お岩でごだいます

いずみ光

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    お岩でごだいます
      
            いずみ光

    
        





 第一話「玉三郎様(たまたぶろうたま)」

        一

 粗末な木綿の着物、袖丈は短く黒襟に前掛けという出で立ちの小柄な女が小股で先を急いでいる。綺麗な銀髪の髷が島田であることから、独り身の老女だとわかる。
「お岩さん、五文のところ四文に負けちゃうぜ」
 魚屋の店先から声が飛んだ。
 お岩と呼ばれた老女は、ふらふらと店先まで寄ると、冷めた焼魚を見て、そのあばた面をしかめる。
「高いね。二枚で七文」
 還暦を過ぎているが、声に張りがある。
「ええっ、駄目駄目」
「じゃ、一枚たん文」
 指を三本立てる。
「かなわねえな、お岩さんには」
 主人は渋々竹の皮に焼魚を一枚包む。
 にこっと笑ったお岩は、前歯が二本ない。そのために「さ」が言い難く「た」と聞こえてしまう。「三文」が「たんもん」、「ございます」が「ごだいます」、浅草が「あたくた」、「ざあざあ降り」が「だあだあ降り」といった按配なのだ。
 以前仕えていたご主人様には、怒っても笑っても不気味だと思われていたらしい。真に失礼な話だと心外である。
「お岩さん、お岩さん」
 豆腐屋の店先から中年の主人が手招きしている。
「はいはい」
「売れ残っちまったんだよ」
 藁納豆を差し出す。
「嫌だ、売れ残りなんか要らないよ」
「誰が売れ残りを売りつけるもんか、見損なっちゃあいけねえよ。持ってけってんだ」
「ただかい? ありがと。だったらそっちもおくれな」
「これは俺の昼のおかずだ」
「ご馳走たま」
 藁納豆を貰って行く。
「お岩さん、はいよ」
 後ろから来た若い棒手振りが売れ残りの野菜をくれた。
「明日は売れ残らないよう気張るんだよ」
「おう」
「残ったらおくれよ、ふふふ」
 小さく独り言を洩らす。

 お岩は小伝馬町から大伝馬町を抜けて堀留町に向かっていた。
 堀留町は文字通り堀割のどん突きに広がる町である。
 男たちの勇ましい掛け声が聞こえる。周辺には米河岸や末広河岸などの船着き場があり、船荷の発着でいつも賑わっているのだ。
 お岩は、その堀留町の堀割に面して佇む口入屋の「蓬莱屋」を訪れた。
「岩でごだいます」
 一年中代わり映えのしない暖簾を割って店内に声を掛けた。
 間口は四間、広い土間の奥が板の間で水屋を背にして帳場がある。
「お岩さん、いいところへ来てくれましたな」
 帳場から、三角おむすびのような、顎のえらの張った男が笑顔を振り向けた。
 五十を少し出たくらいだろうか、この蓬莱屋の主人、利兵衛である。
「利兵衛たん、何かお仕事はごだいますか」
 お岩はここ何年か、この蓬莱屋の口利きで、下女としてあちらこちらの大店や武家屋敷を渡り歩いている。
 すっかり顔馴染みになって、お互いに名を呼び合う仲である。
「ありますとも」
 利兵衛は大きな目玉をくりくりさせると、台帳を手に、帳場から出て来て板の間に膝を折った。
「開業したばかりのお医者様が急ぎのお手伝いを求めておられます。ま、おかけなさい」
 勧められて板の間の端にちょこんと腰かける。
「お医者たまのお仕事など、あたしなどに務まりましょうか」
「なに、お掃除やら包帯の洗濯といった身の回りのお仕事とのことでございます。心配には及びません」
「手間賃はいかほどでごだいましょう」
 お岩ははっきりと訊いた。
 手間賃のことは最初にはっきりさせる、それがお岩の信条である。
 手間賃は高いに越したことはないが、手間賃の高い安いで仕事を選り好みしているわけではない。お金を頂戴する以上、きちんと仕事をしたい、そういう思いが根底にあった。
「三百文と聞いております」
 利兵衛が、「いいでしょう?」と言うように得意げな顔を向ける。
 お岩の顔もひとりでに綻んだ。
 職人の中の稼ぎ頭は大工で一日四、五百文。大方の職人は一日二百文前後が相場なので三百文は確かにいい方だ。
「診療所の名は算仁堂だそうです」
「たん、じん、どう?」
 おかしな名前だこと。
「場所は八丁堀です。お岩さんには馴染みの町ですな」
「はい、自分の家の庭みたいなものでごだいます」
 お岩はかつて北町奉行所の同心に仕える通いの下女だった。
 与力同心長屋のある八丁堀は三年ほど通った勝手知ったる町である。
 ご主人様が西国の大名に仕官して八丁堀に別れを告げてからはや四年の歳月が流れ、お岩の足も自ずと八丁堀から遠のいた。
「八丁堀のどちらでごだいますか?」
「なんでも与力様のお役宅の片隅を借りて建てたそうです」
「ああ」
 お岩はすぐにそういうことかと事情を理解した。
 町奉行所の与力は高二百石、役宅の敷地は三百から五百坪という、長屋住まいの庶民が羨む広さだった。
 三十俵二人扶持の同心でも百坪の役宅が与えられていた。
 与力、同心とも、その広い敷地の一部を人に貸したり、中には敷地の一画に大きな長屋を建てて家賃収入を得る者もいた。それは公儀から認められた副業だった。
 とはいえ、奉行所の役人である以上、誰も彼も見境なく貸すわけにはいかない。素姓の確かな絵師、医者、学者などに貸すことが多く、文化に貢献する一面もあった。
「引き受けてくれますね?」
「よろしくお願い致します」
 お岩は仕事を貰った。
 正直なところ、二の足を踏む気持ちがないわけではなかった。
 いい思い出もたくさんあるが、八丁堀は決して懐かしいばかりの町ではなく、思い出しては腸の煮えくり返ることも数えきれないほどある町でもあった。
 会いたい顔もあれば、二度とお目に掛かりたくない顔もあるのだ。
 しかし、仕事をする上で、そんな自分の感情など持ち込んではならない。だからありがたく引き受けたのである。
「詳しいことはここに書きましたので目を通してください」
 利兵衛は二つに折った書付をお岩に手渡して帳場に戻った。
「んまあ」
 広げた書付に目を通した途端、お岩は口許を尖らせていた。
(紙になんか書かずに、どうして口で言ってくれなかったのでごだいましょう。そうすれば断わることもできたことでごだいましょうに……)
 お岩はさっそく持ち込まないはずの感情を持ち込み、恨めしく書付を睨みつけた。
「どうしましたか? そのように恨めしそうな顔をして……」
 利兵衛がちらりと視線を投げた。
「お岩さんが恨めしいだなんて、ふふふ……」
 利兵衛が帳簿を付けながら独り笑いを洩らした。
「どういう意味でごだいますか……」
 お岩はむっとしながらぶつくさ零した。

 お岩は、八丁堀の与力同心長屋の通りを、ちょこまかと小股で足を急がせていた。
 通りを挟んで役宅が建ち並んでいる。北町奉行所と南町奉行所は何かにつけて角突き合わせることが多いが、この長屋は北町の者と南町の者の役宅が整然と分離されているのではなく混在しているところが面白い。
 向かっているのは、年番方与力大野豊一郎の役宅だった。
 大野は奉行の顔色ばかり窺う小心者で、おっとり気儘な前のご主人様はよくいびられていた。
 役宅の裏に続く細い路地の入口に真新しい立て札が、少し斜めになって立っていた。
 お岩が首をかしげてその細長い板を見ると、「算仁堂 このさき」と、お世辞にも上手とは言えない文字で墨書されていた。
 案外、頭はいいのかも知れない。先達ても、さる旗本の屋敷で働いたが、そこの主人の文字は、とても昌平坂学問所で立派な成績を上げたとは思えぬほど〈下手っぴ〉だった。
「たんじんどう、こういう字を書くのでごだいますか」
 お岩は立て札に従いその路地を進んだ。
 板塀に沿って十間ほど行くと、板塀から竹の垣根に変わった。敷地の一画に小さな枝折り戸があり、まだ木の香の香る小ぢんまりとした建物が見えた。
 枝折り戸を押して中に入り、看板の掛かる入口の土間に足を踏み入れた。
 人気がなく、がらんとしていた。
 中を覗くと、入ってすぐ左手に待合があるが、そこも人っ子一人姿が見えない。
「ごめんくだたいまし」
 奥の診察室に向かって声をかけても返事はない。
 仕方なく庭の方に回ると、男の唸り声が聴こえてきた。
 不審に思いながらそっと覗いて、唖然とした。
 打ち立てられた一間余りもある二本の角材に太い竹が渡されていて、明るい藍染めの作務衣を着た若い男がぶら下がっていたのである。
「う~ん、く、く、く、苦しい」
 唸り声を上げる男の顔面から首筋まで真っ赤だ。
「ごめんくだたいまし」
 お岩は声を張った。
「あっ」
 男は手を滑らせてその場に落ち、尻餅を付いた。
「あいたた、誰だよいきなり大声出して。気持ちが切れてしまったじゃないか」
 男が膨れっ面を向けた。
(どうしてこのあたしが叱られなければならないのでごだいますか。手を離したのはそちら)
 ここで働くのがいくらか嫌になった。
「蓬莱屋たんの口利きで伺いました。岩でごだいます」
「おう、蓬莱屋の。これは失敬、失敬。私は風間並三郎、ここの医者だ」
 男は、尻に着いた泥を叩きながら、立ち上がって名乗った。
「並たぶろうたま?」
「並は人並みの並と書く。鰻に例えれば、松竹梅の梅だな。あははは」
 飾らないこの男のことが少し好きになった。
 よくよく見れば、あくのない清々しい顔立ちをしている。
 前のご主人様は梅三郎だった。松竹梅の梅だ。序でに言えば、お岩の父親は小三郎、大中小の小だ。どうしてあたしの知り合いは、梅や並や小なのだろう。
 ま、それはともかく。
「何をなたっておられたのでごだいますか?」
「なたって?」
 並三郎はお岩に顔を近づけると、
「あ~ん」
 と、大口を開けた。
 つられてお岩も開けた。
 並三郎がお岩の口の中を見て、にたっと、笑った。
 お岩の前歯が二本無いのを確かめ、「なさって」が「なたって」と聞こえるのを得心したようだ。
「これは、ぶら下がり鍛錬だ」
 並三郎が角材を叩いた。
「ぶらたがり?」
「これにぶら下がると、背筋はしゃきっとし、血の巡りも良くなり、飯もうまくなる」
「それは安上がりなことで」
「何か言ったか」
「いえ、こちらのことでごだいます」
「いつから来てくれるのだ」
「先ずはお仕事の内容と条件をお聞かせくだたいまし」
「蓬莱屋から聞いているだろう、雑用全般だ。治療の手伝いは無用。助手は別途人手を求めている。取り敢えず三、四日来て欲しい。手間賃は一日二百文」
「三百文とお聞き致しましたよ」
 お岩は目を円くして訊き返した。
「お前さんは何を見ているんだ、お前さんの目は節穴かい? 患者が一人でも来ていたかい? いやしないだろう」
 並三郎が真顔で力説した。
(呆れた。威張って言わなくてもよろしゅうごだいましょう)
 それに、患者が一人もいないからといって、約束の手間賃を値切るのは筋違いもはなはだしい。
 ここは深入りせず、さっさと退散するのが身の為だ。
「雑用と申しますが、今のところお仕事などないのではごだいませんか」
「仕事はあるさ。呼び込みだ。私と一緒に客の呼び込みをしよう」
「何でごだいますか、それは」
「街角に立って客を呼び込むのだ。客が増えれば実入りが増える、実入りが増えればお前さんの手間賃も増える、そういうわけだ」
 どこにでもこうした楽天的な人間はいるものだ。すぐに頭に浮かんだのが、海で釣りばかりしている小普請組の御家人、確か香山雄三郎という名前だった。
 物事を生真面目に考える者はどうしても体調を崩し、病に取り憑かれてしまいがちだ。それにひきかえ楽天家はくよくよしない。羨ましい限りの気質だ。だからといって、楽天家の気質をまるごと是として見習いたいとは思わない。どういうか、楽天家には侘び寂びが感じられないからだ。
「一つお伺いいたします」
「聞こう」
「路地の入口に立て札が斜めになって立っておりました」
「斜め?」
「たんじんどうと書いてごだいました。ここの診療所の名前でごだいますね?」
「当たり前だ」
「覚えにくくはごだいませんか?」
「そうか? 医は算術でもあり、仁術でもある。だから算仁堂だ」
(そういうことでごだいましたか)
「算術が先なのでごだいますね」
「いや、私の中では仁術が先だ」
 並三郎はきっぱりと言った。
 その目は真剣で、少し見直した。
「だが、仁算堂では言い難い。じいさんどお?と読む不届き者がいそうだ」
(そんな風に読む人は少ないと思います)
「年寄りがやっている診療所かと不安を覚える者もいるかも知れない」
 理屈と膏薬はどこにでも付くというが、お岩は何となく納得した。
 ま、医は仁術と肩肘張らないのは却って信用できるかも知れない。
 その時。
「なんだい、挨拶なしかい」
 きんきんした、聞き憶えのある声がした。
 この算仁堂と母屋のある広い敷地とは竹垣で仕切られていた。
 その竹垣の向こうには野菜畑が広がっており、実った野菜の間から、見たくもない顔が覗いていた。
 ここの大野に永年に亘って雇われている下女のお鉄である。
 いきなりの喧嘩腰の言葉と態度だ。何年経っても変わらないねえ。
 昔からお岩とお鉄は何かにつけて張り合った、犬猿の仲である。
「お鉄じゃないか。まだここにいたのかい、飽きもせず」
 お岩も負けじと言い返した。
「顔馴染みだったのか、奇遇だな」
 老女二人が年甲斐もなくいがみ合っているというのに、よくもまあそんな長閑な台詞が出て来ること。
 その場の空気が読めない並三郎に、お岩は苛立ちを覚えた。
「このお屋敷の庭先に開業したお医者様が下女を募っているって聞いていたけど、お岩、あんただったとはねえ。後できちんと旦那様にご挨拶おしよ。今度、庭先をお借りして働かせていただきますので、どうぞよろしくって。わかったね」
「あんたの、虎の威を借るお鉄の指図は受けません」
「そりゃどういう意味だい」
「知らだぁ言って聞かせようか」
「芝居かぶれが。一昨日来やがれ、ふん」
 お鉄は捨て台詞を残して引っ込んだ。
 お岩はぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、手荒く揺すられた野菜の向こうを睨みつけた。
 前のご主人様に仕えていた頃も、お鉄はお岩に対していつも居丈高な物言いをしていた。まるで与力の下女は同心の下女より偉いと言わんばかりに、上役に仕えているのをいつも鼻にかける嫌な女だった。
 下女は下女ではないか。
 それが虎の威を借る――の意味合いである。
「お前がお岩で、向こうはお鉄か。岩より強そうだな、あははは」
 相変わらず空気の読めない並三郎である。
「先生、先生、先生」
 悲鳴のような女の声がした。
 繰り返し呼ぶ、そのただならぬ声に、並三郎が真顔で駆け出した。
「どうした」
 お岩も後を追った。
 女は幼子を抱いていた。
 お岩は並三郎の脇から覗き込んだ。
 幼子は顔を真っ赤して、ぜいぜいと苦しげに肩で息を吐いている。
「気道が詰まっているんだ。お岩、すぐに湯を沸かせ。いつも言っているだろう、こんな時は湯だと」
 並三郎は幼子を抱きかかえると急ぎ足で診察室に向かった。
(いつもって、あたくし、今日初めてここに来たのでごだいますよ)
「お岩!」
 並三郎の大声が響いた。
「人使いが荒いこと」
 お岩は台所を探すと、竃に火を熾した。
 理不尽な物言いをされたが、決して不愉快ではなかった。
 並三郎は子供の命を助けようと、懸命に胸の湿布を繰り返した。
 その熱血ぶりに胸の中が温かくなるお岩だった。
 結局、算仁堂には三日間だけ通った。

        二

 算仁堂の並三郎からはずっと働いてくれないかと誘われた。
 だが、用事があるからと断わった。
 用事があるというのは嘘でも方便でもなかった。
 この日、お岩は楽しみにしていた芝居を見に行くことになっていたのである。
 お岩の家は神田相生町にある古い一軒家である。
 前のご主人様が江戸を離れる時に、お岩が安心して暮らせるようにと、みつけて買ってくれた家だった。
 北町同心であり、江戸庶民にも親しまれていたご主人様がみつけてくれた家で、北側は武家地、東には松枝町を挟んで藤堂和泉守の屋敷がある静かな町である。
 この町の住人は皆善い人ばかり、何かある時は相身互い、助け合いながら楽しく暮らしている。
 この日も、ご近所のかみさんに一声かけて出かけた。鍵など掛ける者は誰もいないのだから。
 お岩が向かったのは猿若町の河原崎座で、女形でいま江戸一番の人気歌舞伎役者、板東玉三郎がお目当てである。
 江戸には公儀公認の芝居小屋があった。中村座、市村座、守田座の三つで、江戸三座と呼ばれた。初めは四座だったが、正徳四年 (一七一四) の絵島生島事件によって山村座が廃絶され、三座となった。
 これらの劇場が興行的に経営難となった時に興行の代行を許されたのが控櫓で、河原崎座は守田座の控櫓である。
 この日のために、馴染みの古着屋で、香染の古着のいいのを借りた。
 香染は丁子色と呼ばれる白味がかった明るい茶色である。
 目を付けていた華やかな梅鼠の着物は誰かに先を越されて借りられていた。みつけた時に借りればよかったが、それでは一日いくらの借り賃がかかってしまう。着もせず飾っておくほど懐の余裕はなく、断念したのだった。
 幕間に食べるお弁当にも頭を悩ませた。幕の内弁当を買おうか止そうかと、さんざ迷った挙句に、自分で握ったおにぎりを二つ、竹の皮に包んで持参した。
 着物だってお弁当だって何事も懐と相談しなければならない。だからといって侘しいわけではない。愉しめればいいのだ。
 開演まで半刻も前だというのに芝居小屋の前はすでに大変な人集りである。
 さすがは大人気の玉三郎様、さもあらんと、お岩はにんまりした。
(もしや、愛しのたまたぶろうたまが顔でも出したのだろうか)
 勝手な想像と期待を膨らませると、足も、胸の鼓動も速くなる。
 しかし、何やら様子がおかしい。
 木戸口の前で人が揉み合っているように見える。時折、がなり声も響く。
 お岩は人波を掻き分け、何度も弾き飛ばされそうになりながら、ようやっと、木戸口の近くまで泳ぎ着いた。
(んまあ、あらあら、あらま……)
 小屋の者が声をからして伝えていたのは、玉三郎病気休演だった。
「ご病気なのでごだいますか、たまたぶろうたまが」
 お岩の胸は張り裂けそうだった。
 この日だけはと、仕事を入れずに楽しみにしてきたものを……。
 払い戻しを求める客で長蛇の列が出来ている。
 玉三郎の芝居を観るためなら、前売り札を手に入れるためならば、並ぶのも苦にはならない。だが、玉三郎に会えないとわかった今、長い時間、行列をする気力はなかった。払い戻してもらわなくてもいい、それくらいの気持ちだ。
 もちろん、払い戻しはしてもらいますけど、後にします。
 しょげ返って河原崎座を引き上げたお岩は、浅草寺まで歩き、境内の紅葉を眺めながらおにぎりを食べた。 
 ふと、見覚えのある梅鼠の着物が目に入った。
(あれは、虎の威を借るお鉄じゃないか)
 梅鼠の借り主はお鉄だったのか。お鉄が手にしているのは美味しげな幕の内弁当の折詰。奮発したもんだ。
 でも、お芝居の幕間に食べてこそ幕の内弁当の味は一段と美味しいのでごだいます。お芝居も見られず、お寺の境内で食べる幕の内弁当なんて、うふふふ。
 悔しさ紛れにちょっぴり意地悪を心の中で唱え、溜飲を下げた。
 おにぎりは少し冷めたくらいが美味しい。二つ目のおにぎりを半分ほど食べた時、手の甲に、ぽつんと、大きな雨粒が落ちた。
 二つ目、三つ目の雨粒が落ちると、それからは早く、いきなり土砂降りになった。

