が容易で、守りやすい土地でありながらこちらの兵は展開がしやすい。
 ただ多賀国府から霊山に拠点を移せば、陸奥守の影響力の中心は大きく南へと傾く事になる。

「しかし多賀国府を捨てられるのですか?」

「次の上洛があるとすれば、前回の様に陸奥内の強力な敵を後背に残して行く、と言う事にはならぬ。抑えに大きな兵力を残して行く必要も無く、国府守備の兵力は少なければ少ない方が良い。陸奥の僅かな点を守れれば良いのだ。多賀国府は陸奥全体を治めるには便利な土地だが、籠るには向かぬ」

「なるほど。しかし国府を失えば一時的と言えども足利方の武士が勢い付きそうですが」

「構わぬ。国府を取った、と言う手柄で満足し、それで動かなくなる武士達もいるであろう」

「そこまでお考えであれば、それがしには申す事はございませぬ。陸奥守様が望まれるような城を立てて見せましょう」

「宗広には白河から関東で動く者達に特に気を配っていてもらいたい。特に北条時行に」

「ほう、北条時行に」

「主上が使われている者達が関東で暗躍している節がある。我らが上洛した時、その者達がどう動くか読み切れぬ。いずれ瓜連城は落ちるであろう。そうなれば我らの最前線は白河関になる。厳しい局面もあるだろうが、私の配下の忍び達と協力して関東の情勢の裏を見極めてもらいたい。いずれ上洛とは別に、私自身が関東に出て何かを確かめる事もあるやもしれぬが」

「かしこまりました。それがしも関東の北条残党の動きには何やら気に食わぬものを感じていたのです」

「場合によっては時家を北条時行の下に戻す事までするかもしれぬが、これはまだ決め切れぬ」

「あの者も数奇な運命を辿る物ですな。世が世であれば北条一族として万の兵を率いておってもおかしくない才気の持ち主でありましょうに」

 行朝が呟いたが、時家はあれでいいのだろう、と師行は思った。

「師行、お主には特に言う事は無い。言わずとも分かっているだろう」

 陸奥守がこちらの方を見て笑いながら言った。

「はい」

 師行は短く頷いた。
 国府が南の霊山へと移れば、北に位置している南部の所領は陸奥の中で孤立する可能性が高くなる。叛乱の討伐で国府の支援を受ける事は難しくなるが、そんな事は改めて確かめる必要も無い事だった。
 置かれている状況がどう動こうが、目の前の戦をするのが自分の役目だった。

「宗広、師行、行朝。私の勤王の大義が揺らぎ始めている今、我が一族郎党でも無ければ家臣でもなく、本来はその勤王の大義の元で繋がっているはずのお主達をここまで一方的に信用し、頼っていいのだろうか、と思う事もある。しかし、このまま信じさせてほしい」

「元よりそれがしらは顕家様自身に己の大義を委ねておりますが故」

 宗広が答え、頭を下げた。行朝もそれに倣う。

「お主も頭を下げたらどうだ」

 師行が一人動かないでいると行朝が呆れたようにそう言って来た。何故だ、と思ったが、ひとまず師行も頭を下げておいた。
 陸奥守はその様子にどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
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