銀杖のティスタ

マー

文字の大きさ
8 / 71

7 便利屋所長の千歳さん

しおりを挟む

 僕が便利屋の一員として馴染んできた頃。

 便利屋の仕事をしながら、空いた時間には魔術の勉強と修練。
 同じことの繰り返しだけど、それが僕にとっては特別な時間。
 ティスタ先生の手厚い指導のおかげで僕の魔術の練度はかなり上がった。

 最近はバイトが休みの日でも事務所に顔を出すようにしている。
 魔術の修練ではなく、ティスタ先生の様子を見に行くためだ。

「先生、まだお昼ですよ。仕事がないからって飲み過ぎです」

「いいじゃないですかぁ、休日くらい~」

「毎日飲んでるでしょ……」

 ティスタ先生は、休日になるといつも朝からお酒を飲んでいる。
 今日は一段と飲んでいるみたいで、床に無数のビール缶が転がっている。
 この状態で放っておくと、事務所の床があっという間に散らかってしまう。
 
 すべての空き缶をゴミ袋に放り込んだあと、事務所にある小さなキッチンを借りて簡単な料理を作って、冷蔵庫に入れておく。先生は不摂生なので、何かしら作っておかないとロクな食事を摂らない。

「んぅぅ~……」

 顔を真っ赤にしながらソファの上に寝転るティスタ先生は今にも寝てしまいそうだった。

「先生、寝るなら仮眠室に行きましょう」

「めんどい~……」

「まったくもう……」

 普段はとても頼りになるのに、プライベートは自堕落。
 泥酔状態の先生に仮眠室から持ってきた毛布をかけてあげた。

「……んー……」

 先生はミノムシみたいに毛布で体を包んで眠りはじめる。
 こうなったら、もう簡単には起きない。

 冷蔵庫に夕食を作り置きしたと書いたメモ用紙をテーブルに置いたあと、ティスタ先生の顔を見る。

 寝顔はとても穏やかだ。
 改めて見ると本当に綺麗で可愛い。

 陽の光に照らされて輝く銀髪。
 美しい白い肌。
 幼さの残るあどけない顔つき。

 こんな無防備なところを見ると、どんな男だって邪な感情が湧く。
 ティスタ先生は、もうちょっと自分が美人であることを自覚してほしい。
 僕だって年頃の男子なのだから。

 劣情を振り払うかのように首を大きく横に振る。
 僕が帰り支度をしている途中、ティスタ先生が物音に気付いて目を開いた。

「すみません、先生。起こしちゃいましたか」

「……んぅ……」

 先生は眠たそうに目を擦りながら、帰り支度をしていた僕に尋ねてくる。

「えー?……もう帰っちゃうの……?」

 寂し気な表情で突然そんなことを言うものだから、心臓が跳ね上がる。
 わざとやっているんじゃないだろうか、この人。

「あ、あの……」

「うぅ~……寂しいよぉ……」

「えぇっ?」

 僕の服の袖を掴んだまま、小さく呟く。

 僕がその言葉に困惑しているうちに、先生はまた眠ってしまった。
 酔っていたうえに寝惚けていたので、本音が出てしまったのかもしれない。

「…………」

 寝息を立てる先生の様子を確認したあと、毛布をかけなおす。

「おやすみなさい、先生。また明日」

 小さな声で挨拶をしてから、僕は事務所から静かに出ようと扉を開けた。

「うわっ!?」

 扉を開けると、目の前に女性が立っていた。
 モデルみたいなスタイルをした黒髪ロングヘアーの長身女性。
 ティスタ先生とは違ったタイプの美人。

 長身の女性は、僕の顔を見るなり笑顔を浮かべた。

「失礼、お客さんかな? お初にお目にかかります。所長の宝生ほうしょう 千歳ちとせです」

 黒のリクルートスーツに身を包んだ妙齢の女性は、この便利屋の所長だった。



 ……………



 ティスタ先生が起きないように、所長と話をするために場所を移すことにした。

 事務所のあるビルの屋上にはベンチと喫煙所があるので、そこでゆっくりと話をしようと所長から誘われた。

「そうか、キミが例の新人君か。驚かせちゃって悪かったね。所長って呼び方は堅苦しいから、千歳ちとせって名前で呼んでくれ」

 千歳さんは、半魔族の僕に対して嫌悪感や恐怖を抱いていない。
 魔術師を部下にしているだけあって、半魔族の存在に抵抗はないみたいだ。

「あのティスタがまた弟子を取るとは驚いたよ。キミ、魔術師になるつもり?」

「ちゃんとした魔術師になるのかに関しては悩んでいます。大変な職業だというのは先生から何度も聞いているので」

「そうだね。今の世界情勢だと、魔術師は肩身が狭いのは事実だ。でも、ティスタが目を付けたというならキミには魔術師として非凡な才能があるんだろうな。そうでもなければ弟子にとらないだろうし」
 
「久しぶり、なんですか? 僕以外にも弟子が?」

「今はいない。みんな辞めてしまったからね」

「辞めた? どうして――」

「魔術師として優秀で真面目な者ほど、今のクソみたいな世界の現実に打ちのめされちまうんだよ。ティスタだって、今では自堕落な酒浸りだ」

 千歳さんは懐から取り出したタバコに火を付けながら、視線を下に落とす。

「半魔族のキミなら理解できるんじゃないか? 魔術師や魔族が抱く人間への失望ってやつが」

「…………」

 僕自身、人間に馴染めない半魔族。
 人間から酷い仕打ちを受けたことは何度もある。

「長い歴史の中で、魔女狩りなんて馬鹿げたことをするくらいだからね。人助けのために魔術を活かしてがんばっていたら、言いがかりをつけられて殺されるんだからたまったもんじゃないだろうさ」

「魔女狩りって、昔にあったものですよね」

「……いいや、国によっては今でもあるよ。公にはされてないけど」

 口から紫煙を吐き出す千歳さんの表情は固い。

 この人は、人間でありながら人間に落胆している。
 そう感じる表情をしていた。 

「キミは、魔術師の歴史をどこまで話を聞いているのかな?」

「ほとんど聞いていません。魔術の修練をしてもらっていただけなので」

 僕は、ティスタ先生のことを何も知らない。

 知っていることといったら、仕事は真面目で、お酒が大好きで、すごい魔術師だということだけだ。先生はどんな気持ちを抱えて人間の世界で魔術師をしているのだろうか。

「やさぐれていたティスタが久しぶりに弟子を取ったと聞いたから、私は心底驚いたよ。あの子の心を動かす「何か」がキミにあったんじゃないかと思う」

「……それはわからないです。僕は、ただの半魔族ですので」

「いいや、きっと何かあるよ」

 千歳さんは僕の瞳をじっと見つめながら、笑顔を向けてくる。

「もしよかったら、今後もティスタを気にかけてあげてほしい。あの子、ああ見えて結構繊細なんだ。よろしく頼むよ」

 僕の肩を優しく叩いたあと、千歳さんは事務所に戻っていった。

 先生には出会った頃から助けてもらってばかり。
 人間でも魔族でもない半端者の僕に、何かできることはあるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...