 降りしきる雨の中、お岩はずぶ濡れになって、神田相生町の家に辿り着いた。
 芝居は休演、帰りは土砂降り、泣きっ面に蜂とはこのことだ。
 お岩を見かけた近所のかみさんが台所の小窓から「大丈夫かい?」と声を掛けてくれた。
「お世話になりました」
 お岩も御礼を返すと、家の入口の戸を引いて土間に体を擦り込ませた。
 駆け込もうがゆっくり入ろうが、濡れ方は大同小異だが、大方の者は飛び込むものだ。
 日没前というのに、空は黒い雨雲に覆われ、家の中はすでに夜のような暗さで足許もよく見えない有様である。
 雨露を払っていると、土間の翳りの中にぼんやりと何かが浮かんで見えた。目を凝らすと、それは見慣れぬ男物の草履だとわかった。
(泥棒……!)
 よく見ると、その草履はきちんと脱ぎ揃えられている。
 腰を屈めて見てみると、鼻緒もそこらの下駄屋の物とは異なり、上物の作りである。
 泥棒にしては、きちんとしている。
(油断は禁物……) 
 今の時代、昔と違って盗人だって手が込んでいる。
 たとえば成り済まし泥棒。堅気の衆に成り済ます泥棒。用意周到というか、何を訊かれてもぬかりなく答え、相手を信用させてしまうとか。
 説教泥棒なんてのもいるらしい。他人の家に勝手に上がり込んで盗もうとしたくせに、やれ無用心だの、分不相応の暮らしだのと、住人にあれこれと説教を垂れるというのだ。
(ゆめゆめ、油断してはならない)
 お岩は、そっと板の間に上がると、立てかけてあった箒を引き寄せ、握り締めた。
 上がってすぐが四畳間、その左手が土間の台所、右手奥に六畳の居間という間取りだ。
 足音を忍ばせ、障子の陰から薄暗い六畳の居間を覗き見た。
 一瞬、ぽかんとした。
 夕闇に包まれるようにして、右手で頬杖を突き、ごろんと横になっている男の背中が目に映った。撫で肩で男にしては細身だが、お尻の丸みが色っぽく、お岩の好みのど真ん中に突き刺さった。いつか見たお釈迦様の絵を思い浮かべた。確か涅槃像と教わった。
「そこにいるのは、だ、誰でごだいますか」
 怖々、だが、必死で声を上げた。
「この家のご主人様かえ」
 澄んだ若い男の声が返ってきた。
 反射的に箒を構え直したお岩だったが、途端に、体が萎えたように力が抜けた。
 恋が稲妻のようにお岩の体を突き抜けた。
 いっぺんにその男の声に心を掴まれてしまったのである。
 若い頃から、何に惹かれるって、お岩は先ずは声なのだ。
 好みの声に触れると、その声が心地よい波となって体の中に染み込み、一瞬でとろけるような感覚に包まれてしまうのである。
 昔、ある戯作者にそんな話をしたら、平安の昔から、声に惚れる恋こそが最も艶のある恋なのだと言われ、感心された。
 その戯作者の言葉を今も堅く信じている。
 ゆっくりと身を起こした男は頬被りをしていて、半身のまま、小さく会釈を返した。
 夕闇に目が馴れてくると、男が三筋格子の花紺青の着物だとわかった。
「喧嘩して顔が腫れているから」
 男は頬被りした顔をさらに隠すように手を頬に当てた。
「誰かに追われているのでごだいますか?」
 油断なく箒を構えたまま、恐る恐る訊く。
「暫くの間、匿ってもらえないだろうか」
 力のない声が返った。
「…………!?」
 お岩は、そろっと、男の横顔を覗き込んだ。
 どこか聞き覚えのある声だったからだ。
 凛々しい横顔、伏し目がちの瞳、長い睫毛、そして、頬被りで隠そうとしても隠しきれない美しい頬の曲線――
 あまりの美しさに息を呑んだ。
(もしかして、たまたぶろうたま……?)
 今一度、男の横顔を覗き見て、確信を深めた。
(間違いごだいません!)
 白粉を落として素顔なので、一見して玉三郎だとわかる者は少ないかも知れない。
 だが、お岩は、誰にも引けを取らぬ玉三郎の熱烈なご贔屓なのだ。千に一つ、万に一つも見間違うはずはないのである。
 黙っていると屋根を叩く雨音が高くなる。
「雨が止んだら、帰ってくだたいまし」
 お岩はゆっくりと箒を下ろした。
 そう言うしかないではないか、と思いつつ、ちらりと後悔も過る。
 お岩の思った通り、正真正銘、目の前の男が玉三郎であるならば、二日でも三日でも、いえ、一月だろうと匿うことに吝かではない。いつまでだってこの家に居て欲しい、それが本心である。
 だが、お岩はこう見えて、いや、見ての通り、身持ちの堅い女なのだ。まして独り身である。女の一人暮らしの家に、行きずりの男を引き入れるような真似は、これまでただの一度だってしたことはないのだ。
「ありがとう」
 弱々しい声が返ると、お岩の胸は、きゅんと、痛み、耳許から雨音はもとより一切の音が消えた。
 音のない世界に、手荒く開く戸の音が割って入った。
 びくんと体が震え、我に返った。
「ひでえ降りだぜ」
 男らしいあの声は遊び人の金次だ。
 ふらりと現れては勝手に家に上がり込む男で、お岩は金さんと呼んでいる。
(選りに寄ってこんな時に……)
 お岩は慌てて入口を振り向いた。
 土間で、長身で肩幅の広い若々しい着流しの男が、雨露を払っていた。
「よっ。何でえお岩、箒なんか持って」
「お掃除をしていたのに決まっております」
 お岩はそこらに箒を立てかけた。
「こんな雨の日にかい?」
「埃が立たなくていいのでごだいます」
「ふうん。ご覧の有様だ、ちょいと、上がらしてもらうぜ」
 金次は、絞って雨水を切った着物の裾を鯔背に絡げた。
「駄目でごだいます」
 お岩は両手を突き出し、押し止めた。
「どうしてだよ」
「どうしてでもです」
「冷たいこと言いっこなし」
 板の間に上がろうとする金次を、お岩は尚も押し止めた。
 何としてでも金次を上げてはならない。
「誰かいるのかい」
「誰もおりません」
「いるはずはねえやな」
 金次の言葉にお岩は傷つく。
「誰もいねえんじゃ、構わねえだろ」
「誰もいないから駄目なのでごだいます」
「わからねえな」
「金たんの栄えある前途に、つらい傷痕を残したくないのでごだいます」
「余計わからねえな。そりゃ、どういうことだい」
「雨のそぼ降る夕暮れの一軒家。行灯も灯らぬ部屋」
「油を切らしていたのかい」
(あぶ、ら……であるわけがごだいませんでしょう)
「狭い部屋に男と女が二人きり。何が起こるかわかりません」
「何も起きやしねえよ」
「いいえ、わかりませんよ、男と女の間柄は」
「金次とお岩だぜ、あははは」
「傘がないわけじゃないけれど、帰したくない、そんな気持ちにならないとも限りませんし」
「小降りになったら、すうっと帰るよ、すうっと」
 身振り手振りよろしくそう言った金次が土間に目を落とした。
(まずい)
 土間に置いたままの男物の草履に気づかれた。
 だが、ここはあくまでも素知らぬふりを通すしかない。
「わかったよ、ここでいいよ、ここで」
 金次は背を向け、板の間の端に腰を下ろした。
 お岩も膝を折った。
 こうして、居間にいる玉三郎と思しき男の波除け堤になるのだ。
「どうだった、芝居は。行くって言ってたろ。進次郎だったか新九郎だったか、二枚目を観に行くって」
「たまたぶろうたまでごだいます」
「たまたぶろう、たま?」
「たまたぶろうではごだいません、たまたぶろうでごだいます」
「同じにしか聞こえねえが、ま、いいや。評判通りのいい男だったかい?」
「それが……」
 お岩は、袂の端を噛みながら今日の出来事を話して聞かせた。
「そうだったのかい、役者が急な病で芝居は休演、浅草寺でにぎり飯を食べて帰ったのかい。そいつは気の毒だったな」
 お岩は、休演と知った時の気持ちの落ち込みを思い出した。
「病気、ね……」
 奥で聞いていた男が小さく呟いて苦笑したとは、お岩も金さんも気づくはずもなかった。
「おっ」
 金さんが大きく首を傾け、て格子戸の隙間から表を見た。
「捨てる神あれば拾う神ありってね」
 金次は格子戸を開けると、「お駒」と女の名を呼んだ。
 腰を浮かして表を見ると、傘を差し裾を絡げた芸者が振り向いた。
「お岩、邪魔したな」
 金次は肩をすぼめて表に飛び出すと、水溜りを撥ね上げながら、その女の傘の中に飛び込んだ。女から傘を取って差しかけ、一方の手を馴れ馴れしく女の肩に回した。
(ふん、誰が捨てる神でごだいますか……)
 お岩は土間に降りると塩を撒く仕草をして、心張り棒をかった。
 向き直ると、いつの間にか頬被りの男が板の間に突っ立っていた。
「金たんならご心配には及びませんよ。ああやって、いつもふらふらしてますけど、悪い男ではごだいませんから」
 男は誰かに追われていると言っていたから、遊び人風情の金次が人に報せやしないかと心配しているかも知れない、そう思って、安心させようとした。
 男はそのまま土間に降り立った。
「お世話になりました」
 男は居住まいを正して深々と一礼した。心張り棒を外してお岩に手渡し、今一度申し訳なさそうに黙礼を送ると、雨の中に飛び出して行った。
 傘を貸してやりたいが、貸せる傘はない。お岩に限らず、大方の者は傘は一本しか持っておらず、よほど傷むまで使い続けるからだ。
 お岩は心張り棒を手にしたまま、雨の中を駆けて行く男の後ろ姿を見送った。
 すでにとっぷりと日が暮れ、男の姿は雨と夕闇に溶けてすぐに見えなくなった。
 結局、男は名乗りもしないまま、いなくなった。
 今にして思えば、勝手に人の家に上がり込んで、ごろんと横になっているなんて、図々しい振る舞いにも程があるというものだ。
 浮世離れした人気役者なればこそか。
 お岩は怒る気にもなれず、ふっと、苦笑いを洩らした。
 不意に、短い夢から醒めたような錯覚に陥った。
(今の人は、本当にたまたぶろうたまだったのかしら……)
 
 卓袱台の脇で火皿に火が灯っている。
 薄暗い部屋で、お岩が遅い夕餉の粥を啜っている。
 この家を買う時、前のご主人様が値段の高い行灯も一緒に買ってくれたのだが、もったいないのと、油を節約するために普段は火皿を使うようにしている。
 ふと、箸を止めた。
 雨音に混じって何か聴こえた気がしたからだ。
 耳を澄ますと、それは入口の戸を叩く音だった。
 お岩はそろっと腰を上げると、入口の板の間まで出て行く。
 闇を透かし見ると、格子戸の隙間に黒い人影がある。
「どなたでごだいますか」
 お岩は恐る恐る訊いた。
「私です」
 雨音にかき消されるようなか弱い声が返った。
「たまたぶろ……」
 お岩は口の中で呟くと、下駄を突っ掛けた。心張り棒を外して格子戸を開けた。
「お入りなたさいまし」
「いいのかい?」
 濡れ鼠の男が気弱な声で訊いた。
 男の顔を見て、一瞬、眉をひそめた。
(いったい何があったのだろう……)
 出て行った時より打ちひしがれた男の表情が、お岩の胸に痛みとなって突き刺さった。
 その哀しげな目が、後足で砂をかけるようにして出て行ったことを詫びていた。
「さっき、こう申したでごだいましょう? 雨が止んだら帰ってくだたいまし、と。雨、まだ、だあだあ降りでごだいます」
 お岩に優しく言われて、男はほっと安堵した表情を浮かべた。
「た、どうぞ」
 男は土間に入ると頬被りを取り、居住まいを正した。
 この土間の暗がりの中でも、端正な顔立ちだとわかり、お岩は息を呑んだ。
「秀次といいます」
 男が初めて名乗った。
 それが本当の名前ではないとわかっても、こう言った。 
「秀次たん……? それじゃ、秀たんでごだいますね?」
 秀次は小さく笑って頷き返した。
「寒いですから、とにかく中に……」
「はい……」
 秀次はすぐに上がろうとはせず、頬被りをしていた布を絞り、体を拭い始めた。
 たっぷりと雨水を吸った着物がべっとりと体に張り付き、袖や裾から雨の雫が滴り落ちていた。
「手拭いを持って参ります」
 お岩は台所に行って、干していた手拭いを持ってくる。
 昼間使った物でまだ生乾きだが、秀次の布よりましである。
「どうもありがとう」
 秀次は渡された手拭いで体全体を拭った。
「た、どうぞ」
 お岩は秀次を居間に通した。
「晩御飯だったんだね」
 秀次は卓袱台に広げられた器や皿を見て、申し訳なさそうな顔をした。
「もう済みましたから。ちょっとお待ちくだたい」
 お岩は、隣の四畳間に行って、押入から冬物のどてらを引っ張り出した。日に干してないので黴臭いが風邪を引くよりましだ。
「着物を乾かしますから、脱いで、これを羽織ってくだたいまし」
 どてらを秀次に渡した。
 秀次が着替える間に食事の器を片付け、竃に火を熾し、赤くなった炭を長火鉢に移した。
 土間の七輪にも火を移して、秀次の濡れた着物を吊って乾かした。
 屋根を叩く雨音が大きくなった。雨脚が烈しくなったようだ。
 今晩は秀次を泊めることになる。
 お岩はいつも寝所に使っている四畳間、秀次には居間で寝んでもらうことにした。
 部屋は二つあっても蒲団は二組もない。仕方がないので、お岩と秀次で分け合って寝るしかない。紅葉の時季だが凍えるほどの寒さではないのが幸いだ。
 それでも、一日中降り続いているので、夜になってかなり冷え込んできた。
 秀次、いや、玉三郎と一つ屋根の下で迎える夜――はたして眠ることができるだろうか。

        三

 ぐっすりと眠った。
 耳許に屋根を打つ雨音が優しく忍び込んだ。
 目覚めて真っ先にお岩が感じたのは「今日も快調」だった。
 夜具の中で大きく伸びをした途端、はたと、思い至った。
 隣室に秀次が寝ていたのだと。
 お岩は跳ね起きた。
(一つ屋根の下で、愛しのたまたぶろうたまと一夜を過ごしたというのに、熟睡してしまったこのあたくし。あたしの体にはもう女の炎が消えてしまったのでごだいましょうか)
 お岩は思わず夜具に顔を埋めた。
 江戸中の女たちの憧れが止まない人物の存在を忘れて熟睡した己が情けなく恥ずかしかった。
 夜具に顔を埋めたまま耳を澄ませば、夜来の雨は小降りになったとはいえ、まだ降り続いている。
 この雨はお岩にとっては恵みの雨だ。
 秀次には、雨が上がったら帰ってくれ、と言った。言い換えれば、雨が上がらなければずっと居ていいと言ってあるのだ。
 気持ちを奮い立たせて、夜具から出た。
 先ずは土間の台所に行って火を熾して家の中を温めねば。愛しの玉三郎様、いえ、秀次に風邪など引かせるわけにはいかない。
 朝餉の仕度が整うと、居間を覗いた。秀次は夜具を片付け、どてらを羽織り、きちんと正座をしていた。
「おはようございます」
 秀次の方から挨拶をした。
「おはようごだいます。秀たん、よく眠れましたか」
「うん、お蔭様で。お岩さんは?」
「あまり……」
 小声で俯いた。
(嘘ばっかり)
「悪かったね、きっと私のせいです」
(もったいない)
「すぐに朝餉の仕度を致します」
 お岩はいそいそと台所に戻った。
 熱いお粥と味噌汁、香の物の朝餉を、秀次と差し向かいで食べた。
 殆ど口を利かなかったが、一人で食べるより二人の方が美味しい。
 一人で見るより二人の方があの空も綺麗に見えるのだろう、なんて思うお岩である。
 朝餉を、いや、食卓を誰かと一緒に囲むのは、いつ以来だろうか。
 思い出した。
 前のご主人様がぞっこんだった娘さんを招いてもてなして以来だ。
 その娘さんは、お仕えするお殿様の警固をするため、いつもは武芸者の格好をしていた。
 ところが、あの晩は髪を結い直し、年頃の娘らしい艶やかな装いで現れたのだ。あまりの美しさに息を呑んだものだ。あの時、あの娘さんが身分を隔てることなく一緒に食べようとお岩を誘ってくれた。
 忘れられない思い出だ。
 お岩の取り持ちの甲斐あって、あの娘さんの気持ちはご主人様に傾いたのに、ご主人様ときたら、逃がしておしまいになったのだ。大魚を逸す。実に情けない話でごだいます。
 あの時以来の楽しい朝餉でごだいました。
 そんなこんなをほろ苦く思い出しながら、お岩は風呂敷包みを背負い、顎の下で結ぶ。
「この雨の中を浅草まで行かなくてはならないのかい?」
 秀次が入口まで見送りに出て、すまなそうな顔を向けた。
 風呂敷包みの中身は、昨日芝居を観に行くのに借りた着物だった。それを浅草田原町の古着屋に返しに行くのだ。
「延滞すると追加の料金を取られますので。これを返して、秀たんの着替えの着物を借りて参ります」
「ありがとう」
 礼を言われて、お岩の顔は綻んでいた。
 秀次の柔らかな声を聞けたらもうそれで充分。これくらいの雨降り、物の数ではごだいませんとも。
「行って参ります」
 お岩はいそいそと土間に降り立った。番傘を差して表に出るなり、ばらばらと傘を叩く雨音が頭の上で軽やかに鳴った。
 それは祭りの鉦や太鼓、喝采の拍手にさえ聴こえ、心を浮き立たせた。
 秀次との朝餉を思い出しながら歩いていると、脈絡もなく、死の淵から生還した人から聞いた不思議な話を思い出した。
 その人によると、人の魂は、息を引き取った直後に体から抜けて、上の方に飛んで行くらしい。
 天井の辺りから、死んだ自分の亡骸が夜具に横たわるのが見えた。その両脇で、妻子や親戚縁者の者が嗚咽しながら自分の名前を呼んでいた。息を吹き返してから、その光景を話したが、誰も信じようとしない。そこで、誰が亡骸のどちら側に、どんな順番で居たか、見たままを話すと、皆、気味悪そうな顔をしながらも漸く信じた。
 そんな経験をした人と同じように、お岩もまた、秀次と差し向かいで身を堅くして朝餉を食べている自分の姿を、まるで天井の上から眺めているかのように思い描くことができ、独り、頬を赤らめるのだった。

