怪物の絵

守 秀斗

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怪物の絵

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 俺の趣味は絵を描くことだ。
 安画廊を借りて、たまに個展を開く。

 しかし、今、狭い画廊には俺しかいない。
 当たり前だろう。

 俺の作品はどれもこれもグロテスクな怪物を描いたものばかりだ。
 薄気味悪い絵が並んでいる。
 ただ、描いた以上、やはり見てもらいたいので、個展を開いたりする。

 しかし、冷やかしで鑑賞に来た人たちもすぐに出て行ってしまう。
 どうも見ていると不安な気分になるらしい。

 確かに他人が見たらひどい絵だと思うだろう。
 しかし、実際に描いた怪物が見えるんだから仕方がない。

 誰もいない画廊の受付の机にぼんやりとうつむいて座っていると、突然、声をかけられた。
 気が付くと目の前に清楚な格好の若い女性が立っている。
 きれいなストレートヘア。

「すごい写実的な絵ですね。まるで本物を見て描いたようで上手ですね」

 にこやかな顔で話しかけられた。

「ああ、ありがとう」
「けど、まさかモデルはいませんよね」

 少しいたずらっぽく話しかけてくる。
 俺のような変人をからかいに来たのだろうか。

「いや、実際に見たものを描いたんだよ」
「え! まさか、こんな怪物がいるんですか」

 ちょっとびっくりした顔をする。

「ああ、街の中をうろついてるよ」
「……あの、私、こんな怪物を見たことなんてありませんけど」

 俺の顔を不審げな顔で見る女性。
 どうやら、かなり頭のおかしい奴扱いされているようだ。

「なぜか見えるんだよ。普通の人には見えないんだけど、俺には見える」
「人々の中に怪物が紛れ込んでいるんですか」

 少し、女性は怯えたような顔をする。

「違うよ、みんな普通の人間さ。ただ、俺にはここに飾ってある絵のような怪物に見えるんだ」
「どういう意味ですか」

 子供の頃から怪物をよく見た。
 小さい頃から見ているので、別に怖くはない。
 襲ってくることもないからだ。

 ただ、ある時、その怪物が周囲の人たちに襲いかかったことがあった。

 そいつはすぐに捕まった。
 通り魔だった。

 どうも激しい怒り、狂気、または憎しみをかかえている人間は怪物に見える力が俺にはあるようだ。
 そして、たまにそういう怪物を見てしまう。

 俺は記憶力がいい。
 瞬間記憶能力みたいなものかな。
 それを描いてきたわけだ。

 なんで描きたくなるのかはわからない。
 単に珍しいものを見たので、それを作品として残しておきたくなっただけかもしれない。

 ただ、その怪物に見えた人たちが悪いことをするわけではない。
 あの通り魔は例外だ。
 今まで見た怪物で、他人に危害を加えたのは、あの通り魔の男一人だけだ。
 みんな自分の怒りだか狂気を隠して生きているんだろう。

 まあ、そのことを親や友人に言ったら、気味悪がられたんで、もう黙っていることにしていたのだが、たまには言いたくなる時もある。つい、この女性に話してしまった。

 すると女性に聞かれた。

「私はどう見えますか」
「かわいい女の子だね」
「ああ、よかった」

 しかし、何かしら問題を抱えた人間が怪物に見えるこの能力。
 あまり周りに知られるのはよくないと思い直して、彼女に言った。

「今、言ったことは冗談だよ。単なる俺の想像で描いているのさ」

 俺の答えにニコニコしながらその若い女性が答える。

「そうですよねえ。そんな力がある人がいるなんて聞いたことがないですよ。まあ、あなたの絵は独特ですけど、私の趣味には合いませんね。では、これで」

 そう言って、彼女は画廊から出て行った。

 帰る時に後ろの長い髪の毛の間から血走った目が見えた。
 今まで見てきた怪物の中で一番狂った目をしていた。
 大人しそうな女性だったが、今、どんな感情を抱いているんだろうか。
 
 まあ、彼女が変な事件を起こさないことを俺は願った。

〔END〕
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