「おや、お岩さん。この雨の中をわざわざ」
 お岩が傘を畳み、雨の雫を切って店の端っこに立てかけると、在庫の整理をしていた古着屋の主人が愛想のいい顔を向けた。
「お返しに上がりました」
「さ、どうぞこちらへ」
 勧められて板の間の端に腰掛けると、風呂敷包みを解いて広げた。
「生憎でしたな、お芝居が休演だったそうじゃありませんか」
 主人は綺麗に畳んだ香染の着物を手にして立ち上がった。
「お岩さんはいつも丁寧に使ってくださるから安心だ」
 着物の肩口の辺りを掴んで、まるで埃でも払うように叩いて伸ばすと、最前の言葉とは裏腹に、目を皿のようにして着物の表裏を検めた。
(破れも釘裂きもごだいませんて。相変わらず心配性でごだいますこと……)
 頭の中で、ごつんと、主人の頭に拳固を一つ見舞っていた。
 検め終わると、主人は打って変わって愛想のいい顔に戻り、
「確かにお返しいただきました、ありがとうございました。また、よろしくお願い申し上げます」
 と、その着物を畳んで棚に戻した。
「こちらこそ。そうでごだいました。男物を見せてくだたいまし」
 お岩は風呂敷を畳む手を止めて言った。
「男物を? はいはい」
 主人はちらと怪訝な目の色を浮かべて、棚から三枚の着物を取り出した。
 どれも地味な柄と色合いである。
 主人は男物と聞いて、お岩と同じ年格好の男が着るものと極め付けたらしい。
「あら嫌だ。二十四、五の若い男のを見せてくだたいまし」
「二十四、五?」 
 主人はあからさまに不審げな目をした。
「遠い親戚の者に用意するのでごだいます」
 お岩はさらりと言い繕った。
「それは失礼致しました」
 主人は別の物を取り出して並べたが、一目見て、秀次には似合いそうもない物ばかりだ。
「お気に召しませんか」
 主人はさらに三枚取り出した。
「この店にあるわけないか」「こんなところで手を打つか」などという遠慮のないお岩の呟きを、嫌な顔をして主人が聞いている。
 お岩は柳染に微塵格子の物を選ぶと、物差しを借りて計り始めた。
 身の丈は大丈夫。袖の長さも、丁度いい。昨夜、秀次を立たせて計ったから間違いない。
(でも、あの一言は迂闊でごだいました……)
 いま思い出しても胸の辺りがひんやりとする。
 秀次の身の丈を計りながら、こう口を滑らせてしまったのだ。
「案外、小柄なのでごだいますねえ」
 秀次が実は玉三郎だと気づいている――そう白状したような迂闊な一言だった。
 しまった、とは思ったが、色には出さず計り続けた。
 その時の秀次がどんな表情をしていたのか、それはわからない。
 いつか観た玉三郎の鷺娘を思い出した。哀しげな鷺が雪の原にいるかのように見えた。五尺足らずの身の丈なのに、舞台に立つと華麗にして優雅、あれが芸の力なのだろう。
 柳染の着物を借りることに決めた。
 初見では悪し様に言ったけど、案外、この着物は秀次に似合いそうだ。着物を変えれば、秀次を追っている男たちの目を眩ませることにも役立つかも知れない。一石二鳥とはこのことだ。
「お貸しするのは一日でよろしゅうございますか」
 主人に訊かれて、お岩は少し考えた。
 いま秀次が着ている着物が乾くまでとすれば、雨降りが続いて乾きにくいこともあり、二日は借りた方がいいかも知れない。
 お岩は二日分の借り賃百二十文を支払ってその着物を借りた。
 帰りがけ、広げようとした傘に、前も見ずに駆け込んで来た者の傘がぶつかった。
「気をつけないか」
 いきなり喧嘩腰の口を利いた声の主はお鉄だった。
「何だお岩じゃないか」
 お鉄は謝りもせず、お岩が背負った風呂敷包みを一瞥した。
「おや、雨の日は割引にでもなるのかい?」
 お鉄が悔しげな顔で嫌味を言った。
「返しに来たのかい、梅鼠のを」
 間髪を容れず、お岩も言い返した。
「何だって」
 お鉄が睨んだ。
「雨に降られて食べる幕の内弁当は美味しゅうごだいましたか」
 お岩にちくりと言われて、お鉄がさらに目を吊り上げた。
「ちくしょう、見てたのか」
「左様でごだいます」
「ということは、お前だって雨に降られた口じゃないか」
「はい。ですので昨日のはお返して、新しいのをまた借りました」
 お岩は抱えた風呂敷包みを軽く叩いて、こほんと空咳をした。
 お鉄の嫌味など柳に風と受け流せるこの圧倒的な余裕、そして優越感。
(うちにはね、たまたぶろうたまが……うふふ……)
 喉まで出掛かるのを必死で堪える。
 言えなくて苦しい、笑みがこぼれてこぼれて……。
「お鉄、お先に」
 背中に突き刺さるお鉄の悔しげな視線など痛くも痒くもごだいません。
 店先で悠然と傘を広げて雨空を振り仰いだ。
 雨が柔らかい――雨もまたよし。

 お岩は借りた着物を秀次に届けると、蓬莱屋を訪ねた。
 新しい仕事の口をみつけるためである。
「算仁堂の風間様からのご依頼を断わったんだって?」
 帳場にいる利兵衛がちくりと棘を含ませた。
「手間賃のことだったら、初めの約束通り三百文にさせますよ」
「たん百文が二百文では、利兵衛たんの手数料が減ってお困りでごだいましょう」
「あたしの懐勘定はしなくていいんです」
「すみません」
「ま、首から引き札ぶら下げて往来で客を呼び込むお仕事など、気が進まないのは無理もありませんが」
 お岩は並三郎の底抜けの楽天ぶりと、患者に向き合う熱血ぶりを思い出した。
「並たぶろう先生は、いったいどういう御方なのでごだいましょう」
「この間色々と話をお聞き致しました。半刻もそこに腰を据えておられましてな」
 よほど暇なのだろうが、半刻も居られては、利兵衛がうんざりする様子が目に浮かぶ。
 風間並三郎の素姓のあらましは次の通りだった。
 風間家は代々下級武士の家柄で、四代前の曾祖父が医業を開いた。並三郎はその三代続く医者の惣領として生まれた。だが、頑固一徹の父親と折り合いが悪く、医者を継がずに家を飛び出し、あちらこちら放浪の旅を続けて江戸に舞い戻った。
 何がきっかけだったのか、並三郎は医者として江戸に戻ってきた。
 医術は長崎で学んだという。
「ながたきで? 本当でごだいますか?」
「ご本人がそう仰るのだから本当なのでしょう」
 長崎帰りならば、医術の腕はいいのかも知れない。
「利兵衛たん」
「はい」
「昼間だけとか、一日おきで働けるお仕事はごだいませんか?」
 お岩は話題を変えて仕事の相談をした。
 そういう余裕のある仕事がみつかれば、秀次の身の回りの世話もできるし、秀次と一緒の時間も増える――そんな都合のいいことを思い描いていた。
「藤堂たまのお屋敷で働き口はごだいませんか?」
「藤堂様だって?」
 利兵衛が、じろりと、お岩の心の底を見透かすような視線を投げた。
 藤堂家の屋敷は、お岩の家と目と鼻の先にあると、利兵衛は知っている。
「すぐに働けるのはこの仕事だけですな」
 淡々と台帳を繰っていた利兵衛が、さる大店の下女の口を提示した。
 遠いし、働く時間は長いし、手間賃もいいとは言えない仕事だった。
「自分に都合のいい仕事なんてごだいませんよね……」
 お岩は誰に言うともなく呟いた。
 それは、いつか誰かから言われた言葉で、いつも自分に言い聞かせている戒めの言葉である。
 忘れていたわけではないが、秀次のことが頭にあったものだから、つい甘えが出た。
 心の中で言い訳と反省をして、提示された仕事を貰うことにした。
 そこへ、人相の悪い地廻り風の男が、見得を切るようにして入ってきた。
 目が濁っていて、その奥に冷たいものが澱んでいる。
 一目見て嫌な男だと思った。
「これをどこかに貼ってもらいてえんだ」
 男が懐から折り畳んだ紙を取り出して広げた。
(あらま)
 それを見たお岩は思わず声に出しそうになった。
 紙には三筋格子の着物が描かれ、色は花紺青だと書き添えられていた。
 秀次が着ていたものと同じ柄と色合いである。
「この柄の着物を着た男を見たら、真っ先にこの俺に報せてくんな。俺は花川戸の梵天一家の者だ。礼はたっぷり弾む」
「誰なのですか、お捜しの人は」
 利兵衛が訊いた。
「素姓は訊かねえでくれ。悪事を働いた者じゃねえ、それだけは安心してくんな」
「お奉行所でもないのに、勝手に貼り紙なんかしてもよろしいので――」
「何か文句があるのかい、ばあさん」
 お岩が喋り終わらぬ内に、男が居丈高に言葉を被せ、蛇のような冷たい目でお岩を睨みつけた。
「頼んだぜ」
 太々しい態度で鼻を鳴らし、男は肩を怒らせるようにして出て行った。
「嫌でごだいますね、ああいう押し出しの強い男は。あの男の良くないところは、人が話している時に、被せて物を言うことでごだいますね。自分に自信のない男に見られる特徴なのでごだいます」
「お岩さんは学者のようなことを申しますね」
 利兵衛が感心する。
「人の物いいきらぬうちに物いう……良寛様がそのように仰っておられるのでごだいます」
「良寛さんと申しますと、あの手毬の?」
「左様でごだいます」
「お岩さんは物知りですな」
「それほどでも、ほほほ」
 袂で、笑うと前歯が二本無いとわかってしまう口許を隠した。
「さて、どこに貼りましょうか」
 貼紙を手に利兵衛が腰を上げた。
「貼るのでごだいますか」
「そうですよ。いけませんか」
「あんな男の言うことなんか……」
「聞く必要はありませんか?」
 お岩は不服で頬を膨らませた。
 今の貼紙の男は秀次を追っている男らの仲間だろうか。もし、そうだとすると、秀次はどうして追われているのだろうか。いったい誰が秀次を捜しているのだろうか。
 お岩の心を見透かすように、壁の求人の報せのなかに紛らせるように貼紙を貼った利兵衛が呟いた。
「今の男は芝居関係のお人かも知れません」
「あんな人相の悪い男が、でごだいますか?」
「そりゃ芸能の世界は……」
 言いかけて、利兵衛は話を変えた。
「人気役者の玉三郎が行方を眩ましたそうですな」
(どうしてそのことを知っているのでしょうか、利兵衛たんは)
「どうしてそんなことを知っているんだって、訊きたいですか」
「はい」
「蛇の道はへび。ふふふ、そんなこと言うと、私がとんでもなく悪い男みたいですねえ。答えになっていませんか」
 利兵衛がまた小さく笑った。
「たまたぶろうたまを捜すのに、あんな嫌な男を使わなくても」
「まさかお奉行所には頼めないでしょう。そりゃ捜しますとも、どんな手を使ってでも。何と申しましても金の成る木ですからな、玉三郎と言えば」
 長いことお世話になっておりますが、利兵衛たんにはまだまだ謎がごだいます。
「あっ、いけません」
 お岩は思い出して手を一つ打った。
 秀次の着物を土間に吊って乾かしていたのだ。
 小窓から三筋格子の縞模様の着物を誰かに見られないとも限らない。急いで帰って、外から見えない場所に移さなければ。
(あの男たちは、秀たん、いえ、たまたぶろうたまは病気などではなく、姿を消したのだと知っていて捜しているに違いごだいません)
 あんな男たちに、愛しのたまたぶろうたまを渡すわけにはいくもんかい。何としてでも匿い通して差し上げます。
 きりりと眉を上げ、誓いを新たにするお岩である。

 急いで家に取って返すお岩だが、途中で焼魚と納豆を二つずつ買った。
「元気だね、お岩さん」
 店の者はお岩が二人前食べるのだと勘違いしたらしい。
「ばかに楽しそうじゃねえか、銭でも拾ったのかい」
 なんて、別の店ではからかわれた。
「できたのかい?」
 と、親指を立てる奴もいた。
 常なら、本当につまらないことを言う奴だねと軽蔑するのだが、今のお岩には、そんなに悪い気はしない。心の中でにんまりした。
 家に着いてすぐに土間の小窓を覗いた。やはり干してある秀次の着物が垣間見えた。
(いけない、早く隠たなくては)
 急いで入口に飛び込んだお岩は「あっ」とその場に立ち竦んだ。
 借りたばかりの柳染の着物に着替えた秀次が襖張りをしていたからだ。
「お帰りなさい」
 秀次がにこやかに振り返った。
 明るい緑色に身を包んだ秀次が、まるで陽の光を撥ね返す若葉を纏っているかのように映った。
(お美しい……)
 お岩は言葉を失い、見とれた。
「派手じゃないかい?」
 秀次が、刷毛を手にしていない左手で胸元を合わせた。
「いいえ、とてもよくお似合いでごだいます」
「そう」
 秀次は嬉しげに笑うと、作業に戻った。
 押入の襖を外して、破れた箇所に浮世絵を貼ってくれていたのだ。
 江戸時代の人々は、浮世絵をそんな使い方をしていた。
 しかし、うちに余分な浮世絵なんてなかった。秀次は外出して買い求めてきたのだ。
「秀たん、外に出たりして、みつかったらどうするのでごだいますか」
「大丈夫だよ、現にこうして誰にも気づかれずにいるじゃないか」
「でも、口入屋の蓬莱屋たんに人相の悪い男が入ってきて、こんな男を見たら報せろと、偉そうにしていたのでごだいますよ」
「どんな男を捜しているって?」
 秀次が手を動かしながら訊いた。
「その男が言うには……忘れておりました」
 お岩は慌てて土間に行き、干していた秀次の着物を小窓から見えないよう奥に移した。
 居間に戻って話を続けた。 
「その人の素姓はいえない、けど、三筋格子の縞模様、色は花紺青の着物を着ているって……秀たんが着ていた着物と同じでごだいます」
「そう……」
「その男は、秀たんを追っている男たちの仲間に違いありません」
 秀次は黙々と作業を続けた。
「そういうことでごだいます」
 秀次は背を向けたまま一つ頷くと、振り向いた。
「これから気をつけます」
 お岩も微笑みを返した。
「秀たん、あまり雨の日に襖張りをする人はおりません」
「そう思ったんだが、破れているのが気になったものだから」
「お恥ずかしゅうごだいます……新しいお仕事がみつかりましたので、明日から行って参りますが」
 お岩は不安を滲ませた。
「いってらっしゃい。お岩さんに心配をかけるような真似はしません」
 秀次がきっぱりと言い、お岩を安心させた。
「冷えますね、お茶でも淹れましょう」
 長火鉢に湯の沸いた鉄瓶がかかっている。
 秀次が火を熾してくれたのだ。
「昨日の金さんとかいうお人との話、聞こえてしまったんだけど、お岩さん、お芝居が見られなかったんだって?」
 秀次が茶を淹れるお岩に訊いた。
「はい、たまたぶろうたまがご病気になられまして」
「すまなかったね、許してやっておくれよ。私が謝ることはないか」
 秀次が笑って言い繕った。
「早くご病気が快復するとよろしゅうごだいます」
 お岩もさらりと続けた。
「お芝居にはよく行くのかい?」
「年に二度、多くて三度でごだいましょうか。働いてお給金を貯めて……お芝居を観るために働いているようなものでごだいます」
「そう。今の話を聞いたら、玉三郎って役者も喜ぶことだろうねえ」
 頬が熱くなった。
「でもね、一見華やかに見える役者の世界も大変なんだよ……と、人から聞いたけど」
 言い訳するように秀次が付け加えた。
「座元の人たちは――座元というのは興行主のことだけど――役者は言われた通りに演じればいいんだと、役者の気持ちなんか考えず、勝手に公演を組んでしまうんだ……」
 秀次の目が暗くなった。
(たまたぶろうたまは、座元とやらに不満があるらしい……)
「お岩さん、明日、この着物返してください。すまないけど、今は持ち合わせがありません、いずれ必ずお返しに上がりますから」
「いいんですよ、着物の一枚や二枚の借り賃なんて。それに、まだ乾いておりませんでしょ?」
 秀次が何気なく口にした言葉が耳許に残っていた。
「いずれ必ずお返しに上がりますから……」――
 そう、秀次がこの家を出て行く日はいずれ必ず訪れるのだ。
 お岩を淋しさが襲った。
 お岩は炭火に顔を近づけて軽く吹いた。
 一瞬、綺麗な紅に輝き、やがて、静かな赤に戻った。  

 別の日――
 仕事を終えたお岩は、いつものように――と言ってもこの四、五日のことだが――焼魚と夕餉の総菜を二人前買って帰った。
「ただいま」
 土間に入ると、見慣れぬ草履があった。
「秀たん」
 訝りながら奥に声をかけた。
「昔の知り合いの人が来ている」
「そうでごだいますか。あたくし、ちょっと出かけて参ります」
 お岩は声を押し殺して、そっと、その場に屈んで聞き耳を立てた。
 来ている男の声が小さいので、話のすべてを聞き取ることはできないが、興行の話のようで、尾張という言葉が聞こえた。
 柳太郎さんにも話は通している、そんなことも聞こえてきた。
(柳太郎って誰でごだいましょうだろう?)
「やはりお断りします」
 きっぱりとした秀次の声がした。
「どうしてですか」
 いくらか凄味を利かせた声が返った。
「芝居を止めるからです」
「何ですって」
 男よりも、お岩の方が驚いてしまった。
(たまたぶろうたまがお芝居を止める、そんな……!)
 大変な一言を聞いてしまった。どう致しましょうしよう。
 座元の人に報せるべきか? でも、そんなことをして玉三郎はどう思うだろうか。色々と不満があって、玉三郎は逃げ出したのだから。
 そんなことより、このまま玉三郎にお芝居を止めさせていいのか? いや、いけない。
 男が帰る気配がした。
 お岩は背を丸めるようにして、足を忍ばせ、表に出て身を隠した。
 男が出て来た。
 強請りたかりの荒くれ者かと思ったら、帰って行く男は細身で粋な着こなし、気品すら漂わせていた。
 役者にでもしたいような男だった。
(見てくれに騙たれてはいけません。勿論、見てくれは大事でごだいますけれど)
 お岩は家の中に入った。
 秀次がすまなそうな顔で、小さく笑った。
「みつかってしまったよ」
「どこの人でごだいますか」
「うん……」
 秀次は言葉を濁した。
 尾張、そして柳太郎という言葉と、何よりも、芝居を止めるという言葉が、お岩の頭から離れなかった。

        四

 秀次が突然、姿を消した。
 夕方、家の近くまで来て、ふと、違和感を覚えた。
 少し前までだったら、何の疑問も感じなかったこと――それは家に明かりが灯っていないことだった。独り暮らしならば当たり前のことだったのに。
 秀次はどこかに出かけて、まだ帰っていないのだろうか?
 ふと脳裏に浮かんだのは、今朝方の晴れ渡った気持ちのいい青空だった。
 お天道様に手を合わせ、清々しい気持ちで仕事に向かった。何の疑いもなく、今日一日も穏やかに過ごせるものと思っていた。
 思えば三日前、幾日も降り続いた雨が上がった日。お岩はとうとう秀次との別れの時がやって来たかと、観念して仕事に向かった。
 だが、夕方帰ると、家に明かりが灯っていて、台所から俎の音が聴こえた。
 お岩はいそいそと家に上がり、秀次と一緒に一緒に野菜を刻んでけんちん汁を作った。
 刻みながら、お岩はけんちん汁の名前の由来を語った。それは誰かから聞いた請け売りなのだが、知ったかぶりをして話した。
 鎌倉時代に南宋から鎌倉の建長寺に招かれた僧が、崩れた豆腐を無駄にしないで、野菜と一緒に煮込んだ物が「建長寺汁」と呼ばれ、それが「けんちん汁」になった――そんな話を、である。
 鍋の湯が沸くと、白い湯気の向こうに秀次の綺麗な横顔があった。
 三日前に覚えた不安を、忘れていた。
 だが、初めて秀次が転がり込んで来た日、お岩は秀次にこう言ったのだ。
『雨が上がったら帰ってくだたいまし』――
 不吉な予感が胸に過った。
「秀たん、秀たん……」
 恐る恐る家に上がったお岩は、怯えながら名を呼んだ。
 だが、秀次から返事はなく、居間の片隅に古着屋で借りた柳染の着物がきちんと畳んで置かれていた。
 お岩は力が抜けて、ぺちゃんと、その場に座った。
 秀次は出て行った。
 そう思った途端、過ぎた日々が甦った。
 仕事先でも、働く女たちの間では玉三郎の病気休演の話題で持ち切りだった。
 たまたぶろうたまは、あたしの家におりますよ……喉まで出掛かった。
 人と会えば、言いたくてうずうずした。
 いつだったか、とうとう雨漏りがした。畳の鳴るところに雑巾を置いた。そのうちに雑巾では間に合わずに桶を置いた。別の所にも雨が落ち始めて、鍋を置き、お釜を置いた。それでも足りなくなって、茶碗や湯呑まで借り出した。
 鍋やお釜や湯呑を打つ雨音が、軽やかに、歌を唄っていた。
 その晩は寝られずに、部屋の片隅に膝を抱えて夜を明かした。それは甘酸っぱい青春の日々に似ていた。
 ささやかな日常が楽しかった。
 秀次との夢のような暮らしに酔っていた。
 雨の中を戻ってきたあの晩の、あんなに悲しく苦しげだった秀次の表情も、日一日、穏やかになっていった。よかったと思う一方で、時折見せた鋭い視線もいつしか消えた。芸に打ち込む役者にとって、それがいいことなのかどうかと、考えたりもした。
 秀次の姿が目の前から消えてしまうと、淋しさばかりが募った。
(身勝手なものでごだいます)
 ふと、物思いから現に戻った。
 秀次が姿を消したのは、先日の尾張の男が原因だろうか。
「ごめんよ」
 入口で金次の声がした。
 出ようかどうしようかと迷っていると、金次がのこのこ上がり込んできた。
「何だ、いるじゃねえか。愛想なしじゃねえかよ」
 どかりと、胡座を掻いた。
「何でえ、浮かねえ顔して、お前ぇらしくもねえ」
「あたくしだって、物思いに沈む時がごだいますよ」
「銭でも落としたのかい? 気にするなって、金は天下の回りものっていうじゃねえか。そのうち、お前ぇの財布にも顔を覗かせるよお宝が」
「お金なんか落としちゃいませんよ」
「怒るなよ、冗談だって」
 金次が音の出るほどお岩の二の腕の辺りを叩いた。
「お岩、お前さん、口は堅い方かい?」
「軽い方でごだいます」
「訊くんじゃなかったな」
「何でごだいますか、失礼な」
「口が軽い者んにこう言うのも何だが、ここだけの話だぜ」
「はいはい」
「お前ぇの好きな玉三郎、病なんかじゃなくて姿を消したらしいぜ。誰にも言うんじゃねえぜ」
 金次が大仰な顔つきで言い、探るような目でお岩を見た。
 あの晩土間の草履を金次に見られた。から、お岩が誰かを匿っていることは気づかれている。それが玉三郎だろうと、金次は鎌を掛けているのだ。
「蓬莱屋で貼紙を見たんだが、貼紙に描かれていたのと同じ色合いと柄の着物を着た男を、俺ら見かけたよ」
「いつでごだいますか」
「ここに雨やどりした日の晩よ」
「どこででごだいますか」
「池之端仲町だ。お駒としけ込んでいたんだよ、あの晩」
(芸者のお駒はどうでもいいです)
「その人はなぜ池之端にいたのでごだいましょう」
「さあてな。追われて逃げていたよ」
「貼紙をした男の仲間たちでごだいますか」
 あの晩、秀次はずぶ濡れになってお岩の家に舞い戻ってきた。
 秀次は池之端に行って、人相の良くない男たちにみつかりそうになり、それでお岩のところに引き返して来たのだろうか。
「仲間かどうかわからねえが、江戸三座の連中もいたな」
「どういうことでごだいましょう」
 ふと、利兵衛とのやりとりを思い出した。
『たまたぶろうたまを捜すのに、あんな嫌な男を使わなくても』
『まさかお奉行所には頼めないでしょう。そりゃ捜しますとも、どんな手を使ってでも。何と申しましても金の成る木ですからな、玉三郎と言えば』 
 地廻りを使って玉三郎を捜していたのは、尾張の男ではなく、江戸三座だったのか。
「こいつはお駒から聞いた話だが……」
 金次がこう切り出した。
 半月ほど前、お駒は江戸三座のお座敷を務めた。
 四半刻ほど遅れて姿を見せた玉三郎に、座元の一人が、
「玉三郎さん、これからは勝手に一人で人に会うのは、よしませんか」
 と、意味有りげな物言いで釘を刺した。
「あたしが誰と会おうと勝手じゃありませんか。見世物小屋の鸚鵡じゃあるまいし、籠の中に閉じ込められるのはもう沢山」
 玉三郎が気色ばんだ。
 それからは、座元たちが何を言っても、玉三郎は頑になって強く反撥するばかり、お駒も座を外すよう言われた。
 暫くして、玉三郎は座を蹴り、帰った。
「お駒がこんなことも聞いたそうだ。柳太郎さんも心配していますよ、って」
 金次が付け加えた。
(柳太郎たん……)
 お岩の家に上がり込んでいた尾張の男がこう言っていた。
「柳太郎さんにも話は通してある」、と。
 尾張の男も江戸三座の者も口にした柳太郎という名前。きっと、玉三郎に深い関わりのある人物に違いない。
 座元の一人が言った、勝手に一人で会う、という言葉は何を意味するのだろうか。
 その一人とは、尾張の男のことではないか。
 男は秀次に、しきりに興行の話をしていた。それを、秀次は断わった。芝居を止めるとまで言っていたのだ。
 不安とともに、ある思いつきが浮かんだ。
「金たん、もしかして、たまたぶろうたまに引き抜きの話があるのではごだいませんか?」
「お岩、お前さん、どうしてそれを」
 金次が驚きを隠さない。
「やっぱり、そういうことでごだいましたか……」
 それで、江戸三座の者は、地廻りの男を使って玉三郎を連れ戻そうとしていたのだ。
「俺は芝居のことはあんまり詳しくはねえんだが……」
 金次が話を続けた。
 江戸では、公儀の許しを得て常設の小屋で興行を打てるのは江戸三座と決まっていた。
 江戸三座とは、中村座、市村座、守田座(今は控櫓の河原崎座)の三つを言う。
 三座以外の座元は常設小屋は持てず、旅芝居や軽業の一座などは川縁の空地や寺の境内に掛け小屋を打ち建てて興行の許可を得ていた。
 だから、江戸三座から弾き飛ばされた座元や他国の座元は歯ぎしりをしている。
 人気役者は金の卵、どこの座元も喉から手が出るほど欲しい。座元の中には、力づくでも金の卵を手に入れようとする、やくざまがいの者も多い。望みが叶わねえとなると、他の役者たちや芝居小屋に何をしでかすかわからない。
「そんな嫌なことにならなけりゃいいけどな」
 金次が結んだ。
「お岩さん、何かあったのかい」
 近所のおかみさんの声がした。
「はい? どうしてでごだいますか?」
 お岩は小窓を開けて顔を覗かせた。
「駕籠が来てたじゃないか」
「駕籠?」
 小窓を閉めたお岩は、珍しく狼狽していた。
「金たん……」
 お岩が思い浮かべたことを察して、金次も硬い表情で頷き返した。
 秀次は誰かに連れて行かれたようだ。
 江戸三座の人にみつかったのか、尾張の男の仕業だろうか。
 お岩の不安はみるみる大きくなった。
 
       五

 お岩は池之端仲町に向かった。
 池之端仲町で三筋格子の着物を着た男を見かけたという金次の言葉だけが頼りだった。
 池之端仲町は不忍池を臨む粋な町である。
 町を歩いているうちに、柳太郎という人がどんな人か知らないのに、その人はこの町に住んでいる、そんな気がした。
(秀たん、どこにいるんだい……)
 お岩は、池之端仲町の路地から路地へと歩き続けた。
 ある辻を渡りかけて、お岩は思わず天水桶の陰に身を隠した。
 路地の奥の一軒の家の前に、揃いの半纏を着た数人の男たちが、周囲に目を光らせていたからだ。
(江戸三座の人たちでごだいましょうか……)
 お岩は天水桶の陰からそっと顔を覗かせて、向こうに目をやった。
(あの家が柳太郎たんの家かも知れません)
 突然、路地の奥で人の大声と物音がした。
 お岩は怖々顔を半分だけ出して、目を凝らした。
 家の中から転がるようにして出て来たのは、花紺青に三筋格子の縞模様の着物を着た男だった。
(秀たん)
 揃いの半纏の男たちが大手を広げて、秀次の行く手を阻む。
 どうしたものやらと手を拱いていたお岩が堪らず飛び出した時だった。
 悲鳴やがなり声とともに、家の中から何人かの半纏を着た男たちが転がり出て来た。
 男たちは呻き声を発して、次々と地べたに転がり、土煙が舞った。
 男たちを痛めつけ、秀次をその背後に庇ったのは金次だった。
「金たん」
 お岩は路地に飛び出した。
「お岩」
 懐に書付のような物を押し込んだ金次が、秀次を連れて逃げろというような仕草をした。
「合点でごだいます」
 倒れている男たちをぴょんぴょん飛び越え、ほんと言うと一回だけ腕を踏んづけたが、何とか金次の側まで駆け寄った。
「秀たん」
 お岩は秀次と手に手を取って駆け出した。
 追い縋る男を、金次が足を引っかけ、転がした。
「しゃらくせえ」
 男たちは手に手に匕首を握り締め、金次に斬りかかった。
 だが、金次はそこらに立てかけられていた竹箒を手にすると、まるで武士が刀を使うように、目にも止まらぬ早業で男たちを打ち据え、地べたに転がした。

 後ろを振り返らず、いま駆けているのがどこかもわからぬまま、路地から路地へとひたすら走った。
 いつしか木が生い茂る薄暗い場所に迷い込んだ出た。
 木々の間から、色とりどりの幟が目に入った。
 ここが寺の裏側で、それらが寺の境内の一画に建つ旅の一座の掛け小屋の幟だと気づいた。
 お岩と秀次は小屋の中に駆け込んだ。
 ちょうど、ぱりっとした貫禄のある女と鉢合わせになった。
「何だいあんたたちは」
 女のよく透る声が響いた。
「悪い人に追われています、匿ってくだたいまし」
 お岩が息も絶え絶え頼んだ。
「悪い奴だって?」
 女は品定めをするようにお岩と秀次を一瞥した。
「構わないよ、中で稽古でも見て行くかい? おいで」
 女は快く言い、先立って案内した。
「だちょうたんでごだいますか?」
「だちょう? ああ、一座を預かるお紺だよ」
 お紺に付き従い筵を掻き分けて中に入ると、河原崎座と比べれば猫の額ほどの舞台の上で、座員たちが軽業の稽古をしていた。
「腰掛けましょうか」
 お岩が秀次を誘って、桟敷の片隅に腰を下ろした。
 秀次は目を閉じ、項垂れた。
 ぼんやり舞台の稽古を眺めていると、頭の中に色々なことが浮かんできた。
 あの家はやはり柳太郎という人の家なのだろうか。
 秀たんはどうしてあの家にいたのだろうか。いや、いたというより、連れて行かれたみたいだ。
 秀次は今、何を思っているのだろうか。
 そっと、その横顔を盗み見た。
 淋しげにも、哀しげにも見えた。
 その秀次が顔を上げ、その視線の先は舞台に注がれていた。
 いつしか瞳を覆っていた昏い翳りが、霧が晴れるように消えていた。
 舞台をみつめる目と顔が優しくなった。
 お岩はそっと呼びかけた。
「たまたぶろうたま……」
 秀次がゆっくりと顔を向けると、お岩にそっと頷き返した。
 玉三郎だと認めた瞬間だった。
「向こうに行きましょうか」
 お岩が誘うと、玉三郎は素直に頷いた。
 いくらか気持ちの整理がついて、話をする気になれたのだろう。
 小屋を出て、大道具の物陰に腰を下ろした。
「柳太郎たんという人はどういう御方でごだいますか?」
「お岩さん……」
「申し訳ごだいません。いつぞや、たまたぶろうたまが尾張の人と話しているのを盗み聞きしたのでごだいます。ある人から、江戸三座の人も柳太郎たんのお名前を口にしていたと聞いたものでごだいますから、きっと、たまたぶろうたまに深い関わりのある御方に違いない、そう思ったのでごだいます」
「柳太郎さんは孤児のあたしを拾って育ててくれた養い親です」
「では、池之端のあのお家は、その柳太郎たんの……?」
「そうです」
「芝居小屋を逃げ出して真っ先に飛び込みたかったのが、あのお家だったのでごだいますか?」
 お岩が訊くと、玉三郎は素直に頷いた。
 柳太郎のあの家こそ、玉三郎にとって一番帰りたい場所なのだ。あの家に一番甘えたい人がいたのだ。
「柳太郎たんとは、お話ができたのでごだいますか?」
 玉三郎は黙って頷いた。
「あたくしの家に戻ってこられた、あの晩でごだいますね?」
「そう」
 玉三郎は自分を取り巻く芝居興行の事情を打ち明けた。 
 ある日、江戸三座の間で交わされた密約を知った。
 それは、江戸三座が持ち回りで、四ヶ月ごとに玉三郎を配役するという取り決めだった。
 自分のまったく知らないところで勝手に決められた江戸三座の方針に、玉三郎は強く抗議をした。
 尾張の座元と会ったことを咎められた時、自分のことが逐一監視されていると気づいた。その息苦しさに堪えきれなくなって、お駒が呼ばれた座敷から逃げ出した。
 その足で池之端の柳太郎の家に飛び込み、願いと悩みを打ち明けた。
 年がら年中、詰め込んだ仕事に追われる日々から、仕事も選び、稽古も充分に積んで舞台に立ちたい、そう訴えた。
 何を演じるか打合せを重ね、いい台本を作者に書いてもらい、練り上げ、稽古を重ねて上演、日々、反省を重ねて千秋楽を迎えたい。公演を終えればいつも反省することばかり、顧みる時間も充分に取りたい――玉三郎は真剣に考えを述べた。
「それが、あたしにとって、芝居をする、ということなのです」
 玉三郎が口許を震わせた。
 そうした玉三郎の願いは江戸三座には一つとして聞き入れられなかったのだ。
「何て言われたのでごだいますか、柳太郎たんから」
「叩かれた……」
「まあ」
「役者は人気商売、売れている内が花、仕事を選ぶなんて十年早い……」
「それで?」
「また叩かれた、帰ぇれ。不自由な身体でよろよろと立ち上がると、顔を真っ赤にして、ぶるぶる身体を震わせて……帰ぇれ」
「…………」
「帰って江戸三座に手を突いて詫びを入れろ、そのうらなり瓢箪みてえな青っ白い顔を二度と俺の前に見せるんじゃねえ……」
「それで?」
「私が立ち上がると、ばったり倒れて……添えようとした私の手をばちんと撥ね除け、倒れたまま、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ……」
 玉三郎が絶句した。
 玉三郎を追い払う仕草をする柳太郎の姿が目に浮かぶようだ。
「江戸三座は、地廻りまで使って私を引き戻そうとしているんだ。柳太郎さんまでもが江戸三座の言い分を呑んで、私の引き渡しに協力していたなんて……」
 玉三郎は苦しげに吐き捨てた。
 柳太郎に一蹴されて雨の中に飛び出した玉三郎は、表で顔見知りの江戸三座の者たちと出くわしたが、引き戻されまいとお岩の家に舞い戻ったのだ。
 あの時の玉三郎の顔は本当に哀しげに歪んでいた。
 なぜ柳太郎はそうまでして、玉三郎を帰らせようとしたのだろうか。
 お岩は思い至った。
 柳太郎は玉三郎の甘えを見抜いたのだ、と。
 玉三郎は柳太郎を誤解をしている、それだけは解いてやらなくてはと、お岩は思った。
「あたしは柳太郎たんのお言葉にも一理あると思います」
「一理って、どこがだい?」
「うまく申せません。ただ、自分に都合のいいお仕事なんてごだいませんから」
「私は別に都合のいいことを言っているわけではない」
 玉三郎は気色ばんだ。
「今日だって……」
 言いかけて、玉三郎は語尾を呑み込んだ。
「何があったのでごだいますか、柳太郎たんのお家で。誰に駕籠に乗せられて柳太郎たんのお家に連れて行かれたのでごだいますか」
「知っていたのかい?」
「もしかして、何かの書付に無理矢理判子でも押たたれそうになったのではごだいませんか」
 金次が書付のような物を押し込んだのを思い出したのだ。
 玉三郎が目を見開いてお岩を凝視した。
 お岩の推察の通りだと認めていた。
 そこに金次が躍り込んで玉三郎を逃がしたのだろう。
 玉三郎にしてみれば、遊び人風情の男がなぜその場に乱入してきたのか、訳がわからなかったことだろう。
(ですが、そのことは今は置いておきます)
「先ほどのお話ですと、柳太郎たんは、一言も尾張の男のことを口になたっておられませんね。たまたぶろうたま、柳太郎たんは尾張の男のことをご存知なかったと、そうお思いでごだいますか?」
「いったい何が言いたいんだい、お岩さんは」
「柳太郎たんはご存知だったのではありませんか。ご存知で、江戸三座の方たちに尾張の男のことを教えたのではごだいませんか? たまたぶろうたまに尾張の男を近づけてはいけない、たまたぶろうたまを護らなくてはと、そう願って江戸三座の人に密かに報せたのではないでしょうか」
「どうして江戸三座なんかに教えなければいけないんだ」
「たまたぶろうたまが、道を踏み外さないように、でごだいましょう」
 玉三郎は何か言いたげだったが、不満げに横を向いて押し黙った。
「柳太郎たんは、たまたぶろうたまのことを心底ご心配なたれております。だからこそ、最初の晩も、心を鬼にして、たまたぶろうたまを追い返したのではありませんか?」
 玉三郎は驚いたようにお岩を見詰めた。
 漸く事の次第に思いが至ったようだ。
「そうだったのか……私は何も知らず、何も確かめずに、あの人を恨んだりしたのか。私の頭の中は自分のことばっかり、私は何て嫌な人間なんだろう、恥ずかしい……」
 玉三郎は頭を抱えた。
「お芝居にお戻りなたれまし」
 玉三郎が怪訝な顔を上げた。
「今すぐに」
「だって、江戸三座の人たちは何も変わっていないんだよ」
「それでも、お戻りくだたいまし」
「それより何より、この私自身が何も変わっていないんです。そんな私がどうして芝居に戻れるって言うんだい、お岩さんは」
 玉三郎は哀しげに目を伏せた。 
「芸への迷いがあるんだよ……」
 気弱に心の内を吐露した。
「若いたまたぶろうたまに、あたくしたち無学な庶民は、完成した立派なお芝居など求めてはおりません」
「えっ」
「華やかで心をわくわくさせてくれる、仕事の疲れや、世の中の憂さを吹き飛ばしてくれる、そんな楽しいお芝居を見せていただきたいのです」
「華やかで、わくわく……」
「たまたぶろうたまは、お芝居がお好きなのです。旅の一座の稽古を見詰めるたまたぶろうたまの眼差しは優しゅうごだいました。たまたぶろうたまは舞台がお好きなのです。お芝居にお戻りなたれませ」
「…………」
「お芝居はどんな内容にするか考え、公演をし、反省をする、それをひっくるめてお芝居をする、ということなのだとおっしゃいました。その通りだと思います」
「お岩さんが初めてですよ、私の言うことに賛同してくれたのは」
 玉三郎が微笑む。
「お恥ずかしゅうごだいます。あたくしのような者にとりましても、お芝居はただ観るだけではないのでごだいます」
「どういうことだい?」
 玉三郎はさらに表情を和ませた。
「お芝居を観に行くのでごだいます」
 お岩は、「観に行く」に力を籠めた。
「お芝居の日が近づきますと、何を着て行こうか、お昼のお弁当はどうしようかと、あれこれ悩むのでごだいます」
「ああ、古着屋で着物を借りたんだったね。自分のお気に入りの物が借りられなかったと言っていたっけ」
「はい。取り分けあたしにとりましては、幕間に何を食べるか、それが大きな楽しみであり、一大事なのでごだいます。もちろん、懐と相談してのことでごだいますので、今回は幕の内弁当は諦めておにぎり二つに致しました」
「それで?」
 玉三郎が優しい眼差しを向けて、先を促した。
「たまたぶろうたまのお芝居を愉しんで芝居小屋を出ます。小屋から出て来た人たちは、皆、とてもいい顔をしております」
「いい顔?」
「はい、いいお芝居を観ると、皆、穏やかな、幸せいっぱいの、とてもいい表情になるのでごだいます」
「そう……嬉しい」
「一度こっそりご覧になってみてくだたいまし、あたしの申したことを実感なたれることと存じます……そして、家に帰ります。今日のお芝居の場面をあれこれ思い出しながら湯を沸かします。時には、見得を切る真似をしたり六方を踏む真似など致しまして……」
 お岩が仕草を交えながら話すので、玉三郎が笑う。
「湯が沸きましたら、卓袱台の前に座ってお茶を淹れ、啜ります。そして、うっとりと深い溜め息を吐くのでごだいます。その時、とても幸せな気持ちになるのでごだいます」
「…………」
「それが、お芝居を、観に行く、ということでごだいます」
 今一度「観に行く」に少しだけ力を籠めた。
 話を聞き終えた玉三郎が何度も小刻みに頷いた。
「今の私の拙いお芝居でもかい?」
「もちろんでごだいますとも」
「そうかい」
「たまたぶろうたま」
「はい」
「お芝居にお戻りくだたいまし」
「お岩さん……」
「あたし岩にとりまして、幕間のお弁当は一大事と申しました。人生だって、幕間が大事なのではごだいませんか?」
「幕間が、大事……」
 玉三郎が噛み締めるように呟いた。
「たまたぶろうたまは、いま、幕間にいるのでごだいましょう」
「…………」
「青虫が屈んで体を曲げるのは前に伸びようとするからでごだいます。休んでは前に、前に進んでは休み、そうやって大きくなり、いつかは立派な蝶になって、大空に羽ばたくのでごだいます」
「私は青虫かい?」
「男前の、江戸一番の青虫でごだいます」
 それを聞いて、玉三郎は顔を綻ばせた。
 清々しい笑顔だった。

        六

 翌日、お岩が仕事を終えて帰宅した。
 人のいる気配がしたので、そっと腰を屈めて格子戸の隙間から中を覗いた。
「俺らだよ」
 板の間の端に腰かけていた金次も体を斜めにして、手を振った。
「なんだ、金たん」
 お岩は戸を開けて中に入った。
「なんだとはご挨拶じゃねえか」
 脇に寄った金次に勧められて、隣に腰かけた。
「玉三郎に言い寄った尾張の座元らは、北町奉行所に捕まったよ」
「それはようごだいました」
「盗みや殺しを働いたわけじゃねえんで、百敲きの上で江戸所払いになったそうだ。尾張に帰ったんだろう、二度と玉三郎に手出しは出来ねえな」
「よろしゅうごだいました」
「参考人として玉三郎も奉行所に呼ばれたらしい。元気にしていたそうだ」
「何よりでごだいます」
「玉三郎の帰る場所は舞台しかねえよな」
「はい」
「けど、舞台は甘える場所じゃねえ。逃げ場のねえ厳しい世界なんだ」
 金次の目が厳しくなった。
「でも、甘える場所は別にありますから」
「そうだな」
 金次も池之端の柳太郎を思い浮かべている。
「淋しくなったな」
「別に淋しくも何ともごだいませんよ、ええ」
 お岩は精一杯の虚勢を張った。
「その言葉を聞いて安心したよ。じゃ、俺は帰るぜ」
 金次が腰を上げて、戸口に向かった。
「金たん、あたしを心配してきてくれたのかい?」
「余計なお世話だったかな」
 金次が、戸口で振り向いた。
「玉三郎が奉行所を出る時に妙なことを言ったそうだ」
「何でごだいますか」
「幕間が大事とか、青虫がどうとか……同心たちが首を傾げていたぜ」
「さあ、どういうことでごだいましょうか」
 お岩は惚けた。
「おっ、お駒」
 金次は浮き浮きと、通りかかった芸者の跡を追った。
「んまあ」
 お岩は金次に向かって「べえ」と舌を出すと、家に上がった。
 火打石を打つ音がした。




 第2話「故郷は佐久(ふるたとはたく)」

        一

 お岩は、堀留町の通りを小股で足を急がせていた。訪ねた先は、堀留町の一画にある口入屋の「蓬莱屋」だった。
 蓬莱屋の使いの小僧が来て、急ぎの仕事があるからすぐに来るようにと言われて駆けつけたのである。
「ごめんくだたいまし、岩でごだいます」
 片手で割った暖簾の間から顔を覗かせ、笑顔を投げた。
 前歯が二本ないので、「さ」が言い難く、「ございます」が「ごだいます」、「ください」が「くだたい」と聞こえる。財布が「たいふ」、お酒が「おたけ」といった按配である。
「呼び出して悪かったね」
 板の間の帳場から、店の主人の利兵衛が愛想のいい声で迎えた。
 くりっとした目と、えらの張ったおむすびのような顔は個性的である。
 もっとも、あばた面のお岩には敵わないかも知れない。何しろ、前のご主人様からは、笑っても怒っても不気味だなどと、散々な言われようだったのだから。
「実はな」
 利兵衛が帳場から出て来て台帳を広げた。
 仕事の口は、日本橋の履物問屋「信州屋」の下女だった。
「あらま、信州屋たんでごだいますか」
 お岩が思わず呟いたので、利兵衛がちらと訝しげな視線を向けた。
 信州屋といえば、日本橋では中堅の部類だが、その品質の良さでは大店に引けを取らないと評判の店である。加えて価格が良心的なので人気を呼んでいた。
「信州屋さんは近々お店を畳まれるそうです。今、閉店の大安売りで大変に賑わっているそうですな。ご存知でしたか」
「いいえ、全然」
 お岩は惚けた。
 だが、一昨日の昼間、お岩は信州屋の店先で、お買い得商品に群がる女たちの熾烈な争いの渦中にあった。その時受けた顔や手の引っかき傷はまだひりひりと痛む。
「炊事の手伝いもして欲しいとのご要望なので、うってつけの人がおりますと、料理が上手なお岩さんを推薦したのです」
「お恥ずかしゅうごだいます」
「仕事は短期なのですが、手間賃は弾んでくださいます」
「おいくらでごだいますか」
 お岩は手間賃のことは前もってはっきり訊くことにしている。
「一日三百五十文です」
(これは弾んでくださいました)
 知らず目尻に皺が寄った。
「一生懸命働かせていただきます。いつから伺えばよろしゅうごだいますか」
 お岩は喜んで仕事を貰った。
 利兵衛が信州屋から聞いた話によると、店の商いを一年かけて少しずつ縮小し、順次使用人も減らしてきたので、今店に残っている者は目の回るような忙しさだという。
 だからこそ、手間賃がいいのだ。
「そこへ持って来て、使用人の一人が怪我をしてしまい、猫の手も借りたいそうだ。先方からは決まったらすぐにとのご依頼ですので、明日からお願いします。詳しいことは奥様をお訪ねして訊いておくれ.お岩さんのことはお伝えしてありますから」
「かしこまりました。今日のうちにごあいたつに伺います」
「そうしておくれ。頼みましたよ」
 用事が済むと、利兵衛は帳場に戻った。
「あんなに立派なお店を畳むなんて、もったいない話でごだいますね」
「信州屋さんご夫婦には跡取りがないそうです」
 帳簿に筆を走らせながら、利兵衛が答えた。
「ご養子をお迎えになればよろしゅうごだいましたのに」
「色々とお考えがおありなのでしょう」
「お考え、と申しますと?」
「詳しくは聞いておりません」
「お店を畳んだ後は、どうするのでごだいましょう」
「お国に帰られるようですな」
「お国はどちらでごだいますか」
「屋号が信州屋さんなんだから信州に決まってます。佐久だそうです」
「今でも住むお家があるのでごだいましょうか」
「さあ」
「兄弟や親戚が住んでいるのでしょうか」
「さあ」
「お国に帰って何をなさるのでごだいましょう」
「お岩さん」
「はい」
「前に申し上げたこと、覚えていますか」
 筆を止め、利兵衛がじろりとこちらを見た。
「何でごだいましたでしょう」
「お仕事を通して知り得た他所様のお宅の秘密のことです。どうしなさいと、私は教えましたか?」
「見ざる言わざる聞かざる」
 お岩は、三猿の言わざるみたいに、両手で口を覆った。

 蓬莱屋を辞したお岩は、その足で八丁堀の算仁堂に向かった。
 算仁堂は開業したばかりの町の診療所である。
 蓬莱屋の口利きで三日ばかり働いたことがある。雑用全般という話だったのだが、患者が一人も来ず、街頭で客の呼び込みをさせられた。それが算仁堂との縁である。
 この三、四日、手伝いに通っていた。仕事がなく手持ち無沙汰ということもあったが、そこの医者が、ちょいといい男なのである。
 名を風間並三郎と言い、天真爛漫だが、こと医療にかけては熱く真摯に向き合う姿にお岩はたちまち好感を抱いた。長崎帰りのようだが、じれったいまでに不器用なのが気に懸かり、支えたくなったのである。
 蓬莱屋を通した仕事ではないので手間賃はないのだが、信州屋の仕事が決まったので暫く手伝えないと断りを入れに行くのである。
(たまたぶろうたまへの憧れは永遠に止まぬことでごだいましょう。遊び人の金たん、ちょっと危ない感じに女心がくすぐられます。並たぶろう先生は、やわになった江戸の男には珍しい熱血漢でごだいます。見かけも気質もまったく違う三人の男に心惹かれるあたしって、ちょっぴり悪い女……)
 お岩は独り笑みをこぼし、袖で口許を隠した。
 算仁堂は、北町奉行所年番方与力の大野豊一郎の役宅の敷地を借りて建てられた。
 お岩はかつて北町奉行所同心に仕える通いの下女だったので、八丁堀は勝手知ったる町である。
 大野の役宅の裏手に回ると、敷地の一画に真新しい建物が建っている。
 枝折り戸を押して中庭に入り、建物の入口を覗いて、「おやっ」と呟いた。
(珍しいこともあるものでごだいます……)
 入口の土間に上物の履物が脱ぎ揃えられていたのだ。
 何しろ患者が一人も来ない日が幾日もあり、閑古鳥ばかりが鳴いているのだ。
(どんなお客たま、いえ、患者たまでごだいましょう)
 こっそり上がって、入口に長い白布の垂れ下がった診察室の近くまで足を忍ばせ、聞き耳を立てた。
 並三郎のはきはきとした声が聴こえてくる。
 患者に診立てを説明しているのだろう、胃ノ腑という言葉が何回も使われている。
「連日の酒と人への気遣いで胃ノ腑が悲鳴を上げたのです。先ずは酒を控える、それが一番の治療です。近々閉店でご多忙のようなので仕方がないが、出来れば仕事も控えるのが好ましい。今日のところは薬を処方しますので暫く待合でお待ちください」
 並三郎の明るい声に送られて患者が出て来る気配なので、慌てて待合に行く。
 診察室から姿を見せた初老の男は、上物の身形、いずれ大店の主人という風格。
 待合に膝を折ると、「やれやれ」と苦笑混じりに呟いた。
 お岩は男と入れ替わりに診察室の白布を掻き分けて首を突っ込んだ。
「並たぶろう先生」
「お岩か」
 薬の調合をしていた並三郎がこちらを見た。
 あくのない清々しい気を振り撒く男である。
「少しだけよろしゅうごだいますか」
「見ての通り薬の調合をしている。手短に話せるか」
「はい」
 お岩は、そろっと診察室に入る。
「お仕事が決まったものですから、しばらく来れなくなりました」
「それでわざわざ断わりに来てくれたのか。義理堅いな、お岩は。お岩がいないと淋しい。だが、仕方があるまい」
(淋しいと言ってくだたいましたか……)
 お岩の胸がきゅんと痛んだ。
 少し口の悪い並三郎のことだから、ただで来てくれるお岩がいないと物入りになる、など冗談めかして笑うのかと思っていたからである。
「働き先はどこだ」
「日本橋の履物問屋の信州屋たんでごだいます」
「信州屋? 今の人が信州屋の主人の夢助さんだ」
「あらま、何ていいお名前でごだいましょう」
「ちょうどいい、挨拶して顔を売っておくといい。もっとも、お前さんの顔は一度見たら忘れる者はないか、あははは」
(んまあ、人を傷つけておいて、何でごだいますかその笑いは。でも、何でそんなに爽やかな笑顔なのでごだいましょう)
 むっとしながらも見とれている自分の女心に腹が立った、少しだけ。
「お悪いのでごだいますか」
 お岩は覗き込むようにして訊いた。
「医者が患者のことを他人にぺらぺら話すわけがない」
 声は低いが、きつくたしなめられた。
「すみません」
 体を小さくして待合に戻ると、男の前に居住まいを正す。
「信州屋たんのご主人たまでごだいますか?」
「そうですが、あなたは?」
「蓬莱屋たんの口利きで明日からお世話になります岩と申します。よろしくお願い申し上げます」
「そうでしたか、信州屋です。よろしく頼みますよ」
 横柄とまでは言わないが、その言葉の調子と態度は取っ付き難い感じがする。
「蓬莱屋たんのお話では、お仕事のことは奥たまにお伺いするようにとのことでごだいましたが、それでよろしゅうごだいますか」
「それで結構です。しかし、不味い人に会ってしまったな……」
(不味い人って、どういう意味でごだいますか)
 お岩は顔には出さず、心の内でむっとした。
「お岩さんだったかな。ここで私に会ったことは誰にも言わないように。約束できるね」
「かしこまりました」
(あたし、決して口が堅い方ではごだいませんが、気をつけます)
「お岩さん、このあと何か用事はあるのかい?」
「いいえ。今日中にお店にお伺い致しまして、奥たまにごあいたつ致そうと思っておりました」
「それならば、頼みがあるんだ」
「どんなことでごだいましょう」
「薬を届けてくれないか。大事な御方との待ち合わせに遅れたくないんだ」
「先生にお話しして参ります」
 お岩は夢助の依頼を並三郎に伝えた。
 並三郎はすぐにそれを了承し、自ら診察室から出て夢助に言った。
「このお岩さんは信用できる人です、調合が終わりましたら届けてもらいましょう。薬の代金は後日、私がお店にお伺いします」
 大事なことは自分の口で説明する、それが並三郎の信頼できる長所だ。
 夢助はお岩に行先を教えて、足早に帰って行った。
「昼間は挨拶回り、夜は宴席続きだそうだ。立つ鳥跡を濁さず、ということだろうが、店を大きくするのも苦難の道だったろうが、店を畳むのもひと苦労だな」
「お店は奥たまが切り盛りしているのでごだいましょうか。それにしても、忙しい御方でごだいますねえ、信州屋たんは」
 お岩は半ば呆れて、夢助が去った入口の向こうを眺めた。

 お岩は、夢助に指定された浮世小路の小料理屋に向かった。
 玄関で、店の女将に、信州屋に頼まれてやって来た旨を伝えた。薬を届けに来たとは言わなかった。
「伺っております」
 女将はすぐにお岩を中に誘った。
「んまあ、ご立派なお店でごだいますこと」
 お岩は、あちらこちら、きょろきょろしながら、女将の跡に従いて行った。
 黒光りする廊下、部屋ごとに趣の異なる見事な襖、そして欄間、女将の衣擦れの音。
 風雅という表現がぴったりである。
 奥まった部屋の前に女将が膝を折る。
「お岩さんがお見えになりました」
「通しておくれ」
 夢助の声が返り、女将が襖を開けてくれた。
 大事な人との待ち合わせと聞いていたので、お岩は身を堅くし、目を伏せたまま部屋に入り、敷居際に膝を折った。
「ご苦労だったね」
 そこで初めて目を上げた。
 坪庭のある落ち着いた部屋の中には夢助一人だった。
「少し遅れると使いが来たんだ。こんなことなら自分で貰ってこれたよ」
「お預かりして参りましたお薬でごだいます」
 お岩は懐から薬袋を取り出して夢助に手渡す。
「袋の中に飲み方を書いた紙が入っているそうでごだいます。くれぐれもおたけは控え目にするようにと、並たぶろう先生からのお言伝でごだいます」
「お岩さん、さっきも言ったが、診療所で私に会ったこともこの薬のことも、絶対に他言無用だ、いいね」
「ここの女将たんにも申しておりません」
「そう。お岩さんは先生の仰る通りの人だ」
「あのう……」
「もちろん家内にもです」
 お岩の訊きたいことを夢助が先回りした。
 永年の商いで人の心を読むのに長けたのだろうか。
「私が薬を飲んでいると知ったら、周りが気を遣うだろ? 嫌なんだよそれが」
 気遣いの人というより、人に自分の弱味を見せたくない人なのだろう。
 お岩は人の噂話や悪口は大好きで、すぐに言い触らしたくなる。お世辞にも口が堅いとは言えない。それでも、人と人との信義に関わることになると俄然口は堅くなる、そういう自信はあった。
「旦那たま」
「何ですか」
「故郷に帰って何をなたるのでごだいますか」
「まだ決めていないよ」
「どちらに住むのでごだいますか」
「それもまだだ」
「あらま」
「何がおかしいんだい。何をするかも、どこに住むかも決まらずに故郷に帰るのがそんなにおかしいのかい?」
「おかしいだなんてそんな、とんでもごだいません。今も田舎には誰か知り合いがいるのでごだいますか」
「いいや」
「知っている人が皆あの世に行っておしまいでしたら、淋しいでしょうね」
「…………」
「退屈なたいませんか」
 夢助がお岩の問いかけには答えず、茶を淹れてくれた。
 気遣いというよりも、体よくお岩の口を封じようとしたようだ。
 それでもお岩は、酷く恐縮したふりをして喋り続けた。
「田舎に帰ったら昔の友達と寄り集まって何かするんだという人がおりました。でも、よく帰って来たと集まってくれたのは初めの二、三回だけ。そのうち誰も寄り付かなくなったそうでごだいます。それはそうでごだいましょう。当初は物珍しくて集まってくれたのでごだいましょうが、それはいわばお愛想、ご祝儀でごだいますもの。それぞれ暮らしがごだいますからねぇ。そのうちにその人がどこか体を悪くなたってしまいまして。田舎はお医者様が遠いから大変でごだいますよ」
「とにかく」
 夢助が苛々とお岩の話を遮った。 
「この一年、故郷に何度も帰って考えたいんだ。住む所をどうするか、何をして暮らすか……仕事をしていては長くお店を休むことはもちろん、盆暮れに帰るのだって大変なんだ。あんたにはわからないだろうが、商いをすることはね、お客様や取引先の皆様に大きな責任があるんだ」
 次第に早口になり語気も強くなった。
「旦那たまの仰る通りでごだいます」
「だから店を畳んだんだ。誰にも迷惑をかけず世間のことも気にせず、じっくりと時をかけて、場合によっては二年、三年かけてもいい、終の棲家を探し、これからの生き方を探すつもりなんです」
 夢助の語気がさらに強くなった。
 理解できる気もするし、少し違うような気もした。
「隠居の楽しみというのは、故郷のどこに住むか、何をするか、それをみつけるまでの、初めから終わりまでをひっくるめての楽しみだと私は思っているんだ」
 理屈はよくわかるのだ。お岩が芝居を観に行くのと同じ考えだからだ。
 しかし、人は理屈じゃない、感情で動くのだ。
 お岩は、どうしても確かめたいことを口にした。
「奥たまも賛成しておられるのでごだいますか」
「当たり前です。志津は――志津というのは家内の名だが――これまで何一つ不平も愚痴も言わず、じっと店を守ってくれた。私のことを一番理解してくれているのが家内です。口で言わなくても私の気持ちなど充分理解してくれている。これからも私と同じ道を歩いてくれるさ」
 夢助は妻の志津を誉め称えた。
 ともに人生を歩んでくれた妻に感謝し、信頼する心に偽りがあるとは思えない。
 信州から出て来てこの江戸で店を構え、一代でそれなりの地位と財産を築いた夢助の言葉を、間違っているなどと言うつもりはさらさらない。
 だが、些か浮世離れした考えという気がしないでもなかった。加えて、妻に対しても都合のいい考えをしている気がした。
 
 小料理屋をあとにしたお岩はその足で信州屋に向かった。
 信州屋の店先は、閉店大安売りで大盛況である。
 閉店までには綺麗に売り捌けそうな勢いで売れている。さすがは信頼の厚い信州屋だけのことはある。
 お岩は店頭の賑わいを愉しみながら店の裏手に回り、勝手口を覗く。
「ごめんくだたいまし」
「あいよ」
 土間の奥から、でっぷりとした女が顔を出した。
「蓬莱屋たんの口利きで伺いました岩と申します」
「聞いてるよ、明日からだったね。ちょっと待って、奥様をお呼びしてくるから」
 女は板の間に上がると、水引暖簾を割って奥に入った。
 暫時あって、品のいい初老の女が、でっぷりとした女とともに姿を見せた。
「奥様、明日から来てもらうお岩さんです」
「岩でごだいます」
「よく来てくれました、夢助の家内の志津です。あらましは蓬莱屋さんから聞いてくれていますか?」
「はい、奥たまのご指示に従うよう言われて参りました」
 お岩が答えるのを、志津は右の耳に手を添えるようにして聞き、微笑み頷いた。
「店仕舞いが近づいておりますのでとても忙しいですが、よろしくお願いしますね。細かい仕事については、こちらの女中頭のお熊さんに聞いてください、任せてありますので」
 志津は、でっぷりとした女に目配せをして引き返した。
(何てきさくで腰が低い奥たまでごだいましょう……)
 明日からこの信州屋で一生懸命働かせていただきます。

       二

 翌朝。
 お岩は朝の五つ(午前八時頃)に信州屋の勝手口に顔を出した。
 昨日、お熊から勤務について説明を受けた。
 朝五つから夕七つ半(午後五時頃)までが基本の勤めだった。交代で朝餉、夕餉の当番があり、朝餉を担当する早番は朝七つ半(午前五時頃)に行き、夕餉を担当する遅番は夕五つ半(午後九時頃)まで働かなければならない。
 今日からさっそく遅番でと頼まれた。
 朝餉の後片付けと掃除で一刻ほどはすぐに過ぎた。
 掃除を終えた頃、勝手に志津が姿を見せた。
「これから外出致します。お岩さん、お供をしてください」
 勤めた日からいきなりお供を命じられて、お岩は戸惑った。
「お熊さん、お岩さん借りるわね」
「かしこまりました。いってらっしゃいまし」
「お岩さん、玄関に回ってください、すぐにね」
 志津はいそいそと奥に下がった。 
 言われるままに母屋の玄関に行くと、気品のある薄紫色の風呂敷にくるまった葛籠が一つ運び出されていた。
 志津が姿を見せた。
「奥たま、この葛籠を持って行くのでごだいますね」
 お岩は腰を屈めて葛籠を担ごうとした。
「あらあら、お岩さん、無理をすると腰を痛めますわよ」
 口許に手をやりながら志津も草履を履いた。
「いいえ、これしきの葛籠の一つや二つ」
「お岩さん、一緒に持ちましょう」
「とんでもごだいません」
「いいのです。お岩さんはそっちね」
 志津は、お岩に葛籠の右側を持たせ、自分は左側を持った。
 気さくで分け隔てのない志津に、お岩は改めて胸を打たれた。
 販売する品物の品質が良いこともあるだろうが、信州屋の繁盛を陰ながら支えたのは、志津の謙虚な人柄に負うところも大きいのだろう。
「どちらに行くのでごだいますか」
「浅草田原町の古着屋さんです」
「んまあ、あたしの馴染みの店でごだいます」
「そうのなの? それは偶然ですね」
「すると、この葛籠に入っているのは……」
「処分する着物や帯です。若い時分の物や派手目の物はもう要りませんから」
「すると何でごだいますか、ふるたとにお帰りになったら、もんぺを履いて畑を耕すのでごだいますか?」
「まあ、お岩さんたら」
 志津が可笑しげに口許に手をやった。
「畑仕事などできませんよ、私は炭焼き職人の娘ですから」
「左様でごだいましたか。でも、寒い冬は、炭が本当にありがたいです」
「人様のお役に立つお仕事は誇らしいですが、父と母はいつも貧乏していましたよ」
「どうするのでごだいますか、ふるたとにお帰りになられたら」
 志津はにこやかに笑みは浮かべるだけで、答えなかった。
 その後もあれこれ訊いたのだが、志津は口を濁すばかりで、故郷に帰るのを歓迎しているのかどうか、志津の本心はよくわからなかった。

「そろそろお見えになられる頃とお待ち申し上げておりました」
 板の間にいた古着屋の主人が愛想のいい笑顔で膝を折り、手を突いた。
「おや、お岩さんじゃないか」
 志津の背後にいるお岩に気づいて、意外そうな顔をした。
「その節はどうも」
 お岩は提げていた葛籠を板の間の上に置いた。
「どうぞご覧ください」
 志津が促した。
「拝見致します。勉強させていただきますので」
 主人は興味津々という表情で風呂敷包みを解くと、慇懃な態度で品物を検め始めた。
「いい品でございますねえ」
 主人は目を細めた。一つ一つを大仰に褒めるのだが、これは古いだの、柄や色合いが派手だのと、何か一言付け加えた。
 買取価格を下げようとする下心が見え見えである。
(この業突く張りの親爺め……)
 お岩は頭の中で、主人に拳固を二つ三つ見舞っていた。
 当の志津は顔色一つ変えず穏やかな表情で主人の話を聞き、相槌を打っていた。
「これくらいで如何でございましょうか」
 主人が算盤を弾いて買取価格を提示し、志津の顔色を窺った。
 横合いから金額を覗き込んだお岩は、頭の中でもう一つ拳固を喰らわせていた。
「お岩さん、どうしようかしら」
 志津が困ったように眉をひそめて、お岩を振り仰いだ。
「無理にお売りになることはごだいません。いい品物ばかりでごだいますし、思い出も染み込んでいることでごだいましょう。処分はいつでも出来ますから」
 お岩は主人を見据えつつ、返事をした。
「そうよねえ」
 志津が迷いを浮かべた目を主人に戻した。
「し、暫くお待ちくださいまし」
 主人は、ここで買い損ねるわけにはいかないとばかりの慌てぶりである。
「これで如何でございましょうか」
 算盤の珠を弾いて大幅に値を上げた。
 お岩と志津は目に笑みを浮かべ見交わした。

 店を出て暫くすると、志津は主人の慌てぶりが可笑しかったのか、吹き出した。
「ごめんなさいね。お岩さんを巻き込んだりして」
 軽くなった葛籠を背負うお岩を振り返って、微笑みかけた。
「本当に渋ちんでごだいますから、あの親爺は」
「あの方、初めは必ず低く値を付けるのね。初めての時に買い叩かれたの。ですから、その次からは必ず誰か一緒に来てもらっているの」
 志津が着物や帯を処分するのは今日が初めてではなかったのだ。
 それにしても、あのけちん坊親爺奴、手の内はすっかり読まれているではないか。すぐに見抜かれてしまうようなけちん坊など、けちん坊の風上にも置けない。
「でも、嬉しいわ。お岩さんにああ言ってもらったお蔭で、高く売れて」
「よろしゅうごだいました」
「大切な物を手放すんですもの、いくらでもいいってわけにはいきませんよ。ねえ」
 志津は可愛らしく同意を求め、上品に微笑んだ。
「でもね、思い出の染み付いたって言葉を聞いた時、正直申しますと、胸の奥がちくりと痛みましたのよ」
「すみません」
「どうして謝るの? 私、ちょっと寄り道をします。先に帰ってください」
「かしこまりました。どうぞお気をつけて」
 お岩はぺこりと頭を下げて志津を見送った。
(良くないことと承知しております。重々承知してはおりますが、これがあたしの性分なので仕方がごだいません……)
 お岩は足を止め、くるりと振り返ると、そのまま志津の跡を追った。
 葛籠の包みの結び目を顎の下で掴み、人混みに紛れながら、志津とは二十間近く間を空けて跡を尾けた。幸い、志津は一度も振り返らず、お岩は遠目が利いた。
 志津の足取りは軽く、いかにも通い馴れた様子であり、心が浮き浮きしているようにも見える。
 吾妻橋を渡り、四半刻(約三〇分)余り歩いて向島に入った。
 向島は、高級料亭が建ち並ぶ粋な町である。加えて、裕福な町人や文人、あるいは武家の粋な寮や隠居所が数多い場所でもある。
 志津が誰かに向かって会釈をした。
 誰だろうと、じっと凝らした目を見開いた。
(あら、あらら)
 不動堂の脇に立ち、会釈を返す初老の男の姿があった。
 お岩は、気づかれぬよう、一服するふりをして腰を下ろした。
 志津はその男に小走りで駆け寄ると、二人は寄り添い、楽しげに言葉を交わしながら、一丁ほど先にある古い庵に入って行った。
 まさか、不義密通では? 
 でも、不義密通は死罪。重罪でごだいますよ。
 まさか、あの貞淑そうな奥たまに限って……。
 もしも旦那たまがお侍だったら、女敵討ちに出なければなりません、ふるたとに帰っている場合ではごだいませんよ。
 お岩は、ふと、思い至った。
 志津は毎月古着屋に着物を売りに来ている。店仕舞いをして今後の暮らし方を考えての処分ならば、まとめて行なえばいいような気がする。
(もしや、古着屋通いは、不貞の隠れ蓑だったのでは……?) 
 お岩の妄想は限りなく広がって行く。
 ここはあの男の持ち家なのだろうか。町の人に訊いてみようか。
(知らぬは亭主ばかりなり、でごだいます)
 腰を上げた時だった。
「お岩、お岩だろ?」
 虚を衝かれて、お岩の心ノ臓は金槌で打たれたような音を立てた。
 怖々振り返ると、朱房の十手を腰に差した見憶えのある同心が立っていた。
「桂木たま」
「やはりお岩だったか」
 懐かしそうに笑ったのは北町奉行所同心の桂木一平太だった。
「ご立派になられて……」
 一平太は、いまどき珍しく正義感あふれる一途な若者で、前のご主人様も一目置き、その将来に大いに期待を寄せていた。
 何年ぶりかで顔を会わせたが、凛々しい若者に成長していた。
「お元気でごだいましたか」
「うむ」
「奥たまはお貰いになられましたか」
「いや、まだだ」
 にこやかに答えていた一平太が真顔を拵えた。
「お岩、御役目である」
「はい」
「ここで何をしているんだ。それに、鳩が豆鉄砲食ったような顔をしている」
「いえ、別に……」
 大概のことにはびくともしないお岩だが、しどろもどろになった。
 まずい、奉行所の役人に志津のことが知れたら、志津は間違いなく死罪、信州屋夫婦は崩壊だ。
 ここは一刻も早く退散せねば。
「桂木たま、鳩が豆鉄砲を食ったところを見たことがあるのでごだいますか」
 咄嗟に屁理屈を口にした。
「何だと?」
 一平太が意表を衝かれ、ぽかんとした。
「苦虫を噛んだような顔と言いますが、苦虫を噛んだことがおありでごだいますか」
「私は苦虫のことなど言っていないじゃないか」
「言ったも同然でごだいます」
「無茶苦茶だ。お岩、今日は虫の居所が悪いらしいな」
「あたしの体に虫なんかおりません」
「物の喩えじゃないか、そんなにむきにならなくても――あっ」
 一平太がにやりと笑い、お岩の顔をじろじろ見た。
「お岩、まさか」
「な、何んでごだいますか」
「誰かいい男と待ち合わせでもしているのだな、図星だろ?」
「馬鹿馬鹿しい」
 一平太の能天気な一言で、一気に落ち着きを取り戻した。
「そんなはずはないか、あははは」
「桂木たま。鳩に豆鉄砲を食わせるような、生き物に悪さをする不届き者をみつけたら、すぐに番屋に引っ張って百敲きにしてくだたいましね」
 お岩は、そそくさとその場から立ち去った。

 夕刻。
 信州屋の勝手は夕餉の仕度で湯気が立ち籠めている。
 お岩は竃にかけられた大釜の前に立って、炊きあがった飯を丁寧にかきまぜて、蒸らす準備をしていた。
 夢助がご機嫌な様子で姿を見せた。
「旦那たまのお帰りですよ」
 お岩が気づいて奥に呼びかけると、お熊が慌てて顔を出した。
「お帰りなさいませ。旦那様、どうしてお勝手なんかに」
「貰い物だけど、みんなで食べてくれないか」
 夢助が、ぶら提げていた菓子箱をお熊に手渡す。
「まあ、長門の葛餅。こんな上等な物を。ありがとうございます。皆も御礼を言わないか」
 女中たちが口々に礼を述べた。
「旦那たま、今晩はお家で晩御飯を召し上がられるのでごだいますね?」
「いや、これから晩の集まりがある、私の分は要らない」
 夢助は板の間に上がる。
「お岩さん、履物を表に回しておくれ」
「はい」
 夢助の草履を揃えるお岩に、夢助が小声で言った。
「お岩さん、あのことはこれだ――」
 夢助は口許に人差し指を当て、目配せをして、奥に消えた。
(そんなに何度も念を押さなくても……)
 お岩は心の内でぶつくさ言った。
「お忙しいねえ、旦那様。こう毎晩宴席続きじゃ、お体が心配だね」
「ほんとだ、体を壊したら元も子もないからねえ」
「だけど、あんなに活き活きしておられて。よっぽど、お国にお帰りになるのが楽しみなんだよ」
 胃ノ腑の具合が悪いのを押し隠して仕事をする夢助は立派だ。店を畳んで故郷に帰るのを楽しみにしているのも本心だろう。
 それにしても気懸かりなのは、志津の向島通いである。

 夜になって、お岩は、志津の部屋で夕餉の膳の給仕をした。
 志津は向島から戻るとすぐに帳場に入り、接客をこなし、凛とした声で店の者に的確な指示を与えた。店に戻ってから今の今まで、志津に特に変わった様子は見られなかった。
「美味しい。お岩さんは本当に料理が上手ですね」
「ありがとうごだいます」
 志津は本当に美味しそうに上品に味わう。その様子を見れば、志津が本心からお岩の料理を褒めてくれたとわかる。
 人の品格を見るなら、食べ方を観察するのが一番だと、お岩は思う。
 食べ物を大切にする心、食べ物への向き合い方にこそ、その人の生き方や価値観、品格までもが滲み出るように思えるのだ。
 あのあと、志津と別れて店に戻ったお岩は、志津から寄り道をするから先に帰るよう言われたと女中頭のお熊に報告した。
「奥様だって、たまには息抜きがしたいのさ」
 お熊は気にも留めず笑った。
 お熊がお供をした時も志津は同じように寄り道をしたし、他の下女がお供をした時も同じだったと言った。
 皆はお岩のように跡を尾けたりはしない。けれども、お岩は、志津が見知らぬ男と寄り添うようにして歩く場面を目撃してしまったのである。
 やましいことがあると、人はひた隠しに隠そうとする。それが却って墓穴を掘り、秘密が露になることがままあるものだ。だから志津は敢えて隠し立てをせず、外出時には必ずお供を連れて行くのではないだろうか。
「お岩さん」
 志津の声に、はっと我に返った。
「は、はい」
 ぽかんとしたまま、気のない返事をした。
 小首を傾げた志津が微笑みかけていた。
「お茶をお願いね」
「も、申し訳ごだいません」
 お岩は急いで茶を淹れ始める。
「何か心配事でもあるの? お岩さん。ぼんやりして」
「いえ、何もごだいません……どうぞ」
 茶を淹れた湯呑を志津の前に置いた。
「旦那たま、遅うごだいますね」
 動揺を押し隠して、お岩はさり気なく話題を変えた。
「昼間も夜も、永年お世話になった方々とのお付き合いです」
 志津は淡々と答えた。
「立つ鳥跡を濁さず、でごだいますね、律儀なことでごだいます」
「そういう人ですから、お店もここまで大きくなったのですけれどね」
「奥たまも、お生まれは信州でごだいますか?」
「ええ、あの人と同じ佐久の小さな村です。江戸に出て来たのは十二の時。あの人は一つ上の十三でした」
「んまあ、まだ子供ではありませんか」
「村に江戸の口入屋が来て奉公する者を集めていました。うちは貧乏人の子沢山で借金がありましたからね、奉公というより身売りみたいなものでした」
「えらかったのでごだいますね、昔の人は」
「まあ、お岩さんたら。お岩さんは随分お若いみたいね」
 志津は可笑しげに口許に手をやった。
「すみません。奥たまはどんなお店にご奉公なたったのでごだいますか」
「私はお豆腐屋さん、あの人は染物屋さんでした」
「んまあ、どちらも水仕事でごだいますね」
「冬場の早朝の水は手が切れるようでした」
 志津の顔に翳りが過った。
 それは一瞬のことで、すぐに元の穏やかな表情に戻った。
「わかりますとも。あたくしも年がら年中、手荒れ、あかぎれ、ひび割れでごだいますから」
「ごめんなさい、お岩さんはいつも水仕事をなさっているのね」
「なたってだなんて、お恥ずかしい。それしか能がないからしているだけでごだいます」
「初めての薮入りの日、あの人と増上寺に行ったの。村を出る時から約束していたのね、初めての薮入りの日には増上寺で会おうねって」
 薮入りとは、商家の奉公人が実家に帰ることを許される休みの日のことで、一月十六日と七月十六日の年に二回あった。その日は店の主人から小遣いが渡された。
「休みといっても一日だけですから、実家に帰るのも、もちろん日帰りです。私たちは帰れるはずもありませんものね」
 志津の視線が遠くに投げられた。
 遠い日の光景に思いを馳せているのだろうか。
「お寺の山門をくぐると、すぐ右手に砂絵を書く人がいたのね。あの人、飽きもせずに、ずっと見ていたわ」
「絵がお好きだったのでごだいますか」
「今度生まれ変わったら絵描きになりたい、なんて言ってた……それからあの人が山門に上がろうと言って、上がったの」
 増上寺の山門には一人二百文で上れ、そこからは江戸の町が一望できた。
「年の瀬にちょっと辛いことがあって、あの人が励ましてくれました。広い江戸の町で知っているのはあの人だけですから、とても心強かったわ……」
 志津は照れたようにはにかんだ。
「あの旦那たまが……」
「えっ?」
「いえ、こちらのことでごだいます」
 あのとっつきにくい夢助も、若い頃は優しかったのだ。
 志津が話題を変えた。
「お岩さんの田舎はどちらですか」
「日野でごだいます。遠いご先祖たまは甲斐で、足軽大将の家柄だと言い伝えられております」
「まあ、お侍の血筋でしたの」
「足軽でごだいます。言い伝えなど当てになりません。後になっての作り話かもわかりません」
「そうかも知れませんが……帰りたくはないのですか?」
「滅相もごだいません」
 お岩は顔の前で、手を忙しく左右に振った。
「あたくしにとりまして、お江戸は人生の楽園でごだいます」
「ええっ、楽園?」
 志津がおかしげに微笑んだ。
「こんなに楽しいお江戸を離れたいなどと、ただの一遍だって、思ったことはごだいません。一生懸命働いてお芝居を観に行きたいのでごだいます」
 お岩の真剣な言い草に、志津が顔を綻ばせた。
「お芝居が好きなのね、お岩さんは。ご贔屓はどなた?」
「たまたぶろうたまです」
「そうなの。今度聞かせてくださいね、お芝居のお話を」
「かしこまりました。でも、話し出すと止まりませんが、よろしゅうごだいますか」
「あらあら、それでは、ゆっくりできる時にしましょうね……そうよね、江戸は楽しいですものね」
 志津の言葉は微かに憂いを含んでいた。
 そこへ若い下女の声がした。
「奥様、旦那様がお帰りになりました」
「すぐに参ります。お岩さん、ご馳走様。一日目から遅番で疲れたでしょう? すみませんが、後でお茶を旦那様のお部屋にお願いします」
 きびきびと出て行く志津に、やましい様子は欠片ほども見られなかった。

 お岩は、頃合いを見計らい、盆に茶を載せて夢助の部屋に向かった。
 部屋に近づくと、夢助と志津のやりとりが聴こえてきた。
「大丈夫、少々のことでへこたれやしないよ」
 夢助の突き放すような声が聞こえた。
 志津が夢助の体を案じたのだろうが、随分と突っ慳貪な言い草だ。
「何しろこれから先には楽しみが待っているんだ。ご覧、皆さんからこんなにたくさんお餞別を戴いた」
 夢助の声は嬉しげだ。
 袂から金包みを幾つも取り出して見せたのだろうか。
「何のお餞別ですか」
 志津の淡々とした声が返った。
(あら? おやま)
 お岩は足を忍ばせて障子の陰にすり寄り、耳が兎の耳になるほど聞き耳を立てた。
「佐久に帰る餞別に決まっているじゃないか」
 夢助の声が気色ばんでいる。
「佐久に帰るお話など、貴方から一度も伺ったことはございません」
「いつも言っていたじゃないか。余生は故郷で送りたいって、皆の前で。お前も一緒にいたじゃないか、そうだろ? それを聞いていないだなんて……」
 志津は黙っている。
(心配していた通りになりました……)
 二人の間ですれ違いがあったのだ。このままではさらに険悪な雰囲気になりかねない。出しゃばるようだが、ここは水入りにした方がいい。
「旦那たま、お茶をお持ち致しました」
 お岩は素知らぬふりをして声をかけた。
「お岩さんかい? お入り」
 部屋に入ると、入れ違いに志津が出て行った。
 志津の後ろ姿を忌々しげに見送る夢助の前にお茶を置いた。
「聞いていたのかい?」
「いえ、何も……何かあったのでごだいますか?」
 お岩は惚けた。
「いや、それならいいんだ」
 夢助が顔をしかめ、鳩尾の辺りを指で押した。
「胃ノ腑が痛むのでごだいますか。お薬をお飲みになられませんと。すぐに白湯をお持ち致します」
 お岩は茶を下げた。

 翌朝、お岩は算仁堂に駆け込み、診察室の入口に掛かる長い白布を両手で割った。
「並たぶろう先生、胃ノ腑のお薬をくだたいまし」
「お前さんでも胃を悪くすることがあるのか」
 もぐもぐと、聞き取り難い言葉が返った。
 声はすれども姿は見えず。
 見回すと、並三郎は床に寝転んで医学書を読んでいた。言葉がもぐもぐしていたのは口に切り餅を咥えていたからだった。
「あたくしではごだいません、信州屋たんのでごだいます」
「何だそうか、脅かすなよ」
(勝手に勘違いしたのでごだいましょう)
「まだ治らないのか」
「治るどころか、前より悪くなりそうでごだいます」
 並三郎がむっくりと起き上がり、真顔を向けた。
「どういうことだ」
「奥たまは、旦那たまがふるたとに帰るのを承知していなかったのでごだいます。案の定でごだいます」
「お岩、お前の話は思い込みが先走るから聞いていてわかり憎い。物事は順序立てて話をしなければならない」
 まるで子供に言い聞かせるような言い方でたしなめると、ここへ座れと、指で板の間を突ついた。
「はあい」
 お岩は並三郎の前にちょこんと膝を折り、昨晩の信州屋夫妻の諍いを話して聞かせた。
「店を畳んで国に帰るとは、信州屋から聞いた。連夜の接待続きで胃ノ腑を痛めるのも無理からぬことと思っていた……そうか、お内儀は国に帰りたくないのか」
「旦那たまが良くないのでごだいます。奥たまにきちんと話をしていなかったのでごだいます」
「言わなくてもわかるはずだ、夫婦なのだから、といったところか」
「さすがは並たぶろう先生、そういうことでごだいます」
「言わせるな、察しろ、という手合いほど、言わないとわからない部類が多いものだ……信州屋は気遣いの人だと思ったがな」
 並三郎は小首を傾げた。
「一番肝心の人に気を遣っていなかったのでごだいます」
「その様子では当分胃ノ腑が痛むな……しかし、夫婦の間のことは、一方が百の内百悪いとは限らないだろう」
 並三郎の言葉に、お岩はどきっとした。
 並三郎は何気なく口にしたのだろうが、その瞬間、お岩の頭の中にある光景が広がった。
 向島を初老の男と肩を並べて歩く志津の姿である。

        三

 信州屋が暖簾を下ろす日が来た。
 在庫一掃大安売りに群がる客あり、名残を惜しみ挨拶にくる取引先の者や、日本橋の商店街の店主や内儀の訪問ありで、信州屋の店先は、まるでこれから開店するのかと見紛うほどの華やぎと活気に満ちていた。
 夢助の応対ぶりは見事だが、志津も夫婦のすれ違いなどなかったかのように、分を弁えたもてなしをしていた。
「お岩、いるかい?」
 台所の流しで野菜を洗っていると、耳慣れた声がした。
 土間にだらしなく目尻を下げた金次がいて、漆塗りの女物の下駄を拍子木のように叩いて浮かれた。
「今日で店仕舞いだって聞いたんで覗いてみたら、あいつ好みの品が目に飛び込んできたんだよ」
「誰でごだいますか、あいつって」
「お駒に決まっているじゃねえか」
 お駒というのは金次の馴染みの芸者である。
「けど、不思議なものだな。縁のある品ってのは、向こうからこの目に飛び込んでくるんだな、買ってくれって。書物もそうだ、置いてある物が光るんですよ」
「そんなもんでごだいますかね」
「お駒は喜ぶぜ。お座敷に上がる時は草履、この下駄は、金さん、あんたに会いに行く時だよ、なんてな」
「芸者なんて、誰にだっていい顔するもんでごだいますよ」
 お岩は呆れて野菜を洗い続ける。
「お駒はそんな女じゃねえよ」
「さあ、知らぬは金たんばかりなり、ではごだいませんか」
「おあいにくさま。お駒は、俺らからの贈り物を忘れる女じゃねえよ。いつ、どこで買ってやったか、全部言えるんだ。大事に使ってくれてるしな……お岩、邪魔したな」
 金次は鼻の下を長くして、ご機嫌で引き上げた。
(そんなに幾つも贈り物をしていたのか、まめだこと)
 野菜を洗う手に力が入った。
 
 まだ日の暮れぬ夕七つ(午後五時頃)、信州屋は暖簾を下ろした。
 在庫は完売、信州屋の千秋楽の花道を飾った。
 番頭ら使用人一同は、夢助と志津の指示で、用意された部屋に移った。
 そこは二間続きの障子を取り払った部屋で、中を見るなり、使用人たちから驚きの歓声が上がり、中には涙ぐむ者もいた。
 その部屋には箱膳が並び、膳の上には豪勢な仕出し弁当が用意されていた。
 使用人らが声を詰まらせたのは、豪華な料理のせいばかりではなかった。一足先に店を去った使用人たちが何人も招かれていて、笑顔と拍手で皆を迎えたからである。
 夢助と志津による驚きの仕掛けであり、心からのもてなしだった。
「旦那様、奥様、困るじゃありませんか。私はね、涙はなし、笑ってお別れしようと心に決めて今日の日を迎えたんですよ、それなのに……」
 感極まった番頭が、腕で目をごしごし擦った。
「さ、座ってください」
 志津の声で、一同が座り、お岩も末席に着いた。
 夢助は、永年勤めた番頭をはじめ一人一人に労いの言葉をかけ、餞別を手渡した。
 お岩が驚いたのは、一人一人の働き先が決まっていたことだった。夢助と使用人とのやりとりを聞いていると、すべて夢助の計らいだとわかった。
 夢助は毎晩ただ酒宴を開いていたのではなく、江戸で働き続けたいと希望する者の新たな仕事場をみつける努力を重ねていたのである。
 夢助にそんな一面があったとは――お岩は夢助を見直した。
 思い出話に花を咲かせて宴が終わった。
 店を去る者はみな一様に夢助と志津に繰り返し礼を述べ、二人の健勝を願い、名残を惜しみつつ別れを告げた。
 静寂が訪れた。
 お岩を含めて四人の下女と丁稚が後片付けのために引き続き雇われることになった。
「お岩さん、私の部屋にお茶を二つ持って来ておくれ」
 夢助は志津を伴い、奥に引っ込んだ。
 お岩は志津の表情が気に懸かった。落ち着き払った表情には覚悟のようなものが窺い知れたからだ。
 悪い予感がした。
「お茶をお持ち致しました」
 お岩が茶を運んで夢助の部屋に入ると、夢助と志津が黙って向かい合っていた。
 お岩はお茶を置きながら、二人の表情をちらと盗み見た。
 突っ慳貪でも律儀な夢助のことだから、永年に亘り連れ添ってくれた志津への感謝の心を伝えたことだろう。そのことに対しては志津もまた夢助に心からの労いを述べたことも間違いあるまい。
 故郷の佐久から江戸に出て来て今日を迎えるまでの日々が、季節の彩りを添えて、二人の脳裏に甦ったことだろう。あるいは、慶びの日々よりも、手が凍えるような寒さの中で味わった苦しみや、寒風吹きすさぶ中で抱えた哀しみの方が多く思い起こされたのかも知れない。
 互いにそうした思いを胸に抱えながら、肝心な話に入ろうとしていた。
「どうぞお召し上がりくだたいませ」
 香り立つこのお茶の一服が、二人の気持ちを鎮めてくれますようにと、お岩は祈った。
「ありがとう」
 夢助の硬い表情を察して、お岩は部屋を辞した。廊下を引き返しながら、後ろ髪を引かれて足を止めた。
(いけないこととは百も承知、二百も承知でごだいます……)
 二人の話し合いの行方が大いに気になって引き返す。それがお岩なのだ。廊下の柱の陰に身を寄せ、盆を胸に抱き、息を詰めて耳を研ぎ澄ました。
 沈黙の後に、夢助が口を開いた。
「この間も言ったが、取引先や商売仲間から幾度も同じことを聞かれ、その度に私は答えた。余生は故郷に帰って小さな畑でも作ってのんびり暮らすのもいい、温泉めぐりもしてみたい、一生に一度はお伊勢参り、八十八箇所巡りもしてみたい……お前も側で聞いていたはずだ、そうだろう?」
(あらま。温泉なんて、女は旦那より女友達と行くのが楽しいに決まってますって。旦那たま、甘いです)
 お岩は、心の中で夢助を責めた。
「それなのに、この間の晩のお前は何だ。私は言葉を失ってしまったよ」
 志津の言葉は聞こえない。
「お前は、私が店を閉めることに反対だったのかい? 不満を抱えているのかい? 私にもっと仕事をしろと、そう思っているのかい?」
「いいえ、そのようなことは思っておりません」
「それじゃ、どうして、佐久に帰る話など私から聞いたことはないなどと言うんだい。何がしたいから店を閉めるんじゃないんだ、店を閉めてから何をするか、それをお前と一緒に考えて、お前と一緒に愉しみたかったんじゃないか」
 夢助の声は真剣である。
「そうしたことを、きちんと、貴方からお聞きしたかったのです」
(言っておやりなたいまし、女は亭主より女同士が楽しいって)
 盆を抱くお岩の手が拳になった。
「言葉にしなけりゃ亭主の気持ちがわからないのか、永年連れ添って」
「亭主だから、夫婦だから、きちんと言葉にして欲しいのです」
「わかった。お前がそこまで言うなら言おうじゃないか。佐久に帰ってこれからどうするか私と一緒に考えて欲しい。これでいいのかい?」
(あらら、そんな喧嘩腰の切り口上では、まとまるものもまとまりませんよ)
 お岩は、はらはらしながら聞いている。
 夢助は気遣いの人だったのではなかったのか。
「私は佐久には帰りません、江戸に残りたいと存じます」
 衣擦れの音が聞こえたのは、志津が手を突いたのかも知れない。
 すぐに聞こえた別の衣擦れの音が忙しいのは、慌てた夢助が片膝を立てて腰を浮かしたのかも知れない。
「待ちなさい志津……江戸に残ってどうするんだ」
「小間物屋さんを始めます」
「こ、小間物屋だって?」
「旦那様が隠居なさった奥様たちとご一緒に」
「す、住む所はどうするんです」
「それは大丈夫です。唐津屋さんの奥様から、空いた家があるから一緒に住まないかとお誘いをうけているのです」
「お、お、お金はどうするんだ、どうやって暮らしていくと言うんだ。にわか商いで子供騙しの小間物を売って、いったい、いくらになると思っているんだ。甘過ぎるよ」
 夢助の声は次第に高くなり、震えた。
「何とかなりますよ、贅沢しなければ」
(ちょっと甘いお考えのような気も致しますが、何とかなる気も致します。現にこのあたしがそうしておりますから)
 夢助の声が返らないのは、夢助の問いかけに対し、志津が間断なく返事をしたので呆然としているのだ。
 女はいざとなれば、住む所の一つや二つ、友達に頼めば何とでもなるのだ。それはつまり、夢助をはじめとする大方の男どもの貧しい想像など到底及ばぬほど、志津と同じような考え方の持ち主が数多くいる、ということなのだろう。
 住む所も何も、志津が着々と第二の人生の準備をしていた――そう思い知らされて、夢助は愕然としていた。
「もし、江戸に残るのを駄目だと仰るのでしたら……」
「駄目だと言ったらどうだと言うんだい、離縁したいとでも言うのかい」
(離縁……!)
 悪い予感が当たってしまいました。
 お岩の耳は八つ手の葉っぱほどに大きくなった。
「私、暫くの間この家を出ます。お互いに一人になって。これからのことを考えましょう」
「り、り、離縁したいと言っているに等しいじゃないか」
 夢助の声が上擦った。
 部屋から志津が出て来る気配に、お岩は慌てて身を隠した。
 唯一の救いは、志津の口から離縁という言葉が出なかったことである。

        四
  
 信州屋を閉めて初めての朝が来た。
 お岩は、夢助の部屋に向かった。
 とうに陽が昇ったというのに雨戸は締められたまま。部屋の障子も閉じられていて、夢助はまだ寝床の中らしい。
「旦那たま、朝餉の仕度ができました」
 お岩は廊下に膝を折って声をかけた。
「食べたくない。お岩さん、ちょっと」
 夢助の力弱い声が返った。
 障子を開けて「おはようごだいます」と挨拶をした。
 夢助は、もそもそと床の上に身を起こすと、黙って一つ頷き返した。
(あら、嫌だ)
 髭は伸び、髷は乱れ、わずか一晩なのに、こころなしか頬も痩けたように見え、いつものきりりとした表情はすっかり影を潜めていた。
(奥たまに家を出て行かれた男というものは、かくも情けない姿になってしまうのでごだいますねえ……)
 お岩は憐れみを覚えた。
「また胃の薬を貰ってきてくれないか」
「かしこまりました」
 すると、夢助は床も畳も突き抜けてしまうかのような深い溜め息を吐いた。
(うわっ)
「店を畳んで、こんな惨めな初日を迎えるとは思いもよらなかった……」
 夢助は頭を抱えると、そのまま倒れ込むようにして蒲団に顔を埋めた。
(んまあ)
 巻き添えになって、こちらまで床に沈み込んでしまいそうだ。
 人生は、近くで見ると悲しいお話だが、離れて見ると滑稽な物語である――そのようなことをどこかの偉い戯作者が言ったと、誰かから聞いた。
 その通りだと、つくづく思った。
「いけません、旦那たま、病は気からと申します。お顔を洗ってお着替えくだたいまし。朝ご飯を召し上がられましたら、髪結床に行かれてお髭も剃って来てくだたい。よろしいですね」
 お岩は僭越だとは思ったが、夢助を叱咤した。

「薬だと? 三度目じゃないか。まだ治らないのか」
 並三郎が語気強くお岩に訊いた。
 お岩は、信州屋に頼まれて算仁堂に薬を貰いに来たのである。
「病が治らないのは治らぬ理由があるからだ。お岩、信州屋に何があったんだ」
 並三郎が問い質した。
 お岩は正直に事情を打ち明けた。
 夢助の内儀の志津が、故郷には帰りたくない、江戸に残りたいと夢助に告げ、家を出たことをである。さらに、志津が着々と今後の暮らしの準備を整えていたことが夢助の心を激しく動揺させたことも言い添えた。
「駄目だ、薬は出せない」
「どうしてでごだいますか」
「胃ノ腑が痛む原因がわかっているからだ。その原因を取り除きさえすれば胃ノ腑は元のようになる。薬など使う必要はない」
 並三郎がきっぱりと断言した。
「それで信州屋はどうするというのだ」
「気持ちが落ち着きますと、奥たまと話し合いたいと仰られました」
「それで?」
「ところが、奥たまを捜そうにも、奥たまがどこに行ったのか、皆目見当がつかず、はたと困ってしまったのでごだいます」
「なるほど。つまり、自分が如何に妻のことを知らなかったか、その事実を突き付けられて、信州屋は愕然としたのだな?」
「流石でごだいますね、並たぶろう先生は」
「世辞は言わなくてよろしい」
「よそのお店に行って奥たまのお友達を教えてもらえばよろしいのに」
「見栄を張る男にはそれが出来ないのだ。出来るくらいなら胃ノ腑は痛まない」
「困ったことでごだいますね」
「信州屋はまさか、離縁するなどと言い出さなかっただろうな」
「いえ、そう仰いました」
「駄目だ、そういうところが男は駄目なんだ」
「並たぶろう先生も同じ男でごだいましょう?」
「だからよくわかると言っているのだ。窮地に陥って尚、格好をつけたがるのが男だ。男というものはかくも情けない生き物なのだ」
(そんなに力を籠めなくても……)
「あたしは、そんな短気を起こさず、奥たまをお捜し致しましょう。もう一度お二人でお話し合いをなたれませ、とそう申し上げました」
「正論だ。信州屋は何だと言うのだ」
「私には家内を捜す手段、手蔓が何一つ思い浮かばない。そんな私に、家内と話し合いをする資格があるだろうか。私は家内の夫として落第だったのだ、そう仰って肩を落とされたのでごだいます」
「それがいい格好をしていると言うのだ。聞こえはいいが、要は逃げているだけなのだ」
(そんなに熱くならなくても……)
「あたくしもそう思いまして、旦那たま、それではとても奥たまのお気持ちを翻すことは難しゅうごだいます。本心から奥たまを愛しいとお思いであれば、それこそ草の根を分けてでも捜す気概がなくては、と」
「よく言った、お岩」
 並三郎は右手を彼方に向かって差し伸べた。
 お岩もそれに倣って右手を伸ばして目で訊いた。(旦那たまの許に戻れと?)
 すると、並三郎が指先に力を籠めながら大きく頷いた。(そうだ、行け)
 お岩も一つ頷き返した。(わかりました)

 算仁堂からの帰途、夢助に向島の一件を教えるべきどうか、お岩は考えあぐねた。
 志津の不貞の現場を目撃したら、夢助はおそらく卒倒してしまうだろう。
(卒倒ならまだいいのでごだいます。一番怖いのは、生真面目な人が心に余裕を失うことなのでごだいます。逆上して、刃物だんまいにも及びかねないからでごだいます)
 やはり黙っておくべきか。しかし、火の中水の中に飛び込む勇気と気概なくして、心が離れかけている妻を引き戻すことなどできようか、いや、できない。
 信州屋に戻ると、夢助が髪結床から帰っていた。
 髷を結い直し、髭を剃って身嗜みが整うと、いつもの元気な夢助に映る。
 お岩は、胃の薬は貰えなかったことを告げ、並三郎の判断理由を伝えると、夢助はすぐに納得した。
 夢助を、火の中水の中に飛び込ませようと、心を決めた。
「旦那たま、岩は、奥たまの居所に心当たりがごだいます」
 お岩が思い切って打ち明けると、夢助が目を見開いた。
「何だって。教えてくれ、すぐにそこへ案内してくれないか、お岩さん」
「かしこまりました。ですが、一つ、お約束してくだたいまし」
「約束? どんな」
「何をご覧になっても、決して取り乱してはなりません」
 お岩は硬い表情を拵え、夢助を直視した。
 夢助が眉根を寄せて、怪訝な顔をした。
「何があっても事を荒立ててはなりません」
「お岩さん……」
 不安を隠せず、夢助の笑いが引き攣った。
「よろしゅうごだいますか?」
 お岩が表情崩さず念を押すと、夢助も真顔で頷き返した。

 お岩は夢助を向島に案内した。
 志津が初老の男と一緒に入って行った庵に近づくと、母屋からどっと笑い声が聞こえた。
 夢助とともに足を忍ばせて生け垣に寄り、茂みの間から中を覗いた。
 障子が明け放たれ、日差しの射し込む明るい部屋に、数人の女たちが集っている。
 その輪の中に志津の姿もあり、同年代と思しき女たちと談笑し、華やいでいた。
 先日見かけた初老の男の姿はそこにはなかった。
(あらま)
 不貞とは程遠い雰囲気に、お岩は心の内で呟きを洩らした。自分の見込み違いを恥じながら、そっと、夢助の横顔を盗み見た。
 その表情は意外だった。
 てっきり不機嫌な顔を見せると思ったが、夢助の眼差しは柔らかく、その表情は穏やかで、口許には笑みさえ含んでいた。
 夢助は納得したように何度も頷いた。
「お岩さん、戻りますよ」
 小声で言い、夢助は踵を返した。
 慌てて夢助の跡を追った。
「旦那たま、奥たまとお話しになりませんと」
 夢助が足を止めて振り向いた。
「お岩さん、決めました。離縁します。それが志津の願いならば」
「旦那たま。あたくしは、旦那たまが奥たまともう一度お話し合いをなたりたいと仰るので、心当たりにご案内したのでごだいます。そんなに急いでお心をお決めにならなくても、よろしいのではごだいませんか?」
 さすがに少し慌てていた。
「私もそのつもりだった。でも、もういいんだ」
「よくありません。あんなにいい奥たまを離縁だなんて。喧嘩をしたわけではないではごだいませんか、奥たまはただお江戸に残りたいと、そう仰っているだけで……」
 そこまで言いかけて、慌てて〈言わ猿〉みたいに両手で口を覆った。
 夢助が微笑みかけた。
「やはり、聞いていたんだね、私たちの話を」
「すみません」
「お岩さん、今日はありがとう」
 夢助の表情と口調がこれまでになく穏やかだった。
「いいえ、とんでもごだいません」
 お岩はひどく恐縮するとともに、志津の不貞の現場に案内することになるかも、などと下世話な想像をした自分を再び恥じた。
「お岩さん、改めてお願いします。もう暫く居てくれますか?」
「はい、それは、もう喜んで……」
「ありがとう。さあ、今日から、と言いたいが、今日はいいか。明日から身の回りの整理だ」
 夢助は踏ん切りがついたような晴れ晴れとした声である。
「お岩さん、ちょっと付き合ってくださいな」
 夢助はお岩の返事も聞かずに歩みを進めた。

 夢助が舟に乗ろうと言って乗合舟で大川を下り、向かった先は芝の増上寺だった。
「初めての薮入りの日に、私は志津と二人でここに来たんだよ」
 志津から話を聞いているが、夢助の話に耳を傾けることにした。
 夢助は山門をくぐると、懐かしそうに境内を見回した。
「そこら辺りに砂絵を書く人がいてね。私は飽きもせず見入った」
 志津もそう話していた。
「絵がお好きだったのでごだいますか」
 このことは訊いてみた。
「絵描きになりたかったんだ。見果てぬ夢さ」
 夢助は苦笑いし、山門に上ろうと言い出した。
 山門には今も一人二百文で上れた。
「江戸の町並みはあまり変わっていないねえ」
 夢助は欄干に身を預けて、感慨深そうに眼下に広がる景色に眺め入った。
「奥たまから伺っておりました。初めての薮入りの日にこのお寺に来たのだと」
「なんだ、そうだったのかい」
「年の瀬にお辛いことがあって、旦那たまに励まされたと、仰っておられました」
「気がついたかな、お岩さんは。並んで歩く時、志津は必ずその人の左側に立つのを」
「気づいておりました。右のお耳にそっと手を添えられるのも……」
「江戸に出て来た年の暮れにこんなことがあったんだよ」
 夢助が静かに語り始めた。
 その朝、志津は料亭に納める上質の豆腐を飯台に移そうとした。
 びりっと、音が聞こえるほどの痛みが走ったかと思うと、両の手の指がひび割れた。
 あまりの痛さに飯台を落とし、中の豆腐が砕けた。驚いて手を引いた時、ひび割れから噴き出た血潮が豆腐の上に散った。
 次の瞬間、仕事場に響く怒声とともに親方の拳固が飛んで来て、志津の体は二間余りも飛ばされ、そのまま気を失った。
 気がつくと、左の耳は聞こえなくなっていた。
 話をする時に志津が右の耳に手を添えるのはそういう事情があったのである。
 それにしても、夢助はなぜ志津と話し合うことなく離縁すると決めたのだろうか。
 お岩は肝心のそのことが聞きたかった。
「旦那たま、どうして、もういいのでごだいますか。どうして、もう一度奥たまと……」
「それはね、志津の笑顔を見ることができたからだよ」
 夢助の言葉を聞いて、お岩は思い出した。楽しげに笑う志津を、夢助がこの上なく優しい眼差しで見詰めていたのを。
「でも、奥たまはいつも穏やかに笑みを湛えていらっしゃいますが……」
「そうだね。でも、昔はああじゃなかった。澄み切った青空のような明るい笑い声を響かせていたんだ。私はその声を聞くのが好きだった。それがいつしか、自分の感情を表に出さない、抑えた笑顔になってしまった」
「どうしてそうなってしまったのでごだいましょう」
「志津の様子が変わって行くのは薄々感じていた。その原因がこの私にあったのだと、今日、漸くわかった……」
 その話の先を聞きたいと期待を込めて、お岩がは夢助に目を向けた。
 夢助の話によると――
 最初の店を構えた当初は、志津は色々な意見や考えも言い、江戸の町を歩いて繁盛している同業の店の様子を観察しては、品物の改良を提案したりした。違う業種の内儀らと集まって意見の交換などもしていた。
 ところが、日本橋に二つ目の店を構えた頃から、志津は次第に店の仕事に口を挟まなくなった。夢助が商いに自信をつけたことで、自分の考えを押し通し、志津の提案に耳を傾けなくなったからだ。段々と、仕事は男の自分がする、志津は妻として家を守って欲しい、という夢助の考え方を押し付けていった。
 夢助は苦そうな笑みを浮かべた。
「その一方で、私は人様に対して、信州屋は志津と二人三脚でやって来たと言い続けた。それは私の本心ではあったんだが、志津にしてみれば……」
 夢助は言葉尻を呑んだ。
「奥たまは、旦那たまと一緒にお店のお仕事をしているという張り合いを見失っておしまいなのでごだいますね」
 仕事だけならまだしも、夫婦の絆も、結ばれているという実感が持てなくなってきたのかも知れない。
 夢助が気持ちを立て直すように笑みを浮かべた。
「志津のあんな楽しそうな笑顔は久し振りに見た。私は気がついた。志津の笑顔を見たければ、志津を解き放ってあげることだと。そのことに思い至らなかったのは、亭主である私の不徳の致すところだ。志津が江戸に残りたいと思うのであればそれを認め、別れたいと思うのであればそうしてあげようと思った。財産の半分を志津に分けて、志津の望みを叶えてやることが、志津にとって一番の幸せなのだろう、そう思ったんだよ」
(はたしてそうなのでごだいましょうか……)

        五
 
「お岩、お岩」
 納豆をおかずに、もりもりと朝餉を食べていたお岩の耳に、入口の格子戸が音高く開く音に続いてお岩の名を呼ぶ大声が飛び込んで来た。
 金次の声だ。
「何でごだいますか、こんな朝っぱらから騒々しい」
 納豆の糸を引く口許を前掛けで拭いながら腰を上げ、入口に出て行った。
「信州屋が盗人一味に襲われた。身代ごっそり盗まれちまったよ」
 土間にいた金次が教えた。
「何でごだいますって」
 お岩はさらに口許を前掛けでごしごしと拭いた。
「旦那たまにお怪我は?」
「幸い、大事はなかったようだ」
「それはよろしゅうごだいました」
 ほっと胸を撫で下ろした。
 昨今、わずかばかりの金を盗るために、年寄りだろうと誰だろうと平気で人の命を奪う血も涙もない人非人による凶悪事件がいくつも起きている。
 信州屋を襲った盗人が、人の命まで奪う極悪非道の輩ではなかったのはせめてもの慰めと言えよう。
 さて、お店に向かうか、志津に報せるか。
 思いは二つ、身は一つ。
「困ったねえ。頭も梳かしていないし、お化粧だってまだだというのに」
 お岩は板の間をくるりとひと回りした。
「してもしなくても一緒じゃねえか」
「何でごだいますって?」
「いや、つまり、化粧なんかしなくっても、素顔で勝負しねえ、素顔でよ」
 金次が指で自分の頬を突ついた。
「それもそうでごだいますね。金たん、すまないけど、奥たまを呼びに行ってくだたいまし。あたしは信州屋たんに参ります」
「構わねえよ」
 胸を叩いて引き受けた金次に、志津の居場所を教えた。
「頼りにしてますよ」
 お岩は手に唾を付け、髪を撫で付けながら居間に戻った。
「な、納豆の匂いが……」
 金次が顔をしかめた。

 信州屋の表では奉行所の捕方が数名、六尺棒を突いて見張りに立っていた。
 店の表の雨戸が一枚外され、潜り戸から同心が出入りするのが見えた。
 そうした張り詰めた光景を、道行く人が何事かと横目に見ながら行き交う。
 同心の桂木一平太が店の中から姿を見せた。
「桂木たま」
 お岩はこれ幸いと駆け寄った。
「お岩、何しに来た」
「旦那たまはどこにいらっしゃいますか」
「ん?」
「あたくしは今このお店で働いているのでごだいます」
「そうだったのか。信州屋はこの先の番屋で与力殿の調べを受けている。ほどなく戻ってくるだろう」
「お金をぜんぶ盗られたそうでごだいますね」
「従いてこい」
 一平太がお岩を裏の土蔵に連れて行った。
 すでに現場検証は終わっており、白壁の土蔵は捕方が一人見張っているだけだった。
 荒らされて散らかった蔵の中を覗くと、目に付くのは帳簿や書付の類と古い食器の類ばかり、残っていたのは金にならない物ばかりだった。
「んまあ、盗人は千両箱ばかりでなく、金目の物はあらかた盗んで行ってしまったのでございますね」
「いや、盗まれたのは千両箱二つだけだと、信州屋は言っていた」
「骨董とか絵とか、金銀財宝に翡翠や象牙、そういうものはどうしたのでごだいましょう」
「そういう類の贅沢品は何もなかったそうだ」
「一つも、でごだいますか」
「そう聞いた」
「へえ……」
 お岩は夢助を見直した。
 財を成した者の多くは、金の使い道に困るのか、見栄なのか、高価な骨董などの蒐集に手を染めがちだが、夢助はその類の物には一切手を出さなかったようだ。
「千両箱二つだけと申しますが、あたくしたちには一生手の届かない大金でごだいます」
「しかしなお岩、信州屋はこの日本橋に店を構えて二十年だ。一年に均せば年百両、ひと月に換算すれば十両にも満たない利益ということになる。決して暴利を貪ったのではないことがよくわかるだろう」
 一平太の説明に、お岩も納得した。
 この店の番頭、手代から下男下女に至るまで、待遇に不満を洩らす者など誰一人としていなかった。信州屋に下駄や草履を納める職人らも同様で、彼等はもまた、誰も手間賃を値切られたことはなかったと聞いた。
 そうやって良い品を二十年に亘って店に並べ続け、しかも利を抑えた。
 信州屋夢助は、良い品物を安く売るという商人の王道を歩んだのだ。
 お岩は、片隅に転がされていた埃を被った三寸四方の古びた木箱に目を止めた。
 箱の蓋には消えかかって読み難いが何か書かれている。
 目を凝らすと、「宝物」と読めた。
 目にした途端、子供がよくする神社の御神木の根元に何かを埋めて数年後に掘り出すという遊びを思い浮かべた。
 手に取ると、さらさらと何かが擦れ合う音がした。
 開けてみようかと蓋に手をかけた時、遠く、聞き覚えのある女の声がした。
「お岩さん、お岩さんはどこなの、お岩さん」
 お岩は母屋に引き返し、勝手口の土間に駆け込んだ。
 板の間で、青い顔をした志津が肩で息を吐いていた。
「奥たま」
「お岩さん」
 志津は足袋のまま土間に駆け下りてきて、お岩の手を取った。
「あの人は本当に無事なのですね、間違いありませんね」
「はい、ご無事とのことでごだいます」
「どこも、どこも怪我をしなかったのね」
「ご安心くだたいまし」
「ああ、よかった」
 志津は胸を撫で下ろした。
「でも、千両箱を二つ、盗まれてしまいました」
 志津は首を横に振った。
「お金なんて……それで、うちの人は今どこに?」
「お役人たまのお調べを受けているそうでごだいます。そろそろお戻りになられますので、旦那たまのお部屋でお待ちなたれては如何でごだいましょう」
 志津は素直に頷いた。
「泥になってしまいましたね」
 お岩は志津を板の間の端に座らせると、手拭いを取り出して足袋の裏を拭った。
 夢助の部屋に行くと、志津は双眸を見開き、滑るようにして文机の前に膝を折った。
「お岩さん、これを見てください」
 志津が机の上に置かれた一枚の紙を手に取った。
 その右端に、ただ一行、「離別一札の事」と書かれている。
 それは離縁状の決まり文句で、書かれているのはその一行だけである。
 離縁状は庶民の間では三行半とも言われる。その呼称は、字の書けない者が、三本と半分の棒線を書くだけで正式な離縁状と見做されたことに由来する。
 紙の傍らに置かれた硯は乾き、乾いて先が固くなった筆が畳の上に転がっていた。
「主人は、押し入った盗人に土蔵の鍵を出せと刃物を突き付けられ、そのまま土蔵まで連れて行かれたそうだ。昨夜の四つ頃のことだ」
 ちょうどこの部屋の外の廊下を通りかかった一平太が話して聞かせた。
 それを聞いた志津が固く目を閉じて項垂れた。
 夢助が味わった恐怖が胸に迫るのだろう。
 お岩は、部屋の片隅に葛籠が二つ置かれているのに気づいた。
「奥たま、葛籠を開けてみていただけますか」
 お岩に頼まれて、志津が葛籠を開けた。
 その中には、着物や衣類のほかに、書物や帳簿の類も納められていた。
 夢助は身の回りの物を片付けると言っていたから、おそらく処分する物だろう。
 明日から始めると言っていたが、帰ってすぐに始めたらしい。それでもまだ日の暮れる前から取りかかったはずで、片付けを終えて文机に向かったとしても、わずか三行半の離縁状を書くのに、さして時を要することはないはずである。
 にも関わらず「離別一札の事」のみしか書いていないのは、つまり、時を要したのだ。
 なぜ、時を要したのか。
 志津への感謝をしたためようとして、決まり文句の心の籠らぬ離縁状など書きたくなかったのか。
 それとも、いざ筆を執る段になり、離縁に対して逡巡する気持ちが芽生えたのか。
 志津は、本心から離縁したいと思っているのだろうか。これだけは是非、聞かなくてはならない。
「奥たま、一つお詫びがごだいます」
「何でしょうか」
「昼間、向島に参りました、旦那たまとご一緒に」
 志津が訝しげな目を向けた。
「古着屋からの帰り、奥たまの跡を追ったのでごだいます、申し訳ごだいません」
 お岩は深々と頭を下げた。
「そう……」
 下女に跡を尾けられたと聞けばさぞかし不快に思ったに違いないが、志津の声は淡々としていた。
「皆様とご一緒の奥たまは、とても楽しそうにしておいででごだいました。旦那たまは、奥たまの笑顔を黙ってじっと見ておられましたが、そのお顔が眩しそうにも、泣き出しそうにも見えました」
「泣き出しそうに……?」
 志津が訊き返した。
「それから、もういいんだと晴れやかなお顔になり、あたしを増上寺にお誘いくだたいました」
 志津が懐かしげな表情を浮かべた。
 山門の上で、夢助から初めての薮入りの日の話を聞いたと打ち明けた。
「旦那たまがこう仰いました。奥たまが昔のような笑顔を取り戻せるならば、奥たまの願いを叶えてあげたい、江戸に残りたいなら残ればいい、離縁を望むならば財産を分けてあげて離縁すると、そんな風に……」
「そうだったの……向島で皆さんと一緒にいると、時を忘れてしまうほど楽しいの。でもね、お岩さん。どんなに楽しくても、どこか心の底からは愉しめていない自分がいたの。どうしてかしらね、勝手よね」
 志津は困惑する本音を吐露した。
 それを聞いて、お岩は確信した。
 縒りを戻す可能性はまだある、と。
 そこへ、一平太に付き添われて夢助が戻って来た。夢助は志津を見て、息を呑んだ。
「志津」
 夢助は、志津の右脇に滑るように膝を折った。
 それを見て、安堵した。
 夢助が躊躇いもせずに、志津の聞き易い右側に寄ったからである。
(そのお気持ちがあれば大丈夫)
「家内がお世話になったんだね、ありがとう」
 夢助がお岩を振り返って頭を下げた。
「お世話だなんて、もったいない……ご無事でよろしゅうごだいました」
 お岩は二人に深々と頭を下げて、その場を下がった。
 ここは夫婦だけの大事な場面で、他人が首を突っ込む場合ではないだろう。そう思いつつ、こっそり聞き耳を立てた。
(話の続きは聞かなくてはなりません)
「有り金をごっそり持って行かれてしまった。無一文になったよ」
 静かに切り出す夢助の声が聞こえた。
 志津の声はない。静かに見詰め返しているのだろうか。
「私はいいんだ。村を出る時は無一文だった。元の無一文に戻っただけだから。だけど、ここまで私に従いてきてくれたお前をそんな目に遭わせたくなかった……」
 夢助が声を詰まらせた。
「お前には蓄えた金の半分を渡して、お前が一人になってからも昔のような苦労は二度とさせたくないと思っていた。それなのに、もう、出来なくなってしまったよ……」
「お金なんて要りませんよ。私、はじめからそう申し上げておりましたよ」
「すまない」
「それより、貴方は大丈夫ですか?」
 志津は夢助の心と身体を案じていた。
「正直言うと、今は抜け殻みたいだ。なぜだろうね。お金を残そうとして働いたわけではないのに、なぜだろう……わからなくなった……」
 再び沈黙が訪れた時だった。
 突如、ある物が目に浮かんだ。
 いつか金次が言っていた。
 欲しい物は向こうから目に飛び込んでくる――今、まざまざとそれを実感していた。
 お岩は廊下に膝を折った。
「お二人にお見せ致したい物がごだいます。すぐにお持ち致しますので」
 お岩は急いで土蔵に行くと、片隅に転がっていた古びた真四角の木箱を持って夢助の部屋に戻った。
「お見せしたい物とは、これでごだいます」
 お岩は二人の前に木箱を滑らせた。
 蓋には消えかかった墨文字が書かれていて、「宝物」と読めた。
 お岩が木箱の蓋を開けると、中には色褪せた布袋が納められていた。
「見憶えがごだいますか?」
 お岩は、夢助と志津の顔を交互に見詰めた。
 布袋を軽く傾けると、さらさらと優しい音がした。
 夢助と志津は、何か思い出した顔になって目を見交わした。
「思い出されたようでごだいますね。この袋の中には、何が入っているのでごだいましょうか」
「玉砂利です」
「増上寺の境内の」
 二人が答えた。
「初めての薮入りの日にこの袋に納められたのですね」
 山門に上がったので貰った小遣いは土産を買えるほど残っておらず、夢助と志津はこの日の思い出に増上寺の境内の玉砂利を布袋に納めて持ち帰ったのだった。
「すっかり忘れていたよ」
「私も……」
 夢助と志津は懐かしそうに、切なそうに古びた布袋を手にした。
「旦那たま。旦那たまは奥たまときちんと話をしたいと仰っておられました。まだ、それをなたれておりません。ゆっくりお話をなたってくだたいまし」
 初めは黙って俯いていた夢助と志津だったが、どちらからともなく顔を上げ、目を見交わした。 
「その木箱を持ち出して参りましたが、それは、所詮、物でごだいます。物より大事なのは、お二人の心の思い出でごだいます。初めての薮入りの日に増上寺を訪れた時の光景、それらが、お二人のお心の中に今でも鮮やかに生きているのでごだいますから」
 誰のものでもない、あの時二人で一緒に見た光景こそ、二人だけの本当の宝物なのでごだいます。

      六

 お岩は久し振りに算仁堂に手伝いに行った。
 信州屋の夢助からたんまりと手間賃を貰ったのでほくほくである。
 大事な財産を盗人に盗られてしまったのだからと遠慮したのだが、約束は約束だからと、決まりの手間賃を貰えたのである。
 待合には三人の患者が診察を待っていた。少しずつ、人々に知られてきたようだ。
「おはようごだいます」
 いつものように診察室の入口に掛かる長い白布を割った。
 奥から作務衣の紐を結びながら並三郎が出て来た。
「お岩、来てくれたのか。助かる」
 いつもの清々しい笑顔が見られた。
「信州屋は大変なことになっていたんだな。有り金をごっそり奪われたそうじゃないか。しかし、信州屋や店の者に怪我がなくて何よりだったな」
「よくご存知でごだいますね」
「患者に聞いた。だが、雨降って地固まる、信州屋夫婦が元の鞘に納まって良かったじゃないか」
「患者たんが増えると何かと世間話に明るくなりますね」
「世間が広がる気がする」
「そろそろ患者たんを呼びますか?」
「よし、始めよう」
「一番の方、どうぞお入りくだたいまし」
 待合に向かって声を張ると、入口の土間で手を振る者が目に入った。
「金たん」
「信州屋を襲った盗人一味が北町奉行所に捕まったぜ。高飛びでもすりゃいいものを、向島あたりで豪遊しやがるから足が付いたというお粗末の一席よ」
 金次が呆れ顔で笑った。
「それじゃ、お金も戻ったのでごだいますか」
「あらかた取り戻せたらしい。ところがな、驚いたぜ」
 金次が話を続けた。
 奉行所はすぐに金を返却するので奉行所に来て受領するよう夢助に通達した。
 だが、夢助は受け取りを断わったというのである。
「養生所や施薬院、町会所などへの寄付を申し出たんだとさ」
「まあ、もったいない」
 思わず本音を言ってから、お岩は口を手で押さえた。
「いえ、何てご立派な。奥たまも賛成なたったのでごだいますか?」
「夫婦で話し合って決めたそうだ」
「でも、お金がなくて、旦那たまと奥たまはこれからどうなたるのでごだいましょう」
「何でも、奉行所から頼まれて浜松町の木戸番小屋に住み込むそうだ」
「浜松町でしたら」
「増上寺は目と鼻の先ってわけだ」
「お奉行たまも粋な計らいをなたいますこと」
「町内の給金とは別にお奉行所からお手当が出るそうだ。もちろん、何か商いをしても構わねえそうだぜ」
「それはよろしゅうごだいました。でも、ふるたとに帰るのは止めたのですね」
「故郷は遠きに在りて、といったところだろうが、年に一度は帰りたいそうだ」
「木戸番はどうするのでごだいますか」
「誰かに留守を頼むんだろう、その間は。蓬莱屋が口利きを引き受けたらしい」
「あらま」
「そのうち、お岩にお鉢が回ってくるかも知れねえな」
「それも愉しゅうごだいますね」
「お奉行様がな、夢助と志津が嬉しそうに笑顔を見交わす様子を見て、二人は大丈夫と、太鼓判を押したってよ」
「左様でごだいますか。でも、金たん、何でお奉行たまのお言葉なんか知っているのでごだいますか」
「えっ、それは何だ、蛇の道は蛇って奴よ。じゃあな」
 金次は浮き浮きと駆け去った。
 そうかも知れない。
 心の底から笑い合えるのは、苦楽を共にした夫婦だけなのだろう。
(でも、少しだけでも返してもらえば良かったのに。あたしならそうしますけど) 
 美談にけちをつけるつもりは毛頭ないが、それがお岩の正直な気持ちである。
「お岩、お岩」
 並三郎の呼ぶ声がした。
「はいはい、ただいま」
 お岩はいそいそと戻った。